3月の水、ならぬ、3月の雪でスタートした本日。
アクシデントやトラブル、あるいは加齢だったりで、いままで通りに立ちいかなくなることが、あったりなかったり。
そんなときは、プランBが発動する。身体の質や偏りやウィークポイントなんかを考慮した、プランBがスタート。
しばらくすると、それじゃあもうひとつな感じがしてくる。そしたら次は、プランCの出番。なぁんてね。
身体の中には、そんなプランがいくつも用意されているのではないかなぁ。なにかがおこったり、加齢やなんかでフェーズが変わったりするごとに、あらたなプランが繰り出される。次々とスイッチしながら変化に対応していく。
いつの日か、次に来るプランが無くなって、立ちいかなくなったら終了、ってことなのかも。
なぁんて思いながらスタートした、昨日の朝。
それが前触れだったのかも。
出勤早々、けっこうなアクシデントが発生した。その時点で、未曾有のトラブルのスタートとは分からなかった。
これがダメになった、じゃあこうしよう。
あれがダメになった、そしたらこうしよう。
えー、あっちもダメじゃん、そしたらこうしようか。次から次にプランを繰り出しながらの勤務。
出来ない・無理、と決めつけず諦めず、どうにかならないものかと手を尽くす。総力戦で臨んだものの、トラブル自体からの回復を待たずに勤務終了。
あたりまえの(と思っている)毎日を送ることができるのは、あたりまえのことなんかじゃなかった、と痛感する。
日々の恒常を守るため、そしてトラブル発生時にはその回復・復旧のため、たくさんの人が動いているのだなぁ。昼夜を問わずに。
ほうほうの体になりながら、帰途についた。その道々で、あーこれって身体も一緒なのかもと感じた、阿鼻叫喚の1日だった。
