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2019年のアキラyear が近づいてきました。

「 アキラ 」とは1988年公開のアニメーション映画である。
この物語の時代背景は2019年の東京です。
そしてこの映画の設定では2020年東京オリンピック前年の出来事として描かれています。
お気づきでしょうが2020年に東京でオリンピックが開催されると決まったのは2013年の9月です。なので、予言めいているとして話題になりました。
この映画のラストを知っている人にとって、それは平穏な心理ではいられないものになった。

これから前回に引き続き、この映画のラストの部分への道程を分析していきたいと思います。

この映画のラストの鍵をにぎるのは鉄雄である。
この鉄雄とは日本政府に軍事目的で利用され、その日本政府から与えられた力を自分の力であると錯覚し暴れまわる。

暴れまわった理由は日頃からの劣等感が原動力となった。
(仲間内では下っ端の存在として描かれているのが映画の最初の方で解ります。)

日本が軍事目的で力を与えたモノ。・・そして鉄雄が象徴する人物像・・近代史を見ると一つ思い当たる事があります。地理的なことで昔日本が力を入れた所がありましたね。
今の情勢を見ると符合する気もしてくる。

この映画の当初主人公だった人物を覆う存在感を見せる鉄雄の象徴するものとは・・?

そして最後、鉄雄はどうにもならなくなって自滅する。
だけどその時日本の主要部分がタダでは済まない事を物語っている。
(常に、今の平穏な時が続くと信じる方が常識はずれなのかも知れません。ストレスは何時かは爆発させなければならないものとあきらめなければならないのかも )

そしてアキラとは日本が使う禁じ手の象徴でしょう。
この映画から伺えるのはアキラが象徴するのは人や国ではないように見えます。

日本は鉄雄のせいでこのアキラという禁じ手を使う以外に方法がなくなることを暗示している。

(増やしてはならないものを増やしてしまった罰でしょうか?)

当初鉄雄はアキラに会いたがっていた。だけど最後、アキラ達に吸収されて消えてしまった。(アキラを呼んだアキラの仲間たちによって消されてしまう。)
一体何なんでしょう。

映画では、鉄雄は自分よりも力があるというアキラのことを知り会いたくなった。
鉄雄は何の努力もなしに手に入れた力を自分の力と信じ、その力はアキラをも凌ぐと考えていたのでアキラと会って、それを確かめたかった。
だけどその力を抑えられなくなってしまった。

ココで私の直感を暴発させてみたい。

アキラの象徴と鉄雄が保持している力の象徴は「核」であると予想します。
(日本が最初に与えた力は別のものであった。そしてそれが後に核を作る資金の足しとなってしまう?)
そして、鉄雄が自分の力をコントロールできなくなったのは、核を取り扱うだけの力がないことの象徴ではないか?
(あくまでも私の憶測です)


突然だけど、映画の中に話を戻そう。
「 ビルやミサイルやロケットや核をつくる力は何処から来るのか?その力は単細胞生物だった時にもう既に内包されていたということになる。 」
そんなセリフがこの映画の中に登場する。

なんとも不思議な考えである。

そしてその内包されている力を突如取り出してしまって後戻りできなくなってしまった様を描いているのがこの映画である。

直感的にこの映画から 「もう後戻りできない所に来ている」といったメッセージが送られてきているような気がしてならない。

ラストのアキラの仲間たちの「もう始まっている」とは何なのか?
きっと「新しい力」に出会ってしまった人類についてのことだったと思いますが、私には第三次世界大戦の幕開けか或いは食物連鎖のピラミッドを正常に保つ為の動きが始まったようにしか聞こえないのである。

©西田夕夏 2018.4.25.