Raymond* ひっこしました -5ページ目
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after six [2]


 何枚か見ていて気付いたのだけど、星の写真よりもメンバーの写真のほうが多い。恐らくここにはまだ部長のデジカメで撮影したものしか無いのだろう。天の川を含めた星の写真は、きっと教授が望遠鏡を使って撮ったもののなかにあるだろう。

 今日出遅れた分、教授に頼んで一番乗りで見せてもらおう。

 私は散らかったスライドを集めて、近くのケースに閉まっておいた。そろそろ本当に帰らないと迷惑がかかる。


 そう思って立ち上がった時だった。


 ”ガスンッ”って。


 そんな音がした。


 初めはアルミ部分が軋んだ音かな、って思ったんだけど、何かが違う。あの引きずるような、金属が走るような。そう。レールみたいな。車のドアを思い切り閉めるような。

 私はハッとして窓際に駆け寄り、真っ黒な重いカーテンを勢い良く開けた。窓から顔を出し、辺りを見回す。生ぬるい風が、髪をすくう。そこで目に入ってきた光景に思わず落胆した。


 やっちゃった。文化棟の門、しまってら。


 ということは、ヘタに動き回ると、もしかしてセコムとかなんちゃらってやつが作動しちゃうのか? でもおかしいぞ。それだったらチェックリストに不備があった場合は終了できないはずだ。現に今までこの部屋の照明がついていたわけだから、警備員が見回りに来てもおかしくないはず。


 これは困った。自業自得という言葉は確かに浮上してきたけれど、即刻沈めた。

 試しにドアノブに手を掛けて、下げてみる。そのままゆっくり手前に引く。わずかな隙間が開いて5秒待つ。何も音が鳴らないので、ドアを開けて顔だけ出してみた。暗い廊下と非常口の明かりが見えるだけ。あの緑の明りは不気味だってのに、そこに描かれているピクトさんがかわいいっていうのが気に食わない。


 なんとなく松明なしでは歩く気がしなかったので、ドアを閉めて鍵まで掛けた。仕方がないので大学の本部に電話してみることにした。怒られるかもしれないし、誰も居ないかもしれないけど、何もしないよりはましだ。


 携帯電話を取り出した時に、ふっと、思い出した。自分は何をしに部室に来たのか忘れていた。危ない、危ない。このまま帰ったら来た意味がない。

 プリント、プリント、と頭の中で唱えて、自分が使わせてもらっているロッカーを開けた。


 そうしたら。

 

 パンツ(トランクス)一丁のそいつが、折りたたみイスみたいにたたまって、器用に、さもあたりまえのようにそこに居たのだ。


 私の身体は一瞬で弛緩して、手から携帯電話が落ちていった。

 去年、機種変更をして以来、ずっと無傷を保ってきたのに、その日初めて傷がついた。カシャンと音を立てて、倒れこむ携帯電話。


 めまいがしそうなほどの脱力感に見舞われて、声を上げることも忘れていた。






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after six [1]


 高木とはロッカーの前で会った。


 大抵の人は彼と私が、その場で偶然、ばったりと、要するに面と向き合って(声を掛けられてかもしれないし、私が読んだかもしれないけど)会ったのかと想像すると思う。


 でもね、違うの。


 正確に言えば彼、高木がね、ロッカーの中に入っていて、それを私が開けたのよ。




 私の通っている大学は、巨大な学舎が二つに、体育館も大中と二つ。プールは一つ。あと、格技場なんてのもある。

 他に文化棟っていう背の低い建物もあるのね。


 あと関係ないけれど、たまに学長っぽいおじさんが、中庭でガーデニングをしている。その規模が年々大きくなっているらしく、いずれはガーデンパーティでも催すのではないかと噂になっている。おじさんが植物に話しかける姿を多数の生徒と教員が目撃している。


 それで、私たちが居たのが文化棟の中。元は高校だったものを利用している。設備は新調したようだけど、冬場は隙間風がスースーする。それが難点。唯一、お手洗いだけが学舎よりもきれいなので、わざわざここまで来る学生も少なくはない。

 運動部も入っているのに、文化棟って名前なのがおかしなところ。簡単にいえばサークル校舎、のようなものだ。


 ちなみにメインの二つの学舎は繋がっていて、上から見るとアルファベットの”H”の形になっている。以前に航空写真を見た事があったけどたいして格好良くもなんともなかった。大学の名前が「H」から始まるからそのような形にしたのか、それとも校舎を繋げたからその形になったのかはわからないけれど。


 どのみち今、重要なことは、そんなことじゃなくて。



 その日、私は迷っていた。


 7講目の授業を終えた私は、忘れ物をしたことに気付いた。

 その忘れ物っていうのが、翌日のテストで使うプリント。

 しかもソレを置いてある場所が、文化棟。


 文化棟閉鎖時間はもう、まもなく。

 困ったなぁ。


 いつもだったら遅くであっても二人くらいは部室に残っているが、さすがに今日は皆帰っているだろう。部室に集まって勉強会をする人たちもいるが、あのメンバーにそんな集中力がないことは、全員、百も承知だ。

 とりあえず校舎の受付に行き確認してみたが、案の定、部室の鍵はとっくに預けられていた。


 それでも受付のおばさんに事情を説明してみると、テストで60点以上取る事を条件に鍵を渡してくれた。半ば冗談だろうが、お礼を言った。ありがとうございます。まかせてください。


 文化棟の大きな自動ドアを抜けてみたはいいけれど、既に真っ暗だった。

 もう後は、校舎の見回りを終えた警備員さんが、チェックをして施錠をするだけという感じだった。


 足音がね、自分のだけしか響かなくて、長い廊下の中でこだまする。そりゃあもう、不気味の一言しかでてこない。こういう時に限って、昔にみた怖い映画のワンシーンが蘇ってくるのだから脳っていうのは皮肉な作り方をしているなぁ、とつくづく思う。あの微妙な隙間とか、本当にやめてほしい。


 足早に進み二階に上がった。通路は自動照明に切り替わっていた。私が居るところをセンサーが感知して、その場だけ灯るようになっている。だからずっと前方も後方も暗い。光っては消える、この繰り返し。戻るときもこんな具合なのね、と思うと気が重い。


 宇宙部は二階の一番奥だった。距離が長い。

 部室は外から見ると、黒い遮光性のカーテンが常にかかっているので、巷では『暗黒部』とか『黒魔術部』とか呼ばれている。

 プロジェクタをひんぱんに使うからカーテンがかけられているままなのだが。なんともバカバカしい。


 それで部室に着いてみると、ドアが閉まった。


 つまり最初から開いていた。最後の奴、施錠を忘れたな、と思いながらもすぐ、電気! 電気!


 明るいところはホッとするね。(ついつい)鞄を椅子に放り投げて(ゴシャって音が)、しーんとした室内に収まる。鼻から息を短く漏らして、耳の奥深くにしか届かない、沈殿したノイズを吸収する。


 ふとテーブルを見ると、プロジェクタとスライドが放置されていた。ついこの間の大型連休の際に『天の川探検隊』と称して、野外キャンプをした時の写真だった。

 部長が今日あたり写真を持ってくると言っていたから、きっとみんなで見て、そのまま帰ったのだろう。


 そう思うと、無性に見たくなってきたぞ。

 部員のみんなが集まって話しながら写真を見ている光景が、脳裏のスクリーンに投影される。

 なんだか少し悔しい気持ちになった。

 悔しいというより、寂しい? 違うな。虚しい、かな。


 私は椅子に座って、散らかったままのスライドを手に取った。

 現在ではデジタルで処理する時代だというのに、ここで使っているものは随分と古典的だ。プロジェクタの淵が少し黄ばんでいる。それでもまだまだ現役だ。

 小学生の時に、理科の授業で使ったことを思い出した。


 一枚一枚、スライドを頭の上へ掲げた。手のひらを太陽に、の歌が頭の中で流れた。色が反転して見えた。星や、笑っているメンバーの顔や、目が、白くなっていた。



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