after six [9]
面白がるように、ニヤっとしながら高木が言った。
突然ガサっと音がしたので驚いて振り返ると、さっきのおじさんが草花を抱えて通過したところだった。鼻息を漏らして再度テーブルと向き直ると、高木が頬を片方膨らましていた。驚いていたらしい。そのことに驚いた。
「宝箱? なにそれ」
「冗談。大事なものだけど、無きゃ無いで、管理会社に連絡するよ。鍵をなくして怒られちゃうかもしれないけど」
「そうだね。まったく、服なんか脱いで遊んでるからそーなるのよ」
「え?」
少し遠くを見ていた高木の目が音を立てたように収束した。フォーカスを合わせる様に。少なからず驚愕が含まれたものだった。
「え? だって服脱いで遊んでたから……じゃないの? その」
自分の下まぶたに人差し指を当てて言う。
「痣とか」
「え……」
目の色がだんだん変わっていく。そのうち目に虹でもかかりそうだ。
「だって、服脱いで窓からポイするくらいの、やりすぎな、その、なんていうの? プレイ? いや、違うチガウ」
やば! 何を言ってるんだ私は。顔がだんだん熱くなってきた。今が冬だったら冷風が熱を持って行ってくれるのに。
高木は唖然としているが、口元に力が入っている。
私は呼吸を、ひそかに整える。やばい。どっちが変態かわからない。
「そーいうことじゃないの? 人に言えないこともあるじゃない、そういうのって」
おいー! 人に言えないような内容をほじくりかえしてどうするのよ自分ー! あー、高木くん、俯いちゃってる。
呆れられちゃったカナ。額に手を当てている。
「しかも男に脱がされてって、そりゃーねー、ね?」
ね? じゃないよ! しゃべるな自分!
止まれ言葉の水道管。もう完全に変な女だと思われてるよ。
「うん。だまってるよ。鍵、見つかるといいね」
うわぁ。どうしよう。私、一人で喋って一人で解決してる。
見ると高木は額に手を当てたまま肩を震わせている。泣いたのか? と一瞬思う。
私が恐る恐る、彼の顔を覗き込もうとすると、高木はもう片方の手で、テーブルを叩き始めた。
もうやめてくれよ? それとも。いい加減にしろよ? どんな言葉が飛んでくるのかわからなくて目を細めていたが、聞えてきたのは笑い声だった。
「うはははははははははははは」
堪えきれない、という風に両目をきっちり結んで閉じ、口を開き(そんなに開いたんだ)お腹を抱えテーブルを叩くその姿は全くの予想外で、今度は私が唖然とした。さらに、見てはいけないものを見てしまったような錯覚までしてしまった。しばらくそんな笑いが続き、納まったと思ったら肩を震わせて「くくく」っと笑っている。しばらくは、走り終えた短距離ランナーのような呼吸をしていたけど、整えながら私を見た高木は涙目だった。中指で目を触り、「あー」と言った。込み上げる笑いを飲み込んで彼が喋る。
「浪川さん、僕は男とは、サッカーとか野球とかプレステとかでしかプレイしない」
顔から火が出そうになった。消火器があったら自分に吹きかけたいけれど、本当に手元に有ったら、高木に投げつけてやりたいと思った。
「あなたが深刻そうに話すから勘違いしたんでしょお!! なによもう!」
口からツバが飛んだ。硫酸だったら良かったのに。高木にかかればよかったのに。
「ごめん。でも、そうだよね。勘違い、しかねない状況だ…よね」
笑いを必死に隠して、こぼしている高木。
純粋 花の香りの21歳 こいつのせいで 赤っ恥
完全に不機嫌になった私は、足を組んで頬杖をつき、目をそらした。彼は悟ったのか、手で自分の胸をバシバシ叩き、細く息を吐いた。
「ゴメン。でも内緒にしてほしいのはホントだから」
そう言って立ち上がる。話はもう終わったということか。まだ怒っている私を見て、彼は唇を噛んだ。見上げると目があって、バカバカしくなったので私は笑った。渇いた砂みたいに、小さく笑った。
「目撃者として、聞きたい」
「昨日のこと?」
私は頷く。
「その痣はどうしたの? プレイじゃなきゃ、なぁに?」
冗談と皮肉を交えて、イタズラ小僧気分で問いかけた。しばらく彼はテーブルの木目を見た。何かが書かれているのかもしれない、と思った。顔を上げる。
「自転車に轢かれて、全身強打だ。じゃ、また」
そう言って、私が口を開くより先に立ち去っていった。もうちょっとマシな嘘をつきなさいよ。
また。だと?
また、携帯が鳴った。
チトセだ。
『In The Dark』 の断片
夜の10時。ライブハウス兼バーの2階ラウンジで、僕は久しぶりに呑んだ。たくさん呑んだってことだ。
身体も心もアルコールに浸し、夢の世界へ入る。あまりこっちの世界に来ると、戻ってきたときのギャップにへこむので普段は我慢している。しかし今回はストレスも溜まっていたのか、歯止めが利かなかった。たまにはいいじゃないの、と言い聞かせてみた。
お酒と音楽の相乗効果は想像以上だった。リズムに合わせて鼓動が早くなったり遅くなったりしているみたいなんだ。ボサノヴァがいいね。沁みるね!
夢の世界で僕は、同じ世界に入り込んできたキナミ、高梨さん、中川とはしゃいだ。キナミはともかく、あの二人までネジがかっとぶなんて。おかなしな表現だけど、これは夢? とまで思った。丸いテーブルを囲んで笑いあう光景はどこか懐かしく、ほろ苦かった。どうでもいいようなことで小突きあったりしているのが、こんなにいいものだということを忘れていたみたいだ。
アルコールってのも面白い。身体に注ぐと、その人特有のスイッチが入る。キナミは笑いが止まらないし、中川は高梨さんに抱きつくし、お酒はこぼすし。僕は僕で中川と踊りだすし。高梨さんはそれをみて笑うし。この人こんなに笑うんだ。
1階席でバンドのセッションが始まった頃、注文したピザが届いたので今度はそれの取り合いになった。みんな大人げないよね。焼きたてのピザは、湯気と一緒に香ばしい生地と、ソースのにおいが立ち込め、僕たちの胃を刺激した。中川がフォークを使ってもまともにとりわけ出来なかったから、高梨さんが奪い取って、お皿に取り分けた。ミートソースが物凄い深い味わいで、僕は感動した! 感動した! タマネギも甘い! うまい! おかわり高梨さん! キナミ自分のを先に食べろ! 中川くっつくな! …………。
店を出たとき、僕は立てなくなっていた。キナミと高梨さんに、まるで保護されてるみたいに、肩を借りている。なんでだろう? 中川さんと高梨さんはとっくに酔いが覚めていると思う。うっすらと、視界からみんなの足取りが見える。
僕はまだ夢の中。
そこで、とっくに現実に帰っていったみんなを探して、語りかけている。自分でも何を言っているのかわからない。僕が何か言うたびに、背中をさすられる感触を覚えた。中川だったのかな。結局、ピザを食べた後の記憶が吹っ飛んだまま、僕は自分のベッドで目を覚ました。
起き上がる。しばらく夢が頭に貼りついたままだった。画鋲で留められている感じだった。次第に空腹を覚え、昼の13時だってことを知って納得する。そう。納得していないことと言えば……。
僕はハっとした。どうやって家に帰ってきたのだろうか。膝に違和感を感じたのでパジャマをめくると(パジャマ? いつ着替えた?)湿布が貼ってあった。台所に行って水を飲み、思考を確保。普通に歩けるから、膝はたいした事はないらしい。高梨さんにはなんとなく聞きづらいし、キナミは絶対寝てるから、中川に電話した。
「なに?」
ちょっとイラっとしているいつもの声に、プラス3イライラってところ。
「二日酔い?」
「うっさいわね。こっちは二日酔いでも働いてるのよ。何!? 切るわよ」
「なぁ、僕、どうやって家に帰ったんだ?」
受話器からため息が聞える。
「あんたねぇ。覚えてないのね」
落胆が消えて、硬質な声に変わる。
「ベロンベロンに酔って店を出た後、あんた階段から転がり落ちたのよ。全身打って。膝で着地してそのままポックリ。あら失礼。それで歩けなくなったから私たちが送ったのよ。メモ書き、見てないのね?」
「へ?」
「あとで見なさい。……高梨が持ってるマスターキーで鍵開けて、木南くんが担いで寝かせて、高梨が湿布貼って、私がカーテン閉めて、……って上がってごめんねぇ。ていうか、カーテンくらい閉めてでかけなさいよ」
「いや、問題ないよ。そうだったのか。ありがとう」
「まったくよ。二人にもお礼言っときなさいよ」
「あぁ、わかってる。じゃあ」
そう言って僕は受話器を耳から遠ざけた。その時、中川が呼び止めた。
「ん?」
「あんたさ、店出た後のこと、ホントに何も覚えてないの?」
「え?」
一瞬だけ、脳みそが凍った。どんなヤバイことを仕出かしたのだろうかと思った。
「何喋ったのかも覚えてないの?」
変な汗が吹き出た。そんなにヤバイ事を喋ったのか。
「僕、何を喋ったの?」
「そう。覚えてないなら問題ないわね。もう、こういうことで電話かけてこないでね。じゃ」
「ちょっと! 気になる事言うなよ! あ! 待て!」
僕が言い終わる前に、とっくに電話は切れていた。腑に落ちない気分で僕も受話器を置いた。キナミにも電話してみようかな、という考えが頭をよぎったけど、やめた。とりあえず、なにか食べよう。
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『In The Dark』
地味にシリーズであと2作、別タイトルでありまして。
主人公もそれぞれ3人いまして。
その3人が語っていくお話なのです![]()
今回は、その断片を載せました。
あー、これもちゃんと書きたい。ストーリーとかちゃんとしたい。
不思議ミステリーです。
ミステリーの定義がわかりません。
謎があればミステリーでいいんでしょうか![]()
この主人公の僕は、名前は出てないけど、叶くんという人物であります。
お酒が飲める年齢と思ってください。
高梨さんは、兄貴的存在。
中川は腐れ縁。
キナミは弟みたいな感じです。
このシリーズを書くときはたいてい宇多田ヒカルを聴いてます。
宇多田さんの曲って不思議なことに、いろんな世界にマッチします。
after six書いてるときは、stay goldとか良く聴いてます。
関係ないけど、アフターシックスと、映画アフタースクール。自分でも間違えます。
語りだすと止まらないので、このブログでこのシリーズが公開できるようになったら、小説で語らせていただきます。できたらいいな![]()
ランキング! いま何位かなー☆ とうとう50
スキンをちょっとだけ変えました。
変えたといっても、スタンダートをブルーからグレイに変えただけですが![]()
もっとかわいくみやすくしたい。
一見して、小説ブログだとわかっていただくにはどんなのにしたらいいのかなーー。
すごいや。何巻つづくんだろう。
グランドラインに入ったのが、12巻くらいだったかな![]()
で、50巻で世界半分まわったみたいなので単純計算すると、世界をあと半分まわりきるまで38巻分はかかるってことになりますね。
こち亀級になるのかしら。
ついていけるかしら。
TOKINOがONE PIECEに復帰するのはこれで3度目です。
ロビンが戻ってきてから放置してましたが、姉が突如買ってきた47巻からまた読んでます。
読み直すたびに、いままでの捨てなきゃよかったなぁ、と思うTOKINOであります。
完結したら、絶対完全版とかいって980円くらいで発売されるだろうと思うのでそしたら全部そろえたいなー
でも10年くらい先になりそうだなー。
月は最良のコンダクタ
夜が全てを包み込み
月のシールで封をする
朝は 太陽のナイフで
そのメッセージを 開く
………
僕の誕生日祝いに、安藤が買ってくれた絵本の裏表紙の文だった。
僕はいつも忘れたころに、この絵本を開く。
例えば、部屋の模様替えをしている時、とかね。
そういう時は大抵、作業が中断してしまう。
ひっぱりだしてきた雑誌やら漫画やらを手にとって眺めている内に、作業を忘れてしまうのだ。
今も、僕は模様替えを中断してしまった。
箪笥が中途半端に斜めを向いている。整理しようと思って床に分けておいたCDや、積み上げた本は、気が付いたら崩れていた。
僕は絵本を片手に窓際に進み、カーテンを開けた。何か踏んだ。
ずっと遠くに、鈍く光る月が光っていた。窓を開けるととたんに冷気が入り込み、鼻の頭がキュッとなった。
なんとなく懐かしい気持ちで、僕は眺めた。虫が入ってきた。慌てた。
あの日。
僕と安藤は、会う約束をしていた。寒い時期だった。マフラーを口まですっぽり巻いた。
久しぶり、というには期間が短いし、気軽な挨拶で済むほど、会っているわけではなかったから、少しだけ気まずかった。
待ち合わせ場所で、僕に声をかけた安藤は、髪が伸びていて、肩のラインを超えていた。前髪も目の上までに切っていたので、初めは誰だかわからなかった。僕が目をパチクリさせたみたいだから、安藤はそれを見て笑った。会ったときに話そうと思っていた内容は、とたんに溶解して、四散してしまった。
僕たちはひとまず、カフェにでも行こうかという話をし、あのころしょっちゅう行っていたカフェに行った。
薄暗くてソウルミュージックが流れている、大きな吹き抜けが特徴の店だった。いつも静かだったから、よく行っていた。
オーダーしたドリンクで、乾杯をした。何に乾杯したのかはわからなかったけれど、彼女がグラスを掲げたから、流れでグラスを合わせた。複雑な気持ちになった。一口飲んでから安藤が口を開いた。
「なんか緊張するね」
「うん。よかった。僕だけじゃなくて」
「あなたも緊張するのね」
「いままでだって、してたさ」
「初めて会ったときに、似てるね」
「初めて会ったときかぁ」
そう言いながら、高い天井に視線を這わせる。
「あなた、私の鞄から落ちた携帯電話、踏んじゃったのよね」
「そうだっけ?」僕は本当に驚いたから、彼女は少し、頬を膨らませた。そういった仕草は昔となにも変わっていない。
「そうよ。今日みたいに寒くって、夜だったの。私の鞄から電話が落ちちゃって」
「あ」
僕は、脳の隅っこで見つけた記憶のかけらを、ひっぱりあげた。あの時、バリンという音をたてて、安藤のディスプレイが割れる音が足もとから聞えたのだ。月明かりでそれがようやく見えた。
「あれは緊張っていうより、焦ったよ」
「あなた、冷や汗だらけだったわ」
「本当にどうしようかと思って、とりあえず二人でショップに行ったんだよね」
「そうよ。私、カンカンだったわ」 そう言って笑っている。彼女は鞄から携帯を取り出して見せた。
ウエイターがやってきて、グラスに水を注いだ。
その時に機種変更をした携帯電話だった。真っ黒の携帯から、真っ白な携帯に変えたのだ。
安藤は壊れたデータの復元ついでに僕とアドレスを交換したのだった。でも、そのあと、僕が安藤にあげた、クリーナー付きのストラップはもうついていなかった。汚れたのか。それとも。
「あのときは、私、なにをしていたんだっけ」
安藤が首を傾げる。そのまま、頬に左手を添える。薬指が光る。僕は無意識に目をそらす。
「たしか仕事帰りで、雑貨屋に行くって」
「そうだわ。プレゼントを買いにいったの」
そう言った安藤の目が、ますます大きく見開かれた。僕が問いかけると、安藤は満面の笑みで、雑貨屋に行きたいと言い出したので、僕は了解した。次に行く場所が決まってなくて、実は困っていた。
少ししてから、フードメニューが運ばれてきた。僕はパスタ。安藤はリゾットだった。食事中は、ほとんど無言に近かった。安藤がリゾットをふーっと冷ますのに、息を吹きかけたら、米粒がひとつ飛んだ。それを見て笑った。
食事のあと、グラスの中身を飲み干してから、僕たちは勘定を済ませた。席を立つ際に、彼女が僕に二千円をテーブルに滑らせてさし出した。僕は、首を横に降ったけれど、安藤はさらに首を横に降ったので、今度は僕が首を縦に降った。
ごちそうさま、と行って店を出て、歩いて駅まで向かうことにした。寒かったけれど、十分もかからないで到着する。
安藤は明らかに寒そうにしていたけれど、僕はマフラーを貸せなかったし、手もつなげなかった。安藤はポケットの中で手を繋ぐのが好きだった。それを思い出して。僕は自分の手を、コートのポケットに入れた。安藤は鞄から手袋をだした。
「キレイだね」
「ん?」つられて僕も見上げる。
「月」
「めずらしいね。赤い」
「うん。赤い。太陽みたい」
「月は太陽の光で輝いているのに、どうしていつもの月は黄色なんだろうね」
「そういえばそうね」
安藤は少し、考え込むそぶりをしたけれど、すぐにそれをやめて僕に別の話題をふった。少し、無理をしているかもしれない。気のせいだといいけれど。
ビルの自動ドアを抜けると、一気に暖気が押し寄せた。僕はすぐにマフラーを取って、コートのボタンもあけた。安藤は髪を軽く手櫛でとかしてから、僕のほうへ向き直り、エスカレータへと促した。早く、というふうに僕の腕をとったから、僕はあの時、手を繋いでしまえばよかったと、後悔した。
何フロアか見て回ったあと、五階にある雑貨屋へ向かった。
レトロな飛行機やら、アンティーク用品やら、クッションやらメモ帳やらが、たくさん並べられてあった。大抵の男はこういうのが苦手みたいだけど、僕は嫌いじゃなかった。見ていて面白かったし、ここで良くカップやステーショナリーを揃えているからだ。会社の同僚からは、なかなか評判がいい。
安藤は、僕をそっちのけで店内を見ていた。僕もちょうどボールペンが欲しかったので、ステーショナリーのコーナへ向かった。定規や電卓を手にとりながら安藤の姿を探すと、安藤は本のコーナを見ていた。しゃがみこんで何かを選んでいる。ペンを手に取り、そちらに向かうと、タイミングよく、安藤がこちらを振り向いた。
「これにするわ」
そう言って僕に見せたものは、小さな絵本だった。パスポートサイズで、真ん中に子犬の絵、その上に太陽と月が描かれてあった。シンプルな絵柄だった。帯は付いていない。いい本だろうなと、僕は思った。
「買おうか?」
「だーめ」
小さな子供が自分のおもちゃを誰にも貸さずにいるような顔だった。僕の手からボールペンも取っていき、安藤はレジに向かった。店の外で待っててね。と言って。
とりあえず、店の入り口付近においてある雑誌に目を通して待っていた。輸入雑誌と女性誌ばかりだった。究極の恋占い、とか、結婚は30歳がベスト、とか見出しが書かれてあった。なんとなく気になって手にをろうと思ったら、満面の笑みを隠した顔で、安藤が出てきた。
「ボールペンはいくらだっけ?」
僕の質問を無視しながら、安藤は、袋からさっきの絵本らしきものを取り出した。チェックの包装紙と赤いリボンが付いていて、それを僕に両手でさし出した。なんとなく青春時代のバレンタインを思い出した。
「ん?」
僕が声と一緒に疑問符フラグを掲げると、彼女は疑問符を驚嘆符で返してきた。疑問符の会話にしびれをきらしたのか、安藤が声をあげた。
「もうすぐ、あなたの誕生日じゃないの」
「ああ!」
「どうして、もう、昔からイベントごとは忘れちゃうんだから」
「安藤の誕生日は忘れた事なかったじゃないか」
「1回だけ忘れたわ」
「そうだっけ?」
「忘れたことも忘れたのね」
「忘れた」
「もう」
僕たちは笑いあった。そして僕は安藤のプレゼントを受け取った。お礼を行って、近くのベンチに座った。中身はわかっているけど、包み紙を開くのはとてもわくわくする。いくつになってもだ。どうしてだろう。僕は紙をやぶかないように、慎重にセロテープをはがしていった。ぺりぺり。ぺりぺり。べりぺり。
安藤も中身を知っているくせに、どこか嬉しそうにそれを眺めている。
包みを開くと、さっき僕が選んだボールペンと、安藤が選んだ絵本が出てきた。僕たちはさっそくそれを読んだ。
主人公の子犬が、月の妖精に導かれ、冒険をするというストーリーだった。絵本に出てくる月は赤みが強い色だった。子犬は都会のビルを飛び越えて森に入った。すると、月の妖精はいなくなり、太陽の妖精が姿を現す。子犬のビックリ顔が描かれる。物語はそこで終わった。次巻に続く。
「シリーズだったのね」
「え? 知らないで買ったの?」
「最後まで読んだら、あなたが読むときに、ドキドキしないじゃない」
「つづきがあるのか」
「気になる?」
「少し」
「私、買おうかな」
「いつになるかな」そう言いながら本をひっくり返すと、詩が書かれていた。
夜が全てを包み込み
月のシールで封をする
朝は 太陽のナイフで
そのメッセージを 開く
「これ、いいよね」安藤がそう言って、僕の手から本を持っていく。安藤は詩を凝視する。安藤のぶん、僕が買おうか、と言おうとしたら、安藤は、本の巻末から何か取り出した。
「なに?」
「シールが挟まってる」
月のシールと太陽のシールが挟まっていた。両方のシールに子犬も居た。
「コレ、かわいいなー」
「あげようか?」
「え?」ニヤリと、安藤。しかし、それはすぐにひっこめた。
「シール、あげようか」
「いいの?」
「いいよ」
「太陽がいいな」
「なんなら、両方でもいい」
そうすると、安藤は首を横に降った。
「これだけでいいわ」
そう言って、嬉しそうに自分のスケジュール帳にシールを挟んだ。月がモチーフの手帳だった。
「めずらしいね。月のほうが、好きだと思ってたけど」
「バランスも考え出したの」
「バランス?」
「そう。大事だと思うの。月の次は太陽。黒の次は白」
「白の次は?」
「ええと」
安藤はこめかみに人差し指をあてて考えた。
「灰色」
「混ぜただけじゃないか」
「あなたは?」
急に、まじめな顔で安藤が僕を見た。
「次は?」
(なんの次だろう)
僕が困っていると、安藤はおどけてみせた。
「そろそろ、ビル、閉まっちゃうね」
「……ああ」
「行こうか」
僕たちは立ち上がり、アナウンスがかかったビルのエスカレータを下った。
1階で、僕はトイレに寄らせてもらった。安藤は行かなかった。僕の荷物を預かってくれた。ビルから出ると、まもなくシャッターが下りて、上階の飲食店以外は閉店した。
駅構内の切符売り場で僕たちはベンチに座り、電車を待った。あと20分。
「愛知って、遠いね」
僕は半ば無意識につぶやいた。
「遠いね」
安藤が復唱した。
「いつ、引っ越すんだっけ」
「あと4日」
そのあとにため息が続いた。僕は続ける。
「今日、会って、安藤変わってて、びっくりしたよ」
「あなたは全然変わってなくて、びっくりしたわ」
まるで懐かしむように、安藤は笑った。僕は安藤に荷物を預けていたことを思い出して、再度受け取った。指輪がまた、目についた。
「キレイだ」
「うん?」
「指輪」
「ありがとう」
「式には行けないけど」
「いいの。遠いし」
「富田さんの、実家?」
「そう」
「元気でやってる? 富田先輩」
「ずっと元気よ。変わらない。きっと想像の通り」
「ほんとう? きっと賑やかで楽しいだろうね」
「ええ。 ふふふ」
「何笑ってるのさ」
口元に手をあててそんな笑い方をするなんて、安藤は明らかに上品になっていた。なんだか別の人と話ているみたいな錯覚があった。何度も名前を呼びたい衝動に駆られたけれど、それは飲み込んだ。
「あなたとヒロのピンポンダッシュのこと」
「おいおい、思い出さないでくれる? そんなの。醜態だよ。一種の。やめようよ」
「あら、あなたがヒロの話題をだしたのよ」
僕はわざと口をつぐんだ。安藤はそんな僕をみて、にこやかに笑った。
あと10分。僕はマフラーを安藤に巻いた。もともと彼女に貰ったものだった。
「大丈夫だよ。寒くないよ」
「いいから。巻いていって、風邪引いたら先輩に怒られちゃうよ、僕が」
そんなことない、と言いながら安藤はマフラーの中に手をつっこんだ。鼻のあたまが赤くなっていて、突っつきたくなったけれど、やめておいた。
僕たちは切符を買った。それぞれ違う方向の切符を買った。改札を通り、ホームの分岐点まで並んで歩いた。僕は胸が少しキューンとなった。そこで向き合った。
「気をつけて」
安藤が頷いた。
「風邪、ひくなよ」
安藤が笑った。
「TOYOTA、買えよ」
安藤が、ハイブリッド、と答えた。
僕が、コートの襟をたてながら手を振ると、安藤が口を開いた。
「祐樹、次は、もっといい人に会えよ」
僕の口調を真似した、昔の言い方で言葉を残し、安藤は僕に背中を向けた。
僕の手元には、昔の彼女の残像と、誕生日祝いだけが、残った。
僕は家に帰ってから、絵本とボールペンをもう一度、取り出して眺めた。
すると、開封した覚えもないのに、ペンのシールが取れていた。
おかしいな、と思って、キャップをあける。さして問題はない。
とりあえず、絵本をぱらぱらめくり、それから本棚にしまおうとした時だった。
背表紙の詩が、目に飛び込んできた。
夜が全てを包み込み
月のシールで封をする
朝は 太陽のナイフで
そのメッセージを 開く
ありがとう
僕は眩暈にも似た虚無感を覚えた。いや、違う。脱力した。
あのとき、そうだ。安藤が付け足したのだ。
ずるいよ。
僕だって、もっと言いたかったよ。ありがとうって言いたかったよ。
どうして言えなかったんだよ。
ずるいよ。
僕は、なんとなく、夜空を見上げた。先ほどより高い位置にある月を見つけた。最後の言葉を心の中で僕は何度も唱えた。そして僕は絵本と、迷ったけれどボールペンを、机の鍵つきの引き出しに閉まった。
子供の頃、鍵つきの引き出しは宝箱だった。
大事なものはすぐに、引き出しにしまい、鍵をかけた。
そして鍵をなくし、忘れたころに姿を現す鍵を使って、引き出しを開けた。
それを何度も繰り返していた。
安藤との思い出も、鍵をしまって閉じ込めておこう。鍵をなくしたとしても、忘れたころに、きっと姿を現す。
そう考えて、僕は絵本とボールペンを引き出しにしまった。直前に月のシールを1枚はがし、絵本の背表紙を表に向けて鍵をかけた。その鍵穴にシールを貼って蓋をした。
それから4日がたち、安藤は愛知県に引っ越した。
その数ヵ月後、安藤から届いたハガキの返信に、月のシールを貼り、絵本の続編が発刊されたことを知らせた。
僕たちはそれから連絡をとっていない。
何枚目かの月のシールが剥がれ、また鍵がでてきた頃に、僕はこんなふうに絵本に目を通す。
でも、彼女がどんな気持ちで書いたメッセージなのかは、もう、考えることができないでいる。
おわり
あとがき
勢いとノリで書く、テーマ『創作とは妄想だ』の第一弾、『月は最良のコンダクタ』いかがでしたでしょうか。。
本当に即興で書いたので、矛盾はあるは、内容はスカスカだわで、なんともいえないショートストーリーですが、そんなテーマでやってるので、その点は、大目にみてください。優しい読者の皆様。
あくまでも、いい意味で適当にやっていくテーマなんで、気楽に読んでくださればTOKINOは大変嬉しいです。
過去に自分で没にした、小説とか設定を広げて、プロトタイプ的な感じでやっていこうかな、とか思ってます。
余談だけどアメブロメンテと時間がかぶって、ヒヤヒヤしました。
では。
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after six [8]
「オハヨウ」
そう言って私はすくっと立ち上がった。とりたてて話題が見つからなかったので、他愛のないテストの話を少しした。今回のテスト、持ち込み可のわりには捻った問題だったよね、とか。
「これ、ありがとう」
小さな動作で、高木は鞄からハンカチを出した。これは京都に研修旅行に行ったときに買ったお気に入りだ。白くて柔らかい素材で一番気に入っている。欠点は、ほつれやすいところ。カラスの刺繍が小さく入っている。私はそれを受け取って鞄にしまった。
辺りが学生だらけで、混雑してきたので、私たちも流れに合わせてその場を動いた。女学生の何人かが高木を見上げた。エレベータを待っている間、他の学生に埋もれながら、私たちは無言だった。緊張している? なぜ? 自問したが答えはどこからもでてこなかった。
箱に乗り込むと、これでもか、という具合にあとに続く学生の波に追いやられた。これが嫌なんだけれど、此処は六階。仕方ない。目の前に高木の肩があった。一階に着くまで何度かドアが開いたけれど、目を閉じていた。
箱からでて窓際まで行ったところで、学生達がそれぞれの目的地に向かったため、散った。そこで振り返ると同時に呼び止められる。
「ん?」
極力、穏やかな表情を作る。やさしい女になれ、自分。
「名前、なんていうの? そういえば」
そういえば、だと? あれ、何怒っているんだ私。
「浪川」
「ナミカワさん」
復唱される。
「絵美」続いて下の名前も言ってみた。
だがそれは復唱されず、痣の残っている目がコチラを捉えた。ただ見る、のとは違う。一種の束縛行為に似ているな。束縛。
「あのさ、ちょっと話したいことがあるんだ。時間ある? たいしたことじゃないんだけど」
「ああ、いいよ」
大して忙しくも無いのに腕時計に視線を送る。なんだろう、なんだろうと、また頭が走馬灯(チガウけど)になる。メビウスの輪の上に「なんだろう」の文字が蒸気機関車のように走っている。
とりあえず私たちは、中庭のウッドデッキへ向かった。ベンチとテーブルが設置されていて、植物もあるのでなかなか居心地がいい場所だ。噴水は故障のためか止まっていた。ふと見ると、今日もおじさんがガーデニングをしていた。軽く会釈をすると、にっこり笑って作業を続けた。私たちは日陰になっている場所を選び、座った。
今日も暖かい。
ポケットの携帯が震えたが、今は出さない。私は誰かと話をしているときは、極力携帯電話をださないようにしている。なんとなく、マナー違反な気がするんだ。
「昨日のことなんだけど」
少し言いにくそうに切り出す高木。その目は私じゃなく、テーブルの木目をなぞっているように見えた。その話だと思っていたけれど、冷水をかけられたような発声に、ほんの一ミリ心臓が跳ねた。さっきまで試験なんていう学生本分のリアリティの中にいた自分が昨夜の事を思い出すと、少なからず夢だったような気がしてならない。
「誰にも言わないでほしいんだ」
私を見る。うなずく。できるだけ穏やかに。
「うん。わかるよ。人に言えないこととかさ、知られたくないこととかさ、あるじゃない」
そう言うと、高木は微笑んだ。続ける。内緒話をするかのように声のトーンが下がった。小鳥が近寄ってきた。
「あと、聞きたい事があるんだけど、服を持ってきてくれたとき、近くに鍵、なかった?」
両手の人差し指の体操みたいに小さなジェスチャで”鍵”を示す。これくらい、という風に。私は顎に手をあてて視線を空に飛ばし、昨日を回想した。
鍵。 草、 虫、 警備員、 むし、 かぎ……。
「うーん、暗くてよくわからなかったから……大事な鍵なの?」
頷く。しっかりと頷く。
「何の鍵なの?」
「宝箱の鍵」
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