昨日の朝日新聞に、尊敬する内田樹さんの小コラムが掲載されていていました。
社会的事件等があったとき、「あの人ならどう思うだろう」と真っ先に私が思い浮かべる方、
それが内田さんです。
ここにも転載させていただきますので、興味のある方は是非。
内田樹 うちだ・たつる
著作家、武道家、神戸女学院大学名誉教授
1950年生まれ 東京大学文学部仏文科学卒業
(引用ここから)
学生を支配している「賢さ」の基準は何か
最も少ない努力と引き換えに、最も高い報酬を提供してくれる職種、それを今の人たちは「適職」と呼びます。就職活動をする若者たちは適職の発見に必死です。でも、それは消費者マインドがもたらした考え方に他なりません。
「賢い消費者」とは、最小の貨幣で、価値のある商品を手に入れることのできた者のことを言います。「賢い消費者になること」、それが今の子どもたちの全てのふるまいを支配しているのです。
学校がそうです。消費者的基準からすれば、最低の学習努力で最高の学歴を手に入れた者がいちばん「賢い学生」だということになります。だから、合格ぎりぎりの60点を狙ってくる。出席日数の三分の二が必須なら、きっかり三分の一休むようにスケジュールを調整する。60点で合格できる教科で70点を取ることは、100円で買える商品に200円払うような無駄なことだと思っている。本当に学生たちはそう信じているんです。
僕の友人が運動部で監督をしています。彼が用事でグラウンドに出られない時に、部員がこう聞きに来たそうです。「何やっとけばいいんですか?」
彼はその問いに強い違和感を覚えました。当然です。これは「何をすべきか」を尋ねる価値中立的な問いではないからです。そのように装っていますが、実際に聞いているのは「それだけしておけばよい最低ライン」なのです。「あなたから文句を言われないミニマムを開示してください」と、学生たちはそう言っているのです。
これも友人の医学部の先生から聞いた話です。授業の後に廊下を追って質問に来る生徒がいました。教科の内容について聞かれるのかと思って振り返ったら、「これ国家試験に出ますか?」と聞かれた。
「ミニマム」を至上として若い人は労働市場に来る
この二つは同じ質の質問です。学生たちは当然の質問をしているつもりですが、彼らが聞いているのは「ミニマム」なのです。その商品を手に入れるための最低金額の開示を求めている。
だから、「大学では何も勉強しませんでした」と誇らしげに語る若者は、最低の学習努力で高値のつく学位を手に入れた、己の力業に対する人々からの称賛を期待しているのです。
労働についても、彼らは同じ原則を適用します。「特技や適正を生かした職業に就きたい」というのは、言いかえれば、「最小限の努力で最大の評価を受けるような仕事がしたい」ということです。すでに自分が持っている能力や知識を高い交換比率で換金したい、と。そういう人は、自分が労働を通じて変化し成熟するということを考えていません。でも、「その仕事を通じて成長し、別人になる」ということも求めない人のキャリアパスは存在しないのです。
(引用ここまで)
朝日新聞 2012年4月8日付