わたし番長☆おおはら姿〜世界のままにたなびく風になる〜それが自由だから〜 -34ページ目

わたし番長☆おおはら姿〜世界のままにたなびく風になる〜それが自由だから〜

「自分を生きる」をテーマに、旅をしながら気付いたことを徒然なるままに綴っているブログです。一つでもあなたの心がクスっと豊かに、軽やかになることを願っています。

乙姫神社をあとにして
向かった先は「阿蘇神社」

…おっと〜
道の駅「阿蘇」を発見‼︎

トイレ休憩も兼ねて
ちょっとお腹も空いたので
何か食べようと覗いてみると…

「ぜんざい」❤︎

{1A6E4349-7238-4DD9-8D84-38E04066C85D}

大好きなのよ〜❤︎
ぜんざい(^^)

無料の休憩所もあって
そこでほっこりぜんざいタイム。

そこには、震災の時の写真のパネルが
展示されてたの。

そしてね。

鈴鹿市の学生からの激励の言葉が…。

{AA9A9E14-10D4-4CB2-A315-4405C7F58AD5}

わたし、三重県四日市に住んでたから
鈴鹿市もよく行ってたの。

熊本に来て、鈴鹿市を目にするなんて
思ってもなかった…。

懐かしかったなぁ〜。

当時の記憶がドワーッて蘇るよね。

ちょうど「伊勢→椿大神社→熱田神宮」への旅行をいつにしよっかなぁ〜って思ってた頃だったから
「これもやっぱり、行けってことよね」
っと勝手に都合良く解釈




改めて、確認をしようと
中尾さんにメッセージを送ってたのね。

「阿蘇神社の木ですよね?」と。

そしたら、中尾さんが
「阿蘇神社には最近行ってないですけどね…」と。

ん⁇

ん⁇

あれ?

あれれ⁇

はっ⁉︎  もしかして…

くまもとじょーーーー⁇



ようやく、間違いに気付いたわたし…。

マジかーーーー‼︎

うわぁ〜、どうしよ〜って思ったけど
これも「縁」だろうと
そのまま阿蘇神社へ。




もし、初めから勘違いをしてなければ
わたしは乙姫神社には辿り着いてないかもしれない。

不思議な体験もしなかったかもしれない。

もしかすると
また別の何かが起こっていたかもしれない。

でもね。
どちらの道を選択しても
振り返ると
「あ〜やっぱり。すべてはなるようになっている」って
「やっぱりわたしは幸せだ」って
「やっぱりわたしは恵まれてる」って
「やっぱりわたしはわたしらしいや」って
必ず思うと知ってるんだ。

どんな道を通ったとしても。




あっ、それとね。
わたしにとって
「勘違い」は「ダメなこと」って
今まで思ってきたんだけど
それも勝手な固定観念。

「勘違い」と「ダメ」を勝手にくっつけてた。

それも、今回、切り離したよ(^^)

「勘違い」に良いも悪いも
もともとくっついてないもんね。

「勘違い」と「キセキ」をくっつけてもいいんだし、「勘違い」と「素晴らしい」をくっつけてもいいんだし。

わたし流解釈でいいんだから(^^)



-----------------------------------------------------

北九州 八幡
わたし番長@おおはら姿




お話会(グループコンサル)&個人セッション
→開催スケジュール

→ご提供サービス一覧

→お申込みフォーム


「乙姫神社」を出て
阿蘇神社に向かう車中で
ふっと思ったんだぁ。

「乙姫神社」…

「おとひめ」…

「おーとーひーめー」…

「よーどーひーめー」…

はっ‼︎ 
似てる‼︎

同じ母音じゃん‼︎



↓↓↓

これも「縁」なんだろ〜な〜
って、思ったんだよね〜。

きっと、この先、
「あれはこうなるためにあったんだ〜」
って、繋がる時が来るんだと思うと、
その時が楽しみで楽しみで顔がニヤけます

{C4584386-710C-4A0A-856C-B227AD1F9486}

あっ、そうそう。
この写真の右手奥にあるこれ↓

{9B0A1DC9-13CA-4009-9D91-A07C02F7E957}

この木に刻まれてる言葉
「千早ぶる…」
って書かれてあるんだけどね。

いったい、誰の句だろう、と思って
帰ってからググってみたけど
探しきれなくてね。

有名なあの「千早ふる…」とも
ちょっと違うの。

気になりつつも
そのままにしてたら〜

一番下の娘が
「ちはやふる」のDVDを借りてきた‼︎
それも「上の句」「下の句」両方とも。
(漫画も読んだことないわたし)

ひとっことも、娘に
「乙姫神社」のこと話してないのに‼︎



おかげさまで
めっちゃ楽しみましたよ‼︎

そして、「千早ふる」の意味も
よーく分かりました(^^)

今日が22日だから
乙姫神社から1週間が経っています。

今頃ですが…
メッセージ、受け取りました。

ありがとう、神様。

{6D626F1F-DA89-4DC9-9F2E-D5A47DB4A2E7}

-----------------------------------------------------------

北九州  八幡
わたし番長@おおはら姿







今日、面白いこと発見したんだぁ。

どれくらい前かなぁ…。

3〜5年くらい前?
ちょっと定かではないんだけど。

「毎月、自由に使えるお金が50万欲しい!」
って、目標に掲げたことがあってね。

それで、販売の仕事とかを
頑張ってた時期があるんだけど。
(単価平均7000円くらい)

でね。
1年半くらいで
めっちゃ頑張って
グループ年商1500〜1700万円までになって
たしかに
わたしと主人の収入合わせて
「月収50万」になったの。

当時はめっちゃ頑張ってたんだよね。

愛想笑いに、作り笑顔。
仕事が終わって
家に帰れば愚痴を言い
イライラ、ムカムカしながらも
頭の中は数字ばっかり。

「自分は頑張ってる感」炸裂で
人を馬鹿にし、見下し…。

表で笑って、裏で文句言う、みたいな。

我ながら、笑っちゃうけどね。

心身ともに
自分で自分を傷付けてた。




そして、今。

その販売の仕事は縮小し
縮小したおかげで利益率が上がり
営業はほとんどしてないのに
注文はちゃんと入り、利益が残ってる。
月の労働時間、1時間くらいなのに…。

この部分のお金の回り方も
よーく観察すると
「出す」から「入る」ように
なっていることが分かるんだよね。
「与える」から「受け取る」みたいなね。

わたしが頑張らなくなったことで
主人の収入が倍になり
結局、フタを開けてみたら
「月収50万」は変わらない。

主人の報酬も上がったから
年収ベースで見ると
わたしが頑張ってた頃より
上がってるという現実。




でね。
わたしが「面白い」って思ったのは
「頑張っても頑張らなくても収入は同じ」
っていうことも、もちろんあるんだけど
それよりもね。

「自由になるお金が50万欲しい」

っていう願い方、にあるのよ。

我が家の場合は
月々のやりくりは、わたしで
それ以外は全部、主人がするのね。

これも、初めからこうだった訳じゃないんだけど
子供たち4人が幼かった頃に
子供のことで頭いっぱいで
お金のことにかまってる余裕がなかったから
手放したの。

この時も「ラクや〜ん」って感動したのを
覚えてるよ。

食べたい物を買って…
行きたいとこに行って…
欲しい物を買って…
払いたい時に払って…
払いたくない時は払わなくて…

ってことは〜
毎月50万をわたしはすでに
自由に使ってたのよ‼︎

「毎月、自由に使えるお金が50万欲しい‼︎」
って願っておいて
それが叶ってることに気付いてなかったのよ〜‼︎

願い方がアバウト過ぎたぁ〜‼︎

ざっくり過ぎたぁ〜

受け取り方とか全く細かく設定してないのに
自分が思い描いている受け取り方じゃないから
「叶っている」ことに気付かない…。

笑える…マジで…

そんな「わたし」を
「わたし」は笑ったぁ〜‼︎

それも、これに気付いたのが
お風呂の中〜

真っ裸で笑った〜

{F94EF859-11F8-4C35-A2FE-3C869CC46051}

きっとわたしと同じように
願い方がざっくりアバウトすぎて
叶っていることにも気付いてない人もいるんじゃないかと思ってね。

「わっ!叶ってた!」って気付いて
わたしと一緒に笑っちゃいましょう。

っで、わたしは、次に
「どんな願い方にしようか」と思ってね。

細かく設定する100万円バージョン、と
ざっくりアバウト100万円バージョン、と
どちらを選択してみよっかなぁと思っているのです。

まっ、どちらも結果は同じなので
ワクワクする方を選んで見よう、と。

さぁて、どっちにしよっかなぁ


-----------------------------------------------------------

北九州  八幡
わたし番長@おおはら姿


不安をあおって
未来に安心を売るよりも

今も充分、幸せで
未来はもっと幸せで素晴らしいと
お客様と一緒に
未来を創造するような
そんな営業トークで
商品をオススメして欲しい。

だって、それが
「あなたらしい」から。

自らが今を不安にし
未来にも不安を持ってきて
売った商品に集まるモノは「不安」

自らが今を幸せにし
未来にも幸せを持ってきて
売った商品に集まるモノは「幸せ」

そんなシンプルなことだと
わたしは思うんだ。

どちらを選ぶのも「自由」だけどね。

{DEDBFFF8-9E76-445F-80F2-9CF6F52D3C99}


北九州  八幡
わたし番長@おおはら姿



行き止まりをUターンしたあと
「はて…。どうやって阿蘇神社に行くのだ?」
と思いながら運転していたら
「迂回路」という文字とともに
右折レーンに連なる車が…。

「ちよいと曲がってみよう」と思い
その車たちの後ろを着いて行ったの。

案の定、迂回路で無事に阿蘇に行ける模様
(↑まだ気付いてない)

その道の途中、突如現れた「乙姫神社」の看板‼︎

{40E9E446-3F79-401C-905B-A05B10902B7E}

「考える」よりも先に身体が動いてた。

この看板が目に入った瞬間は
すでにわたしの車は通り過ぎてたから
急いでUターン(←本日2回目^^;)

「行こう」じゃなくて
すでに「行く」だった。

狭〜い道を入っていくと
そこはすっごく古い町並みで
タイムスリップしたような空間。

もう、それだけでワクワク‼︎

写真撮っとけば良かった〜…
っと、今更ながら後悔…。

{F74545F8-7E51-4D86-9919-A45362943B24}

↑これは拝殿から鳥居を見たところ。

{3379AD3D-3272-4FCB-8652-BB4F7F1E0FF6}

鳥居のドアッフ‼︎

鳥居の下に立った瞬間
わたしは感じたんだ。

「ここだ‼︎」って。

言葉で表現するのは
ちょっと難しいんだけど
「嬉しい」
「ただいま」
「帰って来たぁ」
「来れて良かった」
「会いたかった」
なんかね、そんなモノが
ドワーッて出てきたの。




写真はないけど^^;
たくさんの絵馬がかかってて
それを見たら
「元気な赤ちゃんを授かりますように」とか
「赤ちゃんが無事に産まれますように」とか
書かれてあったから
「子宝の神様なんだ〜」っていうのは
わたしでも分かったのね

「素敵な神社だなぁ〜」って
見渡しながら拝殿に入ったの。

{4B3B3D19-082B-4086-B25C-213C7FE8C1E2}

そして、不思議なことに
お賽銭を入れて、お参りする時には
わたしはすでに大号泣。

父が死んだ時以来かもしれないってくらい
嗚咽しながら泣き崩れたの。

顔ぐちゃぐちゃにしながら
しゃがみこんで
一人で大号泣…なんて
誰も信じられないかもしれないけど、ね。

「止めよう」とすれば
「止まった」涙かもしれない。

でもわたしは「身体」を優先したの。

「わたし」よりも「身体の反応」を。

その涙を無理矢理止めることはしなかったの。




その時の感覚に
一番近いモノといえば
出雲大社でわたしの背中に
何かが入った時、とっさにわたしは
「わたしの身体がヤバイ!」って思って
両手を広げてその何かを放出したんだけどね。

この時も、実は同じように
「わたし、このままいくとヤバイ!」って
頭のどっかで感じてたの。

だからか…。
わたしは電話を鳴らさせたんだ。

泣き崩れてた時
北九州のとあるお店から電話がなったの。

普段、かかってくることなんかないお店なのに…。

その電話が鳴った瞬間
わたしは何かと繋がっていた糸を
プツンと切ったんだ。

「我にかえる」って感じだった。

慣れ親しんでいる、
わたしが思っている「わたし」に戻っていったの。




今、わたしはこの記事を
15日から少し時間が経った20日に書いている。

思い出しながら書いている。

その時にすぐ書くことも出来たけど
わたしはすぐに記事にはしなかった。

だからこそ、その時に起こったことを
第三者的に見ることが出来る。

そして、気付くことがたくさんある。

「わたし」がなぜ「ヤバイ」と感じるのか。

それも「固定観念」のしわざだった、と。

上手いこと文章にすることすら出来ない
無数の固定観念が、ベッタリくっついている。




いつ、どこで、また
この感覚と同じ体験をするかは
わたしにも分からない。

だけど、次に起こった時は
その感覚を受け入れてみようと思う。

今までに2回、ビッグチャンスを
与えてもらってるのかもしれない。

それをわたしは2度とも「信じなかった」んだ。

正確に言うなら
「ヤバイ」を信じたんだよね。

だから、今度は、
その反対を信じてみようと思う。

きっと、それは
「わたし」に還ることになりそうな気がする。

楽しみだ〜‼︎

{E3C6B77E-033E-4521-A28E-2507175605E0}


-----------------------------------------------------

北九州 八幡
わたし番長@おおはら姿




お話会(グループコンサル)&個人セッション
→開催スケジュール

→ご提供サービス一覧

→お申込みフォーム