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一人でどこへ行こうと勝手なんだが

正月の夕方。

街道に沿って並ぶ店舗のある通りを歩いていたら、
それなりに一年の中では大人しい時期だからか、
街頭のアナウンスがよく聞こえてきた。
それは、はじめ歯科の宣伝だったが、そのまま歩き続けていると、
すぐにそれは聞こえなくなり、代わりに今度は飲食店の宣伝が聞こえてきた。
いずれもアナウンスではあるが録音されたもので、
その後も僕の歩みに合わせて数種類のアナウンスが入れ替わっていた。

それは見事な役割分担であった。

もちろん音声の聞こえる範囲には、
宣伝主たる店舗が存在していたのだが、
なぜかその殆どが閉店していたので、唯一の群衆たるものとして、
アナウンスが飛び込んできたのかもしれない。

聴衆としての僕はといえば、
そういった無人な状態が際立たせるはずの寂寥感とかではなく、
むしろ心地良さを覚えてのそぞろ歩きだった。

歩いたから分かったことではある。

そこでしか体験できないことがあると分かるから、
そんな発見や偶然にワクワクすると急いでまとめることも出来るが、
今回は、先の役割分担のような譲り合いというか秩序が保たれている側面を
取り上げたくなった。


コミュニティーに焦がれているのだろう。

コミュニティーの感覚を確かに覚え始めた今のネットに似ているかもしれない。
確実にネットの時間が増えていた。と同時に散歩の時間も増えていた。

「twitterをやることで、実際の散歩が増える」
全然、自分では一般化出来そうに感じるアホリズム(アフォリズム)だ。

そうすると、ちょうど今、冬の最中ということもあるので、
ネットサーフィンっていうのはちょっと古い言葉としていったん捨てちゃって
ネットウォーキングとでも言い換えてみようかと一瞬思うが、あまりの
ダサさに誰か他人がアナウンスしてくれるのに任せる。

※三月はまだ先だが、三月になったからといって、
アナウンスされる可能性は高くないのでその昔ソノシートにもなったこの曲を。
ソノシートといえば篠ひろこと同じくらいコミュニティーで輝くものかもしれない。

The Power Of Love

「インターネットは再会のツール」。
これは(これも)橘川幸夫氏の言葉だが、まさにその通りと実感される方も多い的確な表現だろう。

ではこれを再会と呼ぶかどうかはともかく。
実は昨年、中学時代の友人が10年以上前に、21歳の若さで亡くなっている事を知った。googleでふと何気なく、彼の名前を検索し映画の記事と一緒に出ていないかページを下降していった途中で、すぐに「松山シネウエイヴ」のページが見つかった。彼が立ち上げた自主上映団体であることは、その名前を見たときすぐに分かった。

彼とは、僕が中学2年を迎えたばかりの頃、彼の転入によって知り合った。僕の記憶が正しければ、神奈川から来たという情報は、彼の随分大人びた外見を更に補強するものだった。そんな彼と気が付けばつるんでいたのだが、きっかけは今では覚えていない。

ただものすごく短期間で、彼と一緒に過ごすようになっていたと思う。それは、僕が中学2年の始まりを、彼が持ち込んだ「映画のミニコミ紙」制作における記事執筆で迎えたと記憶しているからだ。その後おそらく1年間は、記事を中心に彼と活動を共にしていたと思う。確かコタツの中で、『ぴあ』の映画欄を参考にしながら、あーでもないこーでもないと、文章をこねくりましていたのを覚えているから、冬休みもある程度の時間を費やしたのだろう。

彼との活動-それは記事執筆もそうだが、それには、出来れば試写会やビデオ等で執筆のための鑑賞を終えておくことが必要だったので、上映映画館に出向いて「記事を書くので、試写会のチケットや資料(プレスシート、チラシ)を!」と渉外や、当時1000円くらいあたり前に必要だったレンタルビデオを物凄く吟味して借りたりといった調達を行った。そして肝心の記事を集めた原本が出来上がるとコピー、ホッチキス製本して完成したミニコミ紙を、映画館に頼んで置かせてもらう、そんなこんなを確か3人で行っていた。

面白かったのは、原稿料があったことで、それは前述の渉外で手に入れた試写会のチケット、チラシやバッヂで賄われることも多かった。もっとも転入前からこうしたミニコミ紙制作で映画に関わっていた彼らしく、既に溜息が出るほど膨大にアーカイブされていた彼のチラシコレクションから、例えば007や角川映画のそれを頂くこともあり、そのうち、原稿料としてではなく、一商品として現金で売ってもらうことも多くなった。14歳としては、今も興奮が蘇って来る、かなり面白い関係であった。

その後受験をへて別々の高校へ進学し、数回、深夜に彼の部屋で仲間と集まったりはしたが、疎遠となったまま僕は無事中年となった。中年から振り返ってみて、大学時代に参加した現代詩の自主出版や映画、音楽、文学を中心としたサブカルチャー系同人雑誌の制作や、最近機会を頂いた「深呼吸する言葉」等、いずれも、個人がメディアとなろうとして関わってきた行為だと思うが、その始まりには彼との活動があったと気付く。

そして、14歳にして髭が豊かで180cm近くあった彼とは随分風貌は違うが、彼を思う時、清志郎氏をまた思い浮かべてしまう。おおくぼひさこ氏が書いていたことだが、清志郎氏をはじめRCはいつも「少年探偵団のまま」らしい。ありがたく引用させてもらうとしたら、まさに彼は僕にとって少年探偵団のリーダーであった。元々大人びて、老けていたのに、それでも少年探偵団なんだから、きっと今でも変わらずリーダーでいられる男だった。彼の家に行くといつもお母さんが「ゆたかー!」と甲高い声で呼んでいたことを思い出す。その呼び方は、別に悪いことをしていないのに、何だか叱ってもいたようで可笑しい。清志郎氏のお母さんも「キヨシ」っていつも叫んでいたらしい。家族や仲間が間違いなく、あった時代だ。

そんな彼のおかげで" BACK TO THE FUTURE" は夜の試写会で観た。今でも、映画が終わってしまった、けど最高だったという高揚と、深夜にこっそり帰宅せねばならないという不安が入り混じった感情を、この曲は思い出させる。

今日、予定では高校の同窓会が開催されたはずだ。ふた昔以上前のはずなのに、高校よりも身近に感じられる中学時代の時間と今について、彼に感謝したい。

キミかわいいね

最近でこそ書き残すようにしているが、
ただでさえ少ないテキスト量の当ブログでも、
それでも消したい過去のテキストはある。
中でも特に「参考程度になろう。」がそれで、
2005年の記事だから約5年前のものにはなるが、
この程度の期間でも心境というか考え方に変化が生じたようだ。

つまりその変化とは、この記事では、
一般世間の意味する範疇での「営業」というものが
あらかじめ肯定されているが、
今ではそんなことは思わなくなったということで、
一般世間の意味する範疇とは何かを説明する必要はあろうが、
間違いなく、いつの間にか「営業」を否定する側に立っている。

それでは一般世間の意味する範疇とは何かだが、
大体以下の説明がつけられるのではないか。

「営業」

・売る行為を、売りたい対象に対し、
テキストや発話や訪問といったアクションで直接的に行う人

一応僕もまだ外面的には営業とか
プロデューサー(下手を打てば清志郎に失笑されるネーミング・・・!)
という肩書きを与えられているからか、
今、これっぽちの説明では不満足に感じてしまう。
つまり、もっと付け加えたいことがある。
拡張というわけだ。

僕の好きなある(尊敬してはいけないと言ってくれた)人は、
「営業は営業なりのロックの仕方がある」とtweetしていた。
この言葉に対しては、深く同意出来るし、
それを望んでいる自分がいる。
ロックという部分が拡張を意味していると思う。

そもそも世間一般の意味する範疇自体、
僕が「おそらくこうだろう」と
思っていることに過ぎないが、そうすると、
僕は、その意味する範疇に感じる事象、概念みたいなものが
今は否定の対象になっているということだろう。

それは、成功哲学や地位とかに対する依存、
言い換えれば自分を疑うことの放棄・・・
と、咄嗟に挙げられる。確かに「大嫌いだ」。

既存の価値観への執着、思考停止、
こんな古びてよさそうな説明が未だに有効。
歯科に行かないと取り除けなくなった歯石みたいな。

取るといえば、
もともと、無頼を気取るように積極的に「営業」と名乗ってたのが
2005年当時の僕で、
その伏線として、孤独への耐性が弱かった20代、
世間一般の意味する範疇であろうが他者との関わりの主体となれるのが、
営業と考え魅力を感じたのであろう。

ところが今はそこに満足していない。
もう答えは出ている部分はあって、
それは前述した大嫌いな歯石たちを取り除きたいってことだ。

自分自身が発信し受信するメディアとなるということで。

自分自身が自分や他者を作り続けるということで。

決して売るということが主体ではないはずで。

というか作れ。

さて、そんなメディアといえば例に挙げやすい、またtwitterではあるが、
誰をフォローしているかが実に興味深いものとなっている。

安直な営業の方々が、やっぱりあの人やあの人をフォローしている。

1人では分からないが、音楽のパクリと一緒で、
2人以上でもう剽窃、思考停止と分かる。インスパイアって難しいな。

コインを投げた理由

僕は小学生か中学生の頃、裏庭に向かって一円玉とか五円玉を数枚投げた。
それはちょうど、その数日前かに「寛永通宝」らしきコインを
僕は同じ裏庭で見つけたのが、きっかけだった。

そのコインを見つけたとき、
何がしか胸にぐっと来るものがあったことを覚えているが、
それは、寛永通宝という過ぎ去った一昔前のものが、
自分の家の裏庭という、いわば自分の世界と接触したことによる
興奮だったのだろう。
安直だがきっと「自分も後世に残してやろう」位に考え、
衝動的に投げたのだと思う。
少なくとも、ほぼ小遣いが皆無だった当時、
五十円玉や百円玉は投げなかったことは確かに覚えているのだが。

僕の当時の行為は馬鹿げているが、寛永通宝の主はまず間違いなく、
意図的にコインを残してくれたのではなく、落として、気付かなかったか、
気付いたが見付けられなかったか、見付けるのを諦めたか・・・
そのいずれかだろうと、考えるとなおさら二者に類似性はない。

とはいえ、その鋳造時期の間、代々同じ地所だったのが僕の家系だから、
血縁という類似性では、もしかしたら、多分に先祖の可能性もあるのだが。

その後、とある事情で裏庭は父によって売却され、整地され、
他の家族が住む家々に変わった。
結局、それは僕が放り投げたコインや、
もしかしたらまだ眠っていたかもしれない寛永通宝等を、
僕が見つける機会は殆ど無くなったということでもある。
他人が見つけるのかもしれないが、それはいつのことやら分からない。

そうなると、残すべきもの、あるいは見つけるべきもの(拾うべきもの)は、
別にあると思いたくなる。もっと確実に残せ見つけられるもの。

この裏庭は畑だった。耕す人がいた。毎日聞こえていた。

そんな、
いつ、どこで、誰が、何を、誰と!こそが。

なぜか上海

高校以来の数少ない友人の一人と、
ふとしたことから口ゲンカ(メールゲンカ)となり、
途中で仲直りしつつも、半年程度互いに音信不通となっていたのだが、
この度ぶっきらぼうなメールを携帯宛に送ったところ、
直ぐに返信にて「実は上海に」とあった。
それに対し、こちらはPCだったから、即質問や感想を返信したのだが、
なかなか粘り強く彼も返信を続けてきた。彼のコメントをまとめるとこうなる。

・もはやこの日本では既に稼ぐ事は出来なくなった。
・商社の多くは直ぐに輸入に変更しているが、買う側がデフレなのに意味が無い。
・これから更にデフレは加速するし脱日本になる。
・「稼げないと収入は無い」のが普通だが一般のサラリーマン、公務員の多くは
誰かが稼いでくれるという認識があるから、これを理解出来ない。
・年始せっかくだから飯でも食べよう。

これらのコメントの是非を(問えるとしたら、年始の誘いへのYes/Noくらいで)
とりたてて問うつもりはないが、取り上げてみたのは、今頃になっても
「どうして彼と今も付き合い続けているのだろうか?」と思える人物だからだ。
もちろん、これは彼を嫌悪しているのではなく、人と人との関係の不思議さに
感嘆するといった意味合いで、このような疑問を抱かせる点に面白さを感じている。

色々なタイプの人と付き合っていくのが人間や市民の常だろうが、
そういったごった煮的な関係性も時間というリニアな流れの中で、
やがていくつかのタグを付ける=タギング出来るようになってくる。
これも常だろう。

どうやら僕が感じた疑問とは、彼との共通項であるタグと他の友人、知人との
タグが異なっていると思ったことに端を発しているようだ。

そもそも、タグといっても個々のそれらを挙げていたら収拾がつきにくいので、
タグをさらにタギングしてメタメタタグとしていちいち書いてみると大体、

①外面に関するグループ

 ex.デザイナー、ライター、ポスト団塊jr、
 同級生、地方出身者、都市生活者・・・等々まだ多数。

②内面に関するグループ

 ex.夢想、創造、情熱、楽観、悲観、諦観、
 ルサンチマンが嫌い、サルトルよりはまだ劣る、
 女性的、男性的、激情型、大人しい・・・等々まだ多数。

にやっぱり、分けられた。まあ、想像力が必要といえる。

タギングはグルーピングとかと呼ぶことが出来るだろうけど、
グルーピングの場合だと意味のある区分がとても重要と言われている。
例えば②では、二項対立が成り立つタグが多くを占めるが、
現実に照らし合わせた際、一方のグループにのみ含まれる場合には、
そのタグは不適切と考えるべきだと言われている。

つまり、「夢想」の場合は
夢想的:現実的 とでも表せる二項対立が成り立つが、
あるグループのメンバーを対象にした際、
夢想的あるいは現実的のいずれか一方に全てのメンバーが含まれるとしたら、
この二項対立は、そもそもグルーピングとして間違っているというお約束事だ。

しかしここでは、タギングの話なのでこのお約束事は不要だろう。
取り上げるのならむしろ、そもそも、一人の人物に対して、
複数のタグが成り立つ中で、さらにそのタグ同士が二項対立と
なっていることだって多いということで、
僕自身、例えば「楽観:悲観」のいずれも僕に対してタギング出来ると思っている。

そうすると、前述の彼、あるいは他の人々に対しても、
きっとまだ言葉として可視化出来ていないタグを僕は既に知覚しているの
かもしれない。つまり同類項として扱っているというわけだ。

認識では二項対立という便利な区分でどんどん分割していくのだけど、
分割が終わったと思ったら、数年後、まだ分割出来たり。
そのうち、対立していたはずのもの同士が結ばれていたりすることはそれ程
不思議じゃないはずだ。

なるほど、付き合っているという結果ではなく、こうしたへ理屈でもって
納得したい対象が彼だということは分かってきた。

限りない人生録

「僕が在ると思う以上、世界は在るのかもしれない。」

アカシックレコードが成り立つかどうかはともかく、
世界が総量として捉えられるものであって欲しい。
でもそれは予測可能なことを意味するのではなく、拡散、
いや拡張が成り立つ、ダーウィンがいた意味がある、
2001年宇宙の旅のあの骨を投げるシーンが胸を打つ、
そんな不確実性は孕んでいて欲しい。
そしてその不確実性が形を成すのが、人間をして
成長とか進歩と言わしめるものであって欲しい。

つまり世界とは、ある程度形作られたスタートアップに足る
シナリオと、不確実性を言い換えるなら、流動性、変化の許容といった
ニュートラルな要素が混ざったものであって欲しい。

最近「だいせんじがけだらなよさ」とかといった言葉が、
今頃胸に突き刺さっていたのだが、それはこんな抽象めいたことを
切実に考えていたからだと思う。

同じく最近読んだ色川武大氏の『うらおもて人生録』は、
シナリオ+ニュートラルといった僕の欲望を受け止め、そして
明後日みたいな方向に投げてくれた、そんな本だった。

“うらおもて”という総量的な考え方



“世代間の橋渡し(リレー)によって確実に前進している”

という不確実性の提示。

そもそも、この本の一つ一つの章は、
毎日新聞で連載されていたということが
不確実性だと思えるが、それはさておき。

そもそもといえばそもそも、
この不確実性という外的、あるいは内的変化をも
総量というシナリオの中に組み込むことは出来るだろう。
だが、それならそれでいい。なぜなら少なくとも、
自分にとっての世界は分からないことだらけだし、
分かったことが増えたらさらに分からないことが
増えているように感じるけど、もしもこうして過ごす時間さえも、
あらかじめ決められたシナリオに沿って進むものだとしたら、
それは相当大したものだと感嘆するしかないからだ。
あきらめに似た言い草かもしれないが、どうか積極的に演じ続けていよう。
そう決意出来る。

その演じた過程が、不確実性となるのなら。

受精から胎児になるまでの外的変化において、
生物の進化の過程があの短期間に表現されている
というのはよく持ち出される話だが、
何千年か先に生まれる胎児は、僕が知っているこの外的変化とは
もはや違うのではないだろうかとふと思う。

もっとも何千年先というのは、
期間が長過ぎて実感が沸かないかもしれないので、
2050年という近い将来、しかしながら、
生きているかといえば途端に自信がなくなる頃、
つまり僕の死後、僕、もしくは僕たち、
もしくはひとご都の住人でもいい、
前時代を生きた人々の演じた過程は、新しく生まれようとする
胎児にどう影響を与えていくのだろう?

そんな短期間ではなく、
生物濃縮のように、何世代も何世代もかかって
不確実性が外的変化として表れるとしても、
遺伝子が伝達の役割を担っているとしたら、
どのように記述されているのだろうか?

記述がすぐに反映されることをつい考えがちなのは、
googleの使い過ぎだろうか?

せいぜい、夢想してから次へと。行動。


橘川氏と山川氏:google mapとgoogle calender

一冊の本について批評めいたことを呟く代わりに、
同じ頃に読了した複数の本を取り上げてみることで
ルーティーン化した視点が少しでもズレれば・・・そんなことを考えてみる。

図書館という場所が便利なのは、恣意を肯定出来る心地よさがあるからだ。
書店でも同じことがいえるが、図書館の場合は絶版・廃刊となったものも
置いていて、恣意の対象を拡げる点でさらに優れている。

橘川幸夫氏の著作のうち、80年代、90年代のそれらの多くが廃刊となっているが、
図書館では書庫に入っているものも含めて、ある程度揃っていることが分かり、
早速通うようになった。

『暇つぶしの時代-さよなら競争社会』『一応族の反乱―若者消費はどこへゆく? 』
はそのおかげで読了出来たわけだが、橘川氏の著作に触れると
視点の神様だとつい口にしそうになるくらい、鮮やかに的を射抜く言葉に
溢れていて、氏の活動の一つである「深呼吸する言葉」同様、
そうか、氏の言葉は酸素だったんだなと気付かせたりする。

例えば砂浜で、身長130cmの小学生と180cmの大学生、
つまり歩幅の違う者同士が、同じ位置から同じゴールまでの100mを歩き始める。
それを離れた場所から眺めていれば、
離れた場所であればあるほど目に映る移動距離は同じだろうが、
彼らが体感する距離は、風に影響を受けたりだとか左右への揺れ、何より歩幅、
足の大きさが異なることでの砂浜に対するアップダウンの違いで
もちろん同じではないだろう。

しかし、100mという条件のゴールを目指している点では全く変わらない。

同じことを言っているのに、その時その時で言葉が相手に最適化出来るように
用意してくれている-それが橘川氏だと思う。
言ってみればgoogle mapだと例えてみると分かりやすい。
一つの砂浜を何度も眺めたり歩いたりした方なんだろう。


それで同じ図書館で話は続くわけだが、橘川氏の著作を探しに、同じコーナーに
目をやった時、ふと目に飛び込んだ本が、山川健一氏の
『死ぬな、生きろ。―アイデンティティ・クライシス』だった。

その瞬間は恣意の誘いというか、思わず手に取ったあとはあっという間に読了した
本だったが、ロック系の作家程度に名前を知っていただけだった状態に、
実体が伴った気がした。結論から言えば、氏は対象との距離の取り方という点で、
google map というよりgoogle calenderのようだと感じる。
時代精神を描写しているという点で、橘川氏と共に取り上げたいと考えたが、
山川氏のこの著作には、橘川氏ほど強烈な原風景は提示されない代わりに、
同情や共感といった言葉通りの優しさや、同時代のニュースが前面に出ていて、
意外=新鮮であり、分かりやすく、
つまり日常に寄り添っている感覚を与えるという点でカレンダーだと思った。

地図もカレンダーも連続したものだし、何がしかの始点を設けると、
思考が進んだりする。
アトランティスとかムーじゃないが、
短期間では変わらないようでも確実に変化が起こる世界で、
日々、測量のような行為を地図やカレンダーに記録しながらも、
それらをまとめて眺めたときには本質になっていることを願いつつ。



憂歌団のスモーキン・ブギ

「じゃがいもを日光に当てっぱなしにしてると緑に変色する。そして
その部分を食べると中毒を起こす。」
というのはよく知られた話かと思う。
健康に良いはずの野菜が明らかに毒に変化した状態だ。

植物という点で広義ではじゃがいもの仲間といえなくもない、
煙草。
じゃがいもと違うのは、昔も今も、
健康に良いわけはない、という点だ。
(悪いということが完璧に証明はされていないらしいが、
まあ良くはないだろうと思える光景を多くみてきたので
いったんそう結論付ける。悪しからず。)


と、悪さという点で昔も今も同質と思ってみたが、待てよ。
悪いものがさらに悪く変化、深化しているのではないか?

僕が歳を取ったというのもあろうが、
明らかに煙草による健康被害と思われる
直接的な犠牲者が昔よりも増えている気がしている。
直観でそう感じる。

それは、想起しやすい肺ガン、ガンばかりでなく、
脳梗塞、脳卒中、糖尿病、メタボリックといった
血液や肥満に端を発した病の多さに対し、
特にそう感じる。特に糖尿病、メタボリックは
今やガキのはずのわずか30代においても、
発症率の多さは指摘するまでもないはずだ。

煙草ばかりでなく、もちろん、高カロリー、
高コレステロール等の食品摂取や運動不足といった
生活習慣が背景にはあるだろう。それらと
結びついた時の爆発力の凄さが、もともとの
煙草本来の姿だったのかもしれない。

ただ、こうも思ってみるのだ。
例えばたった20年昔の煙草と、今の煙草とでは
すっかり何かが違ってしまったと。
例えば何がしか、新たな化学物質が加わっているのではと。
新たな分子構造となっているのではと。

この場合、じゃがいもにおける日光に相当する役は、
おそらく人間だろうから、情熱を感じなくもないのだが。


分譲と便乗

人もまた分譲されていくのか。

この5月に国立を訪れたとき、よく聴いたことはなかったが
外見はよく覚えていたアンジェラ・アキを彷彿させる
そんな外見の女性の多さにびっくりしたことがあった。

女性の外見は、記憶に残りやすい気がするが、
それはその時代の流行が如実に反映されている、いないはともかく
(かつては確実に反映されていたことは、70年代のドラマを見て
彼女たちの溜息が出るぐらい、時代な髪型、服装を見れば良い)、
同じ特徴を持つ外見が一定以上の数を形成するからだろう。

試しようもないことに、そんな彼女たちアンジェラーズを、
例えばスタバとかひとつの空間に閉じ込めたら、
2割はメガネを外してみるのか。一抜けたに便乗出来るのも今のうちとばかりに。


『風のアジテーション(Wind Carries Agitations)』が吹き抜ける

1969年は「永遠の今」だ。

さまざまな問題で、

行き詰まりを感じているならば、

ここから見直しを始めるしか

ないのだろう。


橘川幸夫氏の『風のアジテーション』を一気に読んだ。
何が幸せかって、文中にある荒木正人氏の
言葉「思想とは構築するものではない。鮮やかに突き抜けていくものだ」を
借りるまでもなく、断裁面が水色のこの本自体が突き抜けていく
風、思想であったことだ。

著者が“あとがき”で触れている通り、
小説の形式を借りた「サブカルチャー史」だとして、
全ての言葉が説得力を持って体内に入り込み吹き抜けていく様は、
サブカルチャーという言葉がすでに獲得してしまった、
何やらポップな、無菌であるかのような冷めた表情は、一切見られない。
つまり、喪失や混迷が浮遊ではなく、これまた文中に出てくる単語だが、
カマイタチのように駆けていくので、悲壮でも爽快な感覚を覚えるのだ。

そうこうしているうちに、よく酩酊状態にある登場人物たちとは逆に、
僕はどんどん覚醒していく。

同じく“風”を中心に据えた松本隆氏の『微熱少年』も、
東京、60年代後半という共通の舞台を持っていたが、橘川氏の言葉で再び
“風街”を夢想してしまったくらい、力強い断定が、
嫌悪感なぞ起こるわけもなく、冒頭で述べた説得力となって僕に迫りまくる。


さて、そんな氏の言葉を借りるのは、これで一旦最後とするならば、
こうだ。(どうだ!)

・都市は、完成すれば大人の管理下に入るが、
未完成なうちは、子どもの遊び場

・かつて子どもは「地域の子ども」であったが、
1960年以降の子どもは「社会システムの子ども」

・風景とは一つではない

坂の多い小説だが、転んでも立ち上がれる空気感。
69年生まれじゃないが、69年に帰れるような安堵感。
うまくいう必要がないなら、そういうことだと思っている。
風は吹き抜けるが、通り過ぎていないからだ。

最後に。これはあとがきからだが、本当の本当の最後に。

・コンテンツの時代といいながら、
古いコンテンツの買い出しに励んだり、
著作権管理のシステムばかりにエネルギーを費やさないで、
オリジナルなコンテンツを生み出すことに
情熱と時間と資金を投入しなければ意味がない


ありがとうございました。だからこの本にあるのは
「永遠の今」なんだと思っています。