帰れない三人 ~AR三兄弟の企画書を読んだら
※amazonのレビューに投稿したが、反映されず拙ブログに。
『AR三兄弟の企画書』。
発売から2カ月が過ぎましたが、まだAmazonのレビューは空白のままのようです。
ネットでの評判はおろか書店での平積み、
ドラッカーの本を抜く売れ行きという現象を知っていたので、
寝起きの頭ではなぜと思いました。
しかしそんなこと気付かないのが馬鹿というものでした。というのは、
みんな現実の拡張に顔を向けはじめていて、
現実にレビューを誰かが誰かに対話や行動で行っているに決まっているからです。
そしてそうなることすら、予期していたのがこの本と著者に決まっていて、
読者に各自それぞれの未来に行ってもらうという、
行動の「省略」にみごと成功しているからです。
なんだか昔の先生に似ていなくもありません。
最初にレビューを書きたいという思いの一方で、
お前に書く資格があるのかと自答していたはずが、
先生への甘えから来る反抗心からか、書こうという開き直りに変わりました。
さて、もちろん私も未来に行かせてもらっています。
読めばお分かりの通り、この本には、
書きたいことのほんの一部しか書かれていないと同時に、
およそ無償の教育ともいうべき惜しげのなさで、
「正解」と「正解の導き方(設計図)」 が懇切丁寧に開示されています。
どのページでも、破って取り出してみれば、その1ページ自体が、
企画書、小説、手紙、感謝状、遺書となって、
バサバサバサとページを継ぎ足していくのが分かるはずです。
あ、実際に破らなくてもその位想像出来るはず、が正しい表現でしたが。
つまり、全く「目減り」するどころか、仮に小説としての一面だけを見ても、
もうとっくに違う「物語」へと進んでいる本なので、
さっさとレビューした方がいいという開き直りも可能でした。
しかしそんな加速性の一方で、この本に満ちている重さはいったいなんなのでしょうか。
僕が、先程挙げた言葉ですが、この本は企画書という名称を纏いつつ、
遺書でもあると言っているのはここにあります。
もちろん、実際の死を取り上げているのではありません。
遺書とは、強烈な意志が伴わずしてそう呼べないものだとすれば、
それは「さよなら」と言い換えられると思います。
読者の方に聞きたいし共感を求めたいのですが、
この本に溢れるユーモア、例えばマナー広告の一節に対して、ゲラゲラ、
あるいはゲバゲバでもいいし、 ニヤニヤでもフフフでもいいのですが、
笑うだけで済むはずがなかったのではないでしょうか?
僕はそこに悲しみを見て、さよならを見ました。
つまり、「覚悟」を見ました。涙が出ました。
誰にもおそらく、この機会は与えられてきた、
素晴らしく、悲しい世界だったんだと直接的な言葉で言われなかったからこそ。
矛盾に満ちた世界を、さらなる矛盾で覆い尽くしてくれた笑いだからこそ。
この本も多くの名著同様、読む人を未来に連れていくだけでなく、
今に立ち還らせます。
今とは自分自身でしかなく、
他者は常に過去へと引き戻されていくものだからこそ、
著者は他者と繋がり続けることをやめず、結果、世界を拡張し続けようとするし、
周到で緻密な思考、「予め考える」ことをやめないのだと、僕は考えます。
そして、この本のように、本という体裁を保ちつつ、
その実「場」を生んでいるのでしょう。
三兄弟とはうまくいったものですね。
それはもはやあなたと私だけの場ではないのです。
お分かりの通り感情剥き出しでもある本ですから、
「なんということでしょう」ってさらけ出して、仲間に加えてくれるんです。
『AR三兄弟の企画書』。
発売から2カ月が過ぎましたが、まだAmazonのレビューは空白のままのようです。
ネットでの評判はおろか書店での平積み、
ドラッカーの本を抜く売れ行きという現象を知っていたので、
寝起きの頭ではなぜと思いました。
しかしそんなこと気付かないのが馬鹿というものでした。というのは、
みんな現実の拡張に顔を向けはじめていて、
現実にレビューを誰かが誰かに対話や行動で行っているに決まっているからです。
そしてそうなることすら、予期していたのがこの本と著者に決まっていて、
読者に各自それぞれの未来に行ってもらうという、
行動の「省略」にみごと成功しているからです。
なんだか昔の先生に似ていなくもありません。
最初にレビューを書きたいという思いの一方で、
お前に書く資格があるのかと自答していたはずが、
先生への甘えから来る反抗心からか、書こうという開き直りに変わりました。
さて、もちろん私も未来に行かせてもらっています。
読めばお分かりの通り、この本には、
書きたいことのほんの一部しか書かれていないと同時に、
およそ無償の教育ともいうべき惜しげのなさで、
「正解」と「正解の導き方(設計図)」 が懇切丁寧に開示されています。
どのページでも、破って取り出してみれば、その1ページ自体が、
企画書、小説、手紙、感謝状、遺書となって、
バサバサバサとページを継ぎ足していくのが分かるはずです。
あ、実際に破らなくてもその位想像出来るはず、が正しい表現でしたが。
つまり、全く「目減り」するどころか、仮に小説としての一面だけを見ても、
もうとっくに違う「物語」へと進んでいる本なので、
さっさとレビューした方がいいという開き直りも可能でした。
しかしそんな加速性の一方で、この本に満ちている重さはいったいなんなのでしょうか。
僕が、先程挙げた言葉ですが、この本は企画書という名称を纏いつつ、
遺書でもあると言っているのはここにあります。
もちろん、実際の死を取り上げているのではありません。
遺書とは、強烈な意志が伴わずしてそう呼べないものだとすれば、
それは「さよなら」と言い換えられると思います。
読者の方に聞きたいし共感を求めたいのですが、
この本に溢れるユーモア、例えばマナー広告の一節に対して、ゲラゲラ、
あるいはゲバゲバでもいいし、 ニヤニヤでもフフフでもいいのですが、
笑うだけで済むはずがなかったのではないでしょうか?
僕はそこに悲しみを見て、さよならを見ました。
つまり、「覚悟」を見ました。涙が出ました。
誰にもおそらく、この機会は与えられてきた、
素晴らしく、悲しい世界だったんだと直接的な言葉で言われなかったからこそ。
矛盾に満ちた世界を、さらなる矛盾で覆い尽くしてくれた笑いだからこそ。
この本も多くの名著同様、読む人を未来に連れていくだけでなく、
今に立ち還らせます。
今とは自分自身でしかなく、
他者は常に過去へと引き戻されていくものだからこそ、
著者は他者と繋がり続けることをやめず、結果、世界を拡張し続けようとするし、
周到で緻密な思考、「予め考える」ことをやめないのだと、僕は考えます。
そして、この本のように、本という体裁を保ちつつ、
その実「場」を生んでいるのでしょう。
三兄弟とはうまくいったものですね。
それはもはやあなたと私だけの場ではないのです。
お分かりの通り感情剥き出しでもある本ですから、
「なんということでしょう」ってさらけ出して、仲間に加えてくれるんです。
ジュースとノック
味覚の発達は退化だと、子供の頃聞いたことがある。
つまり、幼児の時は、塩も何もかかっていないおかゆを食べるが、
やがて成長と共に塩やスパイスといった複数の味を覚えると、
もうそれらなしでは居られなくなるということから、そう言えるらしい。
確かに、うまいこと言うと思った。
それで洒落ですまなくて、実際はるか昔には、スパイスを求めて、
戦争まで起こったわけだ。
ある味覚の部屋が脳に形成されると、
定期的にノックしてやらないと、主はいらいらしてしまうということか。
そういえば時々、というか割と頻繁にワサビが効いた蕎麦や刺身を食べたくなるが、
ある程度その欲求は満たされているので、せいぜい涎が出そうという、
おそらくいらいらの手前で済んでいる。
何だか、煙草にも似ていなくもない話だ。煙草は止めたから無関係だが。
(形成された部屋を廃墟に出来るわけだから凄いというか、
味覚の類ではないということか、煙草は。)
さて表題だが、味覚といえば料理と同じく、様々なジュースが巷に溢れている。
その中でも、個人差はあるが定期的なノックが繰り返されやすいのが、コーラだろう。
このコーラも、長らく2社の寡占状態だったが、最近ビール系の2社が新たに本格参入し、
「コーラ戦争」と報道される様相を呈してきた。
また、戦争かよ。ていうか、この場合の戦争は健全じゃないの。
ともかく、コーラのように定期的なノックに繋がりやすい類のジュースは、
冷やした方が美味しいのは勿論だが、その市場競争は熱くなる一方ってことだろう。
それではとさらに見渡すとここに、消費者の僕には市場競争が熱くなっていないと
思えるジュースが幾つか挙げられる。
いずれも定期的なノックには繋がりにくいはずだが、何ともいえない(今は発売されていないものは
確かめようがないし。発売されているものは、君がはまっているかもしれないし
僕がそうなるかもしれないから)。
・冒険活劇飲料サスケ(サントリー 1984) コーラへの対抗馬として出された炭酸。
飲んだことがあるが、発売から約1か月ほどで製造中止になったはず。これじゃはまりようがない。
・砂漠の嵐(チェリオ 1991) これも炭酸で、味は忘れたが、奇抜な印象は味覚の上ではなく、
やはりそのネーミングにある。
・神戸居留地ガツンゴールド(富永貿易 発売中) まだ飲んだことがないが、友人のtweetで知る。
「なんとモンスターの味が!!!な訳なくオロナミン+リポビタンから大事な何かをなくした感じね…。 」とは彼の弁。
これはもちろん氷山の一角だ。共通事項を探してみると、炭酸系が多いという点と、
時にはストーリー性を伴ったような、そのネーミングの奇抜さが挙げられる。
コーラやサイダーやバヤリースが、塩までオーソドックスじゃなくても、
味の素やマヨネーズ程度にはオーソドックスだとしたら、確かにこれらは、
その基準からはみ出している。
ジュースは考えてみたら、僕たち自身に似ているといえるかもしれない。
地方だとか田舎とか実家とかがいやで、離れて、楽しんではいるけど、
時々元いた場所が恋しくなるような。
反対のものを、自分の都合に合わせて、求めるような。
それは良いとか悪いとかじゃなく、向かい合ったドアとして、
あらかじめ脳に設けられたものかもしれない。
ともかく、寝ようとしているのにドアをノックしないのと、寝る前にジュースを飲まないのはマナー。
これは心掛けたい。
つまり、幼児の時は、塩も何もかかっていないおかゆを食べるが、
やがて成長と共に塩やスパイスといった複数の味を覚えると、
もうそれらなしでは居られなくなるということから、そう言えるらしい。
確かに、うまいこと言うと思った。
それで洒落ですまなくて、実際はるか昔には、スパイスを求めて、
戦争まで起こったわけだ。
ある味覚の部屋が脳に形成されると、
定期的にノックしてやらないと、主はいらいらしてしまうということか。
そういえば時々、というか割と頻繁にワサビが効いた蕎麦や刺身を食べたくなるが、
ある程度その欲求は満たされているので、せいぜい涎が出そうという、
おそらくいらいらの手前で済んでいる。
何だか、煙草にも似ていなくもない話だ。煙草は止めたから無関係だが。
(形成された部屋を廃墟に出来るわけだから凄いというか、
味覚の類ではないということか、煙草は。)
さて表題だが、味覚といえば料理と同じく、様々なジュースが巷に溢れている。
その中でも、個人差はあるが定期的なノックが繰り返されやすいのが、コーラだろう。
このコーラも、長らく2社の寡占状態だったが、最近ビール系の2社が新たに本格参入し、
「コーラ戦争」と報道される様相を呈してきた。
また、戦争かよ。ていうか、この場合の戦争は健全じゃないの。
ともかく、コーラのように定期的なノックに繋がりやすい類のジュースは、
冷やした方が美味しいのは勿論だが、その市場競争は熱くなる一方ってことだろう。
それではとさらに見渡すとここに、消費者の僕には市場競争が熱くなっていないと
思えるジュースが幾つか挙げられる。
いずれも定期的なノックには繋がりにくいはずだが、何ともいえない(今は発売されていないものは
確かめようがないし。発売されているものは、君がはまっているかもしれないし
僕がそうなるかもしれないから)。
・冒険活劇飲料サスケ(サントリー 1984) コーラへの対抗馬として出された炭酸。
飲んだことがあるが、発売から約1か月ほどで製造中止になったはず。これじゃはまりようがない。
・砂漠の嵐(チェリオ 1991) これも炭酸で、味は忘れたが、奇抜な印象は味覚の上ではなく、
やはりそのネーミングにある。
・神戸居留地ガツンゴールド(富永貿易 発売中) まだ飲んだことがないが、友人のtweetで知る。
「なんとモンスターの味が!!!な訳なくオロナミン+リポビタンから大事な何かをなくした感じね…。 」とは彼の弁。
これはもちろん氷山の一角だ。共通事項を探してみると、炭酸系が多いという点と、
時にはストーリー性を伴ったような、そのネーミングの奇抜さが挙げられる。
コーラやサイダーやバヤリースが、塩までオーソドックスじゃなくても、
味の素やマヨネーズ程度にはオーソドックスだとしたら、確かにこれらは、
その基準からはみ出している。
ジュースは考えてみたら、僕たち自身に似ているといえるかもしれない。
地方だとか田舎とか実家とかがいやで、離れて、楽しんではいるけど、
時々元いた場所が恋しくなるような。
反対のものを、自分の都合に合わせて、求めるような。
それは良いとか悪いとかじゃなく、向かい合ったドアとして、
あらかじめ脳に設けられたものかもしれない。
ともかく、寝ようとしているのにドアをノックしないのと、寝る前にジュースを飲まないのはマナー。
これは心掛けたい。
生むの有無
タイトルだが、こうしたダジャレに偏向しがちなのは、
発音に任せた思考停止がいかに楽かということでもあろうが、
構わず本文を始めると、
「怠惰なくせして消耗するしょうもない振る舞い」が
周囲には散見していて、
ダジャレ同様もたれかかることが出来て楽なのか、
人を引き寄せてやまないらしいということを書きたくなっている。
では、怠惰なくせして消耗するしょうもない振る舞いとは何か?
例えば、それはディベート。
無駄を省いた論理の組み合わせによって相手を論破するのが目的。
ビジネスシーンで見る機会が多く、当事者は華々しい経歴の持ち主
だったり。結構、これまでどこかで頑張ってきたはず。
例えば、それは傷の舐め合い。
安い居酒屋には確かに人情もあろうが、安酒あおって席を並べ、
お互いを慰め合ったかと思うと、
どちらかが順列を付けれる内容で優位に立とうとしたら、
自分と同じ位置にいて欲しいがために罵倒したり、
すかしたり、なだめたりして引きずり降ろしたり。
結構、体力使ってるはず。
何のためにその話をしているのか、
目先の目的を決めすぎて、肝心の目的を見失っているらしい。
トンビが鷹を生む。それなら大歓迎。
生もうよ。
参考:「対話について」hillbridge
※greenzのライターや地域メディア作りの活動をされている岡橋さんの
ブログから。クリエイティブシンキングへの言及が秀逸。
発音に任せた思考停止がいかに楽かということでもあろうが、
構わず本文を始めると、
「怠惰なくせして消耗するしょうもない振る舞い」が
周囲には散見していて、
ダジャレ同様もたれかかることが出来て楽なのか、
人を引き寄せてやまないらしいということを書きたくなっている。
では、怠惰なくせして消耗するしょうもない振る舞いとは何か?
例えば、それはディベート。
無駄を省いた論理の組み合わせによって相手を論破するのが目的。
ビジネスシーンで見る機会が多く、当事者は華々しい経歴の持ち主
だったり。結構、これまでどこかで頑張ってきたはず。
例えば、それは傷の舐め合い。
安い居酒屋には確かに人情もあろうが、安酒あおって席を並べ、
お互いを慰め合ったかと思うと、
どちらかが順列を付けれる内容で優位に立とうとしたら、
自分と同じ位置にいて欲しいがために罵倒したり、
すかしたり、なだめたりして引きずり降ろしたり。
結構、体力使ってるはず。
何のためにその話をしているのか、
目先の目的を決めすぎて、肝心の目的を見失っているらしい。
トンビが鷹を生む。それなら大歓迎。
生もうよ。
参考:「対話について」hillbridge
※greenzのライターや地域メディア作りの活動をされている岡橋さんの
ブログから。クリエイティブシンキングへの言及が秀逸。
ひふみよツアー初日 let's get on board!
僕がこれまでマスメディアを通して知っていた小沢健二という人は、つい最近もRockin' On Japanで「ネットで、みんな自分のイメージ管理をやらされている」との発言にある通り、こうしたブログでのコンサートレポートみたいな類も、適切に仕分けられる両目を持った人だが、それでも今回昨日のコンサートで体験したことについては書かねばならない。それは、自分自身への確認であり、書くことで生命力が高まるだろうという確信に他ならない。そういうわけで時系列に沿ったプレイリストは誰かに任せることにする。
昨日あまりにも痛快だったのは、一つは、ここ数年、数か月、つまり彼が殆どメディアに登場しなかった不在といえる期間に、僕が共感した人の行動や発言との一致で溢れていたことだ。
さらにもう一つは、彼が休んでいたのではなく、更にメディアに登場しなかっただけで、変わらず活動し続けていたことが伺える力強さに溢れていたことだ。
それは、かつて『球体の奏でる音楽』の頃、渋谷氏や川端氏を「一つの音を突き詰めるということは、こんなにも人を野性的にするのか」と評していたことを僕に思い出させ、そして目の前の彼自身が今、そうなっているという一致に気付かせた。
コンサート会場は、グリーンホール相模大野という小規模で、とても真面目だが、親しみを覚える雰囲気の建物でいわゆる芸能人臭は全く漂っていなかった。コンサートは、詩と映像と演奏と歌、それに照明が混ざり合い、進んでいった。
始まりは、暗闇だった。力強い叫び声が暗闇から響いてきた。流れ星ビバップがそのまま始まった。そして詩の朗読。
「2003年ニューヨークで大停電が起こった。だが、大きな混乱は起こらなかった。街に住む人が通りにあふれる人を家に迎え入れたからだ。どの人と気が合うかなというのがあちこちで始まっていた。ホームレスが大活躍した。あそこは電源が使えるよだとか、やたら詳しいのだ。そして、暗闇の中あちこちで歌が始まった。暗闇の中で聴く音楽は、ドキッとするくらい、歌詞や作者の気持ちが飛び込んできた。日常の中に一瞬裂け目が現れることがある。おそらく明日には停電が復興するだろう。でも、暗闇の中で聴いた音楽の記憶は残り続ける。ずっと忘れることはない。」
=届ける相手がいないと意味がない。
=まずやっほーと叫ぶ。
橘川幸夫氏や川田十夢といった、彼がほぼ不在の期間に僕が共感してきた人達。彼らの発言との一致。
「旅人の視点では見慣れた風景にも新しい発見がある。好きなのはむしろそうした見慣れた風景だったりする。猫には国境が無いように、我々人間にも国境は無かった。やがて国境が生まれても、僕たちの先祖は暗闇の中、それを越えていったのだろう。旅人として移動していったが、やがて、僕たちの先祖が日本に落ち着いた。~~昔の人はひーふーみーよーと数えるが、例えば3人家族だと食べ物を4つよりも6つ(むっつ)買う。3(み)と6(む)が、同じま行で関係し合っている。数字が単独で存在しない、関係性の中で数学が生まれていたら、と想像する。僕たちの世界は、どんなかたちにもなり得た。でも歴史があって、こんな形になった。それでも想像力は飛び立とうとする。僕らの想像力には限りがない。」
=思うことは自由だ。
=僕たちは共同体の中でしか生きられない。
まだまだ一致は続く。
「ニューヨークの友人で大金持ちがいる。" スニーカーも2回履いたら捨てるものだ" という考えだ。大金持ちは、勝手な尺度を持っていて、" 不自由で可哀そうだ" と言って貧乏人を見下げたりする。一方、貧乏人も"同じ場所に到着するのに、わざわざ高い料金を払って気の毒に"のように、ファーストクラスを嘲笑うエコノミー席の客となっていたりする。
人の価値は値段では決まらない。
友人で中古のRX-7を持っているスポーツ記者がいる。彼は" いいんだよ。ぶつけても気にならないから。" と言う。~世界各地の街角では、どこも爆音で音楽が掛かり続けている。言葉が違っても、だいたい内容はいくつかの種類に分けられる。僕らが思うことは変わらない。この曲が大衆の歌ということを誇りに思います。ありがとう。」
プレイリスト化するつもりはないが、どうしてもこの詩と共に続けられた演奏、歌、そして映像
について触れなければならない。中近東風のアレンジが施された演奏で「カローラⅡに乗って」が歌われた。彼のバックにある左右対になったパネルに、トルコの街並みらしい映像が流れた。
トルコの人々の運転する車や自転車が次々と通り過ぎていく。僕たちは、カローラⅡらしき車に乗って、ぶつからないように、進んでいることを体感していた。戦慄が走った。死はこんなにも身近だと突き付けられた。
=風景とはひとつではない。
=既にあって見えるものではなくて、気持ちだとか、見えないものを可視化する。
同じように、途上国といわれる国らしき船上の映像と共に、" この愛はメッセージ" と歌われる風景。
「普段日本の報道から遮断されていると、気付くことがある。日本には安全学なるものがあるらしい。こんなに安全な国をもっと安全にしようとするのは、むしろ危険だと思うが、建設会社の友人から、" 安全呆け" というのがあると聞いた。あらゆる危険を排除した建築物の中に住んでいると、人間の危険を察知する能力が消えてしまうのだという。
そんなこの国でも、全然安全じゃないものがある。どうも、みんな自転車に乗ると安全なんてどうなってもいいらしい。昼間、おばさんが逆走している。夜になると、酔っ払いが走る。狭い歩道をすいすいと走ってくる。自転車といえばベトナムとかのイメージかもしれないが、実は日本も負けていない。自転車に乗った途端、欧米型の教育を受けたはずの日本人にアジア人のスイッチが入るらしい。どこかみんな" まあ、死んでもいいよね" って思ってる。死んでも夢が夢ならそれでもいいってか。~~アメリカにいると、人間こそが支配者で動物や自然は人間の隷属者だという感じがする。日本にはそんな尊大な感じはない。とくに都会にはない。歩く木があると言うと、アメリカでは科学的に証明しようとするが、日本では" あるのかもね" と言う。どれも学校では教えてくれないけど。」
=二つの軸で考える。
「" 日本の笑いは外人には分からないだろう" という人がいる。僕はどこの国でもそうだと思う。人は" これ、他の人には分からないだろうな" と思う時笑う。アメリカの笑いは大味だと言う人がいるが、そんなことはない。ハリウッドは確かに大味だけど、それはハリウッドがどんな
マーケットを狙っているか、ということを示している。全世界を笑わせる必要があるから大味なのだ。" これ他の人には分からないだろうな" という笑いは、排他的なようでもあるが、一方で連帯感を示してもいる。僕たちは共同体を作った。どこの国でも他の人には分からないだろう
という笑いがある。そういう微妙な笑いっていい。音楽にもそういうところがある。そういう曲を書くことにしました。にんまりしてほしい。これから歴史が作られます。爆弾が落ちます。」
そう言って民謡調の演奏と歌が始まったが、「タイトルが知りたい人、さっきの曲は" しっかしょ節" と言います。鰹節の節ね。」とのこと。
=全ての人には出会えない。でもそれでいいじゃないか。
=日本の場合、くすぐりの対象に権威がない。笑いが成立し難い状況にも関わらず、笑いは進化している。そこを一度紐解いておきたい。
思えば、この日の空間は、iPadのようにも思えた。橘川幸夫氏のおかげで一度触っただけでも"iPadは紙の電子化ではない。電子ブックを一から作るもの。"ということを理解していたが、このコンサートも同質の、予定調和の無さで進んでいった。
横スクロールしている彼のサイト
もそうだが、伝えるということにおいて、やり方は自由だ。
そして、芸能事務所に所属せず自分自身でスケジュール管理もこなしていた彼を90年代から、twitter的だったのだと思う。
それは、前述した川田十夢の動きにもピタリと一致している。
リアルテキスト塾という「書くということはどういうことか」を学び実践する講義を今年受講したが、その中で「もともと海の中にいた生物だが、ある時陸に上がるものが出てきた。それらは、体内に海を持つことで生き延びた。やがて人類が出て、共同体を作って人間となった。今後、共同体の時代から次の情報の時代へと移行する際、かつて体内に海を持ったのと同様に、個人の中に社会を持たないと生きていけない。」ことを学んだ。
彼、彼らはみな、個人の中に社会を持っている。
この日、歌詞に変更が加えられ披露されたものがあった。
「それで感じたかった僕らを待つ」
「lovely lovely day 完璧な絵に似た」
「我ら時を行く」
そして、ワンフレーズだけ披露された「ある光」。
「新しい愛、新しい明り、麻薬みたいに酔わせてくれる痛みを解き」
いずれも一緒に時を進んでいくということだ。
昨日あまりにも痛快だったのは、一つは、ここ数年、数か月、つまり彼が殆どメディアに登場しなかった不在といえる期間に、僕が共感した人の行動や発言との一致で溢れていたことだ。
さらにもう一つは、彼が休んでいたのではなく、更にメディアに登場しなかっただけで、変わらず活動し続けていたことが伺える力強さに溢れていたことだ。
それは、かつて『球体の奏でる音楽』の頃、渋谷氏や川端氏を「一つの音を突き詰めるということは、こんなにも人を野性的にするのか」と評していたことを僕に思い出させ、そして目の前の彼自身が今、そうなっているという一致に気付かせた。
コンサート会場は、グリーンホール相模大野という小規模で、とても真面目だが、親しみを覚える雰囲気の建物でいわゆる芸能人臭は全く漂っていなかった。コンサートは、詩と映像と演奏と歌、それに照明が混ざり合い、進んでいった。
始まりは、暗闇だった。力強い叫び声が暗闇から響いてきた。流れ星ビバップがそのまま始まった。そして詩の朗読。
「2003年ニューヨークで大停電が起こった。だが、大きな混乱は起こらなかった。街に住む人が通りにあふれる人を家に迎え入れたからだ。どの人と気が合うかなというのがあちこちで始まっていた。ホームレスが大活躍した。あそこは電源が使えるよだとか、やたら詳しいのだ。そして、暗闇の中あちこちで歌が始まった。暗闇の中で聴く音楽は、ドキッとするくらい、歌詞や作者の気持ちが飛び込んできた。日常の中に一瞬裂け目が現れることがある。おそらく明日には停電が復興するだろう。でも、暗闇の中で聴いた音楽の記憶は残り続ける。ずっと忘れることはない。」
=届ける相手がいないと意味がない。
=まずやっほーと叫ぶ。
橘川幸夫氏や川田十夢といった、彼がほぼ不在の期間に僕が共感してきた人達。彼らの発言との一致。
「旅人の視点では見慣れた風景にも新しい発見がある。好きなのはむしろそうした見慣れた風景だったりする。猫には国境が無いように、我々人間にも国境は無かった。やがて国境が生まれても、僕たちの先祖は暗闇の中、それを越えていったのだろう。旅人として移動していったが、やがて、僕たちの先祖が日本に落ち着いた。~~昔の人はひーふーみーよーと数えるが、例えば3人家族だと食べ物を4つよりも6つ(むっつ)買う。3(み)と6(む)が、同じま行で関係し合っている。数字が単独で存在しない、関係性の中で数学が生まれていたら、と想像する。僕たちの世界は、どんなかたちにもなり得た。でも歴史があって、こんな形になった。それでも想像力は飛び立とうとする。僕らの想像力には限りがない。」
=思うことは自由だ。
=僕たちは共同体の中でしか生きられない。
まだまだ一致は続く。
「ニューヨークの友人で大金持ちがいる。" スニーカーも2回履いたら捨てるものだ" という考えだ。大金持ちは、勝手な尺度を持っていて、" 不自由で可哀そうだ" と言って貧乏人を見下げたりする。一方、貧乏人も"同じ場所に到着するのに、わざわざ高い料金を払って気の毒に"のように、ファーストクラスを嘲笑うエコノミー席の客となっていたりする。
人の価値は値段では決まらない。
友人で中古のRX-7を持っているスポーツ記者がいる。彼は" いいんだよ。ぶつけても気にならないから。" と言う。~世界各地の街角では、どこも爆音で音楽が掛かり続けている。言葉が違っても、だいたい内容はいくつかの種類に分けられる。僕らが思うことは変わらない。この曲が大衆の歌ということを誇りに思います。ありがとう。」
プレイリスト化するつもりはないが、どうしてもこの詩と共に続けられた演奏、歌、そして映像
について触れなければならない。中近東風のアレンジが施された演奏で「カローラⅡに乗って」が歌われた。彼のバックにある左右対になったパネルに、トルコの街並みらしい映像が流れた。
トルコの人々の運転する車や自転車が次々と通り過ぎていく。僕たちは、カローラⅡらしき車に乗って、ぶつからないように、進んでいることを体感していた。戦慄が走った。死はこんなにも身近だと突き付けられた。
=風景とはひとつではない。
=既にあって見えるものではなくて、気持ちだとか、見えないものを可視化する。
同じように、途上国といわれる国らしき船上の映像と共に、" この愛はメッセージ" と歌われる風景。
「普段日本の報道から遮断されていると、気付くことがある。日本には安全学なるものがあるらしい。こんなに安全な国をもっと安全にしようとするのは、むしろ危険だと思うが、建設会社の友人から、" 安全呆け" というのがあると聞いた。あらゆる危険を排除した建築物の中に住んでいると、人間の危険を察知する能力が消えてしまうのだという。
そんなこの国でも、全然安全じゃないものがある。どうも、みんな自転車に乗ると安全なんてどうなってもいいらしい。昼間、おばさんが逆走している。夜になると、酔っ払いが走る。狭い歩道をすいすいと走ってくる。自転車といえばベトナムとかのイメージかもしれないが、実は日本も負けていない。自転車に乗った途端、欧米型の教育を受けたはずの日本人にアジア人のスイッチが入るらしい。どこかみんな" まあ、死んでもいいよね" って思ってる。死んでも夢が夢ならそれでもいいってか。~~アメリカにいると、人間こそが支配者で動物や自然は人間の隷属者だという感じがする。日本にはそんな尊大な感じはない。とくに都会にはない。歩く木があると言うと、アメリカでは科学的に証明しようとするが、日本では" あるのかもね" と言う。どれも学校では教えてくれないけど。」
=二つの軸で考える。
「" 日本の笑いは外人には分からないだろう" という人がいる。僕はどこの国でもそうだと思う。人は" これ、他の人には分からないだろうな" と思う時笑う。アメリカの笑いは大味だと言う人がいるが、そんなことはない。ハリウッドは確かに大味だけど、それはハリウッドがどんな
マーケットを狙っているか、ということを示している。全世界を笑わせる必要があるから大味なのだ。" これ他の人には分からないだろうな" という笑いは、排他的なようでもあるが、一方で連帯感を示してもいる。僕たちは共同体を作った。どこの国でも他の人には分からないだろう
という笑いがある。そういう微妙な笑いっていい。音楽にもそういうところがある。そういう曲を書くことにしました。にんまりしてほしい。これから歴史が作られます。爆弾が落ちます。」
そう言って民謡調の演奏と歌が始まったが、「タイトルが知りたい人、さっきの曲は" しっかしょ節" と言います。鰹節の節ね。」とのこと。
=全ての人には出会えない。でもそれでいいじゃないか。
=日本の場合、くすぐりの対象に権威がない。笑いが成立し難い状況にも関わらず、笑いは進化している。そこを一度紐解いておきたい。
思えば、この日の空間は、iPadのようにも思えた。橘川幸夫氏のおかげで一度触っただけでも"iPadは紙の電子化ではない。電子ブックを一から作るもの。"ということを理解していたが、このコンサートも同質の、予定調和の無さで進んでいった。
横スクロールしている彼のサイト
もそうだが、伝えるということにおいて、やり方は自由だ。
そして、芸能事務所に所属せず自分自身でスケジュール管理もこなしていた彼を90年代から、twitter的だったのだと思う。
それは、前述した川田十夢の動きにもピタリと一致している。
リアルテキスト塾という「書くということはどういうことか」を学び実践する講義を今年受講したが、その中で「もともと海の中にいた生物だが、ある時陸に上がるものが出てきた。それらは、体内に海を持つことで生き延びた。やがて人類が出て、共同体を作って人間となった。今後、共同体の時代から次の情報の時代へと移行する際、かつて体内に海を持ったのと同様に、個人の中に社会を持たないと生きていけない。」ことを学んだ。
彼、彼らはみな、個人の中に社会を持っている。
この日、歌詞に変更が加えられ披露されたものがあった。
「それで感じたかった僕らを待つ」
「lovely lovely day 完璧な絵に似た」
「我ら時を行く」
そして、ワンフレーズだけ披露された「ある光」。
「新しい愛、新しい明り、麻薬みたいに酔わせてくれる痛みを解き」
いずれも一緒に時を進んでいくということだ。
恋の列車はリバプール発
人がいきいきと躍動している光景に出会うと、嬉しいものだろう。
僕は、キャロルとサディスティック・ミカ・バンドが
一緒にツアーを回っていたという話が大好きなのだが、
それはこの躍動に出会った感触を覚えるからだ。
互いに若者のバンド同士が夜を徹して語り合い・・・
という想像に難くない光景にももちろん躍動を覚えるが、
何より、ミカ・バンドと邂逅後のキャロルに、
音楽性の変化を僕なりに感じられることが、一番大きい。
つまり、【出会いによる変化という躍動】。
『キャロル・ファースト』というラストアルバムは、
その変化が感じられる唯一の公式アルバムだと思うが、
一言で表せばここには「ユーモア」が露われている。
一方、キャロル解散後の矢沢氏のソロ第一作『I LOVE YOU,OK』に
収録されることになる曲も、キャロル末期には既に試作として
登場しているようで、非公式だが残っている音源を聴く限り、ここでも
そんなユーモアを感じることが出来る。
加えて、確かな手応えを感じながら、手探りで動き回る、いわば
【宝探しの躍動】も感じられて二重に気持ち良い。
以下「ドライヴィング・スクール」と名付けられた、
のちの「恋の列車はリバプール発」となる曲だが、デタラメ英語で捉えたメロディーが
詞先?曲先?何より感情先!といった感じで耳に飛び込んでくる。
出会ったことによって、また出掛けることが出来る・・・という関係だとすれば、
実にうらやましいと思う。
その後、公式に発表されたこの曲は、キャロルの前に矢沢氏が組んでいた
ヤマトというバンドの一部メンバーと、ミカ・バンドの一部メンバーとの混合で
結成されたバンドによって、矢沢氏のツアーで披露され続けた。
一緒のメンバーとなって出掛けてもいるわけだ。
そのひとつで、1977年の様子。
あらゆる躍動を見れるといっても大袈裟ではないだろう。
その後、矢沢氏は今度はアメリカに出掛けていった。
約7,8年の国内での不在で、かつてのメンバー達の多くは演奏者(プレーヤー)
としてではなく、コンポーザー等の裏方として、特にアイドル向けに
楽曲を提供したり編曲したりしていた。その変化に対して、
矢沢氏は「オカマになっている」
と一刀両断している。
ここでいうオカマとは、躍動がない変化ということではないかと僕は思う。
だからこそ、かつてのメンバーが再び躍動を取り戻しに、
自らプレーヤーとして結集した時の矢沢氏の喜びようは、
これまた嬉しくさせるものだった。
1999年、矢沢の50歳を記念して、70年代当時のメンバー、
ヤマト、ミカ・バンドが「恋の列車はリバプール発」を演奏するために集まったのだ。
演奏前のインタビューからも、躍動は既に伝わってくる。
そして演奏!
一人の自信過剰ともいえる若者が、
デタラメ英語で鷲掴みにして形にしたメロディー。
これから先一体、どこまで躍動し続けるのか?ということも、
また嬉しい自答だ。
僕は、キャロルとサディスティック・ミカ・バンドが
一緒にツアーを回っていたという話が大好きなのだが、
それはこの躍動に出会った感触を覚えるからだ。
互いに若者のバンド同士が夜を徹して語り合い・・・
という想像に難くない光景にももちろん躍動を覚えるが、
何より、ミカ・バンドと邂逅後のキャロルに、
音楽性の変化を僕なりに感じられることが、一番大きい。
つまり、【出会いによる変化という躍動】。
『キャロル・ファースト』というラストアルバムは、
その変化が感じられる唯一の公式アルバムだと思うが、
一言で表せばここには「ユーモア」が露われている。
一方、キャロル解散後の矢沢氏のソロ第一作『I LOVE YOU,OK』に
収録されることになる曲も、キャロル末期には既に試作として
登場しているようで、非公式だが残っている音源を聴く限り、ここでも
そんなユーモアを感じることが出来る。
加えて、確かな手応えを感じながら、手探りで動き回る、いわば
【宝探しの躍動】も感じられて二重に気持ち良い。
以下「ドライヴィング・スクール」と名付けられた、
のちの「恋の列車はリバプール発」となる曲だが、デタラメ英語で捉えたメロディーが
詞先?曲先?何より感情先!といった感じで耳に飛び込んでくる。
出会ったことによって、また出掛けることが出来る・・・という関係だとすれば、
実にうらやましいと思う。
その後、公式に発表されたこの曲は、キャロルの前に矢沢氏が組んでいた
ヤマトというバンドの一部メンバーと、ミカ・バンドの一部メンバーとの混合で
結成されたバンドによって、矢沢氏のツアーで披露され続けた。
一緒のメンバーとなって出掛けてもいるわけだ。
そのひとつで、1977年の様子。
あらゆる躍動を見れるといっても大袈裟ではないだろう。
その後、矢沢氏は今度はアメリカに出掛けていった。
約7,8年の国内での不在で、かつてのメンバー達の多くは演奏者(プレーヤー)
としてではなく、コンポーザー等の裏方として、特にアイドル向けに
楽曲を提供したり編曲したりしていた。その変化に対して、
矢沢氏は「オカマになっている」
と一刀両断している。
ここでいうオカマとは、躍動がない変化ということではないかと僕は思う。
だからこそ、かつてのメンバーが再び躍動を取り戻しに、
自らプレーヤーとして結集した時の矢沢氏の喜びようは、
これまた嬉しくさせるものだった。
1999年、矢沢の50歳を記念して、70年代当時のメンバー、
ヤマト、ミカ・バンドが「恋の列車はリバプール発」を演奏するために集まったのだ。
演奏前のインタビューからも、躍動は既に伝わってくる。
そして演奏!
一人の自信過剰ともいえる若者が、
デタラメ英語で鷲掴みにして形にしたメロディー。
これから先一体、どこまで躍動し続けるのか?ということも、
また嬉しい自答だ。
夢十一の夜鍋をツツイッター
2010年3月27日の終わりから翌28日の早朝6時前まで、
新宿テアトルで『東のエデン』1~11話の一挙上映が行われたが、
特筆すべきはこの作品に登場するエデンシステムが現実に用いられたことで、
世界初の映画のストーリー(中)と上映会場(外)が同期した
エンターテインメントになったことだ。
かつてAR三兄弟(以下、兄弟)の長男(以下、長男)が語っていた通り、
この作品の脚本家、監督でありそもそも原作者である神山氏が
極めて正確に拡張現実を理解していたことは、
この日初めて作品を観る僕にも簡単に理解出来た。
※神山氏のマルチさで、長男がかつて自作を自分で演奏し歌う行為を
「同じ一人の人間がやることが表現を加速させる」
と語っていたことも思い起こした。
冒頭、長男からも「世界初、映画館での上映中に携帯での撮影、twitter自由」
なるコメントが登場し、一気に館内にライブ感が拡がっていき、すぐにそれは爆発した。
第一話の上映と同時にあらかじめ告げられていたアドレスで
利用可能となった兄弟設計によるエデンシステムにより、
ばんばん投げられるテキストで、スクリーンのかなりの面積が覆い尽くされたのだ。
近所のTSUTAYAで全作がレンタル中な日々ののち、
本作を初めて視聴した僕だったが、こうしていきなり参加者にもなることが出来た。
ただし、2話目から10話目まではエデンシステムや撮影は禁止ということで、
視聴も重視され、途中、監督と長男の対談や登壇を挟みながら、
1話30分の作品が次々と繰り広げられおかげで1対1の作品としても、
そのストーリーにキチンとのめり込むことが出来た。
エデンシステムの正確さは称賛に値するのだが、冒頭で述べた通り、
世界初とは「中と外の同期」であって「エデンシステムの現実化」ではない。
※当ブログ「パル子は市民」で取り上げた通り、
エデンシステムはこの1月にも展示、公開されている。
この同期とは、
もちろんこの日この場所に参加した人のみが正確に体感したものだが、
錬金術のような試みで、もう少し続けてみると、
長男と監督のやり取りが実はとても興味深いものだった。
長男「物語を終わらせる時の気持ちってどういうものですか?」
監督「元々、僕はサブテキストを用いるということが好きじゃなかった。」
皆強烈さを伴った本作のキャラクター達をスピンアウトしたりして物語を続けることは、
安易な発想というものであろう。監督は、そんな安易なサブテキストの代わりに、
過去の作品に対するオマージュを本作に数々挿入しながら、
調理人としてオリジナルの料理を差し出してくれた。
この日の本作は「炊き出しの鍋」とでもいうべきものだった。
時間も場所も人も揃ってはじめてそれは成り立っていく。
物語とは人生そのものに思えてくる。
そしてみんなで第十一話をつついた。
もちろんこうでなくちゃ食べ終わらないし帰れもしなかった。
※「これからやるべきことは明確だ。戦後失ってしまったものを取り戻すことだ。」
(橘川幸夫氏の言葉)
新宿テアトルで『東のエデン』1~11話の一挙上映が行われたが、
特筆すべきはこの作品に登場するエデンシステムが現実に用いられたことで、
世界初の映画のストーリー(中)と上映会場(外)が同期した
エンターテインメントになったことだ。
かつてAR三兄弟(以下、兄弟)の長男(以下、長男)が語っていた通り、
この作品の脚本家、監督でありそもそも原作者である神山氏が
極めて正確に拡張現実を理解していたことは、
この日初めて作品を観る僕にも簡単に理解出来た。
※神山氏のマルチさで、長男がかつて自作を自分で演奏し歌う行為を
「同じ一人の人間がやることが表現を加速させる」
と語っていたことも思い起こした。
冒頭、長男からも「世界初、映画館での上映中に携帯での撮影、twitter自由」
なるコメントが登場し、一気に館内にライブ感が拡がっていき、すぐにそれは爆発した。
第一話の上映と同時にあらかじめ告げられていたアドレスで
利用可能となった兄弟設計によるエデンシステムにより、
ばんばん投げられるテキストで、スクリーンのかなりの面積が覆い尽くされたのだ。
近所のTSUTAYAで全作がレンタル中な日々ののち、
本作を初めて視聴した僕だったが、こうしていきなり参加者にもなることが出来た。
ただし、2話目から10話目まではエデンシステムや撮影は禁止ということで、
視聴も重視され、途中、監督と長男の対談や登壇を挟みながら、
1話30分の作品が次々と繰り広げられおかげで1対1の作品としても、
そのストーリーにキチンとのめり込むことが出来た。
エデンシステムの正確さは称賛に値するのだが、冒頭で述べた通り、
世界初とは「中と外の同期」であって「エデンシステムの現実化」ではない。
※当ブログ「パル子は市民」で取り上げた通り、
エデンシステムはこの1月にも展示、公開されている。
この同期とは、
もちろんこの日この場所に参加した人のみが正確に体感したものだが、
錬金術のような試みで、もう少し続けてみると、
長男と監督のやり取りが実はとても興味深いものだった。
長男「物語を終わらせる時の気持ちってどういうものですか?」
監督「元々、僕はサブテキストを用いるということが好きじゃなかった。」
皆強烈さを伴った本作のキャラクター達をスピンアウトしたりして物語を続けることは、
安易な発想というものであろう。監督は、そんな安易なサブテキストの代わりに、
過去の作品に対するオマージュを本作に数々挿入しながら、
調理人としてオリジナルの料理を差し出してくれた。
この日の本作は「炊き出しの鍋」とでもいうべきものだった。
時間も場所も人も揃ってはじめてそれは成り立っていく。
物語とは人生そのものに思えてくる。
そしてみんなで第十一話をつついた。
もちろんこうでなくちゃ食べ終わらないし帰れもしなかった。
※「これからやるべきことは明確だ。戦後失ってしまったものを取り戻すことだ。」
(橘川幸夫氏の言葉)
0.8秒と衝撃。
0.8秒と衝撃。
かねてから観たいと思っていたが、ようやく目の当たりに出来るということで
いざ新高円寺に向かった2010年2月11日、新高円寺のClub Linerというハコは、
入り口に"DON'T TRUST OVER 30 Vol.2"なるタイトルを提げていて
少しギクリとはしたが、19:00Start前には階段を下り受付を済ませた。
全部で4組の出演で、出演の順番は分からなかったが、OVER30風にいえば
トリオ(3ピース)のトゥデイ イズ ザ デイの演奏の後、
セッティングを淡々と進める彼らに早くも出くわした。
僕の友人がやっていたNietzscheというバンド同様、
生で観たことなどなくても何度も観たことがある記憶にさせる、
そんな存在が、目の前にあった。
今回、そんな記憶に老成した年上を見ているかのような感覚が加わわりながら、
1曲目にPOSTMAN JOHN。
一番轟音が訪れるフロントに雪崩れ込む!
そのまま、0.8秒というくらいだ、
1秒という単位では曖昧過ぎるような空気や身体の揺れに
身を任せながら、彼や彼女を交互に観ていた。ジェットコースター!
一切のMCがないまま、進んでいく空間。
僕にとっては楽しさなんか微塵もなく悲しみや怒りが混ざったものがはるかに
押し寄せていた空間。個別に区分出来ない濁流にもがいていたのだろう。
何だか腹も立ちながら20年以上前の記憶が濁流の中に浮かんでいた。
その当時はもちろん10代なんだがね。
気付くとBeatlesのTシャツを着た彼がRough Tradeのステッカーが貼られた
ギターを手に取る。思い出しても叫びたくなる。
なんというか、解散前のベテランバンドみたいなんだ。
OVER30風にもひとつ、正統性という言葉を吐いてみようか。
とにかく、かきむしるしかない今を思いっきりかきむしって引っ込んだのが
彼らだった。
4組全てが終了したのちも観客と共に談笑する時間に現れなかった。
でも僕は、元Nietzscheの友人が言った僕のお気に入りの言葉「会話より対話」を
理解している人間だから、階段を上がって駅へと向かった。
駅はなんだかのんびりしていた。
1秒単位で動く世界の上っ面の安心感に向けて改札をくぐる。
Why Aren't You Ready
レコードやCDといったパッケージになる前に、liveでお披露目されている楽曲は、
好きなミュージシャンに限って思い出してもずいぶん多いものだ。
RCサクセション、CAROL、陽水・・・。
いきなりパッケージ化出来るわけではないので、当然といえば当然だが、
リスナーにとっては、そんなパッケージ前に接触出来るかどうかは大きな違いといえる。
1979年日比谷野音でのフリーコンサート“FREE SPIRIT”で演奏された
『Why Aren't You Ready」。おそらく確認出来るものとしては最も原始のものだろう。
これが正式にパッケージ化されたのは1984年。
※殆ど気が狂いそうになる、特に3:33からの瞬間。
続いてこちらはそれから20年後の1999年のliveからだが、
パッケージ版(1984)の形態を踏襲している。
実は1979年版を後から知ったのだが、はるかに心を揺さぶられた。
またもや、パッケージ前の形態の方がいいと納得した。
よく「処女作にその作家の本質が表れる」と言ったりするが、
それにも似ているというか、夢十夜の第六夜に登場する運慶というか。
確かに手応えや確信を掴めそうで、焦っているというか、そんな光景に圧倒される。
模索、変態、進化・・・?いずれにせよ形が変わるのは間違いなく、
その変遷に魅せられているというわけだ。
この気持ちもいずれ変わっていくのかもしれないが、
何かの周りをグルグル回り続けていることは変わらないと思う。
はっきり、本質の周りを回っていたい。
好きなミュージシャンに限って思い出してもずいぶん多いものだ。
RCサクセション、CAROL、陽水・・・。
いきなりパッケージ化出来るわけではないので、当然といえば当然だが、
リスナーにとっては、そんなパッケージ前に接触出来るかどうかは大きな違いといえる。
1979年日比谷野音でのフリーコンサート“FREE SPIRIT”で演奏された
『Why Aren't You Ready」。おそらく確認出来るものとしては最も原始のものだろう。
これが正式にパッケージ化されたのは1984年。
※殆ど気が狂いそうになる、特に3:33からの瞬間。
続いてこちらはそれから20年後の1999年のliveからだが、
パッケージ版(1984)の形態を踏襲している。
実は1979年版を後から知ったのだが、はるかに心を揺さぶられた。
またもや、パッケージ前の形態の方がいいと納得した。
よく「処女作にその作家の本質が表れる」と言ったりするが、
それにも似ているというか、夢十夜の第六夜に登場する運慶というか。
確かに手応えや確信を掴めそうで、焦っているというか、そんな光景に圧倒される。
模索、変態、進化・・・?いずれにせよ形が変わるのは間違いなく、
その変遷に魅せられているというわけだ。
この気持ちもいずれ変わっていくのかもしれないが、
何かの周りをグルグル回り続けていることは変わらないと思う。
はっきり、本質の周りを回っていたい。
パル子は市民
どのくらい行っていなければ久しぶりなのか、定義は後回しにして、
実感としては久しぶりに吉祥寺を訪れた。吉祥寺のPARCOの6Fで、
映画『東のエデン』とAR3兄弟コラボの「東のエデンシステム」の
展示があったからだ。
日曜日の午後、気だるいけど気分は悪くない時間に展示ブースを発見、
既に若者カップルが夢中で「東のエデンシステム」を試している光景に出くわした。
いわゆるAR体験というやつだ。
この『東のエデン』の前にもARについて説明を受ける機会に恵まれていたのだが、
やっぱり頭で理解しているだけじゃ脳の中で迷子になってどの引き出しか
分からなくなりかけていたようで、そんな状態にいらついた僕は、
実際に試したくて衝動的にカップルの後ろに並び、紳士的に自分の順番を待った。
ほどなく自分の番となったが、知性とはこのことだと直ぐに分かった。
つまり、頭と体で同時にシステムを司っているものを理解出来た。
そして、もう5年位前からこのシステムの概念というか、
母体となる構想のような話を僕は聞いていたのだが、改めて恐るべし、と思った。
「のら犬」と(もちろん親しみを込めて)呼んでみたことがあるその
僕から"帰巣本能"などと言われると心外かもしれないが、
その当時からブレがないことを、こう言い表したくもなる。
彼やAR3兄弟については、アカデミックな場所や、ギークな人々や、文学者や
メディアのリーダーなど様々なところで語られているから、
もし万一よく知らないという方がいたら各自でちょっと調べてもらえればいいので、
ここでは、ちょっと個人情報に注意と敬意を払いながら、彼とのことを話してみたい。
ARから離れた方が逆にARを浮かび上がらせられるかもしれない、
という言い訳も加えつつ。
さて、彼と僕、となると少し範囲が広くなってしまうので、
彼と僕と吉祥寺と組み合わせると筆も進んでいくように思われる。まどろっこしいが、
彼と僕とはそんなに長い期間を開けずに吞み続けて現在に至っているが、
吉祥寺や三鷹を中心によく吞んでいたことがあって、それがちょうど僕が失業中の頃だった。
当時から彼は「映像+文学」とでも説明出来る構想を説明してくれていたが、
出会った頃からその構想は一貫していたので、未成年の頃からそれは彼だけのもの
だったのだろう。特筆しちゃうなら、違う言葉で語っている違う計画のはずのものが、
見事に「映像+文学」に収斂されていくということで、
相当魅惑的で凄いことを言っているのに、誇張ではなく、
我々を取り巻く世界の拡張となっていくということだ。
つまり「そうなって欲しい」と周りの人に希望を抱かせられる(時には扇動出来る)
のが彼だと思う。
凄い技術や思想を形にする人はいるが、このように求心力となる彼は
明らかに変、というか稀有、なんだと思う。
それは彼が「映像+文学」に加えてよく口にしていた次の言葉から
導き出せるだろう。
「義理」。
つまり、いつも人の意識を起点に物事を考えていたと思う。
そこが分かりやすく言えば、古風だとも言える。
もっとも古いということは新しいことだと、
突っ込まれる前に補足しておくけれども。
映像と文学のように異なったフィールドの融合に限らず、
"古いと新しい"のように、"あっち側とこっち側"、"終わりと始まり"、
といった対概念を結び付けるのも得意中の得意な彼は、
だいたい何事もさらっとやってのける。そしてやってのけたとき、
周囲に集まっている人がまた増えている。
吉祥寺のパルコの近くで吞んだ日から気付けば5年位が経過していた。
5年といえば大学だとちょうど留年の始まりとなる。
「なぜ急に大学?」
と突っ込まれるかもしれない。
それは「ダブリン市民」をここで取り上げたかったからだ。
ダブっているけどエピファニー(本質)を表している・・・、
十分古典な作品なのだが、先程言った通り、
それは十分新しいということでもあり、
十、十と言い続けているうちに夢も見れるかもしれないからだ。
実感としては久しぶりに吉祥寺を訪れた。吉祥寺のPARCOの6Fで、
映画『東のエデン』とAR3兄弟コラボの「東のエデンシステム」の
展示があったからだ。
日曜日の午後、気だるいけど気分は悪くない時間に展示ブースを発見、
既に若者カップルが夢中で「東のエデンシステム」を試している光景に出くわした。
いわゆるAR体験というやつだ。
この『東のエデン』の前にもARについて説明を受ける機会に恵まれていたのだが、
やっぱり頭で理解しているだけじゃ脳の中で迷子になってどの引き出しか
分からなくなりかけていたようで、そんな状態にいらついた僕は、
実際に試したくて衝動的にカップルの後ろに並び、紳士的に自分の順番を待った。
ほどなく自分の番となったが、知性とはこのことだと直ぐに分かった。
つまり、頭と体で同時にシステムを司っているものを理解出来た。
そして、もう5年位前からこのシステムの概念というか、
母体となる構想のような話を僕は聞いていたのだが、改めて恐るべし、と思った。
「のら犬」と(もちろん親しみを込めて)呼んでみたことがあるその
僕から"帰巣本能"などと言われると心外かもしれないが、
その当時からブレがないことを、こう言い表したくもなる。
彼やAR3兄弟については、アカデミックな場所や、ギークな人々や、文学者や
メディアのリーダーなど様々なところで語られているから、
もし万一よく知らないという方がいたら各自でちょっと調べてもらえればいいので、
ここでは、ちょっと個人情報に注意と敬意を払いながら、彼とのことを話してみたい。
ARから離れた方が逆にARを浮かび上がらせられるかもしれない、
という言い訳も加えつつ。
さて、彼と僕、となると少し範囲が広くなってしまうので、
彼と僕と吉祥寺と組み合わせると筆も進んでいくように思われる。まどろっこしいが、
彼と僕とはそんなに長い期間を開けずに吞み続けて現在に至っているが、
吉祥寺や三鷹を中心によく吞んでいたことがあって、それがちょうど僕が失業中の頃だった。
当時から彼は「映像+文学」とでも説明出来る構想を説明してくれていたが、
出会った頃からその構想は一貫していたので、未成年の頃からそれは彼だけのもの
だったのだろう。特筆しちゃうなら、違う言葉で語っている違う計画のはずのものが、
見事に「映像+文学」に収斂されていくということで、
相当魅惑的で凄いことを言っているのに、誇張ではなく、
我々を取り巻く世界の拡張となっていくということだ。
つまり「そうなって欲しい」と周りの人に希望を抱かせられる(時には扇動出来る)
のが彼だと思う。
凄い技術や思想を形にする人はいるが、このように求心力となる彼は
明らかに変、というか稀有、なんだと思う。
それは彼が「映像+文学」に加えてよく口にしていた次の言葉から
導き出せるだろう。
「義理」。
つまり、いつも人の意識を起点に物事を考えていたと思う。
そこが分かりやすく言えば、古風だとも言える。
もっとも古いということは新しいことだと、
突っ込まれる前に補足しておくけれども。
映像と文学のように異なったフィールドの融合に限らず、
"古いと新しい"のように、"あっち側とこっち側"、"終わりと始まり"、
といった対概念を結び付けるのも得意中の得意な彼は、
だいたい何事もさらっとやってのける。そしてやってのけたとき、
周囲に集まっている人がまた増えている。
吉祥寺のパルコの近くで吞んだ日から気付けば5年位が経過していた。
5年といえば大学だとちょうど留年の始まりとなる。
「なぜ急に大学?」
と突っ込まれるかもしれない。
それは「ダブリン市民」をここで取り上げたかったからだ。
ダブっているけどエピファニー(本質)を表している・・・、
十分古典な作品なのだが、先程言った通り、
それは十分新しいということでもあり、
十、十と言い続けているうちに夢も見れるかもしれないからだ。
モノクローム・セット
モノクローム・セットというのは白黒テレビという意味らしい。
随分聴いていなかったが、突然聴きたくなったようで曲名というより、
このグループ名が頭に浮かんできた。そのくらい個性的なバンドだと思い出した。
このバンド、サウンドもそうだけど詞がユニークというのは
散々言われていたことだが、
その根拠の一つに巧みな語呂合わせという言葉遊びがあるだろう。
言葉遊び。ちょっとモノクローム・セットからは逸れるが、
これはなかなか安直なことで、つまり会話や最近だとtwitterのような
コミュニケーションで多用する人は多用しがちな方法だと思う。
そういう僕自身が、見事にあてはまっていたと思う。
そしてそれは語呂というスタイルにはめることが第一となるから、
往々にして思考停止を招いていることも多い。
ちょっとモノクローム・セットに戻ると、白黒テレビといえば、
小学生時代(実際、白黒テレビ1台とカラーテレビ2台が混在していた)。
5年生の頃、市が開催する小学生向け将棋大会に参加したことがあった。
そこでは同い年だったが、
明らかに将棋の腕があるという少年と対戦することになった。
真の礼儀知らずだった僕は、自分のコミュニティーを超えたこの少年との接触に
出会いのようなものを勝手に感じて、結構饒舌に話しかけたばかりか、
対戦前に記譜の許可を申し出ていた。対戦しながら、
僕が自分のノートに三五歩のように、試合の流れを記録していくわけだ。
「記録なんかしてたら、負けるよ。」
そう言って、割とはじめの頃にその少年は忠告してくれたが、
かまわず記譜を続けた僕は、やっぱりその対戦で負けていた。
そんな調子だからか、いつの間にか将棋は、今でもルールは知っている程度で、
生活の中にはないままとなっている。
記録は記録でも、対戦中の本人が、記譜という型ではめることはなかったわけで。
そうすりゃ、勝った、もしくはせめて精一杯やって~、
という記憶は残っているわけだとは思う。
自分で記譜しないということを演繹っぽく言うならば、
自分で語呂合わせしない=語呂合わせに使ってもらえる言葉を使う、
ってことかもしれない。
注:白黒テレビの方が本質を映し出していたことがあったように、
モノクローム・セットのビドのように、分かる人がやると語呂合わせは確実に、
聴き手の記憶に残り続ける金言となったりする。
随分聴いていなかったが、突然聴きたくなったようで曲名というより、
このグループ名が頭に浮かんできた。そのくらい個性的なバンドだと思い出した。
このバンド、サウンドもそうだけど詞がユニークというのは
散々言われていたことだが、
その根拠の一つに巧みな語呂合わせという言葉遊びがあるだろう。
言葉遊び。ちょっとモノクローム・セットからは逸れるが、
これはなかなか安直なことで、つまり会話や最近だとtwitterのような
コミュニケーションで多用する人は多用しがちな方法だと思う。
そういう僕自身が、見事にあてはまっていたと思う。
そしてそれは語呂というスタイルにはめることが第一となるから、
往々にして思考停止を招いていることも多い。
ちょっとモノクローム・セットに戻ると、白黒テレビといえば、
小学生時代(実際、白黒テレビ1台とカラーテレビ2台が混在していた)。
5年生の頃、市が開催する小学生向け将棋大会に参加したことがあった。
そこでは同い年だったが、
明らかに将棋の腕があるという少年と対戦することになった。
真の礼儀知らずだった僕は、自分のコミュニティーを超えたこの少年との接触に
出会いのようなものを勝手に感じて、結構饒舌に話しかけたばかりか、
対戦前に記譜の許可を申し出ていた。対戦しながら、
僕が自分のノートに三五歩のように、試合の流れを記録していくわけだ。
「記録なんかしてたら、負けるよ。」
そう言って、割とはじめの頃にその少年は忠告してくれたが、
かまわず記譜を続けた僕は、やっぱりその対戦で負けていた。
そんな調子だからか、いつの間にか将棋は、今でもルールは知っている程度で、
生活の中にはないままとなっている。
記録は記録でも、対戦中の本人が、記譜という型ではめることはなかったわけで。
そうすりゃ、勝った、もしくはせめて精一杯やって~、
という記憶は残っているわけだとは思う。
自分で記譜しないということを演繹っぽく言うならば、
自分で語呂合わせしない=語呂合わせに使ってもらえる言葉を使う、
ってことかもしれない。
注:白黒テレビの方が本質を映し出していたことがあったように、
モノクローム・セットのビドのように、分かる人がやると語呂合わせは確実に、
聴き手の記憶に残り続ける金言となったりする。