人として生きる、そんなブログ。 -3ページ目

人として生きる、そんなブログ。

私の趣味に関して書きます。
思いついたら。
主観満載なので、否定的なコメントはしないでくださいね!
凹みますので汗

感動しました。
立ち向かわなきゃね。

この病気に向き合っている人はたくさんいます。
私の知り合いも、この病気と闘っていました。
自分も理解できない行動に走ることが時々あるそうです。
この病気との向き合い方は人それぞれです。
自分は辛くても、自分の状態を知らない人達の前では元気な姿のままでいたい。
自分の状態を知っている人達に対しても、心配してくれている人達に対しても、できる限り元気な姿を見せておきたい。
でも、一人部屋にいる時は、あらゆるものと闘っていて、すごく辛かったそうです。

その知り合いは、その病気の原因となった人に裏切られ、ひどいことをされたそうです。
その原因となった人は、自分が原因ということを知らず、かつ、その病気のこともきちんと理解せず、自分の体裁を繕うために、私の友人にひどいことをしたんだろうなと推測しています。

それに加えて、信頼していた友人に裏切られたというか、悔しい体験をしたそうです。
私の知り合いが病気になり、仕事を忘れ静養せねばならない時に、毎日のように仕事の愚痴のようなもののメールを送られ、辛い思いをしていたそうです。
それ以外にも、私が聞いても心が潰されそうになるようなメールが毎日の様に送られてきていたそうです。
無視したり、やめろと言っても伝わらなかったようです。
最終的に、裏切るようなことを言われ、私の知り合いはしばらく眠れない日々を過ごしていたそうです。

私は、その知り合いの姿を見てきました。
文章ではその病気の知識を得ていたのですが、実際に経験したこともないので、この映画を見てみました。

この病気のことを少しでも理解しようという気持ちがあれば、上記の二人のような行動は取れないはずですが、
恐らく二人とも、自分のことしか考えていなかったために、私の知り合いを傷つけたのだと推測します。
近くにいる人が、その病気と闘っている人のことを理解してあげねばならないと思いました。

どうして、自分本意の行動をとったのか、私は私の知り合いの心を弄んだ二人に問いただしたい。
知り合いがどの様な気持ちで闘っていたか。

知り合いは今、精一杯前を向いて歩んでいます。
ひどいことをされてからしばらく、見ていてかわいそうなくらい疲れきっていました。
落ち込んでいました。
すごく心に負荷がかかったんだと思います。
そして、まだ全てを受け入れられていないですが、周りで支えてくれた人の為はもちろん、自分の為に歩き始めました。

知り合いはこう言っています。
ひどいことをした人達のことをしばらく恨んだけど、今は恨まないようにしている。
ひどいことをされてから、優しさを捨ててやろうと思ったけど、優しさを捨てたら、自分が苦しくなる。
優しい気持ちのまま生きたい。
ひどいことをした人達を許す。
許すけど、二度と相手にしない。
遊ぼうと言われても遊ばない。
だって、その人達の為に割く時間がもったいない。
じゃなんで許すか?
その人達がかわいそうだから。
そういう人達って、人生の瞬間瞬間は楽しいかも知れない。
例えば、人が嫌がるメールを送る行為。送って自分はご満悦。その瞬間は楽しいかもしれないが、
そういう人達って多分ほとんど誰もついてこない。
寂しいじゃん。
だから、僕だけは許してあげる。
気持ちだけね。
でも、その人達の為に時間を使うことはしない。
それが、自分が前を進む方法。
今は辛い。正直辛い。
でもいつかは笑って過ごせる日がまた来る。
その時、人を恨んでいたら、自分の人生もったいない。


そう言ってました。
私の知り合いは、前を向いて歩んでいます。
闘ってます。
今のところ、負けが多いと思いますが、いつの日か、勝ちが多い日が来ることを祈ってます。

話がレビューから大きく反れましたが、この映画を見て、そんな出来事を思い出しました。

頑張らなくていい。

頑張らなくていいのです。


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