今後のこと
先週まで11、12℃だったニューヨークも今日はすっかり
春の陽気で20℃近くまでいきました
また明日は冷え込むみたいですが、三寒四温の季節に
なって参りました
春はすぐそこまできていますね
春になれば、カフェやレストランの外テーブルで
ポカポカ陽気の中、外でお食事出来るので楽しみです
外でのジョギングも再開できます
それはさておき、
最近良く聞かれる質問があります。
「卒業後はどうするの?何がしたいの?」
最後の学期だと言うと、決まってこの質問が飛んできます。
そうすると私は気分や相手によって大体こんな感じで応えます。
「東アフリカで教育、女性支援をしている国際NGOで
プロジェクトマネジメントがしたいんだよね。」
「場所は、ニューヨーク、ボストン、DCでのポジションを
探すと思う。」
「南スーダン、ウガンダ、ルワンダとかでのフィールドポジションも
考えてるよ。数年いけるチャンスがあれば飛びつくね。」
「後は、営利業界で言うなら、国際開発コンサルタントとか
企業のCSR部門にも興味があるよ。」
「東京?うーん、もちろんそういうオプションもあるよ。
でも今戻るのは時期尚早かな。それに私は日本の市民権を
持っているのでいつでも帰れるからね。」
色んな人に考えを披露していく中で、だいぶまとまって
きたような気がします。
1月の頃は、
「数年後に国連のJPOポジションに応募する為にフィールド経験が
欲しいから東アフリカに行くと思う。」
「日本のNGOとか援助機関も考えているよ。」
「博士?うーん、今は全く考えられないけど
5-10年後に本当に必要になったらもしかしたら、ね。」
「まずはニューヨークベースの国際NGOでインターンして、
それでそのまま雇用につながればラッキーなんだけどね。」
とか大ボラ吹いていましたが、だいぶ考えが変わりました。
国連へのこだわりも、
大手組織へのこわだりも、
大都市へのこだわりも、
研究へのこだわりも(これは元からほぼなし)、
社会的ステータスへのこだわりも、
今は無いです。
私は今まで、
組織やタイトルというものに大変助けられてきました。
大手企業に入る為の階段をエスカレーター式に
のぼっていきました。
私立の女子中高、上智大学、UCLA、
アメリカの帰国子女、体育会系出身、トイックのスコア、
と、私が在籍していた組織やとった資格が私の代わりに、
私の実力やアイデンテティを良い風に日本社会へ
示していたと思います。
きっと私の実力以上のものを表してくれていたと思います。
そして勤めた経験のある企業もまた、
私を良くみせるアクセサリーの一つになってくれました。
それには、とても感謝しています。
しかし日本で得たポジションは日本を一歩出ると、消滅します。
日本で私の盾となり剣となってくれていた
所属組織やタイトルは、日本を一歩出ると私を守っては
くれませんし、人生を突き進む助けにもなりません。
だからこそ今後は、組織の力に頼らなくても良いように、
個人として、そして、人間としての実力をつけていきたいと思います。
「〇〇の〇〇部門の〇〇です。」ではなくて、
名前だけで勝負していけるような人間になりたいです。
だから、私のこだわりは、組織の形態にはございません。
それよりも
面白そうな仕事を、志が高く実力のある仲間達と出来るのならば
小さな誰も知らない組織でも良いですし、
ボロボロなビルの一室が仕事場でも良いですし、
東アフリカの田舎への派遣でも構いません。
このようなざっくばらんなこだわりしかないので
次の人生ステージがどのようなものになるか
検討もつかないので、正直ワクワクしています
一度日本社会のメインストリームを外れているので、
このまま外れて行きたいと思います、笑、ひかれない程度に。
一度外れちゃえば、何も恐くないです
でも授業料は返還していかないといかないので、
とりあえず一番の大事にすべきこだわりは、、、
無職は避けることである気はします
いずれにせよ、
このように選択肢の多い人生を歩んでいることに
感謝してもしきれません。
余談ですが
本日はInternational Women's Dayです。
世界には、物事を決める上での選択肢がとてつもなく
限られた環境の中にいる女性が数多くいます。
日本の皆さん、少なくとも、私の友人と知人は、
選択肢の多い人生を歩めていることを理解し、
思う存分、その権利を楽しんで頂きたいと切に願っております。
春の陽気で20℃近くまでいきました

また明日は冷え込むみたいですが、三寒四温の季節に
なって参りました

春はすぐそこまできていますね

春になれば、カフェやレストランの外テーブルで
ポカポカ陽気の中、外でお食事出来るので楽しみです

外でのジョギングも再開できます

それはさておき、
最近良く聞かれる質問があります。
「卒業後はどうするの?何がしたいの?」
最後の学期だと言うと、決まってこの質問が飛んできます。
そうすると私は気分や相手によって大体こんな感じで応えます。
「東アフリカで教育、女性支援をしている国際NGOで
プロジェクトマネジメントがしたいんだよね。」
「場所は、ニューヨーク、ボストン、DCでのポジションを
探すと思う。」
「南スーダン、ウガンダ、ルワンダとかでのフィールドポジションも
考えてるよ。数年いけるチャンスがあれば飛びつくね。」
「後は、営利業界で言うなら、国際開発コンサルタントとか
企業のCSR部門にも興味があるよ。」
「東京?うーん、もちろんそういうオプションもあるよ。
でも今戻るのは時期尚早かな。それに私は日本の市民権を
持っているのでいつでも帰れるからね。」
色んな人に考えを披露していく中で、だいぶまとまって
きたような気がします。
1月の頃は、
「数年後に国連のJPOポジションに応募する為にフィールド経験が
欲しいから東アフリカに行くと思う。」
「日本のNGOとか援助機関も考えているよ。」
「博士?うーん、今は全く考えられないけど
5-10年後に本当に必要になったらもしかしたら、ね。」
「まずはニューヨークベースの国際NGOでインターンして、
それでそのまま雇用につながればラッキーなんだけどね。」
とか大ボラ吹いていましたが、だいぶ考えが変わりました。
国連へのこだわりも、
大手組織へのこわだりも、
大都市へのこだわりも、
研究へのこだわりも(これは元からほぼなし)、
社会的ステータスへのこだわりも、
今は無いです。
私は今まで、
組織やタイトルというものに大変助けられてきました。
大手企業に入る為の階段をエスカレーター式に
のぼっていきました。
私立の女子中高、上智大学、UCLA、
アメリカの帰国子女、体育会系出身、トイックのスコア、
と、私が在籍していた組織やとった資格が私の代わりに、
私の実力やアイデンテティを良い風に日本社会へ
示していたと思います。
きっと私の実力以上のものを表してくれていたと思います。
そして勤めた経験のある企業もまた、
私を良くみせるアクセサリーの一つになってくれました。
それには、とても感謝しています。
しかし日本で得たポジションは日本を一歩出ると、消滅します。
日本で私の盾となり剣となってくれていた
所属組織やタイトルは、日本を一歩出ると私を守っては
くれませんし、人生を突き進む助けにもなりません。
だからこそ今後は、組織の力に頼らなくても良いように、
個人として、そして、人間としての実力をつけていきたいと思います。
「〇〇の〇〇部門の〇〇です。」ではなくて、
名前だけで勝負していけるような人間になりたいです。
だから、私のこだわりは、組織の形態にはございません。
それよりも
面白そうな仕事を、志が高く実力のある仲間達と出来るのならば
小さな誰も知らない組織でも良いですし、
ボロボロなビルの一室が仕事場でも良いですし、
東アフリカの田舎への派遣でも構いません。
このようなざっくばらんなこだわりしかないので
次の人生ステージがどのようなものになるか
検討もつかないので、正直ワクワクしています

一度日本社会のメインストリームを外れているので、
このまま外れて行きたいと思います、笑、ひかれない程度に。
一度外れちゃえば、何も恐くないです

でも授業料は返還していかないといかないので、
とりあえず一番の大事にすべきこだわりは、、、
無職は避けることである気はします

いずれにせよ、
このように選択肢の多い人生を歩んでいることに
感謝してもしきれません。
余談ですが
本日はInternational Women's Dayです。
世界には、物事を決める上での選択肢がとてつもなく
限られた環境の中にいる女性が数多くいます。
日本の皆さん、少なくとも、私の友人と知人は、
選択肢の多い人生を歩めていることを理解し、
思う存分、その権利を楽しんで頂きたいと切に願っております。
あの虫歯のその後。。。
皆さん覚えているでしょうか。。。
昨年の夏ぐらいから虫歯だと分かっていたにも関わらず、
前回の日本帰省で最後の週まで歯医者にいくことを避け、
案の定、こんな短期間では治せないと言われ、
またしても私は失態を犯していたことを。
なので、しぶしぶ250ドル位の歯科保険を払い、
NYUの歯学部学生に治療してもらうことにしました。
何故ならば保険に入らないまま治療を受けるとなると
バッカ高い費用がかかるのです。
例として、
こないだ初診でチェックアップとレントゲンをとっただけで、
なんと$160
すかさず、
「ちょっとちょっと保険入っているんだけど。」
とつっこみを入れさせてもらいました。
そうしたら保険適用の場合は、無料みたいです。
それはそれでびっくりしたけど、w
そして、NYUでは学生に歯を治療させると
普通よりかなり安い費用で済むシステムが確立されているのです。
要は、お医者さんでいう研修医みたいな存在だと思っています。
まぁNYUの学生はそれなりに優秀だろうと勝手に思い込み、
虫歯の為だけに日本に帰るのは面倒なので、
こっちで勇気を出して治すことにしました。
が、学生が、かれこれ100万以上かけた(母からちくちく言われる)
私の歯に触れるなど、、、不安だ
しかも、アメリカ人=手先不器用。アメリカ人の若者=より適当。
というイメージが先行し、なんだかなぁと思っていましたが。
こういう時に私のネットワーキング力が役に立ちました
やはり私は何か持っている
(それが人生の成功につながるかどうかは別として)
NYに引っ越してきた当初からの友達の歯医者さんに
NYUの歯学部で何か修士号か博士号の歯学バージョンを
とろうとしているイスラエル人がいるのだけど、
まずその友達に、腕の良い知りあいを紹介して貰いました。
そしたら美人の(西川先生とか比ではない)
ロシア系アメリカ人が出てきた
電話の声だとすっかりおばはんが出てくるのかと思ったので
あんぐり。そしてソワソワ。
しかも、19歳でアメリカに移住したので、
私が大好きなあのロシア人独特の英語の発音で
更にグッド
(私ヨーロッパ人と南米人の英語フェチなのです)
そして若者の学生が出てくると思いきや、
私より年上だったので、更にグレート
歯医者のお墨付き、アラサー、美人、ロシア人。
ラッキー
前は、私の担当のお医者さんとか歯医者さんは
イケメンとか美形とか美人とかじゃない方がソワソワしなくて
良いと思っていたけど、、、
イケメン/美人ドクター&デンティストもオッケーですね。
一般的に美人は得をするというけれど、
なんとなーく理解できました、w。
だって、「フロストをおススメするわ。」と言われたら、
この私(強調)が素直に(更に強調)その当日にデンタルフロストを
買いに行ったからね
まぁ、これに関しては昔からやらないとなぁと思ってたからだけど。
更に言うと、「マウスウォッシュもおススメよ。」と言われたので
人生で初めてマウスウォッシュ買いました。
そして、ちょっとくらい「痛い
」と思っても
美人ならば我慢出来る
これを私の今後に置き換えた場合、
見た目で、クライアントが言う事をきいてくれ、
そして少しのミスは見逃してくれる。
とても大事だ
再度、見た目も大事だなと確信した私でありました。
ところで、美人は得をするけど、
格好良い人は得をするのかな?あまり聞きませんよね?
ま、いいや。
更にラッキーなことに、
彼女の卒業試験の患者(実験台)になってくれと頼まれ、
報酬が$100
虫歯をタダで治してくれる上に、報酬が出るのですかい。
即座に
を出しました。
そして、本日、約束の時間にNYU歯学部のビルに着くと、
どうやら私の虫歯は最終試験の条件を満たさないらしく、
駄目だと伝えられました。
どうやら小さすぎるとのこと。そうなの?そうなの??
私としては嬉しい結果ではありますが、
彼女のお手伝いをしてあげたかったので残念。
「なんなら、もう少し大きくなるまで待とうか?」と
ジョークを言ったくらい。
でもびっくりすることに、彼女は、
「残念だけど、あなたの虫歯は来週治すから。
でもちゃんと来てもらったので報酬は出すわ。」

私はすかさず、「Are you sure?」(まじで!?)
って聞いたけど、
「Positive.」
と返されたので、
何のためらいも無く受け取りました
本来ならば、学生から何もせずに報酬を受け取るなんて
言語道断ですが、、、
学生は学生でも、、、
歯医者の卵
未だに若干罪悪感はあるけど、
もしかしたら学部から出されるのかもしれないし、
それにもう歯医者のインターンとかで
かなり稼いでいるのかもしれない。
と、自分に都合の良いように解釈し、気軽に
「Thanks
」と受け取りました。
今までのことをまとめると、
何もせずに$100ゲット。
そして日本で治療をしなかった(出来なかった)代わりに
また色々手に入れちゃいました。
1。美人Dentistの知りあい。
(そのうちイケメンDentistへつながると願って)
2。$100
(これは未だ返そうか悩んでいるんだけど。。。)
3。アメリカの歯医者システムの知識
4。歯の治療に関する専門用語
5。歯を大事にしようという心構え
私の唯一の自慢は
気持ちの切り替えの速さとポジティブ思考です
(言い換えると、鈍感力)
このスキルのおかげでまた素敵な体験が出来ました。
とりあえず、この$100は即貯金
卒業後は、私の人生の大半を占める事になる
授業料返還ピリオドの始まりですので無駄遣いは厳禁です
何はともあれ、
棚からぼたもちでした
昨年の夏ぐらいから虫歯だと分かっていたにも関わらず、
前回の日本帰省で最後の週まで歯医者にいくことを避け、
案の定、こんな短期間では治せないと言われ、
またしても私は失態を犯していたことを。
なので、しぶしぶ250ドル位の歯科保険を払い、
NYUの歯学部学生に治療してもらうことにしました。
何故ならば保険に入らないまま治療を受けるとなると
バッカ高い費用がかかるのです。
例として、
こないだ初診でチェックアップとレントゲンをとっただけで、
なんと$160
すかさず、
「ちょっとちょっと保険入っているんだけど。」
とつっこみを入れさせてもらいました。
そうしたら保険適用の場合は、無料みたいです。
それはそれでびっくりしたけど、w
そして、NYUでは学生に歯を治療させると
普通よりかなり安い費用で済むシステムが確立されているのです。
要は、お医者さんでいう研修医みたいな存在だと思っています。
まぁNYUの学生はそれなりに優秀だろうと勝手に思い込み、
虫歯の為だけに日本に帰るのは面倒なので、
こっちで勇気を出して治すことにしました。
が、学生が、かれこれ100万以上かけた(母からちくちく言われる)
私の歯に触れるなど、、、不安だ

しかも、アメリカ人=手先不器用。アメリカ人の若者=より適当。
というイメージが先行し、なんだかなぁと思っていましたが。
こういう時に私のネットワーキング力が役に立ちました

やはり私は何か持っている

(それが人生の成功につながるかどうかは別として)
NYに引っ越してきた当初からの友達の歯医者さんに
NYUの歯学部で何か修士号か博士号の歯学バージョンを
とろうとしているイスラエル人がいるのだけど、
まずその友達に、腕の良い知りあいを紹介して貰いました。
そしたら美人の(西川先生とか比ではない)
ロシア系アメリカ人が出てきた

電話の声だとすっかりおばはんが出てくるのかと思ったので
あんぐり。そしてソワソワ。
しかも、19歳でアメリカに移住したので、
私が大好きなあのロシア人独特の英語の発音で
更にグッド

(私ヨーロッパ人と南米人の英語フェチなのです)
そして若者の学生が出てくると思いきや、
私より年上だったので、更にグレート

歯医者のお墨付き、アラサー、美人、ロシア人。
ラッキー

前は、私の担当のお医者さんとか歯医者さんは
イケメンとか美形とか美人とかじゃない方がソワソワしなくて
良いと思っていたけど、、、
イケメン/美人ドクター&デンティストもオッケーですね。
一般的に美人は得をするというけれど、
なんとなーく理解できました、w。
だって、「フロストをおススメするわ。」と言われたら、
この私(強調)が素直に(更に強調)その当日にデンタルフロストを
買いに行ったからね

まぁ、これに関しては昔からやらないとなぁと思ってたからだけど。
更に言うと、「マウスウォッシュもおススメよ。」と言われたので
人生で初めてマウスウォッシュ買いました。
そして、ちょっとくらい「痛い
」と思っても美人ならば我慢出来る

これを私の今後に置き換えた場合、
見た目で、クライアントが言う事をきいてくれ、
そして少しのミスは見逃してくれる。
とても大事だ

再度、見た目も大事だなと確信した私でありました。
ところで、美人は得をするけど、
格好良い人は得をするのかな?あまり聞きませんよね?
ま、いいや。
更にラッキーなことに、
彼女の卒業試験の患者(実験台)になってくれと頼まれ、
報酬が$100

虫歯をタダで治してくれる上に、報酬が出るのですかい。
即座に
を出しました。そして、本日、約束の時間にNYU歯学部のビルに着くと、
どうやら私の虫歯は最終試験の条件を満たさないらしく、
駄目だと伝えられました。
どうやら小さすぎるとのこと。そうなの?そうなの??
私としては嬉しい結果ではありますが、
彼女のお手伝いをしてあげたかったので残念。
「なんなら、もう少し大きくなるまで待とうか?」と
ジョークを言ったくらい。
でもびっくりすることに、彼女は、
「残念だけど、あなたの虫歯は来週治すから。
でもちゃんと来てもらったので報酬は出すわ。」

私はすかさず、「Are you sure?」(まじで!?)
って聞いたけど、
「Positive.」
と返されたので、
何のためらいも無く受け取りました

本来ならば、学生から何もせずに報酬を受け取るなんて
言語道断ですが、、、
学生は学生でも、、、
歯医者の卵
未だに若干罪悪感はあるけど、
もしかしたら学部から出されるのかもしれないし、
それにもう歯医者のインターンとかで
かなり稼いでいるのかもしれない。
と、自分に都合の良いように解釈し、気軽に
「Thanks
」と受け取りました。今までのことをまとめると、
何もせずに$100ゲット。
そして日本で治療をしなかった(出来なかった)代わりに
また色々手に入れちゃいました。
1。美人Dentistの知りあい。
(そのうちイケメンDentistへつながると願って)
2。$100
(これは未だ返そうか悩んでいるんだけど。。。)
3。アメリカの歯医者システムの知識
4。歯の治療に関する専門用語
5。歯を大事にしようという心構え
私の唯一の自慢は
気持ちの切り替えの速さとポジティブ思考です

(言い換えると、鈍感力)
このスキルのおかげでまた素敵な体験が出来ました。
とりあえず、この$100は即貯金

卒業後は、私の人生の大半を占める事になる
授業料返還ピリオドの始まりですので無駄遣いは厳禁です

何はともあれ、
棚からぼたもちでした

アブダビ出張1日目、からの11日目
あらやだ。
本当月日が経つのはあっという間ですね
こないだ年が明けたと思ったら、もう2月中旬ですか。
次に気がついた時はもう2013年ですかね。
こないだブログを書いたのが先々週の金曜で、
もう1週間以上経っちゃいましたね。
無事に(それなりに)与えられた役割をこなし、
アブダビから帰還致しました。
学んだことは、
イベントやコンファレンスは、
いかに用意周到に準備するかが、成功への鍵だということ。
そして、どんなに完璧に準備したとしても、
予想外の事態やハプニングに見舞われること。
最終的に、これらを全てコントロールするはめになる
イベントコーディネーターの実力と人望が
一番大事であること。
ちなみに今回のコンファレンスの裏方総責任者であった
ジョルダン(Jordan)はとても良い子で、
年齢もさほど私と変わらないとは思うけど、
的確な判断のもと、良い感じに皆をコントロールしていたと思う。
彼女の指揮の元、
私のボスでエチオピア人のアデイ、
NYU Ghanaから招集されたガーナ人のマドンナ、
そして私の4人体制でチームを組んでいたのだけど、
Bitchがいないどころか、皆とても性格が良く
とても協力的で、けっこう居心地良く働くことが出来ました。
私以外の3人は、もっと早めに現地入りしてて、
夜の9時までコースが長く続いていたみたいだし、
コンファレンス前日は朝の2時までコースになってしまい、
コンファレンス当日の朝は、
ジョルダンとマドンナとホテルの朝ブッフェで朝食をとったけど、
全員食欲なし、クマあり、オーラなしの状態で初日を迎えました。
初日は色々ハプニングがあって、ジョルダンが真っ青になったり
疲労困憊していく姿をみていて、可哀想な気がしたけど、
彼女は強いので、あまり心配はしませんでした。
全てが終わった、、、と皆で安堵したと思ったら、
ジョルダンがこれまた死にそうな顔をして、
「ヤー(大ボス)のクレディットカードを失くした」
とかつぶやいたので、ジョルダンとマドンナは
パニックに陥ったけど、
こういう時はなんとなく他人行儀でいる私みたいな存在が
役に立つのでしょうか。
私は、なんとなく、きっとジョルダンが疲れすぎて記憶喪失で、
ボスにカードを返したのを忘れているのだろうと悟りました。
案の定、その通りでした。笑。
さすがに最終日の1時をまわった頃には、
祝い酒をする気力もなく、
(コンファレンス初日はしっかり皆で飲みに行きましたが、w)
ジョルダンとマドンナと私でエレベーターに乗った瞬間に、
ジョルダンが3人が泊まっている階を
タタタって素早く押したので、
笑えるくらいベッドに飛び込みたくてしょうがないんだろうなって
感じ取れました、笑。
ちなみに我がボスは、朝の3時に元大統領のお迎えの為に
1時間離れたドバイまで行ったり、
帰りも朝の何時かにドバイまで見送ったりと、
さすがにげっそりしてましたので、
最終日も気づいたらいなくなってました、w。
これが現地集合、現地解散の良いところですね。
仕事意外では特に一緒に行動しなくてオッケ
今回、急遽チームの一員として招集され、
あたかもずいぶん前からコンファレンスの準備サポートチームに
属していたようなそぶりをみせないといけなかった訳ですが、
意外と何とかなるものですね。
今回のチームは、NYから2名、ガーナから1名、そして
アブダビの1名から成る女性オンリーチームだった訳ですが、
チームが頼もしく、そして一緒に働いていて楽しかったです。
そう思えたのは、全員、
interpersonal and communication skillが備わっていたのと、
全員、
responsible, committed and selflessな面がありつつ、
なんと言っても
humorous
だったからではないかなと思います。
卒業後もこういうチームの一員としてやりたい仕事が
出来たら、本望ですね
ずっとホテル内にいたので、
アブダビの片鱗しか撮れませんでしたが写真をどうぞ
きっとあれがアブダビ中心街だな。
あそこにニューヨーク大学アブダビ校があるのだな。
金持ち学校が。
今後どんどんビルが建っていくのでしょう。
ドバイは石油がないので、建設ストップしているけど
アブダビは石油で潤っているのでそのうちドバイを
抜くとかどうとか。
ホテル付属のマリーナ。
その奥にはプライベートビーチ。あぁ、せっかくの水着が用なし。
コンファレンスエリアの真隣にあるプール。
初日のランチはプールサイドでミーティングしたり、
良かったけど、
何度このプールに飛び込みたい衝動に駆られたか。
コンファレンス受付からの景色。
大体この場所が拠点でした。Macが無ければ悲惨だった。
元国連事務総長の下についてた人。
ガーナの強い女性。
この人の話し相手をずっとしてました。
コンファレンスの目玉。
元ガーナ大統領。
この元大統領と上の婦人を後ろに乗せ、
なぜか助手席に乗り込んだ私。
ボスから「乗りなさい」命令が出たもので。。。
これは、隠し撮り。ばれてたら殺されてたかなぁ、苦笑。
7つ星ホテル。エミレーツパレスだったかな。
何が7つ星なのかは分からないけど、とりあえず壮大でした。
この中から一つ選べばいいのかなと思いきや、
一人前だった。
晩餐会風景。
中庭。これは綺麗だった。
夜のアブダビ。
せっかくジム服持ってきたのに使わないのはしゃくなので
朝の2時にジムをあけてもらい一人で貸し切り。
ジャグジに下着で入ろうと思ったけど、思いとどまった。
サウナも楽しみにしてたけど、さすがに朝の2時には
使用不可になっていました。
やっぱホテルと言えば、バブルバスだよね。
これで毎日疲れを癒しておりました。最終日も意地で
朝の3時にバブルバス。
米国ではお湯をためないので、ここぞとばかりに
湯船を楽しみました。
ゆったりする時間が無く、
ロビーが結構綺麗だったと帰米の日に気づく。
チャンチャン。
本当月日が経つのはあっという間ですね

こないだ年が明けたと思ったら、もう2月中旬ですか。
次に気がついた時はもう2013年ですかね。
こないだブログを書いたのが先々週の金曜で、
もう1週間以上経っちゃいましたね。
無事に(それなりに)与えられた役割をこなし、
アブダビから帰還致しました。
学んだことは、
イベントやコンファレンスは、
いかに用意周到に準備するかが、成功への鍵だということ。
そして、どんなに完璧に準備したとしても、
予想外の事態やハプニングに見舞われること。
最終的に、これらを全てコントロールするはめになる
イベントコーディネーターの実力と人望が
一番大事であること。
ちなみに今回のコンファレンスの裏方総責任者であった
ジョルダン(Jordan)はとても良い子で、
年齢もさほど私と変わらないとは思うけど、
的確な判断のもと、良い感じに皆をコントロールしていたと思う。
彼女の指揮の元、
私のボスでエチオピア人のアデイ、
NYU Ghanaから招集されたガーナ人のマドンナ、
そして私の4人体制でチームを組んでいたのだけど、
Bitchがいないどころか、皆とても性格が良く
とても協力的で、けっこう居心地良く働くことが出来ました。
私以外の3人は、もっと早めに現地入りしてて、
夜の9時までコースが長く続いていたみたいだし、
コンファレンス前日は朝の2時までコースになってしまい、
コンファレンス当日の朝は、
ジョルダンとマドンナとホテルの朝ブッフェで朝食をとったけど、
全員食欲なし、クマあり、オーラなしの状態で初日を迎えました。
初日は色々ハプニングがあって、ジョルダンが真っ青になったり
疲労困憊していく姿をみていて、可哀想な気がしたけど、
彼女は強いので、あまり心配はしませんでした。
全てが終わった、、、と皆で安堵したと思ったら、
ジョルダンがこれまた死にそうな顔をして、
「ヤー(大ボス)のクレディットカードを失くした」
とかつぶやいたので、ジョルダンとマドンナは
パニックに陥ったけど、
こういう時はなんとなく他人行儀でいる私みたいな存在が
役に立つのでしょうか。
私は、なんとなく、きっとジョルダンが疲れすぎて記憶喪失で、
ボスにカードを返したのを忘れているのだろうと悟りました。
案の定、その通りでした。笑。
さすがに最終日の1時をまわった頃には、
祝い酒をする気力もなく、
(コンファレンス初日はしっかり皆で飲みに行きましたが、w)
ジョルダンとマドンナと私でエレベーターに乗った瞬間に、
ジョルダンが3人が泊まっている階を
タタタって素早く押したので、
笑えるくらいベッドに飛び込みたくてしょうがないんだろうなって
感じ取れました、笑。
ちなみに我がボスは、朝の3時に元大統領のお迎えの為に
1時間離れたドバイまで行ったり、
帰りも朝の何時かにドバイまで見送ったりと、
さすがにげっそりしてましたので、
最終日も気づいたらいなくなってました、w。
これが現地集合、現地解散の良いところですね。
仕事意外では特に一緒に行動しなくてオッケ

今回、急遽チームの一員として招集され、
あたかもずいぶん前からコンファレンスの準備サポートチームに
属していたようなそぶりをみせないといけなかった訳ですが、
意外と何とかなるものですね。
今回のチームは、NYから2名、ガーナから1名、そして
アブダビの1名から成る女性オンリーチームだった訳ですが、
チームが頼もしく、そして一緒に働いていて楽しかったです。
そう思えたのは、全員、
interpersonal and communication skillが備わっていたのと、
全員、
responsible, committed and selflessな面がありつつ、
なんと言っても
humorous
だったからではないかなと思います。
卒業後もこういうチームの一員としてやりたい仕事が
出来たら、本望ですね

ずっとホテル内にいたので、
アブダビの片鱗しか撮れませんでしたが写真をどうぞ

きっとあれがアブダビ中心街だな。
あそこにニューヨーク大学アブダビ校があるのだな。
金持ち学校が。
今後どんどんビルが建っていくのでしょう。
ドバイは石油がないので、建設ストップしているけど
アブダビは石油で潤っているのでそのうちドバイを
抜くとかどうとか。
ホテル付属のマリーナ。
その奥にはプライベートビーチ。あぁ、せっかくの水着が用なし。
コンファレンスエリアの真隣にあるプール。
初日のランチはプールサイドでミーティングしたり、
良かったけど、
何度このプールに飛び込みたい衝動に駆られたか。
コンファレンス受付からの景色。
大体この場所が拠点でした。Macが無ければ悲惨だった。
元国連事務総長の下についてた人。
ガーナの強い女性。
この人の話し相手をずっとしてました。
コンファレンスの目玉。
元ガーナ大統領。
この元大統領と上の婦人を後ろに乗せ、
なぜか助手席に乗り込んだ私。
ボスから「乗りなさい」命令が出たもので。。。
これは、隠し撮り。ばれてたら殺されてたかなぁ、苦笑。
7つ星ホテル。エミレーツパレスだったかな。
何が7つ星なのかは分からないけど、とりあえず壮大でした。
この中から一つ選べばいいのかなと思いきや、
一人前だった。
晩餐会風景。
中庭。これは綺麗だった。
夜のアブダビ。
せっかくジム服持ってきたのに使わないのはしゃくなので
朝の2時にジムをあけてもらい一人で貸し切り。
ジャグジに下着で入ろうと思ったけど、思いとどまった。
サウナも楽しみにしてたけど、さすがに朝の2時には
使用不可になっていました。
やっぱホテルと言えば、バブルバスだよね。
これで毎日疲れを癒しておりました。最終日も意地で
朝の3時にバブルバス。
米国ではお湯をためないので、ここぞとばかりに
湯船を楽しみました。
ゆったりする時間が無く、
ロビーが結構綺麗だったと帰米の日に気づく。
チャンチャン。