9月26日朝のTVは福島県三春町に暮らしながら

原発事故の被災者の苦しみに寄り添ってきた、

作家で僧侶の玄侑宗久さん。

被災者という言葉ではくくれない個別の人生があることを伝えたかったという。

計画どうりにはいかない、想定内、想定外「こうなるはずだった」はない、

「確かに悲惨なことが起こったが、自分の思いによって何倍も悲惨にしてはいないか。」

直観に従い進み振り返ればそこに道が有る。

元々は禅語である“風流”という言葉。揺らぎながらも重心を取り直す生き方を語る。

「風流に生きる」揺らぎながら重心を取って生きる(出来れば揺れを楽しむ)。

「風流ならざる所もまた風流」(生きる事が大事)合掌

空には雲が有って当たり前、雲が現れるが自分は青空になりただ雲を眺める。




「耐えがたきを耐え、忍び難きを忍」

と言う終戦の日の陛下の放送の言葉が頭に浮びました。