10月5日の朝のTV、

半世紀以上にわたって故内村鑑三さんを研究

立教大学名誉教授の鈴木範久さん。


よい行い正しい生活をしていた、ヨブが悲惨な目にあうヨブ記、

山犬だけが友達という孤独、神と会う、希望へと転換


内村鑑三は、日本のヨブだと言う、

世間から差別され兄弟からも恨まれる、

「肉の兄弟より思想の兄弟」

「パウロの謙遜」「思い上がることなかれ」
「パウロの謙遜」謙遜の説明の記事
自分の分限を知ってそれを他人のため、神のために
働かせよ、という意味であります。ここで、マタイ伝 25 章 14-30
節にあるタラントの話を思い起こして下さい。我々は各自、タラン
トも違い、また仕事も違います。パウロは、「目の人もあれば耳の人
もある」と言いました。我々は、目であるか、耳であるか、口であ
るか、手であるか、足であるか、誰もが一つのタラント、一つの仕
事を持っています。自分が 3 タラントを与えられていたなら、その 3
タラントを働かせたら宜しい。目というタラントで生まれていたな
ら、目をよく働かせて目を丈夫にしてよく見たらよろしい。それを
「謙遜」と言う。日本流に、人に譲ったりすることを意味していま
せん。自分自身の価値を知り、遠慮せずに、目なら目なりに、自分
の力が三なら三の力を働かすこと、これをキリスト教では「謙遜」
というのであります。