ロスメルスホルム@新国立劇場小劇場 | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

作 ヘンリック・イプセン

脚色 ダンカン・マクミラン

演出 栗山民也

森田剛/三浦透子/浅野雅博/櫻井章喜/谷田歩/梅沢昌代

 

 戯曲は1886年に出版、翌年ノルウェーのベルゲンで初演。イプセンの戯曲の中でも特に難解で捉えどころがない作品のひとつとされているらしい。上演台本はダンカン・マクミランが手がけています。タイトルは英語風に言えば「ロスメル(ロスマー)のホーム」になる? 主人公ヨハネス・ロスメルの屋敷、および代々続く彼の一族も意味するようです。ロスメルスホルムに根付く強い道徳観が自由を求める人たちの信念や愛情を束縛し、その考えや行動の自由を奪ってしまうという話かな?

 

ネタバレあらすじ→1880年代後半のノルウェーの小さな街。ヨハネス・ロスメル(森田剛)は200年続く名家ロスメル家の当主。彼の妻ベアーテは敷地内にある橋から入水自殺した。それから1年、いまロスメルはレベッカ(三浦透子)家政婦(梅沢昌代)と共に屋敷で暮らしている。レベッカはベアーテの兄クロル教授(浅野雅彦)の紹介で、ベアーテの話し相手として、また、精神を病んだベアーテに代わって家の切り盛り役として同居していて、ベアーテ亡きあとも住み続けており、ロスメルとは友人(および同志?)の関係にある(←以上前提)。

 自由思想に感化されていたロスメルは、牧師という職と信仰を捨て、自分の置かれた社会的束縛から自身を解放し民主主義の理想を求める決心をしていた。超保守的なクロル教授はそんなロスメルを「支配階級としての地位と家柄と責任を裏切る行為だ」と糾弾。クロル教授は、進歩的なレベッカがロスメルを操ったと非難し、子どもを産めない体だった妹ベアーテはロスメルとレベッカが結婚できるようにとこの世を去ったのだと攻める。それを聞いたロスメルは自分が早くからレベッカを愛していたことに気づく。彼は妻の愛を裏切っていた罪悪感から「その罪を背負ったまま理想を求める資格はない」と、新しい社会への信念を捨てる。レベッカは、ベアーテを自殺へと促したのは自分だと告白。それはロスメルに会った時から彼に愛欲を抱いていたからで、しかし、妻が死んでロスメルが自由になったとき官能の欲望は消えて彼への献身的な愛情に変わったと。信じるものを失ったロスメルに対し、彼への愛を証明するためにレベッカは橋から身を投げてみせると言う。ロスメルはレベッカと一体化することを望み、2人は一緒に橋へと歩いていく(=入水自殺する😓)。おわり。

 

 リベラル思想VS保守反動という政治的社会的対立がテーマかと思ったら、後半から話は個人の内面に深く入り込んでいき、やがて愛の形の話になっていきます。登場人物につきまとうのは白い馬のイメージ=ロスメル家に漂う亡霊、直接的にはベアーテの霊の気配として言及される。ロスメルもレベッカもそれから逃れたくて出口を探すけど、ベアーテが歩いた跡を追うしか道はない。ベアーテの(あるいはロスメル家一族の)白い馬が2人を黄泉に運んで行ったのでしょうか。

 

 正直なところ2人が死を選ぶ理由がよく分からなかったな😔 2人とも道徳的な罪悪感から逃れられなかったということ? ロスメルは妻ベアーテの愛を裏切っていたという罪、レベッカはベアーテの愛を自分とロスメルとの愛ために利用したという罪。2人は男女として愛し合っていることを知ったのに、それを現世で成就するには罪深すぎるということ? その罪悪感の前には進歩的でリベラルな理想社会への強い信念など何の役にも立たないんですね。罪悪感を抱かせる道徳感のほうが強すぎる、それこそ古い価値観以外の何ものでもない。その束縛から逃れるには愛を証明するための行動しかなくて、この場合は2人が1つになって共に「そこへ」行くことなのか?🙄 ロスメルは妻が橋から入水自殺して以来その橋を渡るの避けてきたのだけど、最後にレベッカと2人でその橋を渡る(そしてそこから飛び降りる)ことで妻の呪縛から解放された……といえるのだろうか。

 

 ダンカン・マクミランの脚色は、原戯曲のセリフを変えたり加えたりしてそこに独自の解釈を多分に入れてるんだけど、特にレベッカの造形が現代的で、且ついろいろな含みを感じさせました。レベッカに主体性をより強く持たせていて、それゆえ主役はもはやレベッカ。性格は違うけど「人形の家」のノラ的立ち位置に感じられたな。

 

 舞台となる居間の壁にはロスメル家代々の当主の肖像画が飾られていて、そこにいる人を威圧するかのようにじっと空間を見つめています。上手(かみて)に大きなフランス窓があり、開けると風が入ってふわっとカーテンを揺らす。それは自由への扉で、吹き込む風は新しい社会の息吹のようにも感じられる。奥の玄関ホールに続く廊下の壁(客席から見ると正面)に縦長の鏡が掛かっていて人が出入りするたびに全身が映ります。鏡をあの場所に置く以上はそこに意味があるのだと思うけど、それはよく分からなかったな💦 静寂に包まれた室内を照明が繊細に照らし、それが作る光と影と陰のコントラストが、美しさと同時に登場人物の心情や風の色を感じさせたりしました

 

 演出は硬質で、役者の立ち位置や小さい動きまで計算され尽くされているようだった。絵画的な絵面を感じるのはそのせいかも。静けさを壊すようないくつかのシーンがアクセントになっていた。例えば、レベッカがロスメルへの愛欲を告白するところで、彼女は長テーブルの上に乗って這うように身体をくねらせるんだけど、堪能的であり苦悩を絞り出すようでもあった。あるいは、ロスメル家の古い価値観=伝統とか格式とか因習とか特権とかに精神的に支配されていることに苛立ったロスメルが怒りを爆発させ、壁に飾られた一族の肖像画に花を投げつけるところ、本音を曝け出して荒ぶる彼と壁に飛び散った赤い花(薔薇?)とが対照的で美しくさえありました。

 クロル教授の浅野雅博さんの演技が手堅くてサスガでした。戯曲を読んだときは教授のガチ保守で権威主義的なところがすごく不快だったんだけど、浅野さんの演技を観てると、とても真っ当なこと言ってるように思えてくるから不思議だった。役者の力を感じました👏

 

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