「シラノ・ド・ベルジュラック」@東京芸術劇場プレイハウス | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

作 エドモン・ロスタン

脚色 マーティン・クリンプ

翻訳・演出 谷賢一

古川雄大/馬場ふみか/浜中文一/章平/堀部圭亮/銀粉蝶/大鶴佐助

 

 エドモン・ロスタンによる1897年初演の戯曲を、2019年にイギリスのマーティン・クリンプが脚色した作品です。一昨年ナショナル・シアター・ライブ(映画館上映)で観ましたが、ものっすごく面白かった。主演はジェイムズ・マカヴォイでした。

 

 物語はよく知られていますね。背景は1640年フランス。詩人で軍人のシラノ(古川雄大)は自他共に醜男と認めるほどの大きな鼻の持ち主。ロクサーヌ(馬場ふみか)を好きなんだけど最初から諦めている。軍人仲間で美男のクリスチャン(浜中文一)とロクサーヌが両思いなのを知り、美しい言葉を紡げないクリスチャンに成り代わって、ロクサーヌに愛を語る。ロクサーヌとクリスチャンは結婚するが、すぐに男たちは戦場へ。シラノは戦場からもクリスチャンの名でロクサーヌに愛の手紙を送り続けていた。そしてクリスチャンは戦死。15年後、シラノは未亡人ロクサーヌと交流を続けていたが(いとこ同士だからね)、喧嘩で瀕死の重傷を負う。ロクサーヌは手紙がすべてシラノが書いたものだったと知り、シラノは彼女への愛を告白して死んでいく。

 

 シラノは実在の人物(1619〜1655)で、肖像画によると確かに大きな鉤鼻だったらしい。三十年戦争で1640年にアラス包囲戦に参加したのは史実で、シラノは当時21歳くらい、亡くなったのは36歳なんですね。今まで観てきた作品ではシラノをベテラン俳優が演じていたけど、実はシラノもロクサーヌもクリスチャンも同世代なのか。ただし、3人を軸にしたこの物語はロスタンの完全な創作です。

 

 クリンプによる脚色版の最大の特徴は、いくつかのセリフをラップで喋っていることです。ロスタンの戯曲は韻文で書かれているんだど、クリンプのこの脚色についてイギリスのスタッフは「詩は自分たちから遠いもの、時代遅れなものではない。詩は私たちが毎日聴いている音楽の中にある、ポップカルチャーの一部だ」と。現代における詩=韻とリズムを大事するもの=ラップだ!ということか。でも、それは日本でも同じように通用するの? という疑問は観る前からありました。

 舞台の左右いっぱいに階段が組まれ、現代服姿の役者はそこを縦横に動きながら演技をする。基本、正面を向いてセリフを言い、相手を見て会話をする方が少ない。小道具は(終盤を除けば)ラップで使うマイクのみ。あるのは役者の身体と言葉だけで、その言葉を彼らが正面=客席に向かってしゃべることで、私たちは言葉を浴びるのです。

 ところが……ラップでの日本語が聞き取れない😖  焦りました〜。ラップのリズムと日本語の音って合わないと思った。なので、ラップ部分はあまり多くなくて内心ホッとしました。演出はすごく好きなので、全て普通にセリフでやってくれてもよかったんですけどぉ😑

 

 古川雄大のシラノは予想以上に良かったです🎉  知的で言葉を紡ぐ才能があるというキャラはぴったりだし、繊細で純粋で、狂おしいほどにロクサーヌを愛しているのがまっすぐ伝わってきた。大きな鼻は付けていないけど、彼の鼻に言及されるとき、それはひとつの象徴として、誰もがもっている「肉体的/内面的/環境的コンプレックス」を指すことになる。そして、あんなに美しい容姿の古川くんがコンプレックスを抱えて悶々とするからこそ、時に自分を表現してくれる武器、時に自分を隠すための仮面=「言葉」の美しさが突き刺さる。1幕の終盤、シラノがクリスチャンを装ってロクサーヌに伝える愛の言葉が本当に、本当に美しかった。キスするロクサーヌとクリスチャンを見て古川くんツツーッと涙を流していて、思わずもらい泣き😭  2幕の最後でロクサーヌに言う「まともに話してくれる女性はいなかった。僕はいつも演じる役、とりもち役だった」って言う吐露もねー😢  最後、詩を読みながら死んでいくときも涙が光っていて、はぁ〜、切なかったです。

 

 馬場ふみかのロクサーヌは女っぽさを極力抑えた作りで良かったと思う。原作とは違い、ここでのロクサーヌは、夫クリスチャンが戦死した後「何人もの男と寝たわ」と白状するし、シラノが死に際に「空想にふけっていたのは俺の方。彼女の方が庭を走り回っていた」と言うように、自分を飾らない、隠さない、とても芯のある今風の女性でした。浜中文一のクリスチャンは少し物足りなかったな。クリスチャンは美男子だけど田舎者であまり礼儀を知らず文学/詩の素養がなくて言葉で気持ちを表現することが苦手という、良くも悪くもシラノが持っていないものを持っている。その意味でクリスチャンには古川シラノと相拮抗するくらいの存在感が欲しかったんだけど、そういう部分があまり出ていなくて残念でした。シラノの親友ル・ブレを演じた章平が脇をしっかり締めていた。そして、ラグノー夫人の銀粉蝶がサスガの演技&セリフ術。特に2幕での死についての?詩に聞き惚れました。こういうセリフを聞くとホッとします。

 

 15年後、ラグノー夫人は「時代は変わった。詩は死んだの、話し言葉の時代になったのよ」と言うんだけど、それを具現するように、ロクサーヌは自分への愛の詩が書かれたシラノからの手紙を燃やす😔シラノの目の前で……。とても残酷なシーンだったけど、一つの時代の終わりという意味で、そういうことなんだと思った。「自分の生き方は自分で決める」「誇りは捨てない」「心意気は墓場まで持っていく」(←大意です)みたいなシラノの言葉が心に響きました。彼はそれを貫いたし、ロクサーヌも、戦死したクリスチャンもそのように生きたと思うよ。

 

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