「シェルブールの雨傘」@シアタークリエ | 明日もシアター日和

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観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

 涙腺崩壊、泣きましたー。泣くとは思っていなかったので、少し焦りました。映画を見たときはそれほどでもなかったから。

 2009年の初演は見ていないけど、以前に映画を見ていて、そのときの感想が泣けなかった理由。えーと、映画ではジュヌヴィエーヴに全く共感できなかった。再び会えるまで愛し続けると誓ったのに、その舌の根も乾かないうちに他の男と結婚って、2年どころか、半年程度しか辛抱できなかった訳じゃん。戦地にいるギイの苦しみを思ってあげられない、そこでは手紙を書けるような状況ではないことを考えられない16、7歳の女の子。ギイの心を深く傷つけた身勝手なジュヌヴィエーヴに、ホント何の同情も湧かなかったです。

 そんな訳でちょっとしっくりこなかった作品なんだけど、今回舞台を見て、感想が変わりました。ジュヌヴィエーヴはどうして待てなかったのか、わかった(遅い!)。ギイは生きていないかもしれないという疑惑と不安。確かにあの時代はそういうものだったのでしょう。その気持ちが増長していき、もしギイが生きて帰らないとしたら、子どもと2人でどうやって生きていくのか、そうしたら手の届く選択肢がそこにあったわけで。あ、そうかと、ストンと腑に落ちたのでした。ま、仕方ないかと。結局2人それぞれ相応しい人と結婚できて、幸せだったと思う。その意味で、ほろ苦いハッピーエンドかな。

 で、そう納得できたのは、たぶん、香寿たつき/エムリー夫人の説得力ある演技と歌がすごく良かったからだと思います。


 物語はかなりテンポ良く進むので、舞台転換もそれに合わせてスムーズでした。傘店やギイの家など、可動式のセットが用意されていて、そのシーンになると壁がくるりと回って部屋が現れるという仕組みで、面白い。ギイが赴いた戦地のシーンは状況を理解するうえで効果的だったと思う。ギイの出番が多くなるしね。ギイが手榴弾で負傷するシーンと、ジュヌヴィエーヴの結婚式とを重ねる演出は、悲劇性や運命の非情さをリアルに見せていました。

 ときどきアンサンブルが町の人々の物語をダンスで見せるんだけど、これが割と微妙でして……。また、ギイとジュヌヴィエーヴの出会いのシーンとか、最初と最後に初老の男性(たぶんギイ)が登場して過去への思いに耽るようなシーンとかもあったけど、そこまで説明的にしなくてもいいんじゃないかな。


 芳雄くん/ギイは思った通り、素晴らしい! 伸びやかで透明感のある声の美しさに表現力が増して、ミュージカル俳優としてますます磨きが掛かっていました。ストレートプレイをやってきているから、役者としての演技力も上がったなあ。まだ王子さまキャラの香りが漂っているから(私がそう見ているだけ?)、ガレージで働く労働者とかガソリンスタンドのオーナーといった、ある種の普通の人を演じるときは少し手探りしているような感じを受けたけれど、まだまだ伸び代たっぷりですわ。戦場でのジュヌヴィエーヴを思うギイの姿に、心を激しく揺さぶられました。

 野々すみ花/ジュヌヴィエーヴは、16歳の少女という役にあまり違和感がなく、可憐な恋する乙女になっていました。ギイを一途に愛するんだけど、いなくなるととたんに疑心暗鬼状態になって、目の前の幸せにすがりついてしまう、そんなナイーヴな少女。ギイと別れてから次第に心が揺れていき、カサールのプロポーズを受けることを決心するまでの、微妙な変化を良く表現していたと思います。

 香寿たつき/エムリー夫人が、初演でも演じていただけあって、さすがにすっごく良かったです。歌唱力も声も演技も文句ありませんです。たぶん夫人も十代でジュヌヴィエーヴを生んで、でもその恋人とは結婚できなくて、別の人と結婚して……という人生だったから、ジュヌヴィエーヴには同じ轍を踏んでほしくなかったんだろうなあ。そんな勝手な想像をさせるほど、深い役作りだったと思う。恋に恋する娘をたしなめ、生まれてくる子どもには夫が必要、カサール氏なら自分たちの傘になってくれる(シャレ?)と諭す、そこに、計算高さではない、母親としての慈愛があふれているのを感じました。

 この作品はほとんど、例のテーマ曲1曲の力で名作に仕上がったといえますね。いろんなシーンで歌詞を変えて何度も歌われるから、印象度も高まるし。涙腺を刺激したのも、一番はあのメロディーだったのです。