監督 羽田澄子
ドキュメンタリー映画監督の羽田澄子さんが、十三代目片岡仁左衛門丈の83歳から90歳で亡くなるまでの姿(舞台、稽古風景、芸談、家族との風景など)を記録した映画を観てきました。十三代目は1903年12月15日生まれ、2歳で初舞台を踏み、1994年3月26日に亡くなりました。最後の舞台は1993年12月南座「八陣守護城」の佐藤清正で、映画の中でご本人が「役者は舞台が命」とおっしゃている通り、まさに最期まで舞台の人でしたね。
幸運にも十三代目の舞台は観てきています。特に、現・仁左さまや十二代目團十郎が「助六」を演ったときの意休、やはり現・仁左さまが「女殺油地獄」で与兵衛をやったときの父・徳兵衛、そしてもちろん菅丞相など、記憶に深く残っている。東京での最後の舞台は1993年4月歌舞伎座「御浜御殿綱豊卿」の新井勘解由で、このときの舞台は映画にも収録されています。綱豊卿は梅玉で、十三代目はそのときの梅玉をベタ褒めしていますよ。
映画は全6巻に分けられていてトータル10時間46分。長尺ゆえ、ディスク化やネット配信はされておらず、映画館上映も限られていたそうで、私は今回初めて観ます。
●1巻「若鮎の巻」上方歌舞伎若手役者の勉強会「若鮎の会」が1987年に自主公演「一條大蔵譚」と「吃又」を行うにあたり、十三代目が監修と演技指導をした時の記録。
●2巻「人と芸の巻(上)」1987年大阪中座での「伊賀越道中双六/沼津」舞台のダイジェストを中心に、他の作品の稽古風景など。
●3巻「人と芸の巻(中)」1988年「菅原伝授手習鑑/学問所、道明寺」の舞台やプライベートの風景。
●4巻「人と芸の巻(下)」1988~1991年の記録で、芸談や家族へのインタビュー、私財を投じて行った「仁左衛門歌舞伎」のことなど。
●5巻「孫右衛門の巻」1989年「恋飛脚大和往来/封印切、新口村」の稽古風景と舞台ダイジェストなど。
●6巻「登仙の巻」1991~1994年の最晩年の舞台やプライベートの風景、そして、亡くなられた後の家族のお墓参りの様子など。
どの巻もすごく見応えがありました。なにより驚愕するのは、十三代目は77歳のときに突発性緑内障を発症して徐々に視力が衰えていき、映画の収録当時には、かなり目が見えない状態であったこと。それでも若手を稽古指導し舞台に立ち続けていたのですね🥹 「道明寺」の稽古では、目ではなく勘で動けるように何度も舞台を歩いたり、三段を降りる時かかとで段の後ろを触って足を下ろしたり、「新口村」では花道から出て本舞台に上がる時の目印の赤いランプや歩みの感覚を確認したり……。
「沼津」は平作を十三代目、十兵衛を現・仁左さまが演じていました。生き別れた親子の義理と愛のせめぎ合い、そのやり取りが実の親子だけにもうボロ泣きしました😭 「新口村」も孫右衛門を十三代目、忠兵衛を現・仁左さまが演じるという親子配役。ひとめ息子に会いたいと願う孫右衛門と息子との別れシーンに泣かされました😭 十三代目はスラリとした姿なので身長も高く見えるのだけど、仁左さまと並ぶと華奢で弱々しく見え、それがまた哀れを誘うんですよ。
芸談もとても興味深く、芸に真摯に向き合う姿と言葉に深く感動。「戯曲全体を読み、やるたびに研究を加え、自らの演技や演出を創る」というのは今の仁左さまにも受け継がれていますね。それにしても十三代目は自分以外のお役のセリフも義太夫もすべて頭に入っていて驚きます。「仁左衛門歌舞伎」を立ち上げたときの苦労話も感動もの。たとえアパート暮らしになってもいいから実現させて関西での歌舞伎公演を復興させたい、と。それが成功して収益が出たときは、お金はご自身は受け取らず、他の皆に分けたそうです。
プライベートな風景では、中折れ帽を被ったスーツ姿がダンディー✨ 毎朝神仏に手を合わせる習慣や、カセットテープで義太夫を聴いている姿が印象的でした。以前に現・仁左さまも、スマホはあまり使わないけど義太夫を入れていてそれはよく聴いていますとおっしゃってましたから、十三代目からの習慣なのかなと思ったり。家族のインタビューでは、現・仁左さま(当時40代の孝夫さん)の若々しいシュッとした姿がとても素敵でした~💖
愉快なお話もされていました。「判官と由良助の2役をやる夢を見た。判官切腹の場で判官が腹を切った、そこに由良之助が駆け付けなければならないと分かり、どうすればいいんだと悩んでいたところで目が覚め、あー夢で良かったとホッとした」とか😅 「寺子屋の首実検では役者によって間の取り方に違いがある。(ナルシシストで有名な)十五代目羽左衛門は首を見るまでにすごく長い時間をかけていて、六代目菊五郎が『早く見てあげろよ〜』と言ってた」とか😆
最終巻の「登仙の巻」では最晩年の十三代目の素顔が見られるのだけど、夏のある日の、縁側でソファにゆったりと座っている穏やかな表情が、余分なものが削ぎ落とされ、ただ芸のためだけにそこにいらっしゃるという感じで、役者人生を達観したような崇高な美しさでした。1992年南座「車引」で、十三代目の時平、我當の梅王丸、秀太郎の桜丸、仁左さま(当時の孝夫さん)の松王丸、進之介の杉王丸という、父・子・孫が同じ舞台にそろった映像は貴重でしたね。










