明日もシアター日和

明日もシアター日和

観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

振付・演出 ルドルフ・ヌレエフ (プティパ原版に基づく)

改訂振付 フロランス・クレール/マニュエル・ルグリ

音楽 ルドヴィク・ミンクス

ニコレッタ・マンニ/ティモフェイ・アンドリヤシェンコ/マリア・セレステ・ローサ

 

 BSプレミアムで観ました。以前にYouTubeで配信もされたそうですが、自分がそれを観たか否か覚えていない。2020年12月にミラノ・スカラ座バレエの芸術監督に就任したルグリが、21/22シーズンの開幕公演として選んだのがこれです。パリ・オペラ座以外でヌレエフ版の上演が許可されたのはこの時が初めてなんだとか。ルグリの改訂振付がどこに入っているのか分からなかったです🙇‍♀️

 ちなみに、1961年キーロフ・バレエがパリ・オペラ座で「ラ・バヤデール」を上演したときソロルを踊ったのがヌレエフで、彼はこの公演の直後に西側に亡命。パリ・オペラ座の芸術監督就任後は多くの作品を創作しましたが、遺作となったのが「ラ・バヤデール」です。エイズの症状が悪化するなか本作に取り組み、その初演の3カ月後に亡くなった🙏

 ヌレエフ版は「影の王国」で終わるため物語としては落ち着きが悪く感じますが、フィナーレとして元々あった結婚式&寺院崩壊の場は、ソ連時代に政治的事情で省かれてしまったのだそうです(後にマカロワが復元させる)。ヌレエフ版が「影の王国」で終わるのは、かつてヌレエフが踊ってきたキーロフ版に倣ったからだと何かで読みました。

 

 本編の感想を簡単に。ニキヤを踊ったニコレッタは、清楚な美しさがますます輝いてきたし、また、随分貫禄がついてきたなあと思った。ニキヤって1幕でナイフを掴んでガムザッティ(ラジャのお嬢様ですよ)に襲いかかったり、婚約式の場でソロルへの思いを訴えたりするところから、熱しやすい感情の持ち主でそれを無理に抑えようとしない、(良い意味で)負けん気の強い女性だと個人的に思っているのですが、ニコレッタはどちらかというと凛としながらも清純な女性に見えるんですよね。寺院前でのソロルとのデュエットは静謐な感じに溢れていて良かったし、2幕での悲劇性をまとった踊りは物悲しさを助長する。「影の王国」でのニコレッタは崇高さと透明感があり、振りも完璧で、とにかく綺麗でした🎉

 

 ソロルを踊ったティモフェイはここ数年の配信映像などでよく目にするようになったなー。2018年にプリンシパルになって以来、色々なダンサーの相手をしてきている。英国ロイヤルバレエのゲスト・アーティストだった時もあるんですよね😊(ロミオを踊った)。彼は容姿麗端麗、体型も綺麗で、ノーブルを体現したようなダンサー。とても正統派っぽいダンスで美しいし、回転系のところでは大きくて華やかさが際立って見えました。

 ソロルって恋人を裏切るという意味ではちょっとアルブレヒトのような、不実な男に思えますが、ラジャにガムザッティを紹介されてから婚約式を迎えたところまでの、彼の心情が、いつもいまいち理解できないんですよね🙄  今回の映像でもティモフェイは、最初にガムザッティに会ったときその美しさにハッとする様子は見せなかったし、気乗りせず悩んでいる風に見えるんだけど、婚約式で像の背中に乗って登場した時は晴れ晴れしい表情をしているし、ガムザッティとのデュエットでは顔を見つめて笑顔を見せるし、そうかと思えば憂い顔になるときもあるし……。どういう役作りなんだろう。2幕までのソロルは何かつかみどころがない感じがします。

 アンサンブルや群舞も良かったです。大僧正のキャラがはっきりしていて面白かった。1幕の寺院のところからニキヤを見る目にネトネトした情欲があふれていましたね😅

 

 舞台美術と衣装デザインはルイザ・スピナテッリで、非常に豪華。特に色彩が素晴らしく、インドにおけるイスラム色の特徴をうまく捉えていると思った。特にあのギラギラテラテラしたファブリックの手触り感、とっても好きです。

 気になったのは2幕でソロルが乗ってくる象さん。私の中では、あれは実際には生きた像の背に乗って登場するのだと思うのですが、なので、もう少し本物に似せて欲しいというか、いかにも子供のおもちゃっぽいデザインだったのが、ラジャの宮廷の雰囲気に合わないように見えた。あと、ラジャの王座に続く階段の手すりの飾りがライオンだったんだけど、インドだったらトラじゃないの?とか、小さいことが気になってしまいました💦

 

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尾上右近/巳之助/彦三郎/隼人/米吉/東蔵/橋之助/中村福之助/橘太郎/亀三郎

 

 初々しくもフレッシュな舞台でした。尾上右近の弁天小僧と巳之助の南郷は粋がった不良っぽさがあり、若手盗賊の上に立つ彦三郎の日本駄右衛門はドン!とした存在感を主張。東蔵さんの浜松屋幸兵衛と橘太郎の番頭が、最初の場をしっかり締めていた。

 

 右近の弁天小僧は初役ということですが(平成生まれの歌舞伎役者が歌舞伎座で弁天を勤めるのは右近が初めてだそう)、実際には2019年の自主公演「研の會」でやっていて、そのときは彦三郎に南郷をお願いしている(私は観ていません🙇‍♀️)。インタヴューで弁天への思いを熱く語っている右近ですが、個人的には、特に正体を明かした後の演技にいろいろ思うところがあったなー😔  生意気で弾けていて、社会に対する不満を発散させる生きのいい小悪党……それはいいんだけど、歌舞伎味がもっとほしかった、もう少し古典に寄せてほしかったと思う。セリフ回しや所作のことね。

 花道に出たところは、そのまま武家のお嬢さまで通る可憐さと艶やかさ。店先で反物を選ぶところも楚々として可愛らしい🎊  それが、正体をバラされ観念してからは、パアッと勢いが乗ってラフになる。女から男へ、お嬢さまからゆすりへ、ガラリと変わったところは見事だけど、何か写実に傾いて……ん? 普通の時代劇?🙄 セリフにあまり緩急がなくサラサラと流れていく。味噌になるところを意識するという技巧がないぶん、自然すぎる所作。そこんところはもう少し溜めて……って思うところがいくつかあったな。「知らざあ……」の七五調は滑らかだけどもう少し歌って欲しかったし。熱い弁天で好感が持てたけど、コクーン歌舞伎ならいいけどねー、なんて思いました💦  回を重ねることで変わっていくのが楽しみですけど。

 

 南郷力丸の巳之助は右近と息ぴったり。巳之助は持ち味としてドロッとした陰りがあるけど、意外と線が細いんですよね、それ今回も思った。南郷は漁師上がりの無頼漢という設定なんだけど、そういう骨太の荒っぽさ、ドスの利いた凄みみたいのは薄味だったな。なので、弁天の兄貴分というより悪友、若党のふりをしている街のゴロツキといったふうで、右近の弁天とは良く合っていた。弁天に続いて正体をバラしてからの名乗りは上手かったと思います。

 店を出た2人が花道で20両を分けっこしたり坊主代わりの遊びをしたりというころも、セリフがかなりナチュラル。もう少し笑いを取るところを強調して欲しかったな。

 

 彦三郎の日本駄右衛門が座敷に姿を見せると舞台に一気に重さが出ます。初役だそうですが、佇まい大きく口跡よく、その声には風格が感じられ、この座組における日本駄右衛門というお役はまさにぴったりだった🎊

 そういえば、丁稚の亀三郎くんが立ったままお茶を出したとき、巳之助が「立って出すやつがあるか、親の顔が見てえ!」って言いながら顔をほんの少し彦三郎の方に向けたところ笑った😆  彦三郎が子役時代に最初に演じたのが丁稚だそうで、それをいま勤める息子くんをどんな気持ちで見守っていたのかな〜なんて思ったり😊

 

 橋之助の鳶頭中村福之助の宗之助はニンからするとお役が逆じゃないかと思うけど、福之助が意外にも(失礼)柔らかさと品がありハマってました👏  橋之助はいかにも教わった通りに鯔背な雰囲気を出している感じですが、啖呵を切るところなど、もっとカーン!とした気っ風を見せるほうがいいんだろうな。東蔵さんの浜松屋幸兵衛は上品で落ち着きのある世慣れた商売人で、いや〜、良いです。橘太郎の番頭も達者で、ほどよい滑稽さと愛嬌が可笑し味をじんわりと醸し出す。

 

 稲瀬川勢揃いの場は華やかで名乗りのセリフも心地よく、眼福、耳福。隼人の忠信利平、もとは侍というカッコ良さは申し分ないけど悪の華はまだ五分咲き。セリフの詰めの甘さも分かっちゃうけど、さらに経験を積んで自分のお役にしてほしいです。米吉の赤星十三郎は初役だけど、お小姓あがりらしい柔らかい雰囲気とおっとりした品の良さがあり、時々見える拗ねたワルっぽさも感じられました。最後、捕手を抑えてそれぞれが型を決めた絵面の見得が本当に美しい✨ 彼らが歌舞伎座で五人男をね……と思い、ちょっとウルッとしてしまいました。

 

 余談ですがネット上のコメントを見ると、右近の、古典というより現代風な弁天に関して「若さの勢いが先走るところが却って良い」「少し気負った感じが魅力」「渋谷か新宿をうろついている不良っぽいリアルさ」「こなれていない所作がむしろ好感」等々の賞賛に溢れている。多くの人がすごく好意的に受け取っていて、右近の人気の高さが窺い知れます。同じことを海老さんがやったら(年齢や経験値は置いといて)ボロクソに言われるでしょうね😓

 

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原作 フィリップ・プルマン

翻案 ブライオニー・レイヴァリー

演出 ニコラス・ハイトナー

美術 ボブ・クロウリー

 

 まず整理として→イギリス人作家フィリップ・プルマンはファンタジー小説「His Dark Materials/ライラの冒険」を3部作として執筆。その1作目「Northern Lights/黄金の羅針盤」は「The Golden Compass/ライラの冒険・黄金の羅針盤」として2007年に映画化されました。私も観ました。ここでの主人公は11歳の少女ライラです。

 その後プルマンは新たな3部作として「The Book of Dust/ブック・オブ・ダスト」の執筆を開始。その1作目が「La Belle Sauvage/美しき野生」で、それを舞台化したのが本作です。これは「黄金の羅針盤」の11年前という設定、つまりライラが生後6カ月の時のお話になっている。ここでの主人公は12歳(原作では11歳)の少年マルコムで、彼が15歳の少女アリスと力を合わせてライラを悪の追っ手から守り抜き、聖域であるジョーダン・カレッジにライラを保護してもらうまでの冒険ファンタジーです。ちなみに「La Belle Sauvage」はマルコムが持っているカヌーの名前。だから邦題は「美しき野生号」のほうがいいよね。

 

 ネタバレ概要→舞台はオックスフォード近郊テムズ川沿いの街。パブ件旅館の息子マルコムの楽しみは自分のカヌーを操って川遊びをすること。彼は偶然、対岸にある修道院で生後6カ月の女児ライラを預かっていることを知る。ライラの父アスリエル卿は探検家でダストの研究者、母は既婚者コールター夫人でマジステリアムの関係者。マジステリアムはライラの世界での教会で、人間の自由を否定し圧政を振るっている最高権力機関。

 ライラは生まれた時から重要な運命を背負っているらしい。母親やマジステリアムは警察組織CCDを使って彼女を捕らえようと画策し、マジステリアムに対抗する組織のメンバーや父親はライラを聖域ジョーダン・カレッジに匿いたい。さらには、自分の利益のためにライラの誘拐を企む物理学者ボンヌビルが絡む。

 そんなとき、長い雨期が続いていたイングランドで100年に1度の大洪水が起こる。氾濫したテムズ川に飲み込まれる街からライラを救い出したマルコムは、自分とこのパブの従業員アリスと協力して自分のカヌーに乗り込み、CCDやボンヌビルの追跡を逃れながら、濁流のテムズ川を下って父親アスリエル卿のいるロンドンを目指す。卿に助けられたマルコムはライラをジョーダン・カレッジに預けることに成功する。

 

 原作は日本の文庫本で約750ページあるけど、シーンや人物のカットの仕方が的確。話を複雑にする用語やプロットを入れない一方、新たにシーンやセリフを加えることで、展開に無理がないよう、また誤解などが生じないよう上手くテキストレジされています。タイトルにある「ダスト」は、意識を支配する宇宙物質、子どもの成長に関係ある素粒子らしいけど、本作ではその研究の初期段階ということで、それが何なのかは、ここではまだ分からないんですよね😔

 

 で、この舞台、映像や照明を使った演出が素晴らしいんですよ🎉  ファンタジー、冒険、幻想的な存在……具体的には表しにくいそういうものを、舞台だからこそできる表現方法を駆使し、スケール感を持たせて完璧に舞台上に描いてみせている。

 舞台セットは最小限に抑え、舞台の左右から可動式の半透明風パネルが数枚ずつ出入りするしくみ。舞台自体は比較的狭いけど、奥に向かって緩やかにスロープがあり奥行きを感じさせます。そしてシーンに応じて、床〜パネル〜壁〜舞台奥にかけて映像が投影されるんだけど、そのプロジェクション・マッピングが、臨場感ある幻想的な世界を生み出して、もう「圧倒的」を越える言葉が見つからない状態🎊

 修道院の外壁、石畳の地面、学校の教室、川岸の野営地など、そこに映されるさまざま映像は実際の風景の映像ではなくCGで創られたもののようで、だからなのか場面説明的ではなく独創的アートとしての背景になっている。それが照明とコラボして象徴性をはらむと見る人の想像力をさらに刺激してくるのです。

 特に氾濫して荒れ狂う川のシーンでは、舞台から水が溢れ劇場全体が洪水に見舞われているような錯覚を覚えるほどで、デジタル技術を駆使した水の映像は美しくすらある。その中をカヌーが進むところは黒衣が動かしているんだけど、左右に揺れる感じや方向を変える動きなどが絶妙で、本当にカヌーが水の勢いで流されているようでした👏

 

 役者ですが、これはマルコムとアリスが友情を築いてく話でもあって、その12歳と15歳を演じているのは20代の役者だと思うんだけど、子どもっぽいしゃべり方や動きはしてないのにちゃんとその年齢に見えるのね。セリフで子どもらしさを表現しているのでしょう。私が好きなジョン・ライトが、アスリエル卿とジョージ・ボートライト(街のアウトロー)の2役を演じていたのが個人的にはご馳走でした、えへ…☺️

 あと、ライラの世界ではディモンという存在があって、これは個々の人間の「内なる自己」が本人の性格に似た動物の姿をとって外に現れたもの。ここではそれを紙製パペットで表していて、生きているように巧みに操られます。アイディアとテクニックは見事だけど、私はそもそもディモンという存在にあまり興味がないんで、ちゃんと見ていなかったです🙇‍♀️

 

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 4月、5月は演劇(いわゆるストレートプレイね)をほとんど観てないんです😢  先月観たのは「アンチポデス」だけ。今月の鑑賞予定も「THE 39 STEPS」1本だけだったのが中止になり(平方元基くん、ゆっくり休養してね〜)、来月まで、観る予定の……というか観たいストプレがなくて寂しい😔

 それで、というわけではないけど「THE 39 STEPS」を観る予定だった日に美術館へ行ってきました。庭園美術館の年に一度の建物公開展。今年は同館所蔵の「アール・デコの貴重書」が展示されました。

 

 庭園美術館は庭園と建物を楽しめる、ちょっと都会のオアシス的雰囲気のあるスポットですね。庭園は日本庭園、西洋庭園、芝庭と3つのエリアから成り、日本庭園には築山や池そして茶室などが、芝庭などの各所には彫刻が配されている。庭園全体は多様な草木や花に包まれていて、季節ごとにさまざまな植物を愛でることができます。かなり広くて、休みながらゆっくり散策したら優に1時間以上かかった💦

 一方、美術館本館は外装も内装もアール・デコ様式で統一された建物(2014年に建てられた新館は別)。ここは旧朝香宮邸……朝香宮ご夫妻が1933年から1947年まで暮らした邸宅です。

 1920年代にパリに滞在されていた朝香宮ご夫妻は、1925年パリで開催されたアール・デコ博(正式には「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」)に幾度も足を運ばれ、特にアンリ・ラパンルネ・ラリックの作品に接して深い関心を持たれたそうです。帰国後、新しい殿舎を建設するにあたってアール・デコ様式にすることを望まれ、主要な内装をラパンに依頼、ラリックはじめ著名なデザイナーにも参加してもらうなどして、1933年に完成。2015年に国の重要文化財に指定されました。

 

 今回のお目当てだった「アール・デコの貴重書」の展示に関しては、正直いうと、もっと装丁や紙面レイアウト中心に鑑賞できる展示品かと思っていたんだけど、そこに焦点を当てたものではなかった😓  同館が所蔵している本のうち、フランス装飾美術に関する書籍雑誌、アール・デコ展に関連した文献資料など、1910〜30年代に刊行された、文字通り「同館にとっての貴重な本」の展示でした。

 

  

/「婦人科学:女性の形態学的解剖学」1918年パリ。典型的なアール・デコ・スタイル。シックな配色、幾何学的構図によるシンメトリーなデザイン、植物の意匠化、直線的タイポグラフィー、そして水盤の水を飲む蛇。良い〜。

/「上品で美しい雑誌」1924〜25年パリ。雑誌の挿絵たち、エレガンスの極みでは?

 

  

/「本の芸術家たち」1928~33年パリ。1冊1人の挿絵画家を紹介するシリーズ本。1冊ずつ変えてある表紙の色のニュアンスがお洒落。

/「近代装飾芸術年間」1924年パリ。少しアール・ヌーヴォー味もあるけど、大胆なデフォルメやレイアウトが新しい感じ。

 

 美術館本館である旧朝香宮邸は、直線が強調されたすっきりした外観と、優しいクリーム色の外壁が上品にマッチした建物で、正面玄関ではルネ・ラリックによる、翼を広げた女性像をモチーフにしたガラスレリーフ扉が出迎えてくれます。室内はどこも意匠を凝らしたアール・デコの世界。直線主体でアクセント的に曲線を組み合わせたデザインは優雅かつ気品があり、植物などをモチーフにデザイン化された装飾が華やかさを添えている。どこを切り取ってもアートになる空間で、存分に堪能しました〜。

 

  

/次室(つぎのま)。内装および白磁の香水塔はラパンのデザイン。モザイクの床、漆黒の柱、ドーム状の天井、窓の外の緑……シック&ゴージャス!

/第一階段から続く壁部分を外側から。アール・デコ特有のジグザグ・ラインと花の意匠との調和が見事。

 

  

/テラスに続くガラスドアのハンドル。デザイン化された花模様と直線ラインとのバランスが絶妙、ハンドル部分の流線型が美しい。

/大客室にあるガラスのドア。銀引きフロスト仕上げのエッチング・ガラスで、花を幾何学的にデザインした装飾がすごく気に入りました。タンパン部分はブロンズによる意匠でこれも好き。

 

「金閣寺」

松緑/雀右衛門/愛之助/坂東亀蔵/左近/吉弥/福助

 

 大型連休最終日に観てまいりました。歌舞伎らしい趣向がいろいろあって、割と好きな作品です。松永大膳が刀を瀧にかざすと瀧壺から龍が現れたり、雪姫が桜の花びらでネズミを描くと本物の白ネズミが現れて雪姫の縄を食いちぎったり、その白ネズミが最後にパッと桜の花びらになって散ったり……、しかもその龍や白ネズミの小道具が可愛いくてね☺️

 

 松緑の松永大膳は今回で3回目だそうです。大膳は主君である足利義輝を殺して天下を狙う極悪人で、パワハラ&セクハラし放題なばかりでなく、縄で縛られた雪姫を見て欲情するというサドっ気も満載。役者として演じ甲斐があることでしょう😆  松緑は押出も立派で見栄えがするし、役のニンがあると言っていいと思う。しかし何だろう、ふてぶてしさがあとひとつに感じたな〜。国崩しとしてはもう少し重さや太さがあるといいなと思いました。でもまだ若いし、4回、5回とさらに回を重ねれば当代一の大膳になる予感が!👍 それにしても、あんな際どいセリフを真面目な顔で堂々と言ってるの笑っちゃう💦

 

 それに相対する此下東吉は愛之助。初役だそうですが、こちらもハマリ役でした。歯切れの良いセリフ回しはもちろん、裃姿もあでやか、さらには終盤で登場したときの武将姿がとてもよく似合う愛之助のこういう才知に長け颯爽としたお役をもっと見たいです。

 ところで、大膳が井戸に投げた碁笥を東吉が手を濡らさずに取り上げるところ、雨樋に瀧の水を引き入れて水位を上げるという知恵を働かせるんだけど、雨樋の先に水流(小道具の絵)をストンと出す演出があって、おっ?とびっくり。(小さいことですみません。自分の記憶では、今まで、雨樋の先をただ井戸に向けるだけで何やってるのか分からないよねと思っていたので、これで意味が通じると感心したんですが、もしかしたら今までもその演出あったのか?🙄 気付かなかった)。

 

 雀右衛門の雪姫はあでやかで乙女っぽくて健気で、安定のお姫様でした。桜の木に縄で縛られた姿は儚げで哀れを誘う。夫を救うために大膳に身を任せる決心をするところや、大膳が父の仇と知って刀で向かっていくところなど、可憐でありながら芯のあるところをキリッと見せるところがうまいし、夫の元に向かう途中で刀に姿を映し髪を整える無意識の女心の見せ方が可愛い。立女形のポジションに向かって着実に進んでいるなあと思います。

 雪姫が縄で縛られたところですが、縄を肩のすぐ下あたりに回すので、動くうちに肩からスポッと外れてしまわないだろうかといつも気になっていたんですよね。そしたら今回(今までもそうだったかも?)後ろに控える黒衣さんが、縄がずり上がって抜けないよう、ギュッギュッと上から押し下げていた😅(コレ、2回ほどやっていた)。やっぱり気になるのねって思いました。

 

 坂東亀蔵の軍平がキリッとすっきりして良い感じ。所作もきっちりしていたし、もちろん美声が耳に心地よい。大膳に仕えるふりをして実は東吉の家来というところも、亀蔵の爽やかな雰囲気に合っていると思う。4月「天一坊大岡政談」での池田大助に続き、良いお役で嬉しいです。そして、珍しい吉弥の立役(直信)スッとして上品、セリフにも雅な味わいがありました。シネマ歌舞伎「桜姫東文章」下の巻を観たばかりなので、長浦とのギャップが😆

 

 福助の慶寿院尼は2018年の秀山祭歌舞伎座以来。あのときよりもセリフがしっかりしている……というか、ほとんど普通になっていました🎉  それにしても(前にも書きましたが)、2018年のときと同様、ここは雪姫を児太郎に演じさせてほしかったな。雀右衛門ではダメという意味では全くありませんよ🙇‍♀️  同じ月に親子で歌舞伎座に出ているのに、児太郎をわざわざ第二部「暫」に振るのは何故? 松竹さんなりの考えがあるのかもですが、なんだかなーと思ってしまう。あるいは海老さんの意向だとしたら、海老さん、児太郎をもう解放してあげてって思う。同世代の若手が第三部「弁天娘女男白浪」で大役を演じているのにね……。児太郎にもっとお役をつけてあげてほしいです🙏(←しつこく言う)。

 

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振付 フレデリック・アシュトン

音楽 セルゲイ・プロコフィエフ

池田理沙子/奥村康祐/木村優里/五月女遥/飯野萌子/柴山紗帆/寺田亜沙子/木下嘉人/速水渉悟/中家正博/中島駿野/浜崎恵二朗/小柴富久修/髙橋一輝/井澤駿

 

 奥村くん王子が目当てだったので最終日の観劇になりました。第3幕が開く前に舞台袖にチーフプロデューサーの方が出てきて話し出したので、え…?とイヤ〜な予感がしたんだけど、奥村くんが怪我のため踊れなくなり、3幕は井澤くんが王子を踊りますと、あああ〜😭  客席ため息が起こり、私も思わず声が出て、手で顔を覆っちゃった。2幕を観ているあいだ、怪我をしているなんて全く気付かなかったです。踊っている最中にどこか痛めたのか、もともと怪我をしていて無理して踊っていたのか、2幕が終わり休憩中に何かあったのか……。それにしても心配です。どうか軽傷でありますように🙏  1カ月後には「不思議の国のアリス」が控えている。奥村くんのキャロル/白ウサギ、楽しみにしていますから。

 

 その奥村くんの王子、期待通り今回も大変良かった〜🎊 美しいライン、ノーブルな所作、テクニックの正確さ、プリンシパルとしての力を十分発揮しているわけですが、私が奥村くんを好きなのは表現(演技)力が豊かだからなんです。「シンデレラ」の王子はドラマティックに悩まないし悲しまないし、心情的変化を見せる場はあまりないけど、奥村くんはただのキラキラした王子さま人形では終わらない。短い出番の中で丁寧に生身の王子を演じ踊って見せるのです。舞踏会に現れたシンデレラを見初めた時の息を呑むような表情、目が釘付けになっている時の背中、2人で踊り始めたときのいたわるようなサポートと眼差し、踊るに連れて心が通じていく過程でシンデレラを見つめる時の優しさと喜びに溢れた表情。もうセリフをつぶやいているようでした。2幕の最後、シンデレラが落としていった靴を胸に抱いた時の「必ず探し出す!」という決意の表情まで、王子のキャラをしっかり造形していた👏  だから3幕も楽しみだったけど、ご本人がいちばん無念だったことでしょう。

 

 井澤くんは急な代役にも関わらず完璧に最後を締めてくれました。アナウンスがあったときは、理沙子さんと組んだことはあるのかな、サポート大丈夫だろうかと少し心配だったけど、それは杞憂でした🙇‍♀️  井澤くんはその佇まいからして王子。3幕冒頭で幕前上手からマントを羽織ってフワリと登場したところから華を撒き散らし、一瞬にして視線釘付けに。シンデレラの家で靴を合わせるところの所作もエレガントです。2人で踊るところは息の合わせ方も良く、リフトも華やかに決まり、感動的なエンディングでした。

 

 タイトルロールの理沙子さんは可憐で可愛らしく素直な資質の持ち主という印象があります。以前に配信で観た「コッペリア」のスワニルダはとても似合っていたと思う。本作では、義姉の意地悪や舞踏会に行けないことに対する悲哀はあまり感じさせず、亡くなった母を思い老女に優しく接するところが丁寧。悲壮感を強調しないところが割と好きです。3幕で舞踏会を思い出して踊るところもすごく感情豊かな演技でした。舞踏会での美しき姫がシンデレラだったとわかり、パパが彼女を抱き寄せるところ、パパのシンデレラへの愛情が感じられて温かい気持ちになった☺️  2幕では王子と出会ったときのニュアンスの出し方、自分を見つめる王子と顔を合わせたときの驚きと不安、その優しさに触れて安堵と喜びを見せるところも丁寧に表現していた。ただ、2人で踊って気持ちが通じ合ってからはもう少し柔らかい表情がほしかったし、この舞踏会では私が一番美しいんだという自信をキラキラした華やかさとして出せるとさらにいいかも。ダンスでは、特にフットワークが軽快で音楽性豊か。上半身の動きにメリハリがあるともっと素敵になると思う(上から目線ですみません🙇‍♀️)。

 

 仙女の木村さんはエレガンスの極み、とても輝いていました。春の精の五月女さんは音に乗ったステップが見事。秋の精の柴山さんは大きな踊りが美しい。道化の木下さんも弾けた雰囲気を振りまいて楽しかったです。王子の友人たちは皆さんノーブルに揃っていて見栄え良く、四季の精とのデュエットも優雅。マズルカや星の精たちによる踊りもフォーメーションの流れに淀みがなく、統一感とも相まって完璧でした🎊

 

 実を言うと、アシュトン版「シンデレラ」は苦手なんです。アグリーシスターズがどうっしても好きになれないから😖  この、女装した男性がコミカルな演技を見せるというのは、イギリスでXマスシーズンなどに伝統的に上演されるパントマイム(一般には「パント」と呼ばれる)に登場するキャラクターから取られているもの。イギリスで言うパントは無言劇ではなく(無言劇はマイムと呼ぶらしい)、主としておとぎ話を題材に、歌やダンスやギャグを盛り込んだ大衆的ドタバタ笑劇のことで、家族で楽しめるエンターテインメント。その中にお約束で出てくるのが、滑稽な女性の役を男性が女装で演じる「パント・デイム」というキャラで、役柄を戯画化し面白おかしく演じることで爆笑を誘うのです。アシュトンの「リーズの結婚」でも、リーズの母親を男性ダンサーが演じて笑いを取りますよね、あれもダメだ……。

 私はその手のギャグを面白いと思う感性を持ち合わせていないのです😑  漫画チックに大げさに演じることでリアルさが薄れ、その役のネガティヴな性格を笑い飛ばせるという意見もありますが、普通に女性ダンサーがやれば?と思うね🙄

 今まで観た「シンデレラ」で好きなのはウィールドン版です。義姉の1人は実は意地悪ではなく、もう1人が無理強いするんでいじめる真似をするだけ、むしろシンデレラを気遣う優しい義姉という設定(もちろん女性ダンサー)。最後も素敵な展開なんですよね。

 

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「暫」

海老蔵/左團次/又五郎/孝太郎/男女蔵/右團次/九團次/吉之丞/市蔵/錦之助/児太郎/廣松/男寅/家橘/齊入/千之助/友右衛門

 

 海老さんが歌舞伎座の舞台に立つのは昨年7月の「雷神不動北山櫻」以来。江戸歌舞伎宗家を背負う家長がそれでいいのかい?🙄って思いますけども。で、私自身も海老さんの舞台を観るのはそれ以来なので、本当にお久しぶり感ありました。

 「暫」の上演自体は、2018年2月、高麗屋三代同時襲名披露公演以来で、その前は2012年3月平成中村座での勘九郎襲名披露のときでした。つまり、本作はお目出度いときにふさわしい祝祭劇で、その意味であまり頻繁には掛けない(ものだと思う)。

 それなので今回「暫」上演が発表になったときは「なぜ今これを?」と思いましたよ。久しぶりの團菊「祭」を祝うため? 團十郎&(カンカンの)新之助襲名披露公演にとっておかないの? とかね。でも、いざ観始めたら、もうそういう細かいこと吹き飛んだ😊 花道に奴たちがトットットッと出てきたところからワクワクし始め、圧倒的な祝祭感あふれる展開に気持ちが一気に高揚していく。顔ぶれも若手からベテラン、大幹部まで揃って華やかで、その色彩美と荒事の様式美を堪能しました

 

 海老さんの鎌倉権五郎、60キロの衣装をまとった巨大な姿が超立派👏  柿色の長素襖、その中に隠れている高さ30センチの継ぎ足、芯張りを入れて巨大化させた袖(染め抜いた三升紋が見事に意匠化されてる)を広げた形は羽ばたく翼のよう。2メートルの大太刀と撥ねだすきがアクセントとして効いている。お顔には紅の筋隈、頭は五本車鬢にピンと立った羽のような力紙。そんなものものしい拵えに負けない海老さんの身体と顔でした。発声も随分よくなったし、その声が時々團十郎さんにそっくりになるときは、ちょっとジ〜ンとした。 睨みをきかせる表情はいつも通り力があり、なんだかんだ言っても華があるし絵になるな〜🎉

 ところで「荒事は童子の心を以って演ずべし」と言われているそうですが、今回その「稚気」という部分では、前回よりも弱いというか、何かおとなしくなったような、やんちゃっぷりが抑えられ落ち着いてきたような気がしたんだけど(それが良いのかどうなのか分からないけど)、気のせいでしょうか? 例えば奴たちにフーッと息を吹きかけて凧のように吹き飛ばすところが控えめだったし、フンとそっぽを向くころも小さかったような。

 個人的に好きなところは、加茂次郎義綱(錦之助)たち善人側が舞台を横切るように並んでソロリソロリと歩き、威風堂々と本舞台に上がってきた権五郎とすれ違うところ。たったこれだけを様式として見せる歌舞伎の凄さよ👏  もう一つは、権五郎が大太刀の一振りで番卒たちの首を撫で斬りにすると首がゴロンゴロンと転がるところ。首を切られた番卒たちが頭を引っ込めて首から赤い布をかぶるところも笑っちゃう😆

 

 鹿島入道の又五郎が達者な演技で自然な笑いをとってくるし、照葉の孝太郎が海老さんに暖かくてホノボノとなり、腹出したち(男女蔵、右團次、九團次、吉之丞、市蔵)もgoodでした。そして錦之助がいつもながら雅だわ。清原武衡の左團次はさすがの貫禄で舞台が引き締まる。そういえば珍しく、左團次男女蔵(成田五郎)男寅(大江正広)の三世代が揃ったんですね、良きかな。

 桂の前は児太郎なんだけど、児太郎には第一部の「金閣寺」で雪姫をやってほしかったな。せっかく福助が出てるんだから(雀右衛門がイヤという意味では全くありません🙇‍♀️)。それに、同世代の若手役者さんたちが第三部「弁天娘女男白浪」で大役を受けて張り切っているだけに、児太郎にもっと何というか……お役を!🙏

 

 

「土蜘」

菊之助/菊五郎/時蔵/又五郎/歌昇/種之助/男寅/菊市郎/錦之助/権十郎/萬太郎/梅枝/丑之助/小川大晴

 

 「土蜘」は演じる人によって全く性格が違って見えるよね、当然だけど……と思いながら調べて見たら、前回の上演は昨年5月で松緑によるものでした。今回の菊之助前シテ智籌がまとうヒンヤリとした冷たさがとにかく薄気味悪くてね(←絶賛してます🎉)。鳥屋の揚幕を引くシャッという音もしない、いつの間にかそこにいて、フットライトも点かない花道をフワ〜……と歩いてくる菊之助。美しさの中に潜む妖しさ、もう最初から人外の雰囲気で怪しい。インタヴューで菊之助が「物音を立てずに蜘蛛が天井から降りてきたように……」と言っていて、なるほどと納得です。後シテ土蜘の精になった菊之助は、荒々しさの中にも優美さが見える。身体の動きはしなやかで作る形が綺麗だった。四天王に応戦しながら花道に出た菊之助が歌昇(渡辺綱)を片足跳びで追い詰めていき、歌昇は後ろ向きのまま花道から本舞台に追い立てられていくところ、見事でした。

 

 前の「暫」で左團次とこの三世代同座があったように、「土蜘」では音羽屋と萬屋が。特に菊五郎の頼光菊之助の智籌丑之助の太刀持、この3人が舞台に残った絵柄に胸熱でした。昔観た菊五郎の土蜘も絶品だったし、こうやって父から子へそして孫へ、芸が継承されていくんだなと改めて思う。丑之助が剣を振りかざしてパパ菊之助に立ち向かうところ、身長の違いとも相まって可愛いの極みだわ😊  萬屋は3人同時に居るシーンはないけど、巫女の梅枝小姓の大晴くんをおんぶして引っ込むところでホンワカしました。

 しかし基本、これは舞踊劇。バレエは好きなのに歌舞伎の所作事を楽しめない自分の場合、菊之助の前シテと後シテについ集中しちゃうわけで、時蔵の胡蝶の踊りでは意識が飛び、間狂言のところもボーッとしてしまいました😓

 

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振付 ジョン・クランコ

音楽 セルゲイ・プロコフィエフ

足立真里亜/秋元康臣/宮川新大/玉川貴博/安村圭太/大塚卓/奈良春夏/木村和夫

 

 クランコ版を生で観るのは2015年のシュツットガルト・バレエ来日公演以来。フォーゲルくんとアマトリアンのペアで観たんでした(アマトリアンは今シーズン限りで引退するんですね。出産を経て復帰したものの股関節を痛めたことでキャリアを断念、子育てに専念するそうです。7月12日に「オネーギン」の特別公演を行い、アマトリアンは踊らないけどそこでお別れの挨拶をするそう。好きなダンサーでした😢)。

 バレエ「ロミオとジュリエット」で最もポピュラーなのはマクミラン版だと思いますが、クランコ版はそれより7年早い1958年に創られている。初演はミラノ・スカラ座バレエだけど、その後のシュツットガルト・バレエでの上演から今年はちょうど60年になるらしいです。クランコ版は振付と演劇的表現とプロットが破綻なく調和しスピード感をもって展開する、端正ながらもドラマティックな作品だと思う。

 

 足立さんのジュリエットが期待通りすごく良かったです🎉  最初は無邪気な女の子として登場。乳母とふざけるところではいたずらっぽい表情で溌剌とステップを踏む。今まで悲しい事など味わったことのないような無垢な13歳の少女そのものです。その彼女がロミオに恋してからどんどん変わっていくわけで、その揺れ動く心情を、各シーンのさまざまなステップに乗せて、ダンスと演技と表情で丁寧に明確に表現していました

 ロミオと出会った舞踏会では、彼を見るたびに感じる胸のときめきの意味が分からずに恐れや驚きや好奇心の表情を見せ、ロミオにリフトされた時には高揚感で顔を輝せる。バルコニーでは恋を知った喜びと幸福感に満たされて伸びやかに踊り、初めてのキスでクラクラッとなったあとの陶酔の表情が素敵だった。寝室では別れの辛さと同時にロミオを気遣う母性的な優しさが。そしてロミオが去った時から終盤にかけての、芯のあるひとりの人間に成長したことを感じさせるきっぱりした動きまで、見事な表現力でした👏

 

 秋元さんのロミオは優しく暖かかった。ダンスは足先指先まで優雅に決め、サポートも手堅い。細部まで心のこもった動きで品のある美しい踊りでした。ただね……、ロミオってジュリエットに恋するまではちょっと“子ども”というか浮ついた男なんだと思う。シェイクスピアの原作ではそうなっているし、プログラムで赤尾雄人さんも「クランコはロミオをかなりチャラい若者として描いている」と書いておられる。本作はロミオ、ジュリエットそれぞれの成長物語でもあると思うから、ロミオのキャラ造形に序盤と終盤で変化がないとその辺の面白さが味わえないんですよね。

 で、秋元さんはご自身の持ち味だと思うけど、終始ノーブルな好青年で、愛嬌ある軽薄さみたいなのがあまり見えない💦  寝室のPDDでの秋元さんはジュリエットへの愛といたわり、この先の人生に対する漠然とした不安などを見せ、ロミオの造形としては完璧だった。だからこそ、それ以前ではもっと有頂天に舞い上がっているロミオを見たかったです。

 

 大塚さんのパリスがとても良かった🎊  気品ある佇まいや優しげな所作で、ジュリエットを大切に思う気持ちが現れていた。今回、ちょっと気付いたことがあって、それは、パリスがいいヤツであればあるほど、問題はそこじゃないというのがクリアになるということ。ジュリエットがパリスを嫌がるのは、彼よりロミオを好だからじゃない、とにかく「ロミオを」好きになってしまったんだ!もうロミオしか見えないんだ!って、それに尽きるんですね。 自分を好いてくれて、品性もあり、誠実そうで、ルックスだって悪くない、結婚相手として不足のないパリス(まさに大塚さんパリス✨)すら目に入らないほどに、もうロミオだけになってしまった、そういう運命に囚われたジュリエットの悲劇が浮き彫りになるんです。公演によっては(英国ロイヤルバレエではロミオ候補のライン上にいるダンサーがパリスに配役されるとか)、「ジュリエットよ、パリスでもいいんじゃない?🙄」と思うこともあったけど、今回観て、パリスとの比較の問題ではないと理解しました。

 それを思ったのはパリスに接するときの足立さんジュリエットを見たときです。ロミオと恋に落ちてからは、彼女はパリスを見ていない、顔を向けてもパリスの向こうにある空間を見ている、何かの拍子にパリスを見たときも、そこにいるのがロミオでないことに気づいて顔を歪め悲しみに襲われる、そんな演技でした。それにしても、舞踏会でパリスがひざまずきジュリエットの手に優しく頬を寄せて幸福に浸っている時に、ジュリエットは目の前に立つロミオに気づいて一瞬で恋に落ちるって、なんて残酷な演出なんでしょう😖

 

 安村さんのティボルトは、よくある「強面の乱暴者」風ではない造形でした。威圧的ではあるけどそれは威厳でもあり、貴族の家柄らしい高貴な雰囲気があった。キャピュレット家に信頼されているのも納得のティボルトでした。

 宮川さんマキューシオのソロはショーストッパー的な素晴らしさ。玉川さんベンヴォーリオもキレのいい踊りだった。クランコ版の3バカトリオのPDTって可愛いけどけっこうややこしいステップですね。カーニバルでの群舞の、回りながら集まっては離れるというフォーメーションが面白く、宮川さんが旅芸人?にステップを教えてもらっているところが笑えた。また、ロミオがジュリエットの髪を触る仕草に優しさと親密さが感じられ、結婚式で2人が少し踊るのも好きだったな。

 ところでクランコ版ではロミオは服毒ではなく短剣で自死するんだけど、あれは、ロミオが毒薬を買う場面(原作にはある)を見せないから、いきなり毒薬を出すのは不自然、あれも仮死状態にする薬か?と思われるのを避けるためなのかな、などと考えましたが、どうなんでしょう🤔

 

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作 アニー・ベイカー

演出 小川絵梨子

白井晃/高田聖子/斉藤直樹/伊達暁/亀田佳明/チョウ ヨンホ/草彅智文/八頭司悠友/加藤梨里香/佐藤正宏(声のみ) 

 

 申し訳ないけど自分の感性に全く合わない戯曲だった🙇‍♀️  作者の意図するところは何となく分かるし、役者の演技は良かったし、演出も納得のいくものだったけど、とにかく戯曲の作り自体が好みではなかった。セリフそのもの、会話のやりとり、戯曲の展開などに面白みを感じなくて……。ネット上で肯定的な感想がたくさん上がっていて、それも分かるけど、自分には刺さらない作風だった(←しつこく書いちゃった😬)。

 

 ネタバレ→会議室に集まったメンバーが、リーダーであるサンディ(白井晃)のもと、今までにないすごい物語を生み出すためのブレインストーミングを始める(演出の小川さんは「TVドラマシリーズを創るために契約で雇われたライターたち」という設定にしたらしい)。彼らは思い思いに、個人的な体験談や秘密、幼少時の思い出、奇想天外な作り話などを話し、聞いている人は、面白がったり、理解しようと身を乗り出したりする一方で、嫌悪を示して顔をしかめたり、つまんねーという顔で目と目を見合わせたり、聞くのに飽きて違うことを始めたり。あるいは、パワハラ、セクハラ、女性蔑視、人種差別めいた暴言を発する人もいれば、リーダーの顔色を窺ってへつらう人もいる。その場の空気を読めず協調する気なしと判断されたダニーM2(チョウ ヨンホ)は途中でメンバーから外される。しかし「すごい物語」は一向に生まれないまま数週間が過ぎ、リーダーがプロジェクトの解散を決めたとき、エレノア(高田聖子)が、自分が4歳のときに作ったというお話を聞かせる。それを聞いた皆が何かに気づいたような雰囲気になって……終わり。

 

 アンチポデス/antipodesとは「地球上で180度逆に位置する2地点」、本作の原題のように定冠詞Theがつくと「〜と正反対なもの/こと」。ここでは小川さんはそれを「互いに全く違い、理解が難しく、異質な者同士」と捉えている。自分とは異なる存在である他者とどう共存していけばいいのか、そのとき「物語」は何か役割を担えるのか、他者との関わり方のヒントを考えていく作品のようです。

 ちなみにメンバーのうちエレノアはただ1人の女性、アダム(亀田佳明)はただ1人の黒人で、人事部の圧力によって採用されたという設定らしい。白人男性が支配する場に放り込まれた女性と有色人種というマイノリティーの「異質感」よ。

 

 終盤、ブライアン(八頭司悠友)がシャーマニズムみたいなことをして物語を吐き出しても、アダムが自動口述風に人類創生神話的な壮大な話を一気に喋り出してもまとまりがつかない。そして最後の最後でエレノアが話したのは、数行で終わるシンプルなお話。そこで芝居が終わるところは示唆的ではありました。

 難しく構えたり大げさに捉えたりする必要はない、高尚なものや深遠なものを追求する必要もない、物語は装飾を取り払ったもっとずっとシンプルなものでいいんだ、ということなのか? それはつまり、自分と異なる他者と共存するには、偏見や差別や先入観や無意識の敵対心など様々なしがらみを剥ぎ取り、露わになったまっさらな人間同士として向き合えばいいのだということ? 語りたい物語は人それぞれ違うけど、余計なことを剥ぎ取ってみればみんな同じ物語をもっているのだから、ということ? う〜ん、あまりピンとこなかったけど……💦

 

 このプロジェクトには全体を管理するマックス(佐藤正宏)というボス的男がいて、途中で、モニター越しにマックス(声のみ)と会話するシーンがある。モニターの音声が不良で、時々マックスの声が聞き取れなくなるんだけど、メンバーのリーダーであるサンディもマックスに気を使って聞き返すことができず、全く話が通じてないのに分かったふりをしつつ話を続けていくところが結構笑えました。相手の考えが理解できなくても、分かったつもりで対応しているうちに物事はなんとなく進んでいくことがある。それも、よく分からない相手とやっていくコツだよね。

 そういえば、芝居が1/3くらい過ぎたところで、舞台が暗転した隙を狙って退場していったお客さんがいたなー。気持ち、わかります〜😅

 

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猿之助/松緑/愛之助/巳之助/新悟/男女蔵/猿弥/青虎/坂東亀蔵/笑三郎

 

 天一坊改行という山伏が徳川吉宗のご落胤と称して浪人を集め悪さを重ねたことで捕らえられ翌年処刑された、という実際の事件に、名裁きで知られた大岡越前という実在の奉行を絡めた、黙阿弥によるフィクション。うまく考えついたよね。

 2015年の團菊祭で通し上演されている(天一坊=菊之助、大岡越前守=菊五郎、山内伊賀亮=海老さん)。今回は2時間弱に短縮してあって、話がスルッスル進みます。もちろん見せ場はちゃんと押さえてあるけど、なんとなくあっさりした印象でした。

 

 猿之助の天一坊、もともと心の奥に悪の種をもっていて、それがヒュルヒュルヒュルと目を出したという感じだったな。悪の道を駆け上がり、上り詰めて一気に堕ちていく。そこに逡巡とか葛藤とか内省とかは一切なく、最後まで潔い

 花道から登場する猿之助法澤、少し高く柔らかいその声やセリフ回しが猿翁さんにそっくりでちょっと感動しました。伯父・甥なのに(父子でなくても)似るんですねー。お三婆(笑三郎)の何気ない「そういえば、今日はお前の誕生日だったね」の言葉を受けて法澤が自分の生年月日をつぶやいたところから物語が転がりだす。お三婆さん、孤児の法澤を気遣った言葉のために自分が殺されるなんて😢  でも、お三婆さんが孫の話をしているときはまだ法澤は「気の毒に」とか言っていて、「ネズミ捕りの毒は人間にも効くんだ」と聞いたところでコツンと悪魔がノックする。あー、ここでもお三婆さん余計なこと言うから法澤を目覚めさせちゃったのか😩  生年月日の一致、証拠となる形見の二品、ネズミの死骸、ネズミ捕りの毒、人も殺せる……いろいろな偶然が一つに合わさって、あっという間に大胆な悪事のストーリーができあがったのね。心理の変貌の見せ方が上手い猿之助。

 常楽院本堂では、高貴な出自を装う男から孤児である本当の自分へ、声色やセリフ回しだけでなく身のこなしまで瞬時に変えてみせる猿之助の芸の巧みなこと。ここはあまり派手には見せず割と自然だった。自分の悪事を悪仲間に自慢げに話すところがすごく楽しそう。七五調のセリフが小気味いいです。

 大詰、久助(巳之助)に正体をペラペラ喋られ、ムムム……という感じでじっと目を閉じ、腕にある「天」の字に似たアザを見せろと言われて言葉が出ず、伊賀亮(愛之助)が自害したと知らされて、とうとう正体をバラす天一坊。観念したというより派手に翻って皆んなが驚くのを楽しんでいる感じだった。周りをギロッと睨みつけ口元を歪めてふてぶてしい笑いを浮かべ、悠々と引っ立てられていく、最後まで大胆不敵な猿之助でした

 

 大岡越前守は松緑。越前守は理知的で誠実で正義感溢れる役人。松緑がどう演じるか楽しみだったけど、姿は申し分ないしキマった形も映えるものの、セリフがあまり爽やかに聞こえなかったな。これは松緑のセリフ回しの個性だから仕方ないのかもだけど、セリフ全体に少し粘りがあり、語尾の切り方がすっきりしていなくて、颯爽と悪を暴く感じではなかった。もうちょっとスコーン!という感じが欲しかった(個人の好みです🙇‍♀️)。

 大岡邸奥の間、真偽を追求するよう頼んだ池田大助(坂東亀蔵)が戻らないことから家族そろって切腹しようと覚悟するところ、ちょっと意識が遠のきました💦見せ場なのに……。これは役者さんたちが悪いわけではなく、自分の体調のせいです、申し訳ない😓

 

 愛之助の伊賀亮は、大望を抱く悪の雰囲気も十分でとっても良かったです👏  愛之助は今年初めての歌舞伎座らしいけど、そもそも私自身、愛之助を見るのは久しぶりだわ。いろいろパスしてきたんで、昨年1月の「らくだ」以来です。頭の切れる悪もん役、愛之助はよく似合うと思う。インタビューでは伊賀亮を「天一坊が天下を取ったら(自分も)政治を差配し国家の中枢になるような男」と言っていて、なるほどと思った。越前守との網代問答は流石にうまい。歯切れ良くリズムのある朗々としたセリフ回しはスカッとしていて気持ち良い。また、男女蔵猿弥青虎の3悪トリオもいい感じでした。

 

 坂東亀蔵の池田大助は、越前守たちがあわや切腹というところに帰参するという、緊張の場面を盛り上げる良いお役。亀蔵にとっては久しぶりに役どころがしっかりしたお役じゃない? 顔も声も姿も良い役者さんだから、こういうお役がもっとつくといいなーと思うんですよね🙏  あと、男女蔵もね、本当だったら大きなお役バンバン演っていいはず。うまい役者さんだと思うのに、何か不遇っぽいので(お父さんが役者としてあまり面倒見なかったのかな←個人の憶測です🙇‍♀️)応援してます。

 

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