明日もシアター日和

明日もシアター日和

観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

振付 ウェイン・マクレガー/音楽 マックス・リヒター

 

 今回の配信で改めて観て、やっぱり大好き❗️傑作だわ‼️と再確認。ウルフの小説は実は好みではないので💦(モチーフになっている小説は過去に読んだけど「波」は途中で挫折😑)ウルフ自身にも興味はないのですが🙇‍♀️  バレエ作品には深く感動しました。

 3部構成といっても3つが物語として繋がっている訳ではないです。それぞれ抽象ダンス(特に2部と3部)だけど小説のエッセンスはしっかり入っていて、全体的に俯瞰することで、ウルフ自身とその人生が浮き彫りになる。1部と3部でメインを踊ったフェリ(このとき50代前半)の円熟した踊りと演技が素晴らしいです🎉

 

●「Now and Then」(based on「ダロウェイ夫人」)

 小説は、第一次世界大戦直後のロンドンを舞台に、ダロウェイ夫人アレッサンドラ・フェリの1日を「意識の流れ」という手法で描いたもの。家で客人たちを待つ夫人の心に過去や噂話の世界が入り込み、夫人の意識は現実と過去を行き来します。

 このバレエでは、夫人の意識の中に、ギャリー・エイヴィス)、昔の恋人フェデリコ・ボネッリ)、若きダロウェイ夫人ベアトリス・スティクス=ブルネル)、若きダロウェイ夫人が同性愛的感情を抱いた女性フランチェスカ・ヘイワード)、戦争でシェルショックを患った帰還兵エドワード・ワトソン)、その妻高田茜)、塹壕で戦死した上官カルヴィン・リチャードソン)が現れ、夫人の中で生、愛、死が交差します。

 幕が上がり、舞台中央に佇むフェリが動いた瞬間、フェリはダロウェイ夫人でありウルフになっていた✨ しなやかで美しいダンスによってマクレガーの振付を自分なりに表現していて、その繊細な動きや表情から夫人の感情や思いが雄弁に語られる。心に浮かんだ情景をダンスで語るってこんな風なんだと、なぜかすごく説得させられます👏

 今回改めて観て発見したことは、女性同士の同性愛をほのめかすダンスって、そういえば珍しいなということ。ウルフ自身、ある女性と短期間ながら恋愛関係にあったんだけど(2人とも結婚していた)、ベアトリスとフランチェスカのダンスはそれを代弁している。最初から喜びに満ちた表情のフランチェスカに対し、ベアトリスは少し驚きを感じながらも、次第に幸福そうなデュエットになるところが良かった。

 病める男を踊らせたら右に出る者のいないワトソン😅  マクレガーの振付が身体に染み込んでいます(特に関節の動きと背中のライン😳)。PTSDで心を失ったぎこちない動きが痛々しく、幻想の中で踊る上官とのデュエットは切ない。小説では夫人と帰還兵が出会うシーンはないので、フェリとエドのデュエットは象徴的です。そこに、エド(死)に囚われた夫人(=ウルフ)の心の空洞を感じたな。そして全編を通して、フェデリコとギャリーがとても素敵だった☺️  全ての人が夫人の意識の向こうに消えていくようなエンディングが印象的でした。

 

●「Becomings」(based on「オーランド」)

 小説はエリザベス朝に生まれた男性オーランドが、途中で女性に変わり、(たぶん)30代のまま現代まで数百年を生きる物語。その間、寵臣、詩人、大使、社交界の花形、文学者、妻&母親と、様々な生を体験します。

 バレエの方はその物語が展開するのではなく、そのコンセプトをダンスで表した感じ。タイトルは「何かの状態になること」という意味で良いかな。

 ゴールド、黒といった硬質な色を使った斬新な衣装(エリザベス朝風ラインで、男性がチュチュみたいなのをつけていることも)、レイザー光線やスモークの使用など、もはや舞台はSFの世界で、まさに、時空を超越した小説の世界のヴィジュアル化です。その中で踊るダンサーたちは、マクレガーらしい無機質な振付と相まって、まるでサイボーグのよう👍  高速リズムを刻む音楽に合わせて激しく踊りまくるダンサーたちが超カッコいいです😆

 オシポワマクレイの身体能力を超えた動き、サラ・ラムエリック・アンダーウッドの艶かしいダンス、フランチェスカワトソンのややこしい踊りなど、ペアのダンスに目を見張る。特にオシポワはワトソン顔負けの驚異的な動きを見せ、関節どうなってるの?と思ってしまう😱  そして7人の男性たちのダンスも圧巻でした。中でもマシュー・ボールとマクレイのデュエットが新鮮で😍  このシーンがあるのを今回の視聴で初めて知りました(貴重な収穫👍)。

 

●「Tuesday」(based on「波」)

 バレエのタイトル「火曜日」は、ウルフが夫に当てた遺書の冒頭に書かれていた言葉。さまざまな要因で精神を病んでいたウルフは1941年にウーズ川で入水自殺します(59歳)。モチーフの小説「波」は1931年の作品で、6人の男女の人生がオムニバス風に語られるもの。舞台は海辺で、それぞれの話が波のうねりのように寄せては返す感じ。その、個人と集団の意識が交差する中に、ウルフは次第に埋もれていきます

 バレエでは舞台後方に、大きくうねる波の映像がスローモーションで映し出されている。群舞が顔に被っているのは珊瑚をシンボル化したオブジェだそうで、彼らは波のような動きを見せるんだけど、同時に海の精にも見えたりします。それに囲まれて踊るフェリ(ウルフ)。照明の効果で、映像の波もダンサーたちもセピア色に見え、まるですべてがウルフの記憶の一風景のよう。途中で登場する6人のダンサー(バレエ学校の生徒たち)は小説に出てくる登場人物の若き姿だそうで、サラは若きウルフ、フェデリコはウルフが愛した夫なのかな。

 フェデリコも波の一部のような感じで、その彼の腕の中で揺れるように踊るフェリが自然体すぎて生々しい。つまり、本当に波の中に消えてしまいそうに見えるのですよ😥  やがてフェリは波であるダンサーたちに身を任て漂い、それに飲み込まれるように一体化し、最後はフェデリコの手でそこに静かに横たわります。ちょっとウルッと来た💦

 芸術性と詩情に溢れ、そしてなぜかとても官能的な作品でした。そして最後になったけど、全編を通して音楽が素晴らしかったー🎉

 

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 歌舞伎座での八月花形歌舞伎の公演が決まりましたね🎊  嬉しい😭  松竹サイドの万全の態勢で望む姿勢が伺われます。感謝です🙏  ここからウィルス感染者が出ないように、観劇する私たちも気をつけなければ‼️  とりあえず「切られ与三」での児太郎のお富が楽しみだわ。そういえば海老さんのブログで、第4部に出演の話があるって書いてたけど、なくなったのね🤔

 そして先日TV放映された仁左さま弁慶の「勧進帳」、永久保存版モノでしたね😆  荒事味薄めだった分、美しいといって良いほどの弁慶。仁左さまのコメントも、なるほどとうなずける貴重なお話でした。

 

 でも今回は、手持ちディスクで仁左さまの、1995年の「伊勢音頭恋寝刃」を観た感想を書きます💦  野道追駈け〜野原地蔵前〜伊勢二見ヶ浦〜古市油屋店先〜同奥庭までの半通しです。25年前の舞台でこの時は片岡孝夫。これが孝夫としての最後の福岡貢、次の「伊勢音頭」は98年の十五代目仁左衛門襲名披露公演(大阪松竹座)です。

 

配役/福岡貢=孝夫 お紺=四代目雀右衛門 万野=玉三郎 喜助=勘九郎(十八代目勘三郎) お鹿=田之助

 いろいろな役者さんの福岡貢を観ているけど、ピントコナは仁左さまの右に出る人はいないよね〜💓  柔らかな色気とキリッとした芯の強さ、モテ男っぷりと武士としての矜持、その塩梅の絶妙さといったら🎉  ナヨっとした身体から一瞬でスッと背筋が伸び、少し高くリズムのあるセリフが次の瞬間には低く尖る。そのシームレスな変わり身が素晴らしい。和事が身体に染み付いている役者さんじゃないとこの感覚は出せないよね😊

 万野の企みを知って怒りをグッと飲み込む口元、我慢できずにスクッと立ち上がって万野を睨みつけたときの立ち姿、万野を討つに討たれず悔しさで歪む顔、刀に操られるように人を斬っていくときの泳ぐような目。美しすぎて、いつもながら惚れ惚れですな😻

 そして、まぁ〜、玉さんの万野の陰湿でいやらしいこと🤣  あの横目づかいは鋭さより冷たさがきつくて〜。遊女お岸は孝太郎で、このころから、こういうアダっぽいお役はとてもいいと思いました👏

 

 ところでこのディスク、収録映像としてあまり好きになれない🌀

①大向こうがしょぼい。ある程度の掛け声って演る人にも観る人にも必要だなと痛感。それでも、全体的にしょぼいのならまだしも、ショックだったのは、玉さんや雀右衛門、勘九郎(当時)には声が掛かるのに、孝夫さんに対してほとんど掛からないこと😳  花道を出てきても(おそらく主としてご贔屓さんによる)拍手だけ。決めゼリフのあとも、型を決めても、「松島屋!」の掛け声がほとんどないのです。寂しい……😥  1995年にはすでに実力も人気も不動だったはずなのに、大向こうさんは冷たかった

②カット編集がひどい。これは他の映像でも思うことだけど、2人が並んで会話しているのになんでしゃべっている方を1人ずつ映すかなあ😩  それを聞いている時の相手の表情も見たいわけですよ。すぐ隣にいるんだからほんの少しカメラを引いて2人一緒に映せばいいのに。貢が青江下坂で万野を斬ったところも、痛がる玉さんばかり映すんだけど、横にいる孝夫さんの表情と、その名刀が鞘を裂き始める瞬間も観たいのに。両方を映して〜😠とイラつくところ多々あり。

③観客がひどい意味もなく笑いが起こるの理解できなかったな。青江下坂の偽物を渡されたと思った貢が戻ってきて、残っていた刀3本ほどを暖簾の向こうから抱えて慌てて出てきたところ、笑っちゃうほど可笑しい?😡 そういう笑いが随所にあってびっくりでした。

 でもって最悪だったのは、芝居が終わり定式幕がいよいよ引かれるというときに、1階席のお客があっちこっちでボコボコと一斉に立ち上がるのです🔥  孝夫さんと雀右衛門と勘九郎が、まだ最後の型を決めたままでいるのに、ですよ。失礼極まりないことだわ💥  25年前ってこんなだったのかなあ。私は1階席に座ることはあまりなかったので分からないですが😑

 

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 6月に「真夏の夜の夢」がいくつか配信されたのでまとめて感想を。原題「A Midsummer Night’s Dream」のMidsummerは夏至の頃を、Midsummer’s Dayは聖ヨハネ祭日(6月24日)を指し、このとき夜の森に妖精や魔女が現れ人間がそこで浮かれ騒ぐという俗信があって祝祭が催されることから、この時期に上演されることが多いんだけど、戯曲には五月祭前夜に言及するセリフもあって、物語の背景はどっちなんだという……。(ものすごーく簡単に書いています)。邦題は「夏の夜の夢」が多いですが、私は、漠然とした夏でなく特定の時期であることにこだわりたいので「真夏」でいきます。

 

●ブリッジ・シアター

 ナショナル・シアター・ライヴの配信で、演出はニコラス・ハイトナー。いや〜、これ最高でしたー🎉😆

 大好きなオリヴァー・クリスがアテネ公爵シーシアスと妖精王オベロンを演るんだけど、オリヴァーのオベロンが普通であるわけないと思ってたら、やっぱりそう来たかー😸  オベロンと妻(妖精女王)ティターニアのセリフが逆になっていて、オベロンがティターニアに媚薬を撒かれ、頭がロバになったボトムに一目惚れしちゃうのです😱  キラッキラの瞳で激しく迫ったり、2人でバブルバスに入ってご機嫌だったりと、最高に可笑しい😍  オリヴァーのおとぼけコメディーセンスが全開でした。

 この作品って登場人物たちが眠るシーンが割と多く、彼らが眠るベッドがそのまま空中に釣り上げられたり、妖精たちが天井から下がった布帯を使ってアクロバティックな動きを見せたりと、とてもマジカル&ドリーミー。でもってDavid Moorstパックがパンク兄ちゃんみたいな造形ですごく素敵だったな😊  不思議キャラな演技も良かったし動きも敏捷、サーカススクールで3カ月トレーニングを積んだそうです。

 媚薬を使った原作にはないイタズラも。アテネの4人の若者のうち、男2人、女2人に振り撒いて危うく同性同士を恋に落とそうとするのね。(むかーしリンゼイ・ケンプ・カンパニーの来日公演で観た「夏夢」は追いかけるのが男→男、女→女というのだったなー)。最後に若者2組の男女はそれぞれ丸く治るものの、去り際に男同士、女同士が意味ありげに抱き合って、この先も男女入り乱れてもつれそうな予感が😅  また、人間たちが居る所にどこからかオベロンが魔法から冷めたときの会話が聞こえてきたり、アテネ公爵と職人ボトムが何かを感じて見つめ合ったりと🤣  時空を超えた演出が冴えていました。

 ボトムはもちろん、職人たちも素晴らしく、セリフがない時の動きで笑わせる演技が絶妙👏  ちなみにこの上演は、客席と舞台がシームレスになったイマーシヴ・スタイルで、iPhoneを借りたりする客いじりなどもあり、可笑しかったです。

 

●The Lord Chamberlain’s Men

 The Lord Chamberlain’s Men/宮内大臣一座はシェイクスピアが属していた劇団の名前で(のちに「The King’s Men/国王一座」に変わる)、こちらは2004年にできた同名のロンドンの劇団。シェイクスピア時代と同じような形、つまり、男性役者だけ、屋外上演、エリザベス朝時代の衣装と音楽とダンスで演じることをモットーにしているらしいです。イギリス国内のほか海外ツアーもしてるようですが、この映像はロンドン郊外にある広大な公園Osterley Park内のオープンスペースで上演されたもの。

 7人の男優たちが何役も演じながら、とてもスピーディーに展開します。演出はオーソドックスだけど、かなり楽しかった👏  女性のハーミアとヘレナを、男性のライサンダーとディミトリアスより背が高い俳優が演じていて、パワフルな女性になっている。女同士の言い争いが強調され、男性2人はその間に挟まってオタオタする感じ😆  舞台後方には木が生い茂っていて、芝居が終わる頃には周囲が薄暗くなり、下から照明を当てる演出も効いて、いかにも妖精が出てきそうな幻想的な空気に包まれました。

 

●シェイクスピア・グローブ座

 これも面白かった🎊  冒頭で、ヒポリタたちアマゾネス対シーシアスの戦い→勝ったシーシアスがヒポリタを無理やりっぽく連れ帰る→勝手に結婚を決める、までを動きだけで見せていて、ヒポリタは非常に不機嫌という出端。ヒポリタとティターニア(2役)が「ハムレット」で主役を演じたミッシェル・テリーで、ここでも強い女性だった💨  ライサンダーは軟派なお調子者風で笑わせます。

 妖精たちの造形は全くメルヘンではなく、木の枝や鳥の羽や獣の皮などを身につけていて、キーキーという声を発し、ちょっと不気味で小鬼っぽいという、面白い造形でした。パックが「怪物はささやく」のコナー役マシュー・テニスン。前にも書いたけど、彼は19世紀の桂冠詩人テニスンの直系子孫なんですよ(ま、芝居とは関係ないけど😑)。でもってオベロンとパックの関係が非常に微妙なラインにある。オベロンがパックの股から腕を入れて持ち上げたり、いきなりキスしたりするんですよ💓  2人とも上半身裸ということもあって色っぽい。2人の関係をこういう形にしたのは初めて観たけど、なかなか良きかな😊

 職人たちはタップを踏みながら登場。ボトムは自分がいい男だと勘違いしている気取った(小指を立てちゃう😎)、でも憎めない男でした。でもって、あんなにカッコつけてた彼が演技となるとダイコンで、劇中劇は大笑いでした。

 

●中国国家大劇院

 シビウ国際演劇祭の配信。National Centre for the Performing Arts Chinaって日本の新国立劇場みたいな位置付けなのかな。演出はクリス・ホワイト

 抽象的な舞台美術と衣装。細長い木の棒が何本も立っていて、可動式なのでシーンによって、弧を描いて並べ特定の場所を作ったり、林立させて森になったり、役者がそれを持って演技したりする。舞台下手の前方から中央奥にかけて弧を描くようにスロープのついたブリッジ。この、直線の棒と曲線のブリッジの対比がとても美しい✨

 パックを男女2人が演じていて、こういうのは初めて観ました。面白いと思ったけど、セリフを交互に言い、協力してオベロンの指示に従うくらいで、2人であることの面白さが感じられなかったな🤔  2人が手柄を競い合って喧嘩するとか、媚薬を撒く相手を間違えた責任をなすりつけ合うとか、4人の若者を集めるところで相手を間違えそうになるとか、何か面白い演出がほしかった。そのせいか、パックの存在感は弱かったと思う。

 恋の魔法をかけられてからのディミトリアスの変貌が傑作😁  最後の劇中劇はやっぱりすごく楽しくて、ボトムが芸達者であることの大切さを再確認しました👍

 

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振付 ケネス・マクミラン

音楽 グスタフ・マーラー

タマラ・ロホ(女)/ジョセフ・ケイリー(男)/ジェフリー・シリオ(死の使者)

 

 配信はとっくに終わってるけど、これを観て、ちょっとダーシー・バッセルのこと色々思い出したので記しておこうかなと(ダーシー大好きなので😊)。このバレエ作品は、マーラーの交響曲にインスパイアされてマクミランが創ったもので、初演は1965年です。

 声楽を伴う全6楽章の構成は「悲しき大地の飲酒の歌」「秋に孤独な者」「青春について」「美について」「春に酔う者」「別れ」となっていて、無常観、厭世観、刹那的人生観、愛と喪失と死などをうたっている。マクミランは歌詞に寄り添った振付をしています。ロホの豊かな表現力には円熟味があり、シリオの柔らかい動きが相変わらず素晴らしい。特に第6楽章、死に向かっていくドラマが印象的で、タマラの鋭角的な踊りには情感が溢れている🎉  指導にエド・ワトソンの名がありました😆

 

 この「大地の歌」は、2007年6月、ダーシーがロイヤル・バレエを引退するとき踊った作品なんですよね(「男」はギャリー・エイヴィス、「死の使者」はアコスタ)。トリプル・ビル・プログラムのひとつだったから、ダーシーのさよなら公演という感じではなかったけど、その舞台はBBCで中継されました。ちなみに、トリプル・ビルの他の作品はニネット・ド・ヴァロア「チェックメイト」とアシュトン「シンフォニック・ヴァリエイション」。

 当時イギリスの「国民的ダンサー」だったダーシーの引退なのに、全幕ものの演目にして「さよなら公演」と銘打たなかったのが不思議なんだけど🙄  トリプル・ビルの1つとしてでも、ダーシーが「大地の歌」を最後に踊れたのはよかったと思う。

 

 なぜなら、ダーシーはマクミランに見出され彼の多くの作品を踊ったので、マクミランの作品で自分のバレエ人生を閉じたかったはずだから。

 ダーシーはロイヤル・バレエ・スクールで学んだ後1987年にサドラーズ・ウェルズ・ロイヤル・バレエに入団。スクール時代から彼女に注目していたマクミランは、1988年、自身がロイヤル・バレエのために振り付けた「パゴダの王子」の主役にダーシーを抜擢します。それを機に彼女はロイヤル・バレエに移籍。翌1989年、20歳でロイヤルのプリンシパルに🎊  当時、最年少のプリンシパルでした。マクミランはその3年後に亡くなってしまうので、ダーシーが彼の新たなミューズになるには時間が足りなすぎた……😭

 

 キャリアの出発点がサドラーズ・ウェルズあるダーシーは、引退1カ月前の5月にここで、自分がメインの「さよなら公演」を行なっています。全5演目で、ウィル・タケット「On Classicism」、フォーサイス「In the Middle, Somewhat Elevated」、ウィールドン「Tryst」、アシュトン「シルヴィア」、そして最後はやはりマクミラン「Winter Dreams」。ダーシーはその全てを踊っていて、相手はダーシーのお気に入りだったボッレ様💓ジョナサン・コープなど。ダーシーとボッレ様の「In the Middle……」はさぞや素晴らしかったことでしょう😍

 

 バレエ人生20年で引退したダーシー。そのとき38歳で、ダンサーとしては全盛期と言っていいんじゃないかな。彼女は「全盛期である今だからこそ舞台を去りたい」と言っていて、実際には身体がボロボロだったらしい😥

 引退後は踊るのをやめたダーシーだけど、2012年ロンドン・オリンピック閉会式の聖火消灯セレモニー「Spirit of the Flame」というパフォーマンスでダンスを見せましたね。フェニックスに扮したダーシーが炎を纏って夜空から舞い降り、4人の男性ダンサー(ギャリー・エイヴィスジョナサン・コープニーマイア・キッシュエドワード・ワトソン)にかしずかれ200余人のダンサーをバックに踊る。素晴らしかったなー✨ これを振り付けたのはウィールドンアラステア・マリオットです。このときのダーシーを観ながら、5年経ってダーシーが蘇り、ここで本当のフェアウェル・パフォーマンスを見せてくれたと胸が熱くなったものです。

 

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原作 四代目鶴屋南北

上演台本/演出 シルヴィウ・プルカレーテ

 

 ルーマニアの古都シビウで毎年開催されるシビウ国際演劇祭、今年はオンラインによる開催というこことで、各国の過去の作品が多数配信されました。

 その1つ、ルーマニアで上演された「スカーレット・プリンセス」は鶴屋南北の歌舞伎「桜姫東文章」をもとに、ルーマニア人演出家プルカレーテが脚本を書き演出した舞台。換骨奪胎した翻案モノではなく、異なる世界観で描いた作品で、歌舞伎のテキスト、決まりごと、空間デザインなどを再解釈し、それをヨーロッパ的な演劇として創作してある。禁断の愛、輪廻転生、殺人、復讐という「桜姫」のテーマはそのままに、独自の滑稽味や皮肉を加えて、ものすごくエッジの効いた、刺激的な作品になっていた🎉

 ちなみに、プルカレーテの演出作品は2017年の佐々木蔵之介主演「リチャード三世」を観ましたが、すごく面白かったんですよね〜☺️

 

 回り舞台になっていて下手から花道が伸び、その7・3にはすっぽんもあります(役者が自分で開け閉めする😅)。舞台上手サイドには囃子方やナレーターみたいな人が座っている。このナレーターは芝居の途中で時々舞台に上がり、観客に状況を説明します。義太夫か清元、あるいは一人コロスみたいな役割。基本的に着物ではなくデザイン性の強いデフォルメされた衣装だけど、象徴的に武者姿の人が登場したり、日本刀での立ち回りがあったり、黒衣も出ます。

 面白かったのは桜姫を男性、清玄/権助が女性というように、役を男女逆に配役してあったこと。男女の身体の差が際立って異質な世界に見えたり、それが妙に色っぽかったり、ジェンダーが消えた無機的な世界になったりする👍

 こんな感じで、ヴィジュアルが超個性なんだけど、根本の部分でとても歌舞伎っぽくもあり、さらにプルカレーテ独自の様式美が溢れ、残虐さと悲哀が同居していて、それら含めて確かに南北の世界でした👏

 

 物語は、17年前に所化清玄と稚児白菊丸が心中を図り、清玄は死にそこね、白菊丸は桜姫として生まれ変わっているところから始まります。展開は思った以上に、普通に歌舞伎通りでした。でも叙情性を抑え、視覚的にも美化していないだけに、非道さ、エロティックさ、不条理さといった物語のエッセンスがむき出しになる。

 例えば、因果を背負った桜姫は場末の遊女というどん底まで落ちるんだけど、歌舞伎だとその辺りが憐れかつ退廃的な美しさで表されるところが、搾取される女の痛々しいまでの醜さとして演じられる😖

 こうした、非常に生々しい部分がある一方で、とても観念的・抽象的な見せ方もあり、それらが絶妙なバランスを保ちながら展開されます。南北のドロッとした世界が繰り広げられるのに、粘り気はなく、乾いた硬質な空気が舞台上に漂っていました👍

 

 終盤に桜姫は、愛した権助が、実は自分の父と弟を殺し家宝を盗んでお家を断絶させた男で、しかも清玄と兄弟という真実を知り😱  権助との間にできた自分の赤子、そして権助を殺して仇を討ち家宝を取り返します。それをここでは、桜姫が赤子をバケツに突っ込んでギューギューと押しつぶし(たぶん絞め殺してる🙄)、権助を銃の1発で撃ち殺す。事務処理をするように無表情でさっさとコトを進めていくところが痛快だった😆

 最後、桜姫は歌舞伎のようにお姫様には戻りません。舞台上に人が折り重なるように死んでいて、彼ら=役者全員が起き上がり歌を歌うという、ある種、祝祭風に終わるのが良かったな🎊

 

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