明日もシアター日和

観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

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その①からの続き。

 

第2部「ベジャール・セレブレーション」

振付 モーリス・ベジャール/振付指導 ジル・ロマン

 

 第2部はベジャールの、有名な作品からあまり知られていない作品までを抜粋して構成した幕です。演目の変わり目がシームレスだったらよかったなーとか、演目の上演順がなーとか(同じような雰囲気のデュエット作品が続いた)、ちょっと気になりました。が、それはともかく、これを観て改めて、ベジャールの独創性、多様性、音楽性、哲学性、娯楽性といった才能の凄さに圧倒されました。そして過去のベジャール作品と同時に、今のベジャール作品を見たという思いがします。ジルが見せたかったのはそれかな。以下、印象に残ったものについての感想。

 

『わが夢の都ウィーン』より「シャンブル・セパレへ行きましょう」        

『ハムレット』よりハムレットとその母妃

ともに、エリザベット・ロス/ジュリアン・ファヴロー

 この2人には別格の貫禄と表現力がある、ベジャール作品の今の代弁者ですね。2人がデュエットすると漂いだす濃厚な空気が懐かしくすら感じる。「わが夢の……」は、誘い誘われためらう2人の心理が交差する大人のダンスでした。

 そして「ハムレット」は本当に素晴らしかった。今回のベストだわ。互いへの思慕と嫌悪と偏愛とが入り混じり、怒りや悲しみや苛立ちを露わにするジュリアン/ハムレットとエリザベット/ガートルード。2人の感情がぶつかったり溶けたりするダンスに魅せられました。エリザベットの深紅のドレスの裾が広がったり弧を描いたりするのがとても素敵。音楽がデューク・エリントンというすごい組み合わせですが、振付と絶妙にマッチしていましたね。

 

『バクチ』より「バクチⅢ」シヴァとシャクティーの踊り

カテリーナ・シャルキナ/ファブリス・ガララーグ

 大好きな作品で、久しぶりに感動的な「バクチIII」でした。何と言ってもカテリーナのしなやか且つ強靭なあの身体。特徴的な指の動き、トゥでプルプル歩くステップなど、隅々まで完璧です。ガララーグも力強く堂々としたダンスでした。くねくねと絡みつく肢体は神秘的で、2人の身体が一つになったときに見せる手脚の造形は、魔力を感じさせるほどの美しさ。神聖でありながらセクシャルでもある、不思議な作品です。2人の神のダンスはヒンズー教からイメージされる混沌よりも、静謐さが強く出ていて端正でした。

 

『ヘリオガバル』より

アランナ・アーキバルド/ジェイム・オエッソほか

 このヘンテコなダンスも好きだー。人間の身体の驚異的な柔軟性と、ヒトのようなムシのような原始的な動きは、エキセントリックでグロテスク一歩手前にある不気味面白さがあります。ただ今回踊ったメインの2人は、記憶にある「ヘリオガバル」よりもおとなしいなという印象を受けました。もちろんその身体能力の素晴らしさは、さすがベジャール・ダンサーですけど、でも何なんだろう、この作品にしては泥臭さみたいなものが薄味だった感じがする。

 

『わが夢の都ウィーン』より「ウント・ゾー・ヴァイター」     

ヴィクトル・ユーゴー・ペドロソ

 「魔笛」で踊ったパパゲーノがすごくキュートだったので、ちょっと期待しました。曲の軽快さの方が少し勝っていた感じで、高さ、速さ、鋭さなどがあと3割り増しくらいでほしいと思いました。でも天性のユーモアセンスや快活さがあって、その表現がダンスを大きく見せていたように思います。

 

『我々のファウスト』よりパ・ド・ドゥ

上野水香/柄本弾

 やっぱりこの2人はベジャールの舞踊言語が身体に入っているなと納得。とくに上野さんはこういうダンスでは素晴らしい動きを見せてくれます。東京バレエ団は他に3作品を踊りました。『ライト』はちょっと印象が薄れてしまったけど  『アレポ』では奈良さんと木村のダンスがよかったです。『バロッコ・ベルカント』では沖さんや秋元さんに注目しましたけど、何かスマートで綺麗な踊りだったなー。そういうダンスではあるんですけどね。

 

『1789・・・そして私たち』より第九交響曲           

 オープニングは第一交響曲でBBLダンサーが踊りましたが、このエンディングでは両バレエ団のダンサーが一つに溶け合うように踊るという、とてもシンボリックな演出でした。ベジャールの群衆(群舞)の描きかた(振付)はとても好きで、全ての中にいる一人一人が尊く掛け替えのないもの、というベジャールの溢れる愛を感じます。その思いを個々のダンサーが汲み取って踊っているように見えます。この作品はフランス革命をモチーフにしているから、そのクライマックスのドラマとしても楽しめました。

 

 フィナーレではジルが登場し、「バレエ・フォー・ライフ」の最後のように、ジルがダンサーを一人一人迎える。そして互いの肩に手をかけてダンサーがつながり、ジルを中心にゆっくりと旋回します。これは感動的な演出で、放射状に広がるダンサー達は、外に向かって放出される太陽の炎のようにも見えたし、大車輪のようにも思えた。固く結ばれて、これからも終わりのない回転を続けていくというふうに解釈しました。

 ベジャールへのオマージュとして思い出に残る公演だったと思う。同時に、ジルが作っていく新しいBBLの姿も垣間見た気がしました。ダンサーたちの世代の若さとか21世紀のカンパニーとして目指すところとか……。変わらなければ進んでいけないこともありますね。

 

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 ベジャール祥月命日の公演に行ってきました。この大切な日を日本公演に充ててくれたBBLに感謝です。

 開演前に、これまでの日本公演の記録映像を20分に編集した映像の上映がありました。観たことがある作品も多々あり、思い出が蘇ります。「バレエ・フォー・ライフ」でのジュリアンのみずみずしい姿を懐かしみ、ジルの「アダージェット」を観ながら、これを引き継ぐのは誰なんだろうと思い……。最後は「バレエ・フォー・ライフ」のフィナーレ「Show must go on」で、ベジャールが舞台中央に登場してダンサーを袖から一人ずつ迎えるんだけど、途中から、ジルがダンサーを迎えた回の映像に変わる。ベジャールからジルにバトンが渡されたことを象徴する、上手い映像編集でした。

 今回の「ベジャール・セレブ」も、1部でジルの振付作品を、2部でベジャールの過去作品を見せるという構成。

 

第1部「テム・エ・ヴァリアシオン」

振付 ジル・ロマン

出演 モーリス・ベジャール・バレエ団

 

 う〜ん、正直言ってあまり心を動かされなかったです、ジルごめん土下座 まず、音楽が苦手でした。抽象的な音楽がテープで流れて、ステージ上にいるパーカッション奏者がそこに音を重ねるように演奏する、効果音的なサウンド、私はまったくダメ。こういうとき、バレエ作品が好きになるか否かって、音楽が大事だなーとつくづく思うのです。

 

 この作品は、ジルがベジャールに宛てた、現在のカンパニーの姿を綴った日記というコンセプトだそうです。が、私の理解力や感性が足りないせいか、残念ながら伝わってくるものがあまりなかったなー。物語はなく、バレエスケッチのオムニバスです。ダンサーたちの日々の様子や人間関係などをダンスで表現したのかな、頭にトゥシューズを乗せて踊ったり、片足だけトゥシューズを履いて踊ったりというユーモラスなシーンもあるし、パートナーを巡って争ったり和解したりというドラマも描かれているみたいだけど……いろいろ象徴しているのかも。ちょっとよくわからなかった。

 後半になって、とくに男性ダンサーが複数で踊るシーンはベジャール色があり(結局、ベジャールの作品が好きってことですね)そのあたりでグッと引き込まれました。でも、全体としてみれば、自分の中でまとまらなかったです。

 

 以前に見たジルの振付作品にも同じ感想を持ったんだけど、彼の作品には(音楽のチョイスも含めて)無機的な肌触り、ひんやりとした硬質な空気を感じる。暖かさとか感情、情念という有機的なものがあまりなくて、そこが自分としては作品に入っていけない理由なのかも。

 ダンサーとしてのジルをファンとしてずっと見てきて、ベジャールの精神性をダンスで見事に表現していたと思うけれど、ジルはジルなんだと当たり前のことに気付くのでした。ベジャール作品が身体に馴染んでいても、自分の作品を創造するときに内側から出てくるもの(本来持っている感性)はまた別ということですね。

 でもこの作品の最後で、全ダンサーが横一列に並び、どこかで見てくれているベジャールに向かって、空中に手紙を書く仕草をしたときは、ジワッと感動が込み上げてきました〜。

 

その②へ続く。

 

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振付 モーリス・ベジャール

音楽 ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト

出演 ジュリアン・ファヴロー/マッティア・ガリオット/ヴィクトル・ユーゴー・ペドロソ/

   スン・ジャユン/キャサリーン・ティエルヘルム/スヴェトラーナ・シプラトワ

 

 もう最初に書いておこう、ジュリアン・ファヴローがトロけるほど素敵だったハート ハイ、出待ちしました……キャッ

 3年の間を置いて来日したBBLの公演は、奇しくも(というか、当ててきたのね?)ベジャール没後10年という節目と重なり、そこで満を持しての「魔笛」を再び観られることに、長年のベジャール・ファンとしては歓喜&感謝。深く胸打たれましたー。終わって「ワァ〜ッ」と高揚する感動ではなく、ズ〜ンと体内に染み込んでくる「良かったぁ……」という満足感、その思いで満たされる幸福感。オペラをたしなまない私は、オペラ「魔笛」は大昔に1度観たきり。ですので、オペラとの比較ではなくダンス作品としての感想です。

 

 実は少し心配していたんだけど、観てみれば古さを感じさせない、むしろ、ダンサーの顔ぶれが変わったこともあり新鮮な作品になっていました。私が見たのは2日目で、ジュリアン以外は初見のダンサーばかり。2004年に観たときはすごく斬新な印象を受けたけど、いま改めて見ると、振り付けは思ったほど観念的(ベジャール色ムンムン)なステップは多くなく、クラシックの要素もたくさん使われていることに気づきました。

 細かい動きや演技が多かったから、曲というより歌詞に振り付けたと思われます。だとしたら歌詞の意味が分からないのは残念だけど、弁者を登場させてセリフや状況を語ってくれるので(日本語訳あり)、あらすじを知っていれば問題なしです。

 

 作品としては、秩序立った世界と神話的なイメジャリーとが美しく融合した構造になっていました。床に描かれた六芒星や小道具の三角錐、3人の童子や侍女といった、フリーメイソンのシンボルマークがさまざまなところにあって、それをもとにしたダンサーの動きは自然の摂理を連想させます。

 そうかと思うと、(物語の背景は架空の古代エジプトということ?)2人の武士がスフィンクスのポーズで床に寝たり、ザラストロが古代エジプトの壁画に描かれた男のようなポーズで座ったり(いや、牧神かな?)と、ダンサーが作る神的な姿が象徴的で美しいです。

 ダンサーによっては、そのしぐさが可愛かったり妖艶だったりと有機的な動きを見せるので、見た目の楽しさと精神的な深みを感じさせます。特に夜の女王の侍女3人のダンスはコケティッシュな動きもあって良かった。

 テーマ性も明確です。最後はオシリスとイシスがフリーメイソンのシンボルマーク(直角定規とコンパス)を体現するし、夜の女王は倒されるのではなく、月の衣装を纏って生き残り、昼(ザラストロ)と夜という2つの世界が共存するという終わり方(オペラとは違うみたい)。愛、和解、融合といった主題を好んだベジャールらしい解釈です。

 

 ダンサーたちの身体能力の高さ、動きのしなやかさは言うまでもないし、身体ラインも綺麗で、女性のタイツ姿や男性の上半身裸の姿が本当にサマになる。

 で、とにかくもう、ジュリアンの姿と舞いが、圧倒的に舞台を支配していました……語彙が貧しくて悲しい。彼は、2004年のときはナント20代後半でザラストロを踊っていたんですね。この12月で40歳になるジュリアンの、年齢を重ねたザラストロの造形は、顔を覆うヒゲと相まって、まさに世の秩序を正す神的存在そのもの。威厳と品格がこぼれ落ちる彫像のような身体の美しいこと。引き締まった筋肉質の上半身、その肩から胸、ウェストにかけての力強いライン、上体がしなるときに湾曲に浮き上がる肋骨、はぁ……らぶ1 その踊る姿をずーっとずーっと眺めていたいと思いましたヨ。

 

 あとはですね、パパゲーノを踊ったヴィクトル・ユーゴー・ペドロソが、表情豊かですごくキュートでした。男性ダンサーとしては小柄なんだけど、そのせいもあってか、明るくて物事にこだわらなくてお調子者で憎めない、魅力的なパパゲーノでした。ダンスも申し分なく、役柄にふさわしい軽やかさがありました。パパゲーナの方が背が高くて、2人並ぶと一層コミカルに感じたんだけど、この配役はそれを狙ったの?

 そしてもう一人、弁者を演じたマッティア・ガリオットも素敵でした〜。物語全体を引っ張っていく要のような役どころを、雄弁に語るセリフとキレのあるダンスで巧みに演じていました。ちょっとダークな雰囲気があるところも気に入っちゃった。

 タミーノは中国出身のダンサーで、東アジア系によく見られる、スッとした綺麗なお顔で爽やかな雰囲気。テクニックは手堅くラインも綺麗。ですが、やや不安定なところもあり、例えば着地がピシッと決まらないことが何度か。パミーナが少し大人っぽい感じのダンサーだったので、恋人同士には見えなかったなー。

 夜の女王は美しくスタイルも良いダンサーだったけど、圧倒的なインパクトという部分では物足りなさがありました。有名なアリアのところではイマイチ音楽に乗り切れていない感じで、振り付けの良さがあまり感じられなかったのが惜しい。

 いろいろ思うところがあったけど「魔笛」を見ることで今のBBLを知ることができました。ベジャールから渡された遺産を、ジルの力によって新しいダンサーが確実に受け継いできていることが分かってホッとした。これからのBBLについては来週のBプロを観て考えてみたいです。

 

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原作 ジーン・ウェブスター

音楽/作詞/編曲 ポール・ゴードン

脚本/演出 ジョン・ケアード

出演 井上芳雄/坂本真綾

 

 3年ぶり4回目の再演なのだそうですが、私は今回が初見で予備知識もなく観たので、その視点での感想です。最初に思ったのは、すごく良くできたミュージカル作品だなということ。ジョン・ケアードの脚本と演出が秀逸っていうことなのかもしれません。

 原作(児童文学作品)は、あしながおじさん宛てにジルーシャが書き綴った手紙そのものを小説の形にした、いわば書簡小説。ミュージカル化にあたって、それを普通の物語風に再構成するのではなく、原作通り、ジルーシャの手紙で構成している。このアイディアが面白いと思う。

 セリフや歌詞はほとんどがジルーシャの手紙だから、彼女の気持ちや考えがまっすぐに伝わってきて、私たちはジルーシャと心を一つにしながら一緒に成長するんです。ジャーヴィスはそれを読むことで、そこに自分の気持ちを乗せていき、時々、思いを吐露する歌を歌う。2人は実際に会話を交わしていないのに、ジルーシャの手紙を媒体に、2人の気持ちが触れ合ったりぶつかったり、相手の影響を受けて変わったりしていく展開がとっても素敵です。

 脚本もいいです。ジルーシャの気持ちの変化や成長部分をうまく原作から抜き出して歌詞にしたなと思うし、それらを使ってのプロットが巧みです。資金援助を受けて成長していくジルーシャが、人を愛することをジャーヴィスに気付かせる。ジルーシャを救っているつもりでいたのに、実は自分も誰かに救いを求めていて、結果としてジャーヴィスはジルーシャに救われた。2人の立場が少しずつ逆転していく流れがすごく自然です。

 舞台美術も良かった。本舞台とその後方(中2階風)という二重構造にして、距離的に離れているのに常に2人が一つの舞台にいるというのがいい。手前のジルーシャの世界は、孤児院、学生寮、農園などに変わるんだけど、スーツケースやボックスを少し動かすだけで場所が変わったと思わせるいい演出です。後方はジャーヴィスの書斎で、部屋を囲む天井までの本棚は、自分を守るために築いた頑強な砦のよう。そこにジルーシャの手紙が少しずつ貼られていくと、重々しい書斎に明るい花が咲いていくように見えるのでした。

 

 真綾さんと芳雄くん、ホントはまり役だったー。歌の部分はセリフのようで歌のようで、そのニュアンスの出し方がとっても自然です。歌詞の意味を理解してそれをメロディーに乗せてきちんと伝えている。2人の声のトーンが似ているのでデュエットが格段に美しく聞こえます。手紙を綴るジルーシャの歌に重なるようにジャーヴィスが歌い出し、やがて一つに溶けて優しいハーモニーを奏でいくところが、とっても好き。

 真綾さんのジルーシャは、純粋で聡明で溌剌として愛らしい。感情表現に無理がなく、孤児院にいる頃の少しカリカリした感じから、大学生になりいろんなことに好奇心を持って吸収していく生き生きした様子、卒業したときの自信に満ちて立つ一人の女性まで、少しずつ変わっていく姿が良かったです。

 芳雄くんは、ジェントルマンなんだけど人嫌いの変わり者、実は愛する人には一途というジャーヴィスを素敵に演じていました。こういうお役はぴったり。心ならずも2役を演ずることになり、自分で自分の首を閉めて、葛藤し、自分がコントロールされていることに気づいて慌てる、ちょっとかわいい部分の見せ方もお手の物ですね。自分の思いを表す直接的なセリフは(歌以外には)ないという、演じ方の難しい役だけど、ジルーシャの手紙を読む言葉に強弱をつけたり間を置いたりトーンを変えたりと、言い回しを微妙に変えることによって、嫉妬や苛立ちや喜びや驚きなどを表現できるところはサスガですね。

 最後にやっぱり書いておかなくては。芳雄くんホント脚長いわー。しかもスレンダーでスタイルいいし。この役は、見た目から言っても(年齢的にも)芳雄くん以外に考えられませんね。

 

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「仮名手本忠臣蔵」五段目・六段目

仁左衛門/孝太郎/吉弥/彦三郎/彌十郎/染五郎/松之助/秀太郎

 

 また仁左衛門丈の勘平を見られるとは、至福なり。それにしても、はぁ~、最期の仁左さまのあの表情、もう何といったらいいんだろう、自分の語彙力のなさがもどかしい。勘平は本当に、武士でありたいと願い続けたんだなー。最後の最後になってその通りになって、よかったねと思ってしまった。血判状に名を連ねることを許され、討ち入りに加われることになり、ああ、有難やと笑みを浮かべ陶然と宙を見つめて死んでいく、そのお顔が幸福そうで美しい。悲劇なんだけど、何だか晴れ晴れとした気分になります。

 5、6段目を通して勘平が次第に追い詰められていく過程がとってもクリアに表現されています。山崎街道で弥五郎と会ったときは声と口調に品が漂い、猟師を生業としながらも、武士であることを忘れてはいないと感じさせる。定九郎を撃ったあと花道七三でふと逡巡して引き返すまでの勘平の心の揺れ、ほんのわずかな時間だけど丁寧に見せます。ここでお金を取らずに帰っていれば、舅の敵討ちをしたってことで丸く収まったのに、ドラマですねー。

 腹切の場は、仁左さまの一挙手一投足に神経を集中しました。所作のいちいちがきちんと計算されているはずだけど、そのリアルさがわざとらしくない自然な流れ。「おかる、まちゃれ!」と言ったときの横座りに倒れかかる優美なライン! 数秒間、見惚れました。あのポーズはスラリとしたしなやかな身体でないと作れないよねー。仁左さま73歳……。

 おかるが売られていくというショッキングな話の裏で、山崎街道でしてきたことに対する後ろめたさ、バレやしないかという怯え、財布の布が同じと知ってからの驚愕と後悔、姑に責められるときの小さく揺れる背中、差し出した50両を「不忠不義を働きし‥‥」と言われて突き返されたときの絶望……。少しずつ肉を刻まれていくような勘平の気持が伝わってきて痛い。そして最後にあの、すべてが浄化されたような姿ですよ。勘平を堪能いたしました。

 彦三郎の低く響く声が、舞台を引き締めます。勘平に対する嘆きをあんなにストレートに出す弥五郎は初めて見たかも。

 吉弥のおかやが、これまたいいんです。先月の国立劇場「亀山の仇討」での茶屋の女将と同じ人とは思えない、ひなびた感じ。おかやは、夫は殺され、娘は身売りし、婿も切腹、このあとひとりぼっちで生きて行くってかわいそすぎると、いつも思ってしまう。

 染さんの斧定九郎がドロッとしていて骨太感があり、期待を裏切らなかったです。白い御御足に垂れる真っ赤な血まで美しい。秀太郎と松之助がまったく圏外の人って感じで、漫才みたいないい味でした。

 

 

「元禄忠臣蔵」大石最後の一日

幸四郎/染五郎/児太郎/彌十郎/金太郎/仁左衛門

 

 苦手な真山青果。普通ならパスしますが、仁左さまが最後にちょこっとだけどご出演なのと、幸四郎、染さん、金太郎くんの3世代が、その名で共演する最後の舞台ということで外せなかったです。

 幸四郎がすごく良かった。セリフできっちり聞かせる、魅せる。いつものように感情を乗せたセリフ回しではなく、グッと抑えた中に落ち着きがあり、その分リアルさが増して、実際の内蔵助もこんな感じだったかもと思ってしまいました。若い男女の切ない純愛を理解し、2人を包み込み、最後まで見守ってあげる。幸四郎の大きな器を感じさせる、いい内蔵助でした。

 染さんは……アレ、(観てから日数が経ってしまって)記憶が薄れている。あっさり気味だったのでしょうか。もう少しコックリ見せてくれても良かったのか、いや、児太郎/おみのがすごく良くて、強く印象付けられたからなのかな。

 児太郎の(女方によくありますが)泣き声調の張り上げるセリフ回しは苦手なんだけど、十郎左衛門を一途に思う、健気で純粋な姿に打たれました。前半は、男である女方役者が男装しているというややこしい設定でしたね。児太郎の小姓の変装には女性っぽさが時々見えたりして、それも良かったです。

 金太郎くんはずいぶん凛々しくなりました。涼しげで品のある雰囲気。今風の「イケメン」なんていう言葉より「美少年」という言葉がぴったりです。今回の細川内規は今の初々しい金太郎くんにぴったりで、健闘していました。貴公子然とした立ち姿が美しく、セリフも丁寧で清々しかったです。

 最後の、幸四郎と仁左さまが向かい合うシーンは、他を圧倒していました。吉良の消息を知らせる伝右衛門の、情のこもった口調、それを聞いた内蔵助の、それまで堪えてきた思いがふっと消えていく瞬間の表情。そのあと黙して顔を見合わせた2人の姿は胸に迫るものがあった。花道を去っていく幸四郎、思い残すことはないと覚悟を決めた表情に曇りはなく、その背中を見ていたら、それまでの忠臣蔵の物語が重なって映りました。

 

 
 
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