作 コナー・マクファーソン
演出 桐山知也
伊勢佳世/山崎一/長谷川朝晴/上村聡/田中穂先
山崎一さんが主宰する演劇集団「劇壇ガルバ」による公演です。作者のコナー・マクファーソンはアイルランドの作家で、1997年に書かれたこの「The Weir」は、私は過去に一度、別のプロダクションで観ています。他に彼の作品で観たことがあるのは「海をゆく者」と「ダブリン・キャロル」。この3作品だけで言えば、どれも飲んだくれの男が出てきたり、妖精のような幽霊のような何か不思議な存在がお話に絡んできたり、カトリックの国らしく神の力を感じさせたりと、アイリッシュな味わいがとっても濃い作品です。そして最後はホッ……と心が暖かくなる。この作品も実に良い話なんですよ~🎊
ネタバレ超簡単あらすじ→アイルランドの田舎町にある小さなパブでの、夕方~閉店までの話。オーナーと3人の常連客という男4人、そこに、都会ダブリンから越してきた女ヴァルリー(伊勢佳世)が加わる。5人で雑談するうちに、男たちはそれぞれ地元の伝説や超自然的な体験を語りだす。彼らの話に触発されヴァルリーも自分が体験した哀しくも不思議な出来事を語る。男たちは彼女の心の傷を癒す言葉をかける。夜が更け、皆はパブを後にする。終わり。
それぞれが語る「お話」の内容を簡単に書きます●丘に妖精が棲む砦があり、妖精たちは時々砦から海岸まで水浴びしに歩いていく。その “妖精の道” の上に家が建てられた。海岸に行く妖精たちは「この家を通らせてほしい」とドアや窓を叩いたり家の中に入ったりした。神父がドアと窓に聖水をかけると音はしなくなった。●ある家の子供が霊と交信する遊びをしていたら霊が現れた。その夜、その子は「階段に女の人がいてこちらを見ている」と言い続ける。やがて隣家の老婆が死んでいるのが見つかった。●墓掘りの仕事を手伝っていたら、教会から男が出てきて掘った穴を見て「ここじゃない」と言い、別の墓の前に行って「ここだ」と言う。男は翌日に埋葬される予定の、すでに死んだ男で、彼が「ここだ」と言った墓は彼がレイプした少女の墓だった😰●ヴァルリー(伊勢佳世)の幼い娘が事故死し、その数日後、電話が鳴るので出たら「迎えに来て」と呼ぶ娘の声だった。どれも不思議なお話ですよね~。で最後に山崎一さん演じるジャックの話がいいんですよ●自分が捨てた女が別の男と結婚することになり、式に呼ばれたジャックは言い知れぬ喪失感に襲われ、フラリと入ったパブでサンドイッチを頼む。「見ず知らずの自分のために店員はこのサンドイッチを心を込めて作ってくれたんだ」とジャックは嬉しくて泣いた。これのみ超自然モノではないのだけど、ジャックは失ったものの大きさと、それを二度と取り戻すことはできないことを思い知ったのですね、切ない……😢
しかしまあ、何事も起こらないわけなんですけど……💦なんだろう、それぞれが「語り」を終えた後に襲われる漠然とした孤独や絶望感、そのあとに無性に恋しくなる人との絆、最後に込み上げてくる癒しからの希望。常連たちは「語り」の合間に互いに悪口を言ったり喧嘩腰になったり、そうかと思えば、お酒をおごったりタバコをあげたりする。パブを去る時は「さっきは悪かったな」「本心で言ったんじゃないんだ」とか言いながら、握手したりハグしたりして去っていく。繋がっているという安心感と信頼感が心を満たしてくれる。今までもこれからも、パブでのそういう日常なんですね。
これは会話による芝居というより、それぞれの登場人物が「お話を語る」芝居、その「お話を聞くのを楽しむ」芝居でもあります。 なので、役者さんたちの語る力も魅力の一つです。静かに、淡々と、時に感情を込め、緩急をつけ、そしてフッと間を置いて……と、どの役者さんもとっても上手かった👏 誰かが喋っている間、他の人は私たち観客と同じようにじっと聴いているわけですが、何を思いながら聴いているのかなと思わせるその姿にも味わいがあった。1つの話が終わるとさまざまな反応を見せ、そこに人物の個性が出ていました。
タイトルとの関係なんだけど、語るきっかけとなったのは、何十年も前にこの町に堰(水の流れをさえぎる構造物)が建設された時の一枚の記念写真です。比喩的に捉えれば、堰は人の心を閉ざすもの、触れられたくない部分を隠してくれるもの、と考えられます。そして、何かの拍子に(多分ここでは新参者の若きヴァルリーが現れたことで男たちの気持ちが色めき立ち?😅)堰/壁が取り除かれ抑えていた感情、思い出が流れ出す、それを話すことで心の底にたまっていた澱が流れていく、ということなのかな。
また、建築された堰によって水力発電が可能になり町に電気が通って便利になった=近代化されたのだろうけど、それと引き換えに忘れ去られていくものがあるとすれば、それは古くから伝わる伝承や超自然な出来事(の話)なのかも。パブに集まった彼らは堰を破ることでそれらを再び語るようになった、過去は封印せず語り継がれていくべきなんだ、とも取れ……ないか?😓









