原作 ベルトルト・ブレヒト
上演台本/演出 瀬戸山美咲
木下晴香/眞島秀和/sara/平間壮一/加藤梨里香/一路真輝
ブレヒトが1944年に書いた戯曲です。ソ連時代のコーカサス地域が舞台で、幼児を救って育てた貧しい出自の娘が、その子の裕福な実の母よりも「母親に相応しい」と判断されるという寓話……なのだけど、今回の舞台は時代を近未来に設定し、また別のメッセージを込めて再構築し、そこから現在を批判的に俯瞰する芝居になっている。
原戯曲で注目されるのは、生みの親と育ての親が幼児を巡って張り合うシーンですが、演出家はそれよりも「戦争が起きた時に人間がどうなっていくのかに興味を抱いた」とおっしゃっていて、その観点から上演台本を書いたそうです。
ネタバレあらすじ(長い🙇♀️)→時代は近未来のいつか。以前の大戦争で人間は滅び、AI搭載の人間型生物(アンドロイド)の世界になっており、いま彼らは、かつて人間の土地だった場所の所有を巡って争っている。そこに旅一座の歌手(一路真輝)が現れ、以前の人間たちの大戦争での、ある出来事を語り始める。
(ここから劇中劇としての本編→)地域でクーデターが起こり、人々は逃げ惑う。使用人グルーシェ(木下晴香)は戦場へ赴く兵士シモン(平間壮一)と結婚の約束をする。地域の太守は殺され、太守夫人ナテラ(sara)は息子ミヘルを置き去りにして逃げる。グルーシェはその子を拾い、兄の住む辺境の地へ逃げて、ミヘルを育てながらシモンを待つことにする。
飲んだくれのアズダク(眞島秀和)はこの混乱の中で裁判官に選ばれる。内乱が終わり、ミヘルを連れ戻したいナテラはグルーシェを探し当て、どちらが彼の「真の母」かを、アズダクによる裁判に委ねる。アズダクは床に白墨で輪を描いてその中にミヘルを置き、グルーシェとナテラに両側から引っ張らせる。グルーシェはミヘルが気の毒で強く引っ張れずナテラが彼を引っ張り寄せるが、アズダクは「真の母はグルーシェだ」と判決を下す。
グルーシェはシモンと結婚するがシモンは戦争によるPTSDで酒に溺れ、グルーシェは心を病み、成長したミヘルは軍隊に入り才気を発揮。主導権を握った彼は独裁政治を行う。ミヘルは大胆な粛清を行って世界を恐怖に陥れ、戦争の種を蒔いて死ぬ。大戦争が始まり、人間は姿を消し、今に至る……と旅一座の歌手は話し終える。終わり。
カーブを描く道が舞台奥から手前に向かって作られていて、そこが演技の場。この「道」は過去から現在までの歴史の流れにも見え、客席に面した手前部分が破壊されたみたいに途切れた作りなので、その先の未来は「私たちに委ねられてる」ということなのかな。
芝居の最後、大きな白い布が客席後方から頭上を包むように流れてきて、そのまま舞台の床面を覆い尽くします。芝居の中で、戦争で亡くなった幼子を両親が白い埋葬布で包むシーンがあるんだけど、最後のこの演出は私たちが埋葬布にくるまれ葬られるような感覚になりました。
原作戯曲は、グルーシェがミヘルの母であると勝訴したところでハッピーエンドですが、(上記あらすじのうちの)その後の顛末は、今回の演出家が書き足したもの。面白い脚色だと思います。グルーシェに拾われ育てられたミヘルは善なる存在ではなく、大戦争を引き起こす独裁者になった。ここにメッセージが込められています。残念だったのは、この部分がナレーションのみで説明されたこと。あそこまで詳しく具体的な後日談にする必要もないし、セリフなしでも演技+映像など視覚的に見せる工夫がほしかったな😔
いずれにしても、善き育ての親に養われたミヘルの世界は必ずしも善き未来に向かわないのです。善と悪が曖昧というのは、ろくでなし裁判官のアズダクが期せずして最善の判決を下すところからも伺える。「裁判官はいつの時代も人間のクズがやるもの」というセリフも皮肉です😓
ミヘルは人間の姿はしていなくて、大きな卵形の培養器に入った受精卵です。なのでグルーシェのミヘルへの気持ちは、育ての母としての愛情というより「拾ったモノ」への執着とも見える。一方、ナテラがミヘルを取り戻したいのは亡くなった夫が財産を全て息子に遺したからで、ナテラにとってもミヘルは「富の所在」でしかないのですよね🥹
疑問だったのは、この「培養器の中の受精卵」であるミヘルは、ナテラ夫妻が大金を払って精子と卵子を買い受精させて得た子であること(これは原作にはない設定です)。そうなるとミヘルはナテラが腹を痛めて産んだ子ではないわけで、「生みの親と育ての親との争い」という、ブレヒトが本来提示したかった問題が全く意味ないものになるのでは? なぜわざわざこういう(ナテラの実の子ではない)ことにしたのだろう🙄
グルーシェの木下晴香、アズダクの眞島秀和、ナテラのsaraという核になる3人、大変良かったです。その弱さに共感できるときもあれば、欲や打算を抱えた嫌な部分もあり、人間の本質をきちんと表現していたと思う👏 他の役者さんたちも何役もこなすハードな舞台ではあったと思うけど、ブレヒト戯曲の猥雑な雰囲気も十分に出ていて良かったです。









