明日もシアター日和

明日もシアター日和

観たもの読んだものについて、心に感じたことや考えたことなど、感想を綴ってみます。

 

「鬼一法眼三略巻」(菊畑)

辰之助/松緑/彦三郎/時蔵/亀蔵 

 三代目尾上辰之助襲名披露狂言は、昼の部が「寿曽我対面」だったのに対し、夜の部がこれです。新・辰之助は、虎蔵じつは牛若丸というお役。平清盛に表向きだけ仕えている鬼一法眼(彦三郎)が所持する源氏の兵法書「三略巻」を奪うため、その虎蔵/牛若丸に仕える知恵内(松緑)と共に、奴として鬼一の館に潜入している。鬼一の娘皆鶴姫(時蔵)は虎蔵に惚れ込んでるのだけど、鬼一の弟子(実は清盛が送り込んだ密偵)の湛海(亀蔵)も姫が大好きなので……以下いろいろあり……😓姫が虎蔵と知恵内を、兵法書がある蔵に手引きするところで終わります。

 

 新・辰之助は昼の部での荒事とは打って変わり、この虎蔵は、本当は牛若丸(源義経)というお役なだけに完全にハマり役でした。気品と柔らかさがブレンドされた雰囲気で、少年ぽさが残る面差しは義経になる前の牛若丸そのもの。役柄の特徴もよく捉えていてセリフには芯の強さと香りがあった。その辰之助牛若丸を主と仰ぐ松緑知恵内は、奴としての無骨さと愛嬌がある。父松緑が、主従関係の “従” の立場から息子辰之助の襲名を支えている形になっていて、胸が熱くなります。

 鬼一の彦三郎は総白髪と顔の皺で老け造り……なのに声に艶があるので老けて見えないのですが😅 深く重みのある声色のおかげで貫禄は十分。知恵内を追い詰めるところも威圧感があり、含みを持たせたセリフ回しも良かった。舞鶴姫の時蔵は虎蔵に積極的にアタックしていくところや、好きな人のために思い切ったことしてしまうところが可愛らしくも行動派の姫でした。

 湛海の亀蔵が登場したところで襲名口上。新・辰之助と松緑を挟んで、昼の部の口上には出なかった、彦三郎、亀蔵、時蔵が座ります。亀蔵は「私は新・辰之助さんが生まれたその日に会っているんです」と。その日、芝居が終わった夜、松緑と一緒に病院へ駆けつけたのだそう。すごい出会いですね。

 

「助六由縁江戸桜」

團十郎/八代目菊五郎/男女蔵/梅玉/尾上右近/松緑/辰之助/鷹之資/時蔵/雀右衛門/市蔵/九團次/歌女之丞/萬次郎/家橘/新之助/齊入

 いやぁ~、やっぱり「助六」は良いですわ~🎊 そして、團十郎の助六には菊五郎がベストマッチ。なんだかんだ言っても團菊の並びは唯一無二、落ち着きます。また、今回は “令和の三之助” の舞台は叶わなかったけど、かつての “平成の三之助” が揃うという、何か感慨深い舞台だったな。「助六」での大きな見どころのひとつは花道でのパフォーマンス。助六の出端とつらね、揚巻と白玉の花魁道中ですよね。これは絶対フルで見える席に座らないとダメなので、夜の部は1階席を取りましたよ👍

 

 團十郎の助六、襲名披露公演以来なんですね。傘を差しカッカッカッと下駄を鳴らして花道を颯爽と登場した姿は “粋” が着物を着て歩いているよう。なんといっても華があるし、荒事としての豪快さと勢い、プラス和事風な色気もほどよくてね。意休(男女蔵)には喧嘩腰で向かって行き、兄(梅玉)とのやりとりではヤンチャな弟になり、母(雀右衛門)の前では神妙に腰を低くし、でもって常に江戸っ子らしい軽やかさを感じさせる。セリフも癖が随分なくなっていましたよ。

 菊五郎の揚巻も負けず劣らずの素晴らしさ。色っぽさは薄味でスッとした佇まいに気高さと気品とがまとわりついてる、それが菊五郎の持ち味なんですよね。意休への悪態のつらねもスカッとしていて気持ちよく、助六を心配するようなセリフにはお姉さんぽい落ち着きが見える。團十郎と顔を見合わせたりすると、俺たち同級生で幼馴染なんだよね……という空気が感じられてほのぼのとした気持ちになるのでした。助六の花道からの引っ込み、それを見送る揚巻が上体を優雅にグーッと反らした姿の美しいこと。そこに幕がスーッと引かれて終わるところも含めて、よくできた芝居です。

 

 お話もさることながら「助六」が演目として良いのは、助六と揚巻以外にも見せどころのあるお役がたくさんあるから、多くの役者さんにお役を振ることで皆がそれぞれのシーンで張り切れること。それで全体として華やかで楽しい舞台になることです。

 例えば、髭の意休の男女蔵。堂々としていて憎たらしくてちょっと人間味があって大変よい。意休はただの意地悪爺さんではなく、頭良いし、実は助六に対して器の大きいとこを見せる人物で、男女蔵は若い分そのあたりはあとちょっとだけど、期待したいです。なぜなら男女蔵の見た目がもう左團次のコピー😅 声も全く同じ系統で、今はまだ枯れた声ではないけど同じ渋味を持っている。ニンも左團次と同じだし、これからもお父さんの持ち役をどんどん演じていってほしいです。

 通人は尾上右近で、團十郎と梅玉への、芸の上での感謝の言葉を盛り込むという今までにないユニークで素敵なアドリブでした。股くぐりは、普通うつ伏せでシュルッとくぐり通るのだけど、右近は團十郎の股をくぐるとき仰向けでズリズリズリと動き、通り終わって立ち上がると「大丈夫、履いてました」って😆 で花道に出てからは新・辰之助の襲名を寿ぐ口上を述べたのも良かったな。

 

 今回のスペシャルは福山かつぎの新・辰之助くわんぺら門兵衛の松緑のやりとりですね。辰之助のかつぎは江戸っ子らしい軽やかさがあり、着物の裾をまくってあぐらをかき啖呵を切るところがなかなか良かった。彼に喧嘩を売る門兵衛の松緑。この前の演目「菊畑」では息子をフォローする家来になり、「助六」では息子に「ざまあみやがれ」と捨てゼリフを吐かれる役で息子を引き立てる。自分が辰之助を襲名した時はお父さん初代辰之助もお爺さん二代目松緑も亡くなってたから、後ろから支えてくれる家族がいなかった松緑。自分がして欲しくても叶わなかったものを、いま息子に精一杯の形で与えてるんだなと思い、ちょっとウルッとしてしまいました。

 そうそう、幕開けの口上は新之助で、なかなか立派でした。とにかく、團十郎の助六はもう絶品で揺るぎないものがありますね。だからなおさら(と敢えて言いますが)、他の役者さんの助六もそろそろ観てみたいという贅沢な希望もあるのですが。

 

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「南総里見八犬伝」

尾上右近/巳之助/彦三郎/廣太郎/種之助/廣松/男寅/鷹之資/九團次

 

 足利成氏(九團次)に献上した名刀・村雨丸が偽物とすり替えられていたことから間者として追われることになった犬塚信乃(尾上右近)。芳流閣の屋根に逃げ延びて、そこで捕手はじめ犬飼現八(巳之助)と大立ち回り。そこから眼下の利根川へ落ち(たことになって)生還した2人のところに霊玉の導きで八犬士が勢揃い、だんまりから絵面の見得を決め、犬山道節(彦三郎)が花道を六方で去り、幕。

 最初の芳流閣から場が移って館の屋根、その上方に登って決めてみせる右近の上半身が見えないという、3階B席の民の切なさよ😓 捕り手たちとの立ち回りは梯子とか刺股とか小道具をいろいろ使っていて派手で楽しいのなんのったらありません。捕り手たち軽やかにトンボを見せるわ屋根から落ちるわ組んで右近を支えるわで大活躍。

 そのあと右近と巳之助との勢いある立ち回り。右近は颯爽として若々しく身も軽やかで文句なし。巳之助は力強い動きから骨太な感じが出ており、対照的な2人の立ち回りはメリハリがあって面白い。2人とも踊りが上手い役者さんだから、型や決めポーズがバシバシ決まります。がんどう返しでスペクタクル味もアップ。

 場が変わってだんまりになるんだけど、船頭たちが船の櫓を掲げて「八」の字を作るという粋な演出も。でもって、彦三郎が見せる花道での荒々しい立ち回りから引っ込みまでがカッコいいのです。七三までしか見えない3階B席の民ですが(しつこく言う😅)。

 でも芳流閣→利根川で終わるのは置いてきぼり感ありというか「続きが観たい!」というフラストレーションが残ります。もしかしたら松竹さん、近いうちに通しで出そうと思っていて今回はその様子見なのかな。ぜひお願いしたいです🙏

 

三代目尾上辰之助襲名披露狂言「寿曽我対面」

辰之助/八代目菊五郎/七代目菊五郎/萬壽/雀右衛門/團十郎/権十郎/橘太郎/萬太郎/巳之助/新悟/尾上右近/松緑 

 浅葱幕が振り落とされると、工藤祐経(七代目菊五郎)がすでに上手の高座に座っており家臣や大名たちもずらりと並んでいて、一気に華やかな気分になります。舞鶴(萬壽)に呼び出されて登場する十郎(八代目菊五郎)五郎(新・辰之助)兄弟。辰之助は線が細めの体格のせいもあるのか、荒事のニンではないと思うし、実際、荒っぽさはなくて、荒事の定番表現といっていい「カッカッカッ、ンゴォ~」って喉を鳴らすところはできてないなど物足りなさはあったのは確かです。でも見方を変えれば、荒事に必要なが稚気が見え、素直かつ爽やかさも加わって独特な五郎だった。腰を落とした形も綺麗だし、工藤祐経に対する敵意を素直に出すところに健気さすら感じました

 八代目菊五郎の十郎は柔らかみがあって適役。血気溢れる五郎を制するところはまさにお兄さんでした。友切丸を持参した鬼王新左衛門の團十郎が揚げ幕の奥から「しぃ~ばぁ~らぁ~く~、しぃ~ばぁ~らぁ~く~」と声をかけたときは、一瞬「暫」が始まるのかと思ってしまう楽しさ。七代目菊五郎さんがポーンと投げた “狩場の切手” が八代目菊五郎の真正面でス……と止まったのはお見事でした👏

 

 「裾野で会おう」「さらば……」「さらば……」のあと襲名口上です。一部の役者さんたちが引っ込み、後見に回っていた松緑が出てきて、並びは上手から、七代目菊五郎雀右衛門八代目菊五郎新・辰之助松緑團十郎→萬壽。七代目菊五郎さんは「初代辰之助とは兄弟のように稽古や遊びを楽しんだ」と。そういえば今の松緑が2002年に松緑を襲名したとき、どの演目でだったか忘れたけど七代目菊五郎さんが劇中で「ガンバレ、ガンバレ、しょーろっく! ガンバレ、ガンバレ、しょーろっく!」とエールを送ったんですよ。あのとき新・松緑はまだ27歳だったから「襲名には早すぎる、実力が伴っていない」などネガティヴな意見もあったんですよね。父初代辰之助と祖父二代目松緑を相次いで亡くしたあのときの新・松緑への菊五郎さんの優しさに、ウルッときたのを思い出しました🥹 辰之助とは全く関係ないエピソードでした、すみません。

 團十郎は「新・辰之助さんはこれまでサコンヌとして、染五郎さんや團子さんと共に人気でしたが、少し年は離れますが令和の三之助もよろしく」と言っていました。そうですよね、せっかく團菊祭で襲名披露するんだから、新・辰之助、新之助、丑之助という “令和の三之助” が揃う演目、出せなかったのかなー。いつかそういう舞台を観たいです🙏

 

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作 ウィリアム・シェイクスピア

演出 長塚圭史

吉田鋼太郎/山西惇/石原さとみ/松岡依都美/矢崎広/藤原竜也/山内圭哉/吉田美月喜

 

 辛口感想です🙇‍♀️ 自分の感性/好みと、演出家のディレクションや役者の演技とが合わなかったということで🙏 演出家さんと主役の役者さんが発表になったとき、あまり期待しないでおこうと思ったのだけどその予想は当たっていた。だったらそもそも観なければいいのだけど、シェイクスピア作品だし、もしかしたら面白いかもという期待もあったしね。

 「彩の国シェイクスピア・シリーズ」で吉田鋼太郎さんが演出から外れたことにはホッとしました。彼は役者であって、演出家としては……💦 彼が主催・演出する劇団AUNの公演は面白かったんですけどねー。で、その彼から依頼されて本作の演出を引き受けた長塚圭史さん。長塚さんの作品はいくつか観てますが、自分のツボにあまり刺さらないのですよ(彼が主催する劇団阿佐ヶ谷スパイダースの舞台は未見)。

 

 舞台上に、円形に褐色の土が盛ってあり、演技はほぼその上で行われる。その大地はリアの国土を象徴していると捉えたけど、同時に不毛であることも感じました。その後方の床に椅子が並べてあり、役者たちが控えている。盛り土の上にコーディリアが横たわっていて、その後ろにリアが立ちそれを見つめている。後方にいた役者たちが舞台に登ってくるとコーディリアも起き上がって役者たちと一緒になり、リアは後方に一旦引き下がり、そこから芝居が始まります。

 

 プログラム内の演出家のコメントによると、この冒頭シーンは「リアが自分の辿った道のりを見つめている」ところで「冒頭から終わりまで、リアは自分が大きな過ちを犯してきた時間と向き合っている」らしい。これはプログラムを読まなければ分からなかったことで、それが分かるような演出にはなっていなかった(私が感じ取れなかっただけかもですが🙇‍♀️)。本編が始まってからも、後方の椅子には出番を待つ役者たちが座っているのだけど、それが意図するところもよく分からなかった。リアの脳裏で自分の過去が「芝居の形」で再現されていくという構成だからその登場人物が控えているのだとしても、あまりうまく機能しているようには思えなかったな。

 演出自体は拍子抜けするほどオーソドックスで意外性はなく、演出家独自の解釈も感じられない。そのぶん役者の言葉の力で引っ張っていく芝居だけど、総じて、作品に深みや味わいは感じられなかったです(←個人の感想です)。

 

 リアを演じた吉田鋼太郎さんの演技スタイルは知っているから覚悟はしてたけど、案の定、ずっと怒鳴る&叫ぶのセリフ回しで辛かった😓 登場時は老齢の弱々しい男の感じだったけど、国土分割の段階になってコーディリア(吉田美月喜)のすげない返答を聞き、一気に傲慢で驕り高ぶった喋りになり、あとはずっとこの調子の、ガナリたてる喋り方だった。狂気を纏っていく嵐のシーンでは暴風のように声を張り上げ、目の前にいるエドガー(藤原竜也)に向かって話すだけなのに怒鳴り口調。このあとガクンと老人になるのでそれとの差異を付けるためなのかもだけど、とにかく熱いハイテンションのまま終盤に突入していく。1つのシーンや1つの長ゼリフの中でもう少しメリハリつけて欲しいなと思いながら観ましたよ。

 コーディリアとの再会シーンになってようやくトーンが落ち、ホッとしたんだけど、ここからのリアはどういうわけか身体が小さくなっていて、その見せ方はサスガに素晴らしかったです。まさに「80の坂を超えた愚かな老人」だった。でも最後、コーディリアの遺体を抱いて登場したときはまた元気になって叫びちらかしてた😅 で、ここでコーディリアを地面に横たえ、冒頭のシーンに繋がるわけです。

 

 リアは長女ゴネリル(石原さとみ)と次女リーガン(松岡依都美)に対して暴言を吐くのだけど、鋼太郎さんはこの調子で完全にDV化していて、そのためリアに何の同情も共感も覚えないのに対して、2人の娘が正当に見えてきました。実際、石原さんと松岡さんには自分の手で自らの立場を守り将来を切り開いていく強さがあった。まあ、清廉潔白な娘たちではないけど、そこは、この父にしてこの娘たちありですね😓

 その2人をモノにし出世しようと企むエドマンドは矢崎広さんだけど、悪党っぷりや貪欲さや色悪の香りがちょっと薄味だった。ゴネリルとリーガンの陰に隠れてしまってたような。

 リアに忠実なグロスター伯の山西惇さんがとても良かったです。山西さんがおっしゃっているようにグロスター伯とリアとは表裏一体。身勝手な父親で息子の本心を見抜けず裏切られ絶望する。プログラム内の配役紹介文に小見出しが付いていて山西さんのページには「“狂えなかった人” の人間臭さを」とあり「あ…そうか、狂ってしまった方が苦しみから逃れられる、ある意味、救われることもあるんだ」と思った。正気のまま悲しみを抱えて死んでいったグロスター伯の悲劇に涙しました🥹

 

 観客の反応でちょっと驚いたのは、狂気に陥ったリアが頭に枯れ草をたくさん刺して現れたとき客席から笑いが起こったこと。また、リアに「この挑戦状を読んでみろ」と言われたグロスター伯が(両目をくり抜かれていたため)「読みたくても私は目がないのだ」と言ったところでも客席からドッと笑い声が。そこで笑うってどういう感覚なんだろう🙄 ここまで観てきて2人の運命に哀れさを感じないのだろうか? ドラマの悲哀が観客に伝わってないってこと? もし笑いが起こるとしたら道化のセリフのところだと思うのだけど。

 ところがその道化(中山祐一朗)が全く印象に残らない存在になっていた。もう少しうまく見せられないものだろうかと思いました。あ、役者が悪いのではなく、演出の問題ね。道化はリアを映す鏡……ではないとしたら何なのでしょう? ただのおどけ者という捉え方なんだろうか。そういえば、狂って地に這いつくばったリアが土の中から帽子を見つけそれを被ろうとするんだけど、それは道化がかつてかぶっていた鶏冠つき帽子(に見えた)で、そこは上手く解釈したなと思いました。

 う~む、鋼太郎さんが演じるシェイクスピア劇、悲劇ではなく喜劇で観たいなあ。それならいくらでもぶっ飛んでいいから。そういえば前回の「マクベス」での魔女役、最高でした。

 

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「盛綱陣屋」

仁左衛門/愛之助/魁春/壱太郎/孝太郎/種太郎/勘九郎/歌昇/隼人/歌六

 盛綱は複数の役者さんで観てきているけど、仁左さまの盛綱は本当にもう絶品なのですよ🎊(個人的好みが多分に入った見方ですが😅)。その仁左さま、1997年大阪松竹座の新築開場記念柿葺落公演でこの「盛綱陣屋」を勤めているそうです。

 

 敵と味方に分かれてしまった佐々木盛綱(仁左さま)弟の高綱(登場しない)高綱の息子小四郎は盛綱の陣屋に囚われている。高綱は討死し、その首実検を命じられた盛綱が首桶の蓋を開けると、それは偽首。しかし小四郎が駆け寄り「父上さま、わたしも跡を追いまする!」と言って切腹する。盛綱は高綱父子が企んだ悲壮な計略(高綱が、自分は死んだと敵に思わせるため息子の命を犠牲にした😢)を理解し「首は高綱のものだ」と偽りの証言をしてその計略を成就させる、という切ないお話。

 

 最大の見所は首実験のところだと思うけど、そこに行く前に、高綱側の軍師和田兵衛(愛之助)の謎の行動、盛綱の母微妙(魁春)小四郎(種太郎)とのやりとり、盛綱の妻早瀬(壱太郎)と高綱の妻篝火(孝太郎)との矢文でのやりとりなどがあり、お話に深みを出していく。個人的には愛之助の和田兵衛の豪胆な武将ぶりが大変良くて、仁左さま盛綱との探り合いみたいなやりとり、2人が同じ舞台で対峙してる絵柄が眼福でジ~ンときました✨

 

 仁左さまの盛綱風格あるその姿と微かに情がこもる理知的なセリフ回しが美しい。そして首実検の数分間の演技、見入りましたよ。首桶を前にして、弟の首を見たくないと逡巡し→ようやく意を決して首桶の蓋を取り→小柄を使って首をゆっくり手前側に回し(この所作めずらしい)→天を向いて目を閉じ→覚悟を決めて目をカッと見開き→首を見る。ところが「え、違う、これは弟ではない……」と安堵して力を少し抜き→弟のやつ謀ったな(自分は死んだと見せかけるため偽首をよこしたな)とニヤリとほくそ笑む→しかしハッとして→ではなぜ小四郎は「父上、直ぐにおそばに参ります」と言って腹を斬ったのだ?→小四郎の方を向くと、苦しみながらも首を弱々しく振っている「父の首だと言ってください」と訴えるかのように→盛綱はしばらくじっと思案し、ハッと理解する「これは親子で打った大芝居なのだ、だから自分はこれを弟の首だと言わなければいけないのだ」と→そして次の瞬間、そのために自らの命を捨てた小四郎の健気さを思い、顔をくしゃくしゃにして心で泣く→「高綱の首に相違ない」と言うとき一瞬、小四郎の方を見て「すべて了解した。これでいいのだな」という感じでうなづく仁左さま。小四郎は安堵してガクッと突っ伏す……😭

 この間、一言のセリフも、義太夫も三味線の音すらもない、完全に無音の世界、舞台そして客席の空気がピーンと張り詰めた空気の中、仁左さまの所作や表情や視線から盛綱の思考と感情が、不安、逡巡、安堵、称賛、疑問、理解、弟や甥っ子への思いが、セリフでしゃべられているかのように直球で伝わってくるのです。動くタイミングの間やリズムの取り方、その演技の凄さに感動するんです。盛綱と、その横で、腹を斬ってうずくまっている小四郎とを交互に見ながら、文字通り固唾を飲んで見入りましたよ🥹 芝居の最後、潜んでいた間者を短筒で撃ち殺してくれた和田兵衛と盛綱との別れのセリフが清々しかった。

 

「當繋藝招西姿繪(つなぐ わざおぎ にしのすがたえ)」

 このあとに落語ベースの喜劇「心中月夜星野屋」があり、打ち出しが、大阪松竹座の名残を惜しむためのこの1幕です。松竹座が御名残興行で大賑わいという設定で、同じく道頓堀に店を構える芝居茶屋を舞台にちょっとした小芝居があり、茶屋に来たお客をもてなすため上方由来の作品(「吉田屋」「封印切」「車引」「引窓」「夏祭浪花鑑」「雁のたより」「櫓お七」など)の名場面を上方役者たちで演じて見せ、最後に、松竹座での舞台を終えた(という設定で)江戸役者たちも加わって総踊りになり、大阪締めで幕。ちらしに出演役者名がなく「幹部俳優出演」とあったので仁左さまも当然ご出演と思ったのに、監修のみでした。そ、そんな~😩

 年に一度の南座の顔見世でしか舞台に立たなくなっている進之介が酒問屋の若旦那役で登場してたんだけど、その進之介が我當さんの完璧コピーでした😊 最初、我當さんが舞台にご出演?ってびっくりしたくらい瓜二つ。我當さんが亡くなられたのは昨年5月11日だから、もうすぐ御命日なんですね。秀太郎さんも、5年前ですが5月23日に亡くなられていて、今月は松嶋屋にとっても大切な月なんだ。

 しかしなー、大阪松竹座最後の公演なのに、千之助が出てないって……どうなの?😑 たとえ歌舞伎とはもう距離を置いてるとしても、せめて最後のこの演目には出るべきだと思うよ、進之介だって京都から足を運んで来てるのに。

 

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 この公演の5月26日千穐楽をもって閉館する、1923年開業の大阪松竹座(老朽化のため、劇場だけでなく飲食店も入るビル全体が解体されるとのことです)。行ってきましたー。遠征する時はいつも仁左さまが出る部(通常は夜の部)のみ鑑賞するのだけど、今回は昼の部の愛之助「義賢最期」も観たかったので昼夜の観劇です。まず昼の部の感想から。

 

源平布引滝「義賢最期」

愛之助/隼人/吉弥/孝太郎/松之助/壱太郎/亀鶴

 よく出る「実盛物語」の前日譚です。平家全盛の時代、源氏再興の機を窺う木曽義賢(愛之助)が、訪ねてきた百姓父娘(松之助と孝太郎)に、身重の妻(吉弥)源氏の白旗を託し、平家の軍兵と戦って討ち死にするお話。

 なんといっても後半の大立ち回りからの、義賢の壮絶な死にザマが見どころですよね。台の形に組んだ戸板の上に義賢が登ってカッコよく見得を決め、義賢が乗ったまま戸板が倒れ地に落ちたところで再び見得をする「戸板倒し」、大紋の袖を広げて見せる「蝙蝠の見得」から、仁王立ちのまま正面向きで三段に頭から倒れ込んで最期を遂げる「仏倒れ」。圧倒的なダイナミズムと様式美です。

 初めて観たとき(義賢は孝夫時代の仁左さまだった😊)、組んだ戸板から軍平たちが手を離しそれが崩れ出したとき、失敗したのかと思って「あぁっ……」と小さく声が出てしまい、仏倒れでは心の中で「ヒェッ !?」と叫びましたよ😅

 

 愛之助は20年前、初めて義賢を勤めたのが、この大阪松竹座だったそうです。1年半前に稽古中、顔に大怪我をして以来、危険を伴う立ち回りがあるこのお役は演らないと決めてたそうですが、大阪松竹座の最後を飾る舞台なのだからと、強い思い入れのある「義賢最期」を選んだそうです。「命を懸けて挑みます」と言っていますが「命を懸ける」という言葉は決して大袈裟ではないと思うのでした。

 

 登場時、襖の向こう側から上がる声に重さと太さがあり、あー、武将の声だと思った。もう少し高い声を予想していたので新鮮な驚きすら感じました。襖が開いて姿を現すと堂々たる押し出し、頬がスッキリしていて以前よりシュッと引き締まった印象だったな。折平という名で身分を隠し源氏再興の機会を狙う多田行綱(隼人)とのやりとり、そこで本心(平家側と思われているけど本当は源氏の再興を願っていること)を明かすときの語りに力があり説得力がありました。

 現れた平家方の使者に「平家に忠誠を誓うのならお前の兄・義朝のこの髑髏を足で踏め」と迫られ、怒りが溜まっていくときに片方の口角がクィーッと釣り上がり、怒りを爆発させて平家への反逆を開始していくところ、かなり見せます👍 娘(壱太郎)妻(吉弥)を逃すときの別れ難さと無事を祈る言葉に情が見え、立ち回りのあと瀕死の状態で「我が子に一目会いたかった……」と吐露するころにも家族への思いが強く感じられた🥹

 終盤の立ち回りはまさに覚悟が感じられる演技で、息を止めて観てしまうほどの壮絶さ、そしてまた形としても非常に美しかったです。愛之助はこのあと再び義賢を封印するのだろうか。歌舞伎座でもぜひ再演してほしいなあ。

 

 多田行綱の隼人。以前にも勤めているし錦之助も演ってるんですねー。所作は型がきれいで、セリフは、今まで気になっていたフワフワした感じがなくなっていて力強く、時代物のセリフになってました(偉そうですみません🙇‍♀️)。白旗を託された小万は孝太郎で「実盛物語」では殺されてしまっているのだけど、ここでは平家方の追手を相手に勇ましく戦う男まさりの女、孝太郎はこういうお役が似合ますね(この後の運命を知っているのでちょっと悲しいけど😢)。吉弥の葵御前には品性があり、道化方の矢走兵内を演じた亀鶴も上手かったな。

 欲を言えば夜の部では、この続きである「実盛物語」を同じ役者でやってほしいところです。九郎助(松之助)の家に匿われた身重の葵御前がやがて産むのが、義賢の息子である木曽義仲、白旗を託された九郎助の娘小万は殺されていて白旗を握った腕と小万の遺体が運ばれてきて……というね。

 

 

「鰯賣戀曳網」

勘九郎/七之助/鴈治郎/歌昇/扇雀/壱太郎/米吉/虎之介

 三島由紀夫は歌舞伎の脚本を6つ書いているそうですが、私が観たことあるのは「椿説弓張月」と、この「鰯賣戀曳網」。「弓張月」は時代物でいかにも三島らしいお話なんだけど、この「鰯賣」は軽い喜劇で、三島の作品だとは信じ難い作風です。短編小説にはコミカルなものもあるからその路線なんだ。「歌舞伎の様式美を最大限に生かしながら、人間的な喜劇を創造」したのだそうです。

 十七代目勘三郎が勤めた初演以来、鰯賣は中村屋しか演じてない。蛍火は歌右衛門→玉さま、そして今の勘九郎のお相手はずっと七之助。それだけに、兄弟の息の合った絶妙な掛け合いが見事だし、勘九郎の持ち味である愛嬌やほんわかした演技、そしてコメディアンぶりも楽しめる。七之助は、傾城じつはやんごとなき姫君という気品と気高さはもちろん、ほどよい色っぽさもあり、最後、わたし鰯賣と結婚します!となって可愛らしく決めていました。

 

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演出/振付/空間デザイン 金森穣

音楽 クロード・ドビュッシー

秋山瑛/大塚卓/岡崎隼也/沖香菜子/池本祥真/伝田陽美/工桃子/安西くるみ/井福俊太郎/山下湧吾/宮川新大/安村圭太/鳥海創/後藤健太朗

 

 2023年の全幕初演はとても面白く観ました。和モノのお話で振付も日本人というのが珍しかったし、そのお話自体や振付、美術を新鮮に感じた記憶があります。今回は自分の解像力が少し上がったのか、そのぶん良いところが鮮明になったけど疑問も湧いた。

 このバレエ作品はかぐや姫と道児との悲しいラブストーリーじゃなくて、純粋にかぐや姫個人の物語なのね(何をいまさら、ですが🙇‍♀️)。で、疑問点は、だとしたらかぐや姫はなぜ地上に現れ、なぜ月に戻った(連れ戻された)のかということで、彼女が地上に現れた理由(目的/意図)が分からなくなってしまった

 金森氏は「(竹取物語における)月に住まう姫が、贖罪のために地球を訪れるという物語」に惹かれたとプログラムに書かれているけど、かぐや姫が月で犯した罪と、それを地上で償う手段は描かれていないし、罪を償い終えたから月に戻ったわけではなさそう。同じくプログラム内で作家の方が独自に解釈(解説)されるのも読みましたが、個人的には「それ、果たしてどうなのかなあ?」と思いました。

 あと、これも個人の感想ですが、物語の終わり方として、体制批判、自然破壊批判、武力闘争批判、調和と平和への願い、みたいなテーマがうっすら見えるの、なんかな~😓です。もちろんそうしたスタンスには大賛成だけど、この作品にそういう壮大なメッセージ性を帯びさせるの必要かなあ……などと思うのでした。

 

 肝心のパフォーマンスです。秋山さんのかぐや姫は前回に続いてということもあり、完璧に自分のものにしていましたよね🎊 1幕の無邪気で可憐な少女時代、村人たちとはしゃぐように遊ぶ姿や道児に一目惚れして胸をときめかすところなど、初々しい表現が自然。宮廷に向かう輿の中での不安な表情に同情を抑えられなかった。2幕での宮廷での生活、礼儀作法に戸惑うも次第に宮廷の空気が身についていき、華やかさと同時に孤独を纏った姿は、ダンスの優雅さも加わって1幕より一回り大きく見えた。3幕、人の世の醜さを知って強さを身につけた秋山さんは圧巻で、高貴な姿、まさに月の人を思わせる神々しさ、月に戻っていくときの人にあらざるものとしての後ろ姿、美しかったです。

 

 前回は帝を演じた大塚さんの道児、ハマり役でした🎉 持ち味として陽キャラではないと思うのですが、その繊細で少し寂しげな雰囲気が(もしかしたら道児は天涯孤独な青年なのかな)、村の娘にはない何か不思議な雰囲気の少女かぐや姫に惹かれてしまうという発端から説得力があり、何の疑問や不安も感じずに恋に落ち、宮廷にまで訪ねていき、結局結ばれないと悟って(このあと数年が過ぎたという設定だそうです)3幕では村の娘をめとるまでの人生に、こちらも悲しみと安堵を覚えました。道児の感情を吐露する踊りがないのが残念ですが、2、3幕の弱さを感じさせる佇まいが印象的だった。

 2人のパートナーシップとても良かったです。秋山さんの輝くような表情、大塚さんの無垢な雰囲気、その2人が見せる流れるようなデュエットや、きっちりサポートされたリフトには相性の良さが出ていて、特に2幕のPDDは心情が伝わりとても美しかった。

 

 影姫は沖さんで、キュートさを封印した冷たさがあり、こういう沖さんすごく良い👏 正室としての気高さ、なのに帝の愛を受けられない孤独、それゆえの複雑な強靭さ、かぐや姫への素直な嫉妬などをきっちりと体現していました。秋山さんかぐや姫と沖さん影姫は、名前通りに光と影として2人で1人、背中合わせの存在に見えました。2人が鏡を覗き込むように向かい合い手を重ねて同じ動きを見せるシーンでは、互いに相手の心を覗きながらそこにもう1人の自分、そこにある孤独を見たのではないか? だから、本当は互いに理解できるはずなんだけど、影姫はかぐや姫に拒否反応を示すため、その痛みが自分に跳ね返ってきてしまったように思えたな。

 

 池本さんの帝、影姫を愛せないのは、もしかしたら政略結婚的に “あてがわれた” 正室だからかな。本当はもろいのに威厳を保つため、自分を硬い鎧で覆って無理に強く見せ、そのために影姫の本当の姿すら見えなくなっているような踊りだった。かぐや姫と出会うことで鎧が剥がれていくけど愛を受け止めてもらえないゆえ更なる孤独と向き合わざるを得ない。そんな帝と影姫が最後に磁石のように惹かれていく姿には何かキラキラ感ありました✨

 

 群舞のダンスとフォーメーションと衣装がとても良かったです。例えば最初の緑(竹)の精。仰向けの状態から徐々に起き上がり動いていくところは、竹の息吹を感じるというか、命の芽生えのような動きで本当に綺麗だった。「バレエ・フォー・ライフ」の冒頭みたいでした。侍従たちや黒衣たち、そして3幕冒頭の光の精など、いくつも印象に残りました。

 

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 成駒屋3兄弟(橋之助、福之助、歌之助)の自主公演も4回め。私は第1回目から観ていますが、今回も良かったです!🎊 感想の前に、思うことを先に書きます(すべて個人の意見ですよ~🙇‍♀️)。

 何年か前から、若手(20代)歌舞伎役者の配役において、日本のミュージカル界のようにスターシステム化の傾向を帯び、その割を食ってしまっている、彼らより少し年上の役者さんたちが、良いお役や真ん中に立つお役をなかなかもらえない状況に同情せずにはいられません😞 もちろん、スター扱いされている歌舞伎役者さんたちもきちんと上手いし、集客が大切なのも分かる。でも、役をもらって舞台で演じることで芸の力は付いていくのだから、若手役者のほんの一部2、3人にばかり大きなお役を付けるのってどうなの?20代後半の役者さんにもそうした役を演じさせ、全体的に底上げをしなければ将来的に心配じゃない?と思ってしまう。上手い役者が2、3人いるだけでは歌舞伎はできません。

 その意味で、例えばこの成駒屋3兄弟をどうしても応援したくなるわけです。3兄弟ひとりひとり力を付けてきているのにお役に恵まれていないよね。そんな中、團十郎が福之助に主役をやらせてあげるの、すごく有難いと思います。福之助は今年1月の新橋演舞場で「鳴神」を勤め、この7月に歌舞伎座で成田屋の芸である歌舞伎十八番「鎌髭」で主役を演じる。鷹之資とのWキャストでAプロBプロはたぶん年齢順だと思うけどチラシでは狂言名の下に福之助の名が最初に書かれている。SNSで福之助は「歌舞伎座で一番右に名前が…‼︎ 嬉しいです!頑張ります!」と呟いていて、私はちょっとウルッとしてしまいました🥹

 

「ご挨拶」

 福之助と歌之助の2人が緋毛氈に正座してオフィシャルな口上を述べたあと、マイクを持って立ち上がり、この後の演目のあらすじを紹介。この日は2階席に3兄弟全員の母校である青山学院大学高等部の3年生の生徒たちが観劇しているとのことでした。

 

「魚屋宗五郎」

橋之助/莟玉/松江/橋三郎/芝のぶ/福之助/歌之助/橋吾

 今までは割と歌之助や福之助にお役を付けるような演目だったと思うけど、今回は真ん中に立つのが橋之助で、宗五郎は彼自身が演りたかったお役だそうです。本人の持ち味である端正さは垣間見えるけど、ちょっとすさんだラフさがあり、口跡よい軽やかなセリフ回しは耳に心地よく、くっきりした所作も軽やかで、江戸っ子の雰囲気が出てました

 妹の死の真相を聞いて憤りがフツフツと湧いていくところ、真顔になってキリッとなる表情がいい。お酒の美味さに飲まれ、飲むにつれてだんだん酒乱化し、とうとう酔いが回って目が座り、怒りを募らせて暴れていくところも段取りじみてなく自然な型になっていた。酔って暴れる宗五郎をみんなしてアタフタとなだめたり止めようとしたり飛ばされたり😅というとこはまだチームワークとしての手順が見えていたけど不自然なほどではなかったな。

 飲みっぷりに関しては、「コクコクコク……」「うぃ~……」っていうその間の取り方は難しいのかな。例えば、長く禁酒していたところに久しぶりに極上酒を1杯飲み終わったところで、驚いたように味を反芻し「……美味えな……✨」と言うところはもう少しタメを作ってほしかったとかね。

 磯部のお屋敷に乗り込んでいく前に、無実で殺された妹への思いを吐露するセリフに情がこもっていて泣かせ、お屋敷での神妙な姿、女房にたしなめられるところが可愛かった。福之助は聡明な家老を、お殿さまの歌之助はセリフがまだ少し硬く感じたけど若殿の高貴さは出ていました。

 

 女房おはま役は莟玉です。最初、誰なのか分からなかったくらい普通に地味な女房になりきっていた。莟玉は永遠の赤姫と思っていたのだけど、持ち味である可憐さを封印しての、しっかり者の女房役が意外にも良かったです👏 市井の女房でも “夫を陰ながら支える健気な女” というのではなく、だらしない夫を叱ったりテキパキとあしらうタイプの下町のおっかさんでした。橋之助とのペアは見た目のバランス的にも合っているのでは?

 おなぎは芝のぶで、お蔦の死の真相を語るとこさすがに上手い。松江がおとっつぁん役でこれがまたなかなか味があり、そして小奴三吉は橋三郎、皆さん適材適所という感じの良い座組でした。

 

「悪太郎」

 舞踊劇なので感想は割愛ですが、福之助が真ん中の悪太郎を、歌之助が修行者智蓮坊橋之助が伯父の松之丞太郎冠者は翫延という配役。この悪太郎も宗五郎と同様に酒好きの主人公で、今回は呑兵衛つながりの演目なんですねー😊 チラシ(表は役者全員がお行儀よく座っている、裏はお酒が入って暴れている)の意味が分かった。福之助のコミカルな一面や歌之助との滑稽な掛け合いを楽しめる作品でした。

 

 毎度ながら3階で観たのですが、浅草公会堂の3階って最前列は手すりが視界に入り舞台が全く見えないのと、出入り口に通じる階段の両脇にもな・ぜ・か手すりがあって最前列以降に座っても場所によってその手すりが視界を遮るという非常に残念な構造なのです。でも「神谷町小歌舞伎」では第1回目から、舞台が見えなくなるそれらの席は販売していないのね。今回もそういう席は空席のままでした。役者やスタッフが実際に座って確かめたんだろうな。とても良心的だと思いますね👏

 

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原作 マギー・オファーレル

監督 クロエ・ジャオ

ジェシー・バックリー/ポール・メスカル/ジャコビ・ジュープ/ノア・ジュープ

 

 すごく感動しました🎊 映画の冒頭で「これは(シェイクスピアの息子)ハムネットの死と、戯曲「ハムレット」の創作の話である」と出ます。1596年に11歳の息子ハムネットを失った(←史実)シェイクスピア夫婦の悲しみ怒り癒し和解のお話であり、監督が言っているように「過酷な現実、人生の痛み、耐え難い喪失感に押しつぶされそうな時、物語ること、創造の力が魂の救いとなり、それらを乗り越えられる」ことを伝える映画でした。史実をベースに、その空白部分やキャラクター造形を自由に創造したフィクションで、主役はシェイクスピアの妻のアグネスです。

 

 ネタバレあらすじ→羊農家の娘アグネス(ジェシー・バックリー)は自然を愛し鷹を友とし霊感が鋭い女性。革手袋職人を父に持つウィリアム・シェイクスピア(以下ウィル/ポール・メスカル)はアグネスの弟妹たちにプライベートでラテン語を教えている。2人は出会い恋をし、長女と二卵性双生児(ハムネットとジュディス)が生まれる。物語を創り書くことが好きなウィルは父の仕事を継ぐことに乗り気でない。アグネスは彼に、仕事を探しにロンドンへ行くことを提案。彼はロンドンの劇団の座付き劇作家となるが、アグネスは子どもたちの健康を考え、一緒にロンドンへ移ることを断る。

 ジュディスが流行りのペストに感染し生死を彷徨う。ハムネットは心の中で死神に「彼女の代わりに僕を連れてって」とお願いし、ジュディスの隣に寄り添って眠る。ジュディスは回復するがハムネットはペストで亡くなる😰 知らせを受けたウィルは巡業先から駆けつけるが息子を看取ることはできなかった。悲嘆に暮れるアグネスはそんな夫を責め、夫婦の間に溝ができる。ウィルはロンドンへ戻り、やがて戯曲「ハムレット」を書き上げる。誘いを受けアグネスはロンドンを訪れて舞台「ハムレット」を観劇する。アグネスは、これは夫が息子の弔いと鎮魂のために書いた芝居だと分かり、舞台上に息子ハムネットが居ること、彼が永遠に生き続けていることを感じて微笑みを浮かべるおわり。

 

 さまざまなメタファーや伏線が織り込まれていました。例えば、アグネスが頻繁に散策する森の中の、大木の根元にぽっかりと開いた洞窟の入口のような穴。洞窟は産道のようであり(アグネスは最初の娘をその洞口の横で出産し、双子もそこで産みたがる)、冥府と地上とを結ぶ道のよう。その洞口は、亡霊が現れたり死者が黄泉の国へ行ったりする出入り口のようでもある。割と頻繁に映し出される洞口は「生と死」を連想させます

 ウィルもその洞口を見て知っており、彼は「ハムレット」の舞台の背景に森を描き、その中央部分に洞口のような出入り口を作る。先王(ハムレットの父)の亡霊を演じる彼はそこから現れそこへ戻っていくのです。ちなみに実際にシェイクスピアは自分の芝居に小さな役で出ることがあり、「ハムレット」で先王の亡霊役を演ったこともあるそうです。

 芝居の最後、剣術試合で毒剣に刺されたハムレットが絶命した後、アグネスは幻影を見ます。それは、息子ハムネットが舞台後方の出入り口(洞口)に向かって歩いて行き、一瞬振り返って母を見て微笑み、そしてその洞口の中、死の世界に消えていく姿です。

 

 この最後のシーンは、ウィルがアグネスに語ったギリシャ神話「オルフェウスとエウリュディケ」の物語とオーバーラップします。オルフェウスが、亡くなった妻エウリュディケを冥界から連れ帰ることを冥界の神ハデスに許された時「地上に出るまで振り返って妻を見てはならない」と条件を付けられるのだけど、あと少しで地上というときオルフェウスはつい振り返って妻を見てしまい、妻は冥界に引き戻されるという話。芝居の最後でアグネスが見た “幻影のハムネットが振り返った” ことをこの神話と重ねれば、息子が母に、2人は地上ではもう会えないないことを納得させ、別れを告げた、そして彼女はハムネットが黄泉で生き続けているのだと安堵したのかなと。ハムネットの微笑みは「大丈夫、僕はいつもママのそばにいるよ」と言っているようでした🥹

 

 父ウィルとハムネットの絆ももちろん描かれています。ウィルがロンドンから久しぶりに帰郷したとき、双子のハムネットとジュディスは洋服を取り替えて父に2人を間違えさせるというイタズラをする。父はハムネットに「お前には家族を守ってほしい、そのための勇気を出せるか?」と約束させる。ウィルはハムネットに剣術の稽古をつけ、息子は「ぼくは将来、剣で戦う役者になりたい」と夢を語る。これすべて伏線です。

 ペストに感染したジュディスが瀕死の時、ハムネットは父と約束した通り、彼女の代わりに自分の命を差し出す勇気を振り絞るのですね。「死神は区別がつかないだろうから、あいつを騙して、君じゃなく僕の命を取らせるんだ」と🥲 で、ジュディスと並んで寝るんだけどそのとき寝場所を左右入れ替わる。これは2人が洋服を取り替えて父を騙したイタズラと悲しくも繋がります。そして舞台「ハムレット」でハムレットはレアティーズと剣の試合をするのだけど、その姿は役者になる夢を実現させたハムネットに見えました。

 

 ウィルはテムズ河のほとりで「To be or not to be」と吐露します。息子を失った父の苦悩を感じるシーンで、これがハムレットのモノローグになる。そして舞台「ハムレット」で亡霊役のウィルは主人公ハムレットと対面し、自分がどのように苦しんで死んだかを伝えるのだけど、そのセリフはハムネットの死の苦しみを代弁しているように聞こえました。去り際に彼はハムレットに近づいて「我が息子」と呼びかけ、彼を抱き「さらば……」と(実際の戯曲にはないセリフを)言う。息子の臨終に立ち会えず言えなかった別れの言葉をここで送るのね😭

 

 あと、アグネスが友としていた鷹もスピリチュアルなメタファーになってるんだけど、長くなるので割愛🙇‍♀️ アグネスを演じたジェシー・バックリーの力強くかつ繊細な演技が素晴らしい。息子の亡骸を前にした悲しみと絶望の表現に胸を打たれ、最後に見せる開放の笑顔が美しかった。ウィル役のポール・メスカル、終盤までは1人の夫、父というナチュラルな立ち位置で、その静かな演技からさまざまな感情を拾うことができる名演でした。

 映画は映像もとても美しいのだけど、個人的には、当時のグローブ座の雰囲気、そこに集まるさまざまな階級の人たちの衣装や仕草の違いが興味深かったです。

 

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音楽 アレクサンドル・グラズノフ

振付 マリウス・プティパ

演出/改訂振付 牧阿佐美

小野絢子/李明賢/上中佑樹/東真帆/飯野萌子/長谷川諒太/水井駿介

 

 超名作、大人気作品、というわけではないにしては(←個人の意見です🙇‍♀️)全5ペアで10回公演というなかなか攻めている布陣。ストーリーはほとんどないから純粋に各キャラの踊りを楽しむ作品ですね。群舞のダンスシーンも多く、新国ダンサーの層の厚さを再認識しました。衣装を変えていくつか兼任している人も多かったけど。

 

 小野絢子さんのライモンダは安定したテクニックと明確なキャラクター表現で、想定内とはいえ、新鮮な感動を覚えました🎊 1幕の、夢でジャンと踊るシーン、心を通わせてのびのびと踊る姿が清楚で初々しい。ジャンを見つめるときの優しい表情にも気品が溢れていて。2幕での、積極的に恋心をアピールしてくるアブデラクマンに対しては、あからさまに嫌そうな顔や仕草を見せるのではなく「もうフィアンセがいるのです」とはっきり言えない(相手を悲しませてしまうのではという)くらいに優しい女性に見えましたよ。テクニックもちろん完璧ですが、特に皆さんおっしゃっているように2幕ヴァリエーションでの、ポワントのまま小さくジャンプしながら少しずつ進んでいきそのあとのシェネで止まるとこまで、サスガでした。ガラでお馴染みの3幕のソロ、最初の、無音の中に立つ凛とした姿からは空間を支配するオーラがあり、1幕とは異なる成長した姿が見えて崇高さを感じました

 

 実は、なぜこの回のチケットを買ったのか忘れていて、てっきり奥村くんがアブデラクマンを踊るからと思い込んでいたのだけど😓李明賢さんがジャンを踊る日を選んだんでした。彼の主役デビュー作品となった「くるみ割り人形」は別キャストで観たので、今回、真ん中で踊る李さんを観てみたかったのでした。なるほど、良いです~✨ 絢子さんのリードの力もあると思うけどサポートも無難だったし身体が創るラインが美しくジャンプも優雅。回転も軸が安定していて上手くコントロールしていました。彼は資質としてはスイートなノーブル系なので、ここでは十字軍の戦士には見えなかったし、アブデラクマンと対決するところも全然強そうじゃなくて苦笑いなのですが😅(まあ、戦士だから剣術は達者だろうけど)、今後もいろんなお役を踊って厚みを出していってほしいです。

 

 アブデラクマンは上中佑樹さん、私は初めて知るダンサーです。牧版ではアブデラクマンはステレオタイプな悪党ではなく「彼の情熱は粗野な暴力性ではなく、気高さと危うさを併せ持ったところが魅力」らしい。上中さんは男臭さや荒っぽさはあまりないものの、適度にワイルドな感じで勢いがありました。高いジャンプは滞空時間が長くて華やか。時に紳士的とも思えるような所作も見せ、ライモンダを連れ去ろうとするときも強引さは感じなかった。プロローグで、ライモンダがジャンに駆け寄るところを隅っこでじっと見つめている姿がちょっと切なかったな。顔がよく見えなかったので悲しんでいるのか嫉妬しているのか分からなかったけど。

 

 ベルナールの水井駿介さん、やはりとても上手い👏 アームスの動きに合わせて頭や上体の動きをスッと微妙に変えるだけでエレガンスが増すんですね。彼も含め4人はライモンダの友人というお役なのに3幕の結婚式には出て踊らないんですよねー。カテコに登場されてないから最後にレヴェランスできなくて、ちょっと気の毒でした。

 どの幕でも群舞のフォーメーションが、ラインになり半円になりくずれて波のようになりスクエアを作り……と、とても綺麗です。チャルダッシュやマズルカ、パドカトルからパドトロワと次々に繰り広げられるアンサンブルのダンス、気持ちが高揚しました。

 

 中世ヨーロッパが好きな自分としては、舞台美術や衣装デザインがツボでした。舞台美術のインスピレーションソースにしたのが1412~1416年に製作された装飾写本「ベリー公のいとも豪華なる時禱書」だそうです。フランス王シャルル5世の弟ベリー公が創らせた写本で、すごく好きな挿絵がいっぱい入っている。目が覚めるような青と豪華な金を基調とした配色の自然風景や天空の絵が美しい。それを連想させる舞台背景が創られています。館の客人?の衣装も、袖が長く垂れたドレスとか、ツノのように盛り上がった髪飾りとか当時の雰囲気がとてもよく出ていた。

 

 ところで以前に配信でデンマークロイヤルバレエのニコライ・ヒュッべ振付「ライモンダ」を観たのですが、ジャンとアブデラクマンが決闘しようとするとライモンダが仲裁に入って2人を仲直りさせ、アブデラクマンは紳士らしく潔く引き下がるという展開でした。でも、やっぱり敵役は最後までスタンス変えないで欲しいと思いましたね😆

 

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八代目菊五郎/彌十郎/七之助/勘九郎/権十郎/吉之丞/橘太郎/萬太郎/萬次郎/彦三郎

 

 音羽屋ゆかりの作品で、直近では2018年に歌舞伎座で上演しているけど(観ているはずだけど)、ひぇ~、全く覚えてない💦 その時の夜の部が仁左さまの「絵本合邦衢」だったんだけど、その印象が強すぎて記憶から飛んでしまったのだろうか?(まさかね😓) それはともかく、そのときは七代目菊五郎が小助と弾正の2役、現・萬壽が政岡でしたが、今回は八代目菊五郎が小助、弾正、政岡の3役を演じ分けています。

 

 時代物の大作「伽羅先代萩」を “表” とし、その足利家の若き領主である鶴千代を毒殺するためにお菓子の中に入れる毒薬を町医者(彌十郎)が作って送り届ける、その褒美に貰った200両を巡って、小助(菊五郎)による殺人、その冤罪をこうむる下女(七之助)、名裁判官(勘九郎)の審判が “裏” =庶民のドラマとして展開します。

 

 菊五郎の善悪3役のうち、小悪党の小助(町医者を殺して金を奪う)と大悪党の弾正(足利家乗っ取りを企む)というお役は、菊五郎の清潔さ爽やかさが邪魔して、小助としてはコソコソした小物感がなく、弾正としては凄みや妖気が薄味、いずれもあっさりで物足りなかったな(←個人の感想です🙇‍♀️)。

 

 政岡はそもそもニンなので大変に良かったです🎊 「御殿の場」では飯炊きをきっちり見せていた。ここは “名場面” なのは何となく分かるけど個人的には苦手。政岡の飯炊きの段取りではなくて、子役ちゃんたちのあのセリフ回しが、どうも、ね……😔 セリフが少なければ耐えるけど、ここは2人(鶴千代と千松)が結構たくさん喋るから。何かで読んだけど、子役の芸に「上手い、下手」の差が出ないように、あのような個性の出ない定型の言い回しにしているのだそうです。それは確かに良い発想だと思いますが。

 その飯炊きのあと(今回は気の毒にも、お子たちが炊き立ての “にぎにぎ” を食すシーンはなかった)栄御前(魁春)が現れてから俄然面白くなりますね。我が子を八汐(彌十郎の2役め)になぶり殺されるところは顔の表情を1ミリも動かさずにクッと堪えて正面を見据えている政岡が、(どのタイミングか忘れたけど)思わず膝を崩し手をガクッと一瞬だけ床につく動きを見せるのは、初めて見たかも。そのあと、去っていく栄御前の後ろ姿を花道七三まで歩いて凝視し、おそらく姿が見えなくなってからも、しばらく座ったままで気持ちを整え(もしかしたらここで恨みを溜めていくのかも)、本舞台に戻ってもすぐに息子の遺体の方には向かわず、行くのが怖いかのように躊躇するんですよね。で、打掛を脱いでハッとして走り寄る。ここまで無言の演技の菊五郎政岡は、何が起こったかを飲み込み、反芻し、感情を整理しているようで、とても印象に残りました。

 

 八汐に仇討ちしたあと弾正(菊五郎)がスッポンからス~…と現れ花道を悠々と歩いていくのですが、妖術使いだからここは澤瀉屋型のように宙乗りで引っ込むの見たいなと思ってしまうものの、幕に映るその影が次第に大きくなっていく演出は秀逸ですね。大詰の最後、外記左衛門(権十郎)を斬るために現れる菊五郎弾正は、頬が少しふっくらしてきたせいもあり、顔の輪郭と化粧したお顔がオヤジさま(七代目菊五郎)その人でした😆

 

 彌十郎が、毒を調合する町医者の道益弾正の妹の八汐という硬軟の悪党2役で、ハマり役でした。町医者の方は金のために若殿毒殺の手助けをするワルなんだけど、加えて、隣家の下女お竹(七之助)に言い寄る好色オヤジでもあり、その辺がとてもいい感じ😅 八汐のときは、政岡の息子の千松をじわじわと殺すところの憎たらしさと怖さが同居した凄みがあり、殺したあと菓子箱を抱え(毒入りだから回収せねば)、政岡の方を「ざまぁ……」って感じでギロッと睨んでゆっくりと去っていくところ、たっぷり見せてくれました。演じるの楽しそうでした😊

 

 七之助は下駄屋の下女お竹という、道益を殺してお金を盗んだ(実際は菊五郎小助がやった)罪を着せられる気の毒な娘の役なんだけど、七之助のこういう地味な役の姿、見慣れていないせいもあるけど、あまり似合わなかったな(←個人の感想です)。私が観てないだけで、新作世話物などでは演じているのかもですが。

 一方、兄の勘九郎は、小助を裁く倉橋弥十郎と、「弾正刃傷の場」に登場して外記の忠義を褒め称える細川勝元の2役。勘九郎の口跡の良さが光り、歯切れ良く少し高い声が爽やかで捌き役にぴったり。ただ、倉橋も細川も同じようなキャラなので変化をつけにくく、2役演じる面白さが感じられなかったのはちょっと残念でした。

 

 あと、“裏” の話ではワンコが実は重要な役を担っていて、個人的にとても気に入りました🐶 小助が道益を殺して奪ったお金を、道益の血がついた自分の着物の片袖を裂いて包み、縁の下に隠すのだけど、それをワンコがくわえ出して花売りの花籠の中に入れちゃう、それで小助の悪事がバレるのね。この場の冒頭で、ワンコが隣家の下駄をくわえて縁の下に隠すという悪戯シーンがあるんだけど、それ伏線だったのか〜と納得でした。で、その着ぐるみワンコがなかなか愛嬌があるのです。“表” の「床下の場」でも連番状をくわえた大ネズミ(実は弾正が妖術で姿を変えてる)が出るのだけど、そういう着ぐるみ動物の、いかにも「人間が演ってます」という、歌舞伎の “リアルさにこだわらない” ところホント好きです。

 

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