K's Aria

K's Aria

日々の活動や思考など気まぐれに語っています。公演情報も掲載します。

一昨日のうた自慢大会…



聴き手の皆さんから、立派にオペラも良いけど、光太郎のしっとり歌曲も聴いてみたいという声が上がったので、これも"こうたろう劇場"のうちと、皆さんとダブりそうなイタリア歌曲を用意してみました。
詳しくいうと、歌曲というより、時々うた自慢で取り上げられるメッセージ性の高い"日本現代歌曲"(十二音ではありませんよ)とでもいってところの歌を光太郎にも歌って欲しいという声があったのです。
元々、楽譜が出に入ればというのもあったのですが、クラシックでも歌謡曲でもないし、どのジャンルを探せば楽譜が見つかるのか見当が付かないので、取り敢えず今回は定番のトスティ「魅惑」「もはや君を愛さず」とバリトンがよく歌うカンツォーネ「妖精のまなざし」を披露致しました。

折からの重労働による疲労と抜けない風邪、更に春から続くフラストレーションで声が最悪でしたが、出来栄えはともかく、歌曲を選んだというのが高く評価されたのは収穫でした。



拙唱にもお耳をお貸し下さった皆様、有難う御座いました。お疲れ様でした。

地元団地自治会の主催するサロン・イベントのワンステージに今年もお招き頂きました。

昨年は、イタリアの歌やコマーシャルのためにアリアを歌ったりしましたが、好評の中にも「もっと一緒に歌える歌の数を」という声で日本の歌を増やし、また知人の作曲家の書いた作品で紹介したい歌曲があり、それがアリア級の音域であるために、イタリアオペラのアリアの代わりにそちらをプログラム(アリアはモーツァルトを一曲選択)しました。

日本歌曲は「浜辺の歌」「椰子の実」を。時間と主催者の都合でこちらも声のあった歌詞カードを準備しそびれたため、スマホなどで歌詞の検索をお願いしまいたら、多くのお客様がスマホを取り出して歌って下さり、途中から自分は歌うのやめてもいいかなというくらいでした。やはりここへいらっしゃるような皆さんはこういう場が欲しかったのかも知れませんね…いや、大事なことですよ。
普段はオペラをはじめ外国の歌、しかもバリトンなので必ず「嫉妬」「復讐」「怒り」などという歌詞を口にすることが多いので、自分的にもこういう唱歌は大きなクールダウンになります。いつかこういう唱歌を集めたコンサートをしたいなとも思っているんですよ。意外でしょう?

さて、プログラムの最後に、その知人の作品「Il cielo 2024」(イル・チェーロ)という曲を披露しました。
元々日本語の仏典からの歌詞のついた曲で、それをイタリア語に訳して出版、演奏されたのを聞いて、是非いつか歌ってみたいと思っていたものです。Cieloはイタリア語で空という意味で、歌詞は「大空は偉大な神仏 この世の全てを包んでくれている 分の高い者も低い者もひとつに、平等に…」という内容の歌で、作曲者は多くの場所で歌われたいとのことから、著作権をかけていないとのことでした。
拙唱ながら、歌い終わるとお客様からとても素晴らしい歌と大好評で、司会者は曲に感激してアンコールの催促を忘れてそのまま会を終了してしまうほどでした。

空模様も気温も不順な中、お越しいただきましたお客様、舞台を設えて下さいました関係者の皆様、毎回素敵な伴奏の高杉様、誠に有難う御座いました!! 

先週の日曜日、この方とお会いしました。


ツバメ軍団一筋で191勝を上げた大エース・松岡弘(ひろむ)さん。
初優勝の時、シーズン通して、そして日本シリーズでもフル稼働した鉄腕の話が聞けるというので、出かけてきました。

スワローズファンだけでなく、他チームのファンで松岡さんを知ってる方も多く集まって、バラエティに飛んだトークを堪能しました。

解説者時代、悪いだの下手だのという言葉を使わないようにとの局からの要請に、良くない、まだ足りないなどの言葉を選んだことが、後に女子野球の指導者になった時に大いに生きたと…
その指導者となった時、教えるより伝えるというスタンスで、「やれ」などと型に嵌めるのではなく「やったらどうか」という言い回しで、後は個々で考えさせる方が育つことを知った。現代の指導者はこうあるべきとも…

指導された女子野球チームが大会で敗れ、悔し涙を流すナインに対し、まだまだだってことを分からせてもらったこと、それを勉強出来たことに感謝しなきゃ…
若いうちは、フォア・ザ・チームなんて考えず、のびのびやればいいと…

セのT審判が大嫌いだったそうです。もはやあんにゃろ呼ばわりでした…
あんにゃろは巨人ファン、昔は巨人が強くなきゃ盛り上がらないとかで、審判もその風潮に乗って、巨人戦になるとストライクゾーンが広くなるとか…T球審の巨人戦は殊の外いやだったと…
宜しいんでしょうか?…日本シリーズでツバメ軍団をアシストして下さった方じゃないんですか?(笑)…

初優勝の時は、とにかくみんな俺が決める、俺が立役者になるなどと個性を剥き出しにしたもので、あの人格者といわれる若松さんも凄い形相だったと。フォア・ザ・チームなどあったもんじゃなかった…でも、それがプロというもの、プロチームは本来、団体競技ではなく、個人の集合体であるべきと…今のNPBにはそれがないのが寂しいと…

ピッチャーが100球前後で降板することについて…
残念、非常にと…先発なら完投するもの、何点取られても、監督が新しい球を持って来てもマウンドから降りるものかと食い下がるべき。それプロ…深く同意!!

最近の選手は、すぐ"違和感"という言葉を使って不調を訴えるけど、みんな必ず違和感を持ながらプレーしている。とある監督は、違和感を訴えてきた選手を速攻で登録抹消…監督が正しいと松岡さん。

一番聞きたかった200勝目前での引退について…
当然名球会入りは目指していた。あと9勝なら行けるだろうと思った矢先、頚椎硬化症を発症、600試合以上の修羅場(松岡さん曰く、勝っても負けてもマウンドはすべて修羅場)を潜り抜けてきたストレスが原因で、治すには手術・リハビリかストレス解放のための静養が必要で、いずれにしろ2年はかかるとのこと。仮に復帰できたところでまた修羅場で再発などということを考えるとここで引退も仕方がない…でも、今こうして普通にしていられるので、それで良かったと思っている、これは負け惜しみでも何でもないとのこと。

松岡さんといえば、歌!!
現役時代にはレコードを何枚かリリースされ、自軍の球団歌やセ・リーグの連盟歌まで吹き込まれるほどの実力者。当時の球界では、闘将星野さん、平松さん(元大洋)、田尾さん(元中日・西武・阪神)と並ぶ腕前。

 

「男道」…ベルカントですね、これ。

 

「とび出せヤクルトスワローズ」…ファン感の引退セレモニーで歌っでいます。

他にも古さ良き昭和のプロ野球の話やら色々楽しいお話を。指導者という立場にいる者に、また道を究めんとする者に対し、大変意義のある話題もたくさんありました。



松岡さん、貴重なお話の数々、有難う御座いました。
どうぞ、お元気で!!

一昨日は恒例のうた自慢大会でした。
最近、毎回のようにソロだけでなく、趣向を凝らしたアンサンブルやオペラのシーンなどバラエティに富んだパフォーマンスが繰り広げられています。昨日は女声二人のアンサンブルやワルツ付きの二重唱など、また新しいプログラムが登場しました。

さて、今回の"こうたろう劇場"は、4月に亡くなった故・木村俊光先生の追悼演奏ということで、ワーグナー作品の上演に多大に貢献されたことから、「タンホイザー」~夕星の歌と、「ニューイヤー+木村俊光=A.シェニエ」という学生時代の強い印象から、その「Å.シェニエ」~祖国の敵の2発をました。



アクティングエリアに立って、まずお辞儀の代わりに合掌して天を仰ぎ、歌い始めましたが、夕星は無難だったのに対し、シェニエの方はいろいろ課題の残る結果になってしまいました…これでは先生に申し訳ない。
その分、大将の敦さんが、俊光先生へと素晴らしい「魔王」を歌われて大きなフォローをしてもらいました。



それでもお付き合い下さった関係者の皆さん、有難う御座いました。お疲れ様でした。

昨日、パワースポットの九十九里浜へ相棒を駆り…



半径150メートルほどの範囲に誰もいないというロケーションの中で声出しをやったところ、進めるうちに前日から気づいてればと思うことがゾロゾロ、それを回収したところで、海に向かってシェニエの歌い直しを一発…今度はまずまずで、もう一度天に向かって合掌…

 

未だこの程度の歌手ではありますが、先生の後に続かせていただけますよう、生涯かけて精進に勤しむことをお約束致します。

あらためて…合掌

39年前、ツバメ軍団に現役バリバリの大リーガーが入団して来ました。



ボブ・ホーナー…
当時、日本へ来る外人選手は、既に峠を越えた選手が多かったのですが(特に大物は)、このホーナーは直前までアトランタ・ブレーブスで4番を張っていた現役バリバリの大リーガー。年俸が高いという理由でフリーエージェントになっていたのを、ツバメ軍団が招き入れたものです。

待望のデビューはゴールデンウィークの阪神戦、初戦で挨拶代わりの一発を放つと、翌日の試合では三発も神宮のスタンドに叩き込みました。次の試合では阪神の投手陣に勝負してもらえませんでしたが、さらに次の広島戦でも二発、わずか4試合で打率.636、6本のホームランと実力を見せ付け、日本中が驚愕の坩堝と化しました。その衝撃的な活躍と風貌から"赤鬼"と呼ばれ、他球団からは恐れられ、スワローズファンからは親しまれました。
このホーナーの大活躍で、親会社の経済効果鰻上り、マスコミの媒体もホーナー一色、ツバメ軍団も主催試合の観客動員が初めて200万人を突破など、その一連の社会現象は"ホーナー現象"とも言われました。

ひと月遅れながら、最終的には93試合で打率.327、31本塁打という成績で、当然契約延長を打診されましたが、長過ぎる練習時間や判で押したような指導、敬遠の多様、さらにはマスコミのしつこさに「自分は大リーグで野球とはどんなものであるべきか、たたき込まれて育ってきた。それが野球とは言えないようなものをプレーするために地球を半周させられるのでは…」といって、わずか一年で帰国してしまいました。

そのホーナーの訃報が今朝になって飛び込んできました。
68歳…ちょっと早過ぎますね。
しかし、あの衝撃、あの熱狂、そしてあの喜びは、直前までの暗黒時代から知っている燕党皆さんの心にいつまでも焼き付いていることでしょうね。

ここに謹んでホーナー氏の冥福を心よりお祈り申し上げます…合掌