毒舌的な表現だとエサだと思っている。俺の父親の食事のことだ。発達障害の症例として、同じ食べ物、同じメーカーの食べ物を食べ続けるというのがある。俺の父親もまさにそうだ。
実家に戻ってきて5ヶ月になるが、食べ物のパターン化に俺は驚いた。父親は腎臓が悪いので食べ物に制限があるとは言え、カットパイナップル、皮ごと食べられるぶどうは毎日2食以上は食べている。(最近、ぶどうは売っていないのか知らないが見かけない。)
ヨーグルトと新生姜も毎日同じメーカーの全く同じ商品を食べている。ヨーグルトなら他メーカーや他のフレーバーもある。
簡単に魚や野菜(ほぼキャベツ)を煮込む時があるのだが、味付けは毎日同じ麺つゆ、毎日食べている茹でた小松菜はマヨネーズのみなのだ。食パンを焼く時は決まって、マヨネーズとしらす、もう1枚は同じメーカーの同じブルーベリージャムである。
あれこれ考えるより、決まった食べ物のほうが考える手間がないので楽は楽である。でも、ここまでパターン化されると、はっきり言って食の楽しみなど皆無である。悪い言い方をすればエサみたいなものである。でも、発達障害の症例としてあるようなので、元妻同様、ほぼ発達障害なのだろう。
先日書いた俺の父親の扇風機についてのこだわりだが、使っていない時の扇風機の置く位置について書いたが、あと気がついたのは、扇風機の首の高さにもこだわりがあるようだ。100%ではないが、だいたいいつも使い終わったら、扇風機の首の高さを一番低くするのである。これも意図が全く理解できない。
結局俺がリビングの扇風機を使う時は、コンセントを挿し込み、扇風機の位置を30㎝ぐらいずらし、首の高さを変える必要があるので本当に面倒くさい。父親も同じなのだが、本人の強いこだわりなので、それらを面倒だとは全く思わないのだ。
話は戻り、俺の父親の飲み物は水だけである。腎臓に与える影響が少ないジュース、お茶などもあるわけだが、それらも一切飲むことはない。本当に水しか飲まないのだ。まあ、食べ物も含めて本人がそれで満足しているなら、別に俺は構わないが。