実は今日は書くネタがないなと思っていたので書くつもりがなかったのだが、
ふとカレンダーを見て思い出したのだ。特に予定など書かれてはいない。
2年前の1月20日午前2時45分頃に母が亡くなった。16年に及ぶガンとの闘病が
終わった日でもある。何度も再発・手術・治療を繰り返しながら乗り越えて
きたが、ついに抗がん剤が効かなくなり、最終的には亡くなる3日前に肺がんの
末期と医者から宣告されたのだ。
普段より息苦しさを感じた母は、午前中家事を済ませ昼食をとり、父と病院に行った。
本人は肺炎と言われ、即入院となったが、父は医者から余命当日から3日と言われた
らしい。余命当日から3日という、あまりに急過ぎる話だったのだが、そもそも
定期的に検査をしていて、肺がん末期と言われたことが今でも疑問に残っている。
2013年の夏に抗がん剤の投与量を減らされたらしい。もしかしたら、その時点で医者は
諦めたのかもしれない。しかも痛み止めとして、医療用の麻薬テープも処方されたので、
その時点で、先は長くないと判断されていたのかもしれない。
前にも書いたが、母はモルヒネが効いたおかげで、体は見るからに苦しそうだったが、
精神的には苦痛を感じることなく、本人も全く苦しいとは言わなかった。
最後は静かに息を引き取った。俺は初めて、これが「静かに息を引き取る」ということ
なんだと知った。
医者からは本人には肺がんや余命のことも言わないほうがいいと言われた。
本人もまさか、こんなにあっけなく死ぬとは思っていなかっただろう。父や妹も俺も
事実を言うべきか、言わないべきか迷ったが、母には言わなかった。
なので意識がはっきりしている時は、母の兄弟、ダメ妻や俺の子供も会わせなかった。
母に最期だと悟られないために。。。意識が少しもうろうとして来た頃に会わせたが、
この世の最後の言葉は、俺の子供が帰る時に、ふたりに「ありがとうね。」言ったことだった。
母の葬儀前に起こった、ダメ妻の無神経な行動は、今思い出しただけでも最高に
怒りがこみ上げてくる。2年前のブログには書かれているが、これは俺だけなく、yahooの
知恵袋でも共感してもらっている。(しかも、ダメ妻だけではなく、ダメ妻の社会人経験ゼロ
&無職&未婚&親のすねかじりの姉も同罪なのである。)
母の病からの教訓。風邪系は近所の医院でいいが、体の内部の継続もしくは時折起こる痛みや
違和感があるなら、大きい病院で検査すべきである。