今日もテニスの練習に明け暮れるIがいる。ここのところ試合にも負けたりして調子を崩していたため、心機一転を図る意味でも、思い切って愛用してきたラケットを新調し、ガットの張り具合も変えた。
コートを縦横無尽に駆け回るIがいる。息が弾み、汗がじわじわと滲んでくる。まだ自分の修正点はいくらでもある。
I(V.O.):「さあさあ、どうする?まだ私は這い上がれるの?」
そんなことを思いながら、ボールを打ち返すIがいた。Iの回復ぶりを見てきたコーチがぶつくさと呟く。
コーチ:「テニスの競技力向上を目指して。指導者の役割として、テニス競技者に求められるものは①状況判断力②協調性③国際的な価値観の理解。競技者を育てる視点では、①スポーツの原点を理解させる、②「心技体知」のバランスを理解させる。競技者育成のマネジメントのあり方では、①現状把握と目標設定②グローバルなマネジメント体制③長い期間に渡る育成」
Iが練習相手にポイントを奪われる。まだ自信を回復していない?やや単調なリズムの中で、単調なリズムのラリーが続いていたことに嫌気がさしていた時に、そのポイントは奪われた。Iの注意力が散漫になっていた。それを見抜いたコーチはなおもぶつくさと呟き続ける。
コーチ:「世界の動向として、諸外国の現状を把握する。これは男子も女子も。ヨーロッパと北米の強化のあり方として、①基本情報②ハイパフォーマンス施策に関する情報③ディベロップメントプログラムに関する情報④情報医科学に関する情報がある」
Iが練習相手とラリーを続ける。互いにコートを左右に走り、ボールを打ち返す。体力も次第に消耗していく。
そんな中で、コーチが今まで以上にやや声の大きさを上げ、言葉を発した。
コーチ:「日本の現状として、錦織圭選手や大坂なおみ選手などの日本人の活躍がある。車いすテニスでは国枝慎吾や上地結衣がいる。日本テニスの目指す方向として、普及・育成・強化のピラミッドと3つのC(Court, Coach, Competition)。テニス人口も重要なファクターになってくる」
コーチがそう言い放った瞬間、ラリーを続けていたIの目が見開き、パッと視界が冴え、強くボールを打ち返した。すごい強打だ。そのボールは勢いよく空を切る。
だが、そのボールはネットの上に引っかかる。
→Slow Motion→ボールがネットの上に引っかかるが、ぽとりと相手コート側に落ちる
I:「よし!!」
Iのポイントとなった。強打に出た策が型にハマり、紙一重のプレイだった。
そして、Iの練習中に打ったボールがコートの外へと出ていき、そのボールがある男子学生に当たった。
男子学生:「いてっ。誰だ、こんなボールを打ったのは?」
I:「あっ、ごめんなさい」
Iはボールを追い、当たった男子学生を見た。その瞬間、金縛りに遭ったかのように身動きが取れない。一目惚れだ。その男子学生とはサッカーの練習後に帰宅しようとするDだった。DもIを一目見た時、胸にどきっとした。そして、
D:「痛いっつーの」
I:「あっ、ごめんなさい。テニスしてて…」
DはじろりとIの容姿を眺め回す。後ろに結んだ髪や鍛え抜かれたテニスの身体、息の上がった練習に打ち込む性格を見抜き、
D:「こんな外にボールを出すなんて、まだ技術が…」
I:「そうね。あなたに当てたことがまさに意図的な神さまからのビンゴ。それも見事な技術なんじゃない?」
それを聞いたDはこのIが頭のキレる女性だとも分かると、
D:「恋のゲームはラヴゲームでキープじゃないぞ」
I:「ううん。あなたにブレイク(破局)を許すほど、私の技術は生半可じゃない。まあ、すぐにでも接近戦を仕掛けるほど尻軽でもない。15ー15(フィフティーンオール=恋の接近戦はどっこいどっこい)よ」
D:「ほう。それはそれは。俺はサッカーをしているけど、ゴールへとつながるパスを供給できるほど金持ちじゃない」
I:「あなたが恋の策略にまんまとハマるほど、私にゾーンプレスを敷いているわけでもない。でも、まだアディショナルタイムがある」
D:「そこで俺が君にアシストを決めたら?君はゴールを決める?(恋の仕掛けを承諾する?)」
それを聞いたIはふふふと笑い、その返事を一時保留にして、「今日、一緒に帰らない?」とだけ言った。Dもそれを受け入れた。

・『テニス指導教本Ⅱ』(大修館書店/公益財団法人 日本テニス協会 編)