この日、Wは休日を利用して、Qと市内の小さな図書館に来ていた。もちろん、試験(テスト)が近いこともあってだ。その大きな体格に心奪われるわけではないが、Wはこれからも相撲道に精進しなければならない。
図書館のテーブルで、WとQは向かい合う形で座り、国語の問題集を開いては、色々と聞いてみる。
Q:「ねぇ、石川啄木の『一握の砂』や、山本周五郎の『青べか物語』は分かる?」
W:「いや、ぼちぼちだね」
Q:「私、授業で先生に指名されると、思わずどぎまぎするの。正しい答えを言う自信がないから」
W:「でも、先生はいい教材を指定しているね。石川啄木は岩手県生まれで、苗字が石川。まさに大地震があった場所を思い起こさせる。それは俺たちに日本の未来を頼んだぞって言いたいんじゃないかな?」
Q:「そう?」
W:「それに山本周五郎は小学校を卒業してから、色々と苦労して作家として花開いた。直木賞に推されたけど、それを固辞している人なんだ」
Q:「それすごいね。そういう人がいると、今後たとえ名誉な賞でも固辞する人が出てくるかもね。出版社は恥をかくことになる。ひいては日本の恥よね」
そんな話が出てくるのも、中学生ならではだ。QはWの将来性のことにも言及する。彼が今後に大きく飛躍するために。
Q:「あなたは将来お相撲さんに?関取に?」
W:「そうだね。力士になるには新弟子検査を受けて合格しなければならない。相撲部屋は大相撲の力士を育てるための施設」
Q:「ふ~ん。じゃ、体を大きくするために、もっと食べないとね」
W:「稽古の後はお待ちかねの食事、ちゃんこだ。でも、食べることばかりが相撲じゃないよ。たいてい朝稽古がある。三番稽古やぶつかり稽古。基本の稽古として、気鎮めの型や四股の型、股割りなどがある」
Wは本気の感情を言葉に乗せて、相撲を分かりやすい目線で語る。時に熱情的に、時に冷静に。その目には一点の曇りはない。
W:「力士の一日として、朝の5時起床、6時稽古、11時昼食(ちゃんこ)、13時昼寝・自由時間、16時掃除・夕食準備、18時夕食(ちゃんこ)、20時自由時間、22時睡眠 といった具合」
Q:「それは厳しい世界だね。あなた、それに耐えられる?」
Qが冷やかし気味にそう言うと、Wは少々たじろいで見せたが、すぐに真顔になり、大きく首を縦に振って、
W:「相撲は厳格なことばかりではないからね。巡業では、『お好み』と言われるさまざまな余興がある。初切など。こういう具合に面白い面もあるんだ。また、神事として神社仏閣で行われる『奉納相撲』がある。節分の豆まきなど」
Q:「そうなんだ」
W:「相撲の歴史としては、平安時代には宮中儀式の『相撲節会』として、戦国時代にはいくさの訓練として、江戸時代には庶民の娯楽に。小学4年生から6年生を対象とした『』わんぱく相撲』がある。世界の相撲として、ブフ(ボフ)のモンゴル、シルムの韓国、ヤールギュレシのトルコ、ルチャ・カナリアのスペインなどがある」

Q:「そっか」

W:「今でこそ、朝青龍や白鵬、照ノ富士といったモンゴル勢が上位陣に多いけど、少し前までは小錦や曙、武蔵丸といったハワイ勢が上位陣に多かったんだ」

Q:「第二次大戦の真珠湾攻撃、そして、沖縄戦、広島と長崎の原爆投下を思い起こさせるね。でも、そういう交流があるからこそ、過去を見つめ直し、未来に良好な関係を築くことができるね

→Zoom Out→さらにZoom Out→その図書館を映像でとらえながら