そして、話題は徐々にRの大学の専攻に移り、ヨーロッパの経済のことになった。Rがフランスの模様を話す。
R:「フランスでは、18世紀末のフランス革命、新しくは1968年の反ドゴール体制運動の五月革命のように、過去何回も激しい革命や反乱があった。それにもかかわらずフランスは西欧民主主義国家の中では一番タテ社会的であり、不平等な国だ」
そう吹聴すると、QもFも話に乗ってきて、その知識をいかんなく発揮してくる。
Q:「では、EUが組織された当時のフランスで本当に権力を握っているのは誰かというと、その答えは官僚だった。フランスは官僚を養成するために独特の教育制度を確立してきた。その一つが『グランゼコール』の存在だった」
F:「そうだな。例えば、名門ソルボンヌを擁するパリ大学であろうと、フランスの一般の大学には原則として大学入学資格(バカロレア)さえあれば誰でも入れる。ところがグランゼコールには厳しい入学試験(コンクール)を突破しないと入れない」
R:「そうなんだね」
F:「日本と同じく、フランスでも高級官僚の天下りが長く批判されてきた。しかし現実には、この仕組みは微動だにしていない。このあたりがフランスの複雑かつ面白いところで、権力に反発しながら、一方で権力に依存するという体質をよく表している」
そんなことを話しながら、日本とフランスの類似点などについて話し合っていた。とりわけ、EUの歴史は多分に興味があって、経済史ともなると、またサーフィンとは違った視点の観察眼がある。
そうしてFは自分のことではないが、フランス以外にも、ヨーロッパの中でイギリスのことも口を酸っぱくして言う。
F:「Rよ。イギリスのこともちゃんと勉強しておけ」
R:「何、急に?」
F:「いや、イギリスも当時は大事なEUの構成メンバーだったはずだ」
R:「でも、今では通貨統合から離脱した。一定の距離を置いている国だよね」
F:「これから重要になってくる国だ」
Fはしっかりとした口調でそう言うと、Rにはまだ何が何だか分からず、困惑した表情で祖父を見返していた。
R:「ところで、おじいちゃんは出版化の経緯は順調?」
F:「ああ。この前もアメリカの編集長と打ち合わせを。今はヨーロッパの市場も睨んでいる。まさにお前の専門の大陸だ」
R:「そうなんだ。それだから、今の言葉が突いて出てくるわけだね」
Q:「我々のお隣さんはその出版業界と関わりの深い印刷業界の方よ。もっと隣人を大切にしないとね」
R:「ごもっとも」
そう言って、食事の席が和み、笑顔を引き出すと、それぞれが会話を楽しんだ。
食事をした後は、Rは洗面台に行って、歯を磨き、そこに隣接するバスルームでしっかりとシャワーを浴びた。そして、脱衣場でバスタオルで体を拭いた後、新しい着替えに袖を通し、身をシャンとさせた。
それから、自室に行き、ベッドに横たわると、そのまますぐに深い眠りに落ちた。優勝の余韻をそのままにして。