この日、Mはスイスの主要国際レースに参加していた。4月のボストンマラソン前にどうしても参加しておいて、本戦のボストンに臨みたかった。いわば、腕試しのその前哨戦といったところだ。もちろん、地元のスイス開催ということで、両親のQとVもゴール地点に場所を陣取り、そこのモニターで娘のMの走る姿を見ては応援している。
レースが始まった。序盤はMは先頭集団につけ、まずまずの出だし。ここで焦ってもいけないし、遅れすぎてもいけない。いわゆる、様子見の状態で序盤を迎えた。
コーチ:「しっかりと練習してきた。自信を持て!」
Mはそんな言葉をコーチから受けながら、しっかりとペース配分を守り、戦況を見極める。
M:「序盤はしっかり抑え、中盤から後半にかけて勝負をかける」
→Costume-Design→Mの普段着とは違う、レース服
その時、応援席の一室で、モニターに映し出された娘の姿を見守る両親のQとV。Qは比較的静かに状況を見守り、Vは少し興奮した様子で応援していた。Qがこともあろうに、突然大声を張り上げる。
Q:「M!ガンバレ!!」
届くはずもないその声が届いたのか、Mが少し前へ出た。それを見て、母のVも手をぎゅっと握る。汗がにじむ。もちろん、レースは序盤だけにこれからが長い。
そんな中で、Qはこともあろうに、モニターの娘のMの姿を見ながら、自分の石油業界のことを声に出す。
Q:「第一次石油危機で、パレスチナ問題が挙がり、第四次中東戦争が勃発して、これを契機に、第一次石油危機となる。アラブ石油輸出国機構(OAPEC)はイスラエルと交戦するエジプト・シリアを支援するため、イスラエル友好国に対する石油の段階的供給削減、禁輸措置を通告した。いわゆる石油戦略の発動だ」
V:「それは今の中東情勢にも言えること」
Q:「結果的に、日本は対パレスチナ政策の転換によって、現実の供給途絶・削減には至らなかったが、その過程で、石油の供給途絶の懸念から、給油所には長蛇の列ができ、トイレットペーパー等物資の不足や物価の高騰など経済に大きな混乱を招いた。そして、イラン革命を契機とする第二次石油危機が発生し、イラン・イラク戦争へと突入した」
そんなことを囁きながら、Mのレースの行方を窺っていた。このレースもそうした勝ち負けの優劣をつけなければならない戦争と言わんばかりに。
しかし、その例えが悪すぎると判断した母のVがその言葉を遮り、少し話題を転換して、娘のこのレースの晴れ姿ということで、自分の社会福祉士としての仕事に掛けて、子育ての苦労を織り交ぜる。
V:「何言ってるの。それより、あの子(M)を育てるのは大変だったんだから。子育てとしては、①女性がダブルケアを担う社会的背景。例えば、母親が1人で育児を行う『ワンオペ育児』、②性別役割分業意識の壁。例えば、イクメンやケアメン。男性の育休取得や保育所、幼稚園、認定こども園、子育て世代包括支援センター、母子保健事業がある」
Q:「お前(V)こそ何だ。子育ては私も手伝っていたぞ。あの子(M)が赤ん坊の時は風呂にだって入れていたし、洋服代や学費の工面だってしてる」
V:「まあまあ。ここでケンカしても仕方ない。子供たちへの学業や健康への影響として、不登校やストレスからくる心身不良、例えば、食事が摂取できずに痩せる、便秘、湿疹がある。そのため、ケアラーの相談やメンタルケアをする。就労援助としてテレワークや在宅勤務を推奨する」