その頃、中学生のLはこの日もブレイキンに没頭する毎日だった。この年代で明確にやりたいことがあり、それに没頭しているだけでもまだマシだったかもしれない。何も打ち込むものがない生徒も多いだけに、Lはその点で集中できるものを持っている。何もないことはすなわち引きこもりや不登校につながる一因になりやすいからだ。その点では、親への反抗期や、複雑なこの年代の内面性も考慮に入れると、Lは比較的まだマシだったかもしれない。
今日も路上の商店のショウウィンドウに自分の姿を映し、ブレイキンに没頭する。
→Reflection Shot→ショウウィンドウに映るL
L(V.O.):「フリーズ技の中の基礎となる動きとして、初心者が必ず最初に覚える技でバリエーション豊富なチェアー」
チェアーの動きをするL。すると、その姿に見とれた通行客がそこで足を止めた。
L(V.O.):「シンプルでカッコいいフリーズで、バランス感覚と柔軟性が求められるエアチェアー」
エアチェアーの動きをするL。すると、また一人通行客が足を止める。どうやらLのブレイキンに魅了されているようだ。
L(V.O.):「念のためここで倒立を確認。倒立から一気に軸手に体重を乗せてポーズを決めるジョーダン」
ジョーダンの動きをするL。すると、また通行客が足を止め、Lの周りに人だかりができていく。スイスの人々は日本から来た中学生のダンスに目が釘付けとなり、この小さな少年に心を抱いている。
L(V.O.):「くの字で止まるフリーズで、倒立している状態で頭を入れて腰を出すハローバック」
その動きをした後、Lはまだ習得中ではあり、拙いフランス語で声を張る。
L:「そして、これが肘から曲げて地面につけて体を支えるエルボーフリーズ」
その動きをすると、Lの周りの人だかりは驚嘆し、この路上パフォーマンスに魅了され、一斉にLに拍手を浴びせた。
→場面をがらりと変え、大学生のMへ
サンモリッツでずっとマラソンの練習に打ち込むM。ここサンモリッツは風光明媚な観光名所としても、練習環境としては申し分ない。
今日もコーチの指示を仰ぎながら、長い距離を走破するMがいる。先導車に乗り、Mの走る姿に檄を飛ばすコーチがいる。
コーチ:「痛感したスピード強化の必要性で、レース連戦がスイッチに。2度の昆明合宿で起伏への対策と脚づくり」
Mは少し苛立っていた。こうした単純な練習の反復が心身を蝕み、目標を見失いかける。自分の精神の弱気の虫と格闘する。
M(V.O.):「私はなんでこんな練習を繰り返しているのだろう。辛いなぁ」
辞めたいと思ったこともあった。途中で投げ出したいと思ったこともあった。日本に帰って、同年代がそうするように、私も普通の大学生活が送りたかった。恋をして、バイトをして、お金を貯めて欲しい物を買いたい…。メイクやファッションをして、オシャレをしたい。
M(V.O.):「青春って何?犠牲にした先に何があるの?…私、何やっているんだろう…」
練習中にそんなことを思い、自暴自棄になりかけるMがいた。その気持ちが分からないまでもない。コーチもそれをうすうす感じ取っていた。
コーチ:「強風が吹き荒れる中、クロスカントリーコースのアップダウンを利用したロングの距離走は手応えを得ることができた。ジョグでも起伏対策。変化走でスピード持久走を」
Mはそんなことを思いながら、先導車に乗って指示を飛ばすコーチの言葉を目障りに思っていた。緊張の糸が切れかける。
M(V.O.):「私の青春はどこに?こんなことをずっとやっていていいの?」
コーチ:「筋トレについては、バネを活かした大きな走りを維持するために筋肉の鎧をまとう。長距離選手は、ただ長い距離を走っていれば良いわけではない。ウェイトトレーニングは週に2回低負荷と高負荷とを交互に。目的を理解し、一つ一つ丁寧に取り組むことが大事」
Mは走るのを止め、呼吸が乱れる中で、声を絞り出した。
M:「コーチ。今日はちょっと…」
コーチ:「そうか。まあ、こういう日もある。今日はもう切り上げよう」
そう言って、コーチはMを気遣い、Mが目標を見失う前に今日の練習はここで終わりにした。