スイスのサンモリッツでは依然としてQとVが自宅のダイニングで討議を重ねていた。普段から職場での悩みや不安を吐露することで、夫婦間の溝を取り払ってきた。今日もそうした間合いで、日常のストレスを取り除く。
Q:「自動車産業は今100年に一度の変革期を迎えている。情報通信IT革命を背景に、次世代自動車の開発に向けた技術革新が急速に展開している。例として、CASEの衝撃や、トヨタが目指すMaaS、ガソリンスタンドはどうするかといった課題」
V:「日本で最近は問題になっているわね」
Q:「そうだな。自動車の技術革新が話題となる中、地球温暖化対策の観点から、また、燃費不正によるディーゼル乗用車への不信感の高まりから、乗用車の電動化(EVシフト)の動きが世界的に活発化している。そこで電気自動車の登場だ」
Qがはつらつとした口調でそう言い、真剣な表情からはこの業界での立ち位置が垣間見える。現在で言えば、石油業界の動きとして、日本の出光興産とトヨタ自動車が連携したというニュースがあった。その動きも含めて、そうした時事と関連付けながら、Qはひときわ意識の高い発言を心掛ける。
Q:「第一次石油危機以来、『脱石油政策』が進められてきたが、我が国の一次エネルギー供給における石油のシェアはいまだに約40%と最大シェアを占めている。石油の用途、いわゆる需要は①輸送用燃料②産業・民生用燃料③石油化学用原料の3つ。石油の最大の特徴は、消費における利便性(便益の大きさ)と供給における経済性(コストの小ささ)にある」
V:「そうね。大事なことかも。そうした話、ここのところずっと聞かされている」
Q:「石油の問題点としては、将来的に枯渇が懸念されるピークオイル。資源制約の克服。偏在性と地政学リスクで、中東地域への集中による供給削減懸念がある。環境制約で、地球温暖化対策や気候変動対策は避けて通れない」
そうした話題が上ることは実はいいことで、何もないこと自体が怖いこと。それがあることが業界への危機感を煽り、ひいては問題点の早期発見や改善を促すと思っていたからだ。
その後は、Vの業務領域の話に転換していき、Vが心地よく自分の専門を話す。
V:「日本の福祉制度は、男性稼ぎ主型の家族主義を念頭において設計された。外で働き、収入を得るのは男性で、家庭で家事、子育て、介護といったケアを無償で提供する人は女性という概念」
Q:「そんな感じがここのところずっと続いているな。それを聞くと、私が怒られているみたいで、自分としても反省しているよ」
V:「ダブルケアの問題点として、子育て・介護・障害・生活困窮など縦割りの制度がダブルケア世帯にとっては非効率。高齢者福祉の窓口と児童福祉の窓口がそれぞれ分かれているのは不便」
Vが口をうるさくして言うからには、世間への何らかの抗議があるのかもしれない。それでも、それは決して夫のQへの当てつけではない。
V:「また、ダブルケアで、社会関係から孤立する。介護が育児をなぎ倒して子供が後回しにならないよう、子供視点で社会設計を見直す必要がある。さらに、労働からの排除も深刻で、これは育児離職や介護離職といわれる。そのため、ワークライフバランスが政策上の重要課題になってくる」
そうした話題が食卓に上る時、決まってVとQは建前抜きの本音で意見を供出する。それが最も夫婦間で重要なことだと認識していたからだ。まだまだお互いの心情を察知し合うには時間がかかりそうだが、少しでも悩みがあれば、こうして語り合えるだけでも不安は軽減される。