前回の三題噺のひとつであった映画"Yesterday"の中で、Himesh Patel扮する「一人The Beatles」Jack MalikがEd Sheeranの前座としてモスクワの観衆の前で"Back in the U.S.S.R."を歌うシーンがありますが、この場面、封切から僅か5年しか経っていないのにその間におきた出来事の所為で、当初意図されていたものとは外れた悪い洒落のような意味合い…「昔U.S.S.R.だった場所でかつてU.S.S.R.だった人達とU.S.S.R.を揶揄する歌を共有するつもりが、実は彼らは今もU.S.S.R.のままだった」…を持つこととなった印象を受けます。

このことに限らず、ビートルズの音楽は、直接的或いは隠喩的に自由、平和、相互理解、既成概念からの脱却とかを訴えかけていたはずですが、ここ数年の世界が彼らの音楽に何の共感も示すことなく動いていて、色々な種類の新しい「壁」を築き始めていることは、誠に残念です。

 

ややこじ付けめきますが、「壁」を感じるもうひとつの事例、1970年央に米国の「音楽大使」として「壁の向こう側」東欧三国に派遣されたBlood, Sweat and Tearsにまつわるドキュメンタリー映画"What the Hell Happened to Blood, Sweat & Tears?"のDVD化を心待ちにしているのですが、Amazon情報ではVirgil Films制作のDVDが存在するもののずっと品切れ状態となっていて、一方VirgilのHPを訪ねるとこちらはDVDを発売した気配無し、ということで、欲求不満が溜まり、「映画を観てから」と後回しにするつもりだったサウンドトラックCDを先に買ってしまいました。

 

※ ああ早く映画が見たいっ!

 

B.S.&T.は、私がロック音楽を聴き始めた頃から馴染みのバンドですが、同じ米Columbia所属で同傾向(ブラス・ロック)のChicagoとの比較で評される、即ち「割を食う」ことが多かった印象を持っています。曰く、①創設者(Al Kooper)を早々と追い出した、②他人の曲をアレンジして食いつないでいる、③レコーディングでは「影武者」、TVでは「あて振り」等、本当は自分達で演奏していない(Frank Zappa師は'74年にTV放映された"Approximate"で実名を挙げて揶揄していました)、等々。私は判官贔屓なので、これらを承知で長く追いかけていたのですが、ここにきてもう一つ、④ニクソン政権の手先として東欧諸国のソ連離れを加速させるために公演旅行を行った、というレッテルが表に出てきました。

この「体制側の存在である」という批判が当たるのか否かについては、映画本編を見てみないと自分の中で結論が出ないのですが、CD制作にバンド創始者の一人で現在は「命名権者」となっているBobby Colomby (ds)が大きく関わっているためか、最盛期であった第1作~第3作からのほぼ最良な選曲が(おそらく本編とは異なり)完奏で収められていて、演奏も極めて達者で「残念な噂」③を軽々と吹き飛ばしています。ただ、実況録音にしてはおそろしく会場が静かで拍手も行儀よく、「鉄のカーテンの向こう側」での演奏であることがよく理解できます。

このバンドは最盛期の画像・音像が極端に少ない(Woodstockにおける音像が50年を経て先年ようやく出てまいりました)ことと、先述の噂④の真偽についても興味が尽きないので、DVDの出来を引続き待ちたいと思います。

 

(1/13/2024)