植田正治と福山雅治 | Down to the river......

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写真・音楽等の趣味や、日々の雑感、または個人的な備忘録……

このブログでは、度々福山雅治さんのことに言及してきましたが、何故彼なのか詳しく説明してきませんでした。
単に「写真繋がりで」としか……。
彼が写真家としても活動していることは、多くの人もご存知でしょうが、その写真の素性・質・内容について知っている人は少ないのではないでしょうか?
勿論ファンの方は当然、他の人以上の知識を持っていると思います。

そのこと自体は別に問題視している訳ではありませんが、このブログを読んでくれている写真愛好家との付き合いの中で、「もしかして彼のファン以下の知識しかないのでは?」と思われる状況に接することが、最近多くなっているように感じるので、写真の世界では常識的と思われることを一度書いてみますね。

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Down to the river......-Shoji Ueda01


福山雅治さんは1990年代の中頃、ジャケット撮影が縁で、世界的な写真家植田正治先生との交流が始まりました。

植田先生の写真の作風は、フランスを始め海外で「Ueda-cho(植田調)」と表記されるほど高い評価を得ている、日本を代表する写真家です。
テレビにも何度か出演していて、写真に関心がある人の中で知らない人はいないくらいの有名人です。

そんな交流の中、次第に福山さんは自らカメラ(ライカM3等)を持ち、「写される側」から「写す側」に立場を変化させていきます。
詳しい事は知りませんが、彼に写真を撮ることを勧めたのは植田先生ではないかと思います。
「写真家 福山雅治」の誕生です。

植田正治さんは2000年に亡くなるまで、福山雅治さんと様々なフォトセッションを行いました。


Down to the river......-Shoji Ueda02


Down to the river......-Shoji Ueda03


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福山さんは、植田正治先生の活動拠点である鳥取県(境港、米子)を「第二の故郷と呼びたい。そんな温かさを感じます」と発言しているそうです。

そういう意味で、独断的な私見ですが、「写真家 福山雅治」は植田正治先生の「最後の弟子」もしくは「正統派後継者の中のひとり」と捉えています。


Down to the river......-Shoji Ueda04


勿論作風が同じな訳ではないのですが、「物(対象)を見る目」の確かさは、他の写真好きな芸能人が撮ったものとは違います。
少なくとも、僕を含め普通の写真愛好家の写真より、作品として遥かに優れています(>_<)。

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アンリ・カルティエ=ブレッソンのドキュメンタリー映画『瞬間の記憶 (2003)』のコピーに、荒木経惟(通称「アラーキー」)さんの次のコメントが使われています。

今年はアラキ・カルティエ=ブレッソンになることにした。

僕が度々、「福山雅治さんに似ていると言われる」と冗談を書くのも、気持ちの半分は「福山雅治さん、そしてその背後に見える植田正治さん」に対する憧れや畏怖、畏敬の念を抱いているからです。

イケメンの芸能人なら誰でも良い訳ではありません(笑)。

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最後におまけで、写真に対する思いも述べている、福山雅治さんのインタビューをご紹介します。


福山雅治さんインタビュー