それから彼は化け物扱いされた。人間は、自分とは明らかに異質なものを恐れ排除すると言う……。
しかし、それは現実に目の前に突き付けられた時、初めて残酷さが分かる事なのだった。
(著書『あの丘を越えて』より抜粋)
ケータイ小説という新しい媒体で築き上げられる旧態依然とした作品集。
溢れるパラドックス。
これは、そんな一人の物書きのオフィシャルブログである。
彼女を敵だと思ったのがそもそもミスなのだよ
今日も仕事でした。
疲れましたし、今日は昨日程の元気も無くて、私もこれも体調の良し悪しで片付けて良いのかちょっと分からなくて、結構今日に関してはしんどい部分が有るなと言うように感じていて、それも私の中でこんなに波が有るとちょっと嫌だなと思いますし、私はそれを簡単に色々と結論付けて良いとは思えなくて、まあそう簡単に私を私自身も含めて人間が理解出来る物では無いのかもしれないなと言うようにも思いますし、まあしんどいとか苦しいとかそう言う事は結構感じるのですが、それが限界なのですよね。
まあ私も自分で自分の事を分かっているように見えて、それはそんな事無いと言うのが実際分かる事でしょうし、結局そこに行き着いてしまうのですから、まあ結局既に用意された言葉でしか語れないのですから、別に私自身を特別そうだとは言いませんが、人間の持つ神秘性と言いますか、或る種の超人間的な要素と言えば正しいのか、そこは私も何と表現すれば良いか分かりませんが、自分で自分の事を知っているように見えても、それは本当にもう極々一部の話で有り、人間の持つ本質性は、全く分からない部分が多いのだろうなと言うように感じます。
それを私は今、人間の持つ神秘性や超人間的な要素と言う言い方で話しましたがそれが本来人間の最も人間たる部分なのかもしれませんが、そこは私にも何と言う表現が最も適しているのか分からなくて、いや、言葉と言う物の限界と言いますか、それを完璧に表現出来る人間はそれこそ本物の哲学者だと思いますし、紛い物の私ではそれは到底達する事の出来る物では無くて、私なんか完全にそう言う意味では本物の芸術に似せた贋作も良い所なのでしょうと今更ながら思いますね。
取り敢えず私はそう言う意味では、色々と知りたい事が沢山有るのにそれを知ると言う事も自分の事だと言うのに出来無いままここまで来てしまっていて、特に自分の精神面での動きと言うか機微と言うか、それはもう自分ではコントロールが出来る物では無いのですから、私も完全に弱り果ててしまいます。
そこが自分の管理下と言うか、それに置けると自分でもまたは他人でもそう言う風に思っているので、それで体調管理が如何とか、それで何とかなるとか、そんな風に言って来ますし、私自身もそれで如何にか自分の体調面でコントロールが利くと言うように思い込まれて来ているので、それがそもそも間違いで有って、私はそこを如何にか周りに説明しないといけないのかもしれませんが、私に出来る事はそもそも限られていて、そのまま他人に自分の特徴を伝えるにしても、そこは上手い事自分の事を伝えると言う意味でクリアー出来無いかと試して来ましたが、大体がそう言う事を言うと、特に理解の無い人間からはファッション鬱だとか言われたり、または私は統合失調症なので鬱病とは少し違うのですが、そこを正しく理解しない方からは妙に知った風に接されて、それはそれで迷惑だったりして、もっと正しい私を見て頂きたいなと言うように思うのですが、まるでそう思う事自体が間違いで有るかのように言われていて、いや、もっと言えばそもそも他人に自分の事を正しく理解して貰おうなんて大体健常者とか障害者とかそう言う物を抜きにしても難しい物だと思っていて、私は大学時代に“翻訳の不可能性”と言う題材で講義を受けた事が有って、それで言われたのが、そもそも人間が自分の何かを相手に伝える時に、考え方の差や経験の違い、そもそもの生まれの環境、信仰する物の差等で、完全な意思伝達と言う物は出来るはずが無いと言うように言われていて、私もそれを間違えているとは思いませんでしたし、特に病気の経験は、私に対して他の人間に伝える事の出来無いだけの、大きな塊として私の中に大きく残されていましたね。
ただ私はそれを話すと、もうそもそも人間が人間を理解出来る事が無いと言う所で、大きく絶望的な考え方をする事となってしまうのですが、私はそれに対して、そこまで賛同出来る部分では無いと言う風に思うのですが、私は最終的には人と人とは何処かで分かり合える事になるのだと言う風に思考の持ち主で、それは一種のニュータイプ論に値すると言う風に思いますが、そう言う物を私はかなり真面目にそう捉えています。
私は今もそれをずっと考え続けて来ていますが、如何したら私の中の百を百のまま伝える事が出来るのかと言う所で結構悩まされていて、それを私はかなり真面目に考え続けて来ていて、私はそれを本気で信じていますし、ニュータイプ論と言いましたが、人間が人間と分かり合えるには如何言う手段を使えば良いか真剣に感が続けています。
勿論人間がこの先進化をして行くのだとすれば、それは人と人とが分かり合えるだけの存在になった時だと思っていて、人間が例えば言葉なりまたは他のツールなりを使ってそれで、ちゃんと人と人が分かり合えるようになって行く時代が有れば、それは私の中で一個人間に対して自分自身を絶望させないで済む事となるかと思います。
私が人間を絶望しているのは、人間を人間が理解出来無い事から始まって、それなのに私が私の事を自分で色々な人に伝えて来ているのにそれが上手く伝わらない所が有るからです。
それは病気になってから特に強く感じるようになりました。
何故ならば自分が何に辛いと思っているのか、何にしんどいと感じているのかを誰も理解してくれないと言う地獄に一種襲われてしまったからです。
それは私の中で一番苦しい所でして、自分自身でも一体何が如何辛いか分からないのにそれを説明しろと言われてしまって、それがどれだけ苦しい事かは理解して頂きたかった部分になります。
結局言葉にならないのです。
私の経験は他人には確実に伝わりません。
それを伝える事が出来る人間になれば、それこそがニュータイプだと思います。
まあ色々言いましたが、今日はちょっとしんどかったです。
こんな日も有るよね。
でもちょっと波が激しいかなとも思います。
もう少し振れ幅が大人しくなってくれればそれが嬉しいのですが。
自分の精神なのに自分ではコントロール出来無いって辛いです。
一日一善。
明日をバーンと信じましょ。
ドロン。
ただ、その手を守りたかっただけなのに
今日も仕事でした。
ルーティンワークを片付けて、後は伸び伸び時間を使って、少し茶を濁す一日だったのですが、まあね、それ相応に疲れましたし、やる事はやったと言う思いも有りつつも、こんな物で良いのかなと言う思いも有って、昨日のファイリング作業が結構遣り甲斐の有る仕事だったので、それと今日とのギャップが激しくて、少しそこで残念な思いをしている感じがしますし、他にも正直言うと、もう少し仕事を振ってくれれば、私もまだまだ動けるのになと思う場面が結構有って、こうやる気が空回りしている感じがして、それはそれで結構しんどくて、ルーティンワークをさっさと終わらせて、それからこちらはやる気に燃えているのに、全く仕事を与えられない状態になってしまって、まあ気紛れな私の良く無いのですが、ですがなんかお陰でちょっとフラストレーションが溜まると言いますか、結構不完全燃焼状態になってしまって、それはそれで結構困ってしまう事態になるのですが、こう言う時、如何したら良いのか全く分からないので、結局禁断のトイレ掃除をしてみたりして、結局時間を無駄に使ってしまいまして、それが私としては結構不満に感じているのですが、かと言ってこれ以上ルーティンワークを増やして欲しくも無くて、少しは私に自由自在に使える業務時間をくれれば良いのですが、ガッチガチにルーティンワークで固められるのもちょっと違うなと思っていて、そこの塩梅が結構難しくて、普段から仕事をする際に色々欲しがってはいけないとドクターに言われているのですが、それは私が何でも引き受けるのを良い事に、私を一種の何でも屋にしない為なのですが、つまり私にも仕事を選ぶ権利を与えたいと言う事と、それと私がそうなると結構キャパシティーオーバーになるまで仕事を引き受けがちなので、それを回避する為にも、今は出来るだけ多くを背負い過ぎないように気を付けろと言われていて、結果仕事を自分から欲しがりに行ってはならないと言われているのですが、そうなるとそれはそれで今のように完全に放置されているような状態になってしまって、やる事が見付からないと言う事態になってしまうので、それもまた一長一短だなと思っているのですが、それに今日は何故かかなりやる気に満ち満ちていましたが、毎日こうとは限りませんし、そう思うと一時の感情で、仕事を過度に引き受けすぎるのも如何かと思いますし、中々力加減が難しいんですよね、これが。
そんな中、今日も頑張って仕事をして、それで職場にがっちり拘束され続けましたが、私としては、そこはまあ仕方が無いにしても、ビルの中でずっと時間を潰すと言うのもかなり辛くて、これならば少しビルから出て何かやる作業が有っても良いかなと思いましたが、今は寒い季節なので兎も角として、夏場の灼熱地獄の中で変に仕事を任されるのも辛いなと思っていて、それで遂渋ってしまいますし、そんな一時の考えに乗っかって何でもかんでもやれば良いと言う事は無くて、ちょっと想像力を働かせて、それを通年でやる事になるとしたら如何なるかを考えつつやらないといけないと言う事を少し前に学んでいて、と言いますのも随分前に同じように仕事が無くなってしまってそれで色々欲しがったが為にビル内の休憩スペースの清掃作業がルーティンワークとして加わったのですが、これが今のように冬場ならば兎も角、夏場にやるとなると本当に命の危機を感じるレベルでやって行かないと行けなくて、本当に苦痛の中の苦痛になってしまって、もう滅茶苦茶しんどいルーティンワークになってしまったのですよね。
特に私の厄介な所は立場として仕事を断るにはそれ相応の理由が必要になっていて、他に優先的にやらないといけない業務が有るとかならばそれはそれで良いのですが、そう言う理由では無く、ただ暑いからを理由に断る事は出来無くて、と言うか基本的に私には何をするにしても拒否権が無いのが本当に厄介で、こっちがもうキャパシティーオーバーになってふらふらになってもまだ仕事を押し付けるようなそんな職場なので、多分私と同じようにきっと私の知っている仲良くして来た退職した同僚達も、どんどんと仕事を引き受け過ぎてそれでアップアップになった挙句、体調を崩してそれで退職して行っていると思われるので、何かそう考えると結構恐ろしい職場ですよねと思うのですが、如何なのでしょうか、これが普通なのでしょうか。
これまで色々な方が退職して行きましたが、私の知る限りですが、その八割近くは体調不良が原因で、皆それも精神を病んで辞めて行っているのですからもう自分は既にハンデを持っていると考えると、次は私なのかと恐ろしく感じますし、実際同期も半分近くが精神疾患を発症していなくなってしまっていますので、まあそれだけ過酷な職場で有る事は事実として有るかと思いますし、実際あんな仕事の振られ方を他の部署もしているのならば、少し傷が有る人はそれが一気に広がって行く事になるかと思いますし、もう少し色々とやり方を工夫すれば良いのにと思うのですが、例えばそう言う兆候に有る人間をもっとケアするとかしないのでしょうかと私なんか感じるのですが、事実私の部署に障害者雇用では有りませんが、私とは正確には病気も違う方なのですが、精神疾患を持っていらっしゃる方がいらして、その方も何か脆いとか色々言われる程度に結構な頻度で長期休職をされている方なのですが、そうなると分かっていながらあんな残業も平気でさせていて、結構しんどい業務を押し付けていて、いやそれはダウンするのも分かると思うのですが、皆何とも思わないのでしょうかね。
他にも結構精神的なダメージを理由に長期休職をされている方の割合が結構高くてそれで有りながら、何かストレスチェックの結果がクリーンだったとか言っていて私に謂わせればあんな物、それは引っ掛かるはずが無いと思うようなテストでして、まあ私は会社に遠慮無くどんどんと自分のダメージを入れて行っているので毎年のようにストレスチェック結果が良く無いと出るのですが、あれにそう言う事を書けない人がどんどんストレスでやられて行くのでしょうがと思うのですが、そう言う絡繰りを一切分かっていない方ばかりなので、もう本当如何にセルフケアをするかに懸かっています。
ちょっとそう言う職場なので、私もルーティンワークをこれ以上増やすといざという時に逃げ場が無くなってしまうので、そこは少し自分でも仕事を貰う事は、ドクターの言うようにキープして行って、或る種最低限の労力で効果を発揮出来る存在になりたいかなと思っています。
まあ中々難しい事だとは分かっていますが、それでも倒れてしまったら何の意味も無いですし、かと言って暇なのも嫌なのですが、そこは丁度良い塩梅を探して行こうと思いますし、それが出来無いようでは今の会社から離れて行ったとしてもあまり明るい未来は待っていないと思われます。
難しいですね。
取り敢えず無理だけはしないように気を付けます。
さて、明日も仕事です。
今の所特に大きな業務をする予定は無いです。
まあ今日のようにルーティンワークをこなしてそれで一日を過ごす事になるかと思いますが、兎に角腐らないようにだけ頑張って行きます。
腐って仕事を例えば手抜きしたとか有ったら、それは私の評価が下がるだけですから。
そこはちゃんとやると言うのが私のポリシーになります。
まあそんな訳で頑張ります。
一日一善。
明日をバーンと信じましょ。
ドロン。
おんぼろの船しか残されていなくてよ?
今日は仕事でした。
久々に職場に行ったなあ。
でもちょっとイラッと来た事が有りまして、私の机の上に大量の新聞が置かれていて、それを処理しろと言う事だったのですが、それって私では無くても出来るのでは無いかと思いますし、新年早々そう言う雑務をこっちに投げていれば良いやと言う考えが見え見えで、本当にがっかりしましたし、もっと言うと、私がそれを文句を言わずにやると思われているのも腹立たしいですし、悪いですが私の事を舐めているのかとすら思ってしまいますし、結局2026年も私は便利屋から脱する事が出来無いんだなと思うとがっかりしてしまいましたし、もっと言うと、そう言う事を私に思わせてはならないだろうと思うのですが、それって如何なのでしょうかね、私が贅沢を言っているだけなのでしょうか。
まあそんな訳で出社していきなりイラッとしてしまいまして、あまり良いスタートを切ったとはとても言えませんでしたし、まあ私の扱いなんかその程度なのだろうなと言う事を再確認する羽目になってしまいまして、とても不愉快な気分になってしまいましたし、そんなの今後若しも私が退職したら如何するつもりなのかもう聞いて置きたいですし、何ならばきっとそう言う面倒事を押し付ける為に、また障害者雇用で職員を雇うと言うのならば、私は私達の事を何だと思っているのかと問い詰めたくなりますし、結局要は私は障害者雇用で働く精神障害者は皆こう言う雑用と言うか、便利屋としての立場を確立させてしまっただけになってしまうので、本当に腹立たしいと思ってしまいましたし、もうそう言う事を考えたいとか思いたいとかそんな事無かったのに、それをこうもあからさまに見せられるととってもげんなりして、且つがっかりしてしまいますし、もうちょっとそこは配慮と言いますか、私の事を気遣う姿勢を見せて欲しかったなと言うように感じました。
あの新聞の山を見せられればそれは腹が立ちますし、誰の指示でああいう事をしたのか分かりませんが、要するに私をフォローする気が他の健常者職員には無いと言う事を明らかにしている訳ですから、何と言いますか心が荒みますし、もう言葉を選ばずに言えば、これは立派な差別なのでは無いかとも思いますね。
または私の事をそう言う押し付けても良い捌け口だと思っているのか、若しくは私がそう言う事をされても何とも思わないと思っているのか。
何か久々に職場に行っていきなりこれですから、もうちょっと酷いなと思っていますし、まだまだ私の職場内では私の地位は向上していないのだなと言うのが良く分かりました。
その話はこれくらいにして、そうしないとずっと恨みばかり語ってしまう事になりますからね、それは程々にして、他の業務としてファイリング作業が与えられましたが、こちらは結構まともな仕事でして、重要書類を只管見て仕分けして並び替えてそれをファイルすると言う作業だったのですが、こちらはそれ相応の遣り甲斐が有る仕事なので、こういう仕事はウェルカムで有りますし、寧ろもっと欲しいなと思うくらいでしたが、でもファイリング作業自体は結構さっさと片付けてしまいました。
まあそんな時間を掛けてやるような作業では無く、勿論確実性は優先されますが、それを無しにしても、結構サクサク進める事が出来まして、私自身もこういう作業は結構得意な方だと思っていて、案外見る所が多くて細かい作業なのですが、集中してがっとやってしまえば、そんな二日も三日も掛かるような量では有りませんでしたし、勿論ミスは許されない作業でしたが、それでも私は結構頑張って集中力を一気にそれに向けてやったので、特別手古摺る事も無く、案外すらすらと終える事が出来て、自分としては大満足でした。
ただ私は基本不器用なので、書類の仕分けやらソート作業は凄いスピードでガンガン進めましたが、意外にもパンチで穴を空けるのに苦戦してしまって、如何に書類をずらす事無くやるかに全神経を向けてやりました。
その結果か今回はそんな大きなミスも無く、無事にファイリング作業を終える事が出来て、自分としては少しスピードで手古摺ったものの、それでも充分及第点は与えられる内容だったかなとそう評価していますが、それは自己評価が高過ぎますかねともちょっと不安になっています。
でもその仕事を依頼して来た同僚もかなり満足して下さっていたので、私ももっと自信を持って良くやったと言いたいかなと思っています。
仕事については後、郵便局に何時も郵便物を出しに行く仕事が有るのですが、郵便局の局員さんにしっかりと新年の挨拶が出来た事が一個良かったかなと思っていて、特に仲良くして下さっている方としっかり挨拶が交わせたのは大きいかなと思います。
まあそんな感じで、私の仕事はじめは以上のようになっていまして、結構イラっとした所と、まあ満足した所と、それと良かった所と、三つ有りましたね。
結構正月ボケが有って、そんなにアクティブには動けないかなと思っていましたが、そんな事は無く結構まともに動けていた方では無いかなと言うように思います。
それと人事異動で少しショックな事が有ったくらいで、仲が良かった或る方が退職されてしまったようで、それは少し堪えたかなあと感じています。
と言うか私の会社、入れ替わりが激し過ぎると思うのですが、それは誰もそうだと思わないのでしょうかと思うのですが、まあ私の感覚から言うと、優しい方から順番に体調を崩して辞めて行かれるイメージが有りますし、はっきり言って、そんな職員皆に優しい職場では無いのでは無いかと言うように思います。
結構そう言う所はブラックとまでは行かなくとも、グレーな部分が有るなと私は見ているのですが、そこは皆何とも思わないのでしょうかね。
取り敢えず、今日は一日何とか乗り切りました。
明日も引き続き仕事ですが、明日は何か特にする事も無く、ルーティンワークをこなして行く事となるかと思います。
頑張ります。
一日一善。
明日をバーンと信じましょ。
ドロン。