それから彼は化け物扱いされた。人間は、自分とは明らかに異質なものを恐れ排除すると言う……。
しかし、それは現実に目の前に突き付けられた時、初めて残酷さが分かる事なのだった。
(著書『あの丘を越えて』より抜粋)
ケータイ小説という新しい媒体で築き上げられる旧態依然とした作品集。
溢れるパラドックス。
これは、そんな一人の物書きのオフィシャルブログである。
彼女の脳をモデルに作られた人工知能
今日もお休みでした。
何か今日は身体が重たくてちょっとしんどかったですが、それでも何とか執筆活動をやりまして、それでそれなりに満足の行く一日を過ごす事が出来ました。
久々に、ヒロちゃんとラインもしましたし、ヒロちゃんも色々と大変だったようですが、私の話をしっかりと聞いてくれて、良い友達を手にする事が出来たなと思えましたし、何と言うか私って友達の数が少ないとか言われていますが、その割には良い友人に恵まれているなあと思いますし、それに何と言うか、私ってあんまり優しい人間では無いですし、もっと言ってしまうとかなり短気な方なので、そんな私に構ってくれるなんてヒロちゃんも優しいなと思いますし、それでも私はヒロちゃんに何か恩返しが出来ていないなと言う事をちょっと申し訳無く思いました。
ヒロちゃんは何と言うか、元々物凄く優しい人なのですが、苦労が絶えない方でして、知り合った当初は変なのに好かれて、それでかなり困った事になっていて、何かストーカーに近い事をされていたり、他にも私の戦友の一人に凄くしつこく付き纏われていて、何回断っても告白されていたりして、結構不憫な眼に遭っていましたし、それを私は問題だと思って、色々助けて行った事から結構仲良くなって行きました。
ただヒロちゃんははっきりしていて、私とは友人関係こそ築いていましたが、そこから恋愛関係には発展しませんでしたし、まあ私も何か告白したとかそう言う事は無かったですが、それでもヒロちゃんには完全に相手にされていないも同然だったのですから、結構世の中上手く行かない物でして、しかも言ってしまうと、ヒロちゃんとは何かしらそう言う関係になる事も有っても良かったかなと思いますが、気が付けばヒロちゃんは結婚してしまって、もう完全に彼女は選択肢から外されてしまった事になるのですよね。
何かそう言うパターンが沢山有るんですが、今思うと、しーぽんからして私は彼女の事が好きだったですし、しっかりと告白もしましたが、しーぽんも私に見向きもしないで、それでも友達としてはやって来ましたが、そう言う感じが続いていて、結果としてしーぽんだって今や立派なママになってしまいましたし、本当にそう言うのは運が無いなと思っていて、他にも私は恋愛で失敗ばかりしていて、今思えば病気になったのも恋愛の失敗からでしたし、もうこのままずっと独りでいるのかなあとか思っていたりして、結構色々諦めています。
あの時も、あんな思わせ振りな態度を取られて、それで勘違いするなと言う方が無理が有るだろうと思いますし、私はそれを上手く見抜く事が出来なかったんですから、猶変な所純情で質が悪いなと思っています。
私がもっと賢く聡明だったら、今のような状態にはなっていないなと言うように思いますし、今まで色々な体験をして来ましたが、友人関係は築けるものの、そこから先には全然進まなくて、寧ろそれ所か結局無理が祟って関係が交代して行く羽目になってしまいましたしね。
今思えば灰原レイなんかその一番の存在でして、私は彼女ともう取り返しの付かない関係になってしまいまして、それは結構後悔しています。
まあヒロちゃんの事に話を戻すと、ヒロちゃんとは今も大事な友人同士ですが、何かチャンスが有って、それで恋愛関係になっても良かったのかなあとちょっと思っています。
ヒロちゃんとならば良い関係になれたのでは無いかなと今も思うのですが、まあ彼女には全くその気が無かったのですから、それはちょっともう今となっては無理が有る事だろうなとも思いますし、それはもう何も出来ない事だろうなとも分かっている事なのに、全くチャンスは無かったのかなあとか思ってしまいます。
まあ私は男女の友情は成立する物だと言う派なのですが、別にそれはヒロちゃんに限らず、私の異性の友達って結構な数がいて、パープルとかもそうですし、他にも晴ちゃんやきよぴー、妙華さんとか、春奈さんとか、結構な皆仲良くしてくれるんですよね。
でもそれでも誰とも恋愛関係には発展しなかったなと思うと色々と残念な気分になりますが、それは私としても女運の悪さも重なって来るのだろうと思います。
取り敢えず私はもう恋愛が出来るタイプでは無いと思っていて、色々な女性に会って来ましたが、どの方も私には見向きもしないと言う羽目になってしまいました。
そこは私も残念に思いますが、もう私の周りには私と付き合ってくれるような女性は残っていないと思っていて、しかしマッチングアプリをするには金も無ければ余裕も無いのです。
それとこれが致命的なのですが、私の場合お袋を簡単に切る事が出来ない一種のマザコンのような物なので、恋人が勿論一番ですが、それでもお袋の面倒も一緒になって見てくれないと苦しいのですよね。
他にこれも問題だと言われているのが私の持つ趣味とか夢が邪魔をしていると言う事でして、何と言うか、私は矢張り小説を書いたりイラストを描いたりとかそう言う時間も設けて欲しいのですが、そうなると良く起こる問題が「私と会うよりも物書きやっている方が良いの?」と問われてしまうともう返す言葉が無くなってしまう事です。
それは以前恋した或る方に謂われた事なのですが、矢張り私には勿論恋人と一緒に過ごす時間も大事ですが、それと同等に自分の夢とか趣味とかそう言う為に一人になる時間も必要なのだと主張したいのです。
でもそれが中々許して貰えなくて、それで苦しい思いをした事も有りますね。
矢張りそう言う意味だとかなり理解の有る方としか付き合う事は出来無いなと言う風に思いますし、そこはかなりネックになっている部分して、如何にか我慢しろと言われても、私にだって自分の時間が欲しいと言う面が有るので、そう常に構ってはいられないと言う状態になるのですよ。
それが覚悟が足りないと言うのならばそれはそれで仕方が無い事だなと思いますし、そんな私でも良いと言ってくれる方がいれば是非お会いしたいと思うのですが、中々今時難しいよね。
また人混みを元来苦手とする私が、所謂デートスポットにそんなに行けないと言う事もまた良く無いかなと思っていますし、他にも宗教上の関係でクリスマスとかバレンタインデーとかを全く楽しめない人間なので、そこもちょっと許して欲しい部分では有ります。
まあごちゃごちゃ注文を付けられる身分では無い事は重々承知しています。
なのでこうして独りで過ごす事を或る種覚悟している訳です。
ヒロちゃんとは多くの条件をクリアー出来る仲だったのになと思うのですが、まあ彼女からすれば私は論外だったのでしょうね。
何回か遊びに行きましたが、どれも結果は実りませんで、友達関係のまま今まで来てしまっていますし、多分これが強がっているとかそう言う訳では無く、私がヒロちゃんを恋人として見る事が出来無い部分も今は有るので、何と言うか良い友達として見る事としています。
でも独りで死んで逝くのは嫌だなあとも思いますが、もう私には皆見向きもしない事でしょう。
私と付き合っても楽しくないと思いますしね。
結構忍耐強い人間では無いと私の恋人は勤まらないと思います。
そんな人がいてくれたら良いなとは思いますが、中々いないでしょう。
寧ろそう言う素晴らしい方が彼氏がいないなんて有り得る話では無いとも思っていて、実際これまで何人か好きになった人に恋人が既にいたりもう結婚していたりと、私のアクションが遅かった事も有って、色々そう言う面でも辛い思いをして来ましたから、私としてもダメージが大きいです。
まあヒロちゃんは大事な友人として大切にして行こうと思います。
明日もお休みです。
ゆっくり過ごします。
一日一善。
明日をバーンと信じましょ。
ドロン。
孤独な騎士が消える瞬間
今日もお休みでした。
小説をちょっと書きました。
ここに来て創作意欲を掻き立てられていて、もうどんどん書いて行きたいと言う思いが生まれて来ていますが、中々思ったように行かないのが現実でして、結構色々な理由で今日も何やかんや、少しは書けましたが、そんな完全に沢山書く事が出来たかと言うとそれは少し怪しい物が有るなと言うように感じています。
書きたい事は沢山有るのですが、それを書く時間が中々も受けられずにいまして、まあそれも自分が悪いのですが、上手いように行きませんでした。
そう言えば、小説の執筆の為のインプットも少ししましたが、それはつまり本を読むと言う事なのですが、それが出来たのは大きいかなと思いました。
また、創作活動を同じようにやっている或る作者さんの作品も一気に読みましたが、何か凄いなと思ってしまいまして、全然私とは違う作品となっていましたから、そこは表現力の差と言いますか、多分完全に実力の差だろうなと言うように思っていますが、私も仮にも大学時代に文章力を褒められた経験の有る人間でして、レポート課題は私にとってご褒美のような物で、かなり楽しんでそれに取り組む事をしていたと言うとても或る種文章を書く事に喜びを見出していましたが、しかしながら今思うと、大学の文芸賞を取る事は結局叶いませんでしたし、色々有りましたが、しかし確かに私の文才を認めてくれたのは、文章法入門の担当の先生と、ゼミの担当の先生の二人だけでしたし、そんなに高く評価を特別受ける事は出来なかったですし、結局はちょっとだけ文章を書く事が好きな俗物でしか無いと言う事でした。
私はもう少し色々と文章力を鍛えて行きたいなと言うように思いますが、結局私は少ししかそれをまともに習う事も出来ませんでしたし、そう言う理由も有ってなのか、私は何時まで経っても所詮趣味の域を越えられないようなへっぽこクリエイターでしか無いと言う事ですよ。
そこから如何言う風に脱して行けるかなとこれまでも色々と考えていましたが、そもそもこう言うのって一種の才能が必要になる事なので、それがそもそも備わっていないと言う事となるのだと何処かで分かっていましたが、それでもそれに抗ってこれまで生きて来ましたが、それもちょっとしんどいかなと思うようになって来ました。
たださ、私だって幼い頃から元々は漫画家志望でやっていましたが、そもそも漫画家になるにはデッサン力があまりにも足りていませんでしたし、そこは鍛えて行こうと頑張りましたが、結局身に着ける事は出来ませんでしたし、それでも書いて行けるだけの内容だけは評価して貰っていましたので、それで漫画原作を書くようになって、それ相応の評価は貰っていましたが、所詮そこまででしか無かったですし、私はそれを超える事が出来ませんでした。
ただ私はそれでも、まあ創作活動の楽しさは感じていましたし、例え漫画原作でも、作品が形になるのは嬉しかったのですよね。
しかし私は結局その漫画原作者としても、所詮は俗物レベルを突破出来る物では無かったのですから、私は或る種の絶望に襲われてしまいましたし、そこから脱する事は中々叶わないようでして、つまりそれは私には創作活動をするだけの才能が無いのだと言う事を表しているのだと言う事が言えて、過去に一度だけ、シナリオ作家協会のシナリオ講座に通った事が有りましたが、その際にも他の受講生達のレベルの高さを痛感していましたし、私に出来る事はそれに只管付いて行こうとするばかりで、まあ私が作る世界観は或る程度認められていましたが、それを表現する力が全く評価される事は無くて、私は設定を考えるまでで終わっているとすら言われていました。
厳しい話をすると、私はそれを全くそれを体得する事が出来ていなかったと言う事となりますし、もっと言ってしまうと所詮私なんか、そこ等にいる単なる俗物の一人でしか無かったのですから、それでも良くあの一年間食らい付いていたなと今ならば自分で自分を褒める事が出来ると思います。
実際一番作品数を提出していたのは、あの時のあのクラスの中では私独りでしたし、後にコユキちゃんが加わって、二人でただどんどんと作品を競うようにクリアーすると言う状態になっていましたが、それでもまあ全然才能は開花しませんでしたね。
或る意味先生達にとって呆れている存在だったのでは無いかと今になると思うのですが、それでも私をちゃんと面倒を見てくれて、それで一人前のクリエイターになるように無理を通して下さった先生方には今でも感謝してもし切れませんし、それに答える事が出来無かった事が、今でもとても悔やまれる事となります。
まあ私は本当に単なる俗物で、今までも創作活動は続けて来ましたが、それでも全然鳴かず飛ばずで、このまま頑張ってやって行っても、余程の事が無い限り、私の作品なんか評価される事は無いのだろうなと思います。
しかしながらそれでも私は書き続けるつもりでいまして、それは何処までも頑張って行く事をここに誓おうと思いますが、しかし本当に才能が溢れている方は、例えそれがプロの世界では通じないとしても、それでも一種売れていると言うか読まれている作者さんもいらして、それは本当に私からすれば羨ましい事だなと言うように感じます。
私もそこまで追い付ければ良いなと思いますが、それは叶うのでしょうかね。
まあ信じる事をしないと、全然それも叶わないだろうなとも分かっています。
それは私の作品のテーマでも有って、自分の可能性を見捨てない事が一種ここ最近の私の作品に共通する物と言っても良いかもしれないと思います。
自分で自分に絶望をしないって難しいのですが、それでも私は頑張ってやって行こうと思います。
或る意味私の作者としてのスタンスなのですが、これはヨーダの教えでも有りますね。
「やるか、やらぬかだ、やってみるは無い」のです。
それを私の一種の座右の銘としています。
うん、頑張ろう。
明日もお休みです。
執筆活動がまた出来れば良いかなと思います。
やれるだけやってみようかなと考えています。
そうですね、出来るだけ頑張って今書いている作品にエンドマークを付けられるまでは頑張りたいなと思っています。
まだまだ先は長い予定なのですがね。
気張って行きます。
一日一善。
明日をバーンと信じましょ。
ドロン。
それが僕の背負うべき罪か
新年明けましたね、本年も宜しくお願い申し上げます。
私は今日、伯父のお寺に行きました。
いとこの子ども達にお年玉を渡したり、一緒に遊んだり、まあ楽しかったのですが、ちょっとエネルギー切れな感じもしなくもないです。
それと、色々と門徒さん達と挨拶をしまして、皆、昨年は大変だったね、と伯母の事で言って来るのを何だか他人事のように効いている自分がいました。
ちょっとそれが嫌だったなと思っていて、確実に伯母を失ったダメージから回復するに連れて伯母の事を忘れようとしている自分がいるような気がしてならないのですよね。
そんな自分に少しばかりハッとさせられてしまいまして、何か人間の痛みと言うのは長続きする物とそうでは無い物が有るんだなと言うのを知らされました。
今思えば、妹が死んだ時は、私は残念な事に悲しむ余裕が無くて、それは家族の誰もがろくに機能しなかったからなのですが、親父は端から頼りにならないし、きょうだい達もそれぞれの理由でこいつ等に任せては駄目だと思ってしまうような一面が有って、それで私が一手に全てを引き受けて色々やった結果、私自身が痛みと向き合う時間を設ける事が出来ず、ただもやもやしたまま気付けば四十九日だ、気付けば一周忌だと過ぎて行ってしまって、そう言う感じだったので、妹の事はそもそも悲しむ余裕が無かったですし、またこう言う事を言うと多分弟なんかは無茶苦茶怒って来るのかもしれませんが、私は妹に関しては、家の中を散々引っ掻き回して好き放題した挙句、私達の事を一切顧みずに勝手に死んで逝ったと言う自分勝手の極みをやったと言うそう言う怒りの感情を持って今見ているので、勿論妹を亡くした喪失感も有りますが、それを超えて何で好き放題生きて好きなように振舞って、最期まで自分の勝手だけで決めて行くのかと言うそう言う苛々も感じていて、悪いですが妹が死んだ事で私のお袋は大打撃を受けましたし、他にも私も色々と後処理で大忙しになって精神的な負荷が半端では無くなったので、それを思うに妹が勝手に死んだ事で私は散々不利益を被って、悪いですが迷惑極まりないなと思うような感情も同時に持っていて、それも有って、思って以上に凹まなかったと言いますか、案外普通に怒りの感情が勝っていたんですよね。
それを一種悲しみの段階の一つとして受け止められるとか本とか読んで知っていましたが、未だに怒りの感情は消えないで、もう本当に今ですらまだ妹の事が許せなくて、まあ勿論哀れだとは思いますが、しかし決して許して良いとも思えませんので、伯母の死と妹の死は一種同一線上に扱えない物となっております。
また妹は亡くなる前に、あれは多分病気だったのだろうと思うのですが、私が悪口を言っているとか言って来ていて、他にも吐くまで毎日酒浸りになっていて、私はこれも悪いですが、妹が死んだ時にホッとしたと言う感覚も有りましたし、それを自分の罪だと一時期考えていましたが、今ならばそれも仕方が無い事だろうなと言うようにも思っていて、何しろ妹があのまま生きていても多分病院に行くとかはしなかったでしょうし、妹に攻撃を受けながらその吐瀉物の処理をするのは私と言う歪な関係が続いたのだろうなとも思っていて、そこからは如何にか脱せたので、私としては一応の解放感も同時に持つ事となっていたのですが、それを誰が責める事が出来るだろうかとも思っています。
グリーフサポートとかも受けましたが、多くの場合悲しみの共有は確かにするのですが、この怒りの共有とか、解放感の共有とかは中々出来無くて、それが一個私の中で悩みになっていましたし。
まあ私自身がかなりイレギュラーな状態なのか、他の皆も似たような物を持っていながらもそれを隠して生きているのか、そこは良く分かりませんが、私はもう妹の死を真正面から悲しむ事は無いんだろうなとは思っていますし、それを何か悪い事だと言う人がいれば、それは私に謂わせれば、じゃああんた代わって見ろよ、と言う話になってしまいますし、私はもう少しそこに寄り添ってくれる存在に出会えなかった事は大きいなと思っていて、自分の中ではこんな事を思ってはならないと思うのですが、皆死者の事を悲しむだけの一種の心のゆとりが有って良いねと思ってしまっていました。
ただ、伯母に関しては昔から身体の弱かった私を気遣ってくれていましたし、何より伯母は誰に対しても優しい方だったので、私は伯母の事をとても好いていたので、それがあんな風に一気に弱って行って、それで亡くなってしまったんだと思うと、矢張り胸にぽっかりと穴が空いた気分になります。
似たような経験はじいちゃんを失った時にも有りまして、あの時はじいちゃんの亡骸を荼毘に臥すのに物凄く抵抗を感じていたのですが、ただじいちゃんと伯母には大きな違いが有って、じいちゃんは私を出汁にして九州の伯母に意地悪をするような真似をしたりして、それはそれで伯母が辛そうにしているのを私も傷付いてしまいましたし、他にも和歌山の祖母の事を擁護するような発言をした事も矢張り私の中では違和感が強くて、良くも悪くもじいちゃんの人間的に間違っている部分が良く見えていたので、それ故これも言い方を選ばずに言えば、人間の死として受け止められたのです。
ただ、伯母はそう言う意味では、隙の無い優しい人間で、私だけでなくお袋もきょうだい達も皆伯母の世話になっていたはずなのに、それを何と言いますか、亡くなるまでに礼の一つも言えない私の周囲の人間には本当にがっかりしましたし、あんなに皆に優しく接していた伯母ですら死んでしまったらこんな雑な扱いになるのかと思うとショックを禁じ得ません。
そう言う意味で一種のトラウマを私に与えたのが伯母だったと言う事となります。
だからこそ私は伯母の生きて来た証をこの記憶に宿して、それで伯母を記憶の中で永遠に生かし続けて行きたいと思っていたのですが、これが人間とは不便な生き物で結構抜け落ちている部分が多いのです。
つまりそれでこそ今日は自分の冷たさを良く知りました。
結局私は何かを悲しむ事がそもそも出来無い人間なのかもしれないとすら思うようになってしまいました。
まあそんな年始でした。
人は一度の死で終わる物では無く、第二の死や第三の死が有るとか言う話は良く有りますが、まさにそれを感じています。
私が私の中で伯母を殺さないように生きて行きたいですね。
今日はそんな感じでした。
ちびっ子達と遊び過ぎてもうへとへとになりました。
明日もお休みです。
執筆活動が出来れば良いなと思っています。
一日一善。
明日をバーンと信じましょ。
ドロン。