こんばんは、はるとです。
きょうも、ひとりぶんの転職の話をさせてください。
思い出したのは、29歳の女性のこと。
美容師さんです。
鏡を覗き込んだお客さんが、ふっと表情をゆるめる瞬間があるんですよね。
自信を取り戻したような、あの顔。
彼女は、その瞬間に出会いたくて、この仕事を選んだんだそうです。
専門学校を出たあと、雑誌にも紹介される有名サロンに就職しました。
ここで修行すれば、一流になれる。そう信じていたと言います。
新人の朝は早いんです。開店前の練習、閉店後の居残り。
シャンプー、ブロー、カラー、カット。
先輩の合格が出るまで、お客さんの前には立てません。
厳しい業界だというのは、覚悟していました。
技術を磨くための厳しさなら、受け止めるつもりだったそうです。
でも、店長が求めていたのは、技術だけじゃなかったんですよね。
練習中にミスをすると、ハサミが机に叩きつけられました。
「センスないよね」
「その手つき、美容師向いてないんじゃない」
「その暗い顔で接客されたらお客さん逃げるよ」
技術じゃなくて、人格や見た目を否定する言葉ばかりだったそうです。
営業中も、監視の目は外れません。
お客さんとの会話が少なければ「盛り上げろ」。
話が弾みすぎると「手が止まってる」。
自分の判断で動けば「勝手なことするな」。
彼女いわく、「何をやっても不正解だった」んだそうです。
ある日のこと。彼女は、カラー剤の濃さで迷いました。
そのお客さんの髪は、前回の施術ですでに傷んでいたからです。
店長に相談したところ、「予定通りでいいから」と一蹴されたそうです。
不安なまま、その指示に従いました。
仕上がった髪は、案の定、傷んでしまいました。
お客さんの、あの悲しそうな顔。
謝ったのは、彼女ひとりでした。
「確認が足りませんでした」
本当は、確認していたし、相談だってしていたのに。
それでも頭を下げたのは彼女で、店長ではなかったんです。
その日を境に、ハサミを握る指が震えるようになったといいます。
最初は疲れかと思っていたそうです。
でも、震えはプライベートにまで広がっていきました。
お箸を持つ手、ペンを持つ手。
見られている、と感じるだけで指が固まる。
病院では、体に異常はないと言われたそうです。
面談での第一声は、「向いてなかったんですよね、きっと」でした。
私は、一つだけ質問しました。
「震えが出る前と後で、腕は落ちましたか?」
彼女は少し考えて、「……変わってないです」と答えました。
変わったのは、腕じゃなかったんですよね。
いつも採点されている、あの感覚だけが、指先にこびりついていたんです。
——ここが、いちばんの分かれ目でした。
彼女には、他のスタッフにはない感覚があったそうです。
触れた瞬間に、髪の傷み具合が分かる。
聞かなくても、薬剤の強さを調整できる。
でも店長のもとでは、それはただの「勝手な判断」でした。
「その手はもう、正解を出せています。採点している人のほうが、間違っていたんですよ」
私は、そう伝えました。
彼女がその後選んだのは、美容師業を続けながら、薬剤メーカーの技術サポートに関わる働き方でした。
各地のサロンから相談を受けて、薬剤の使い方をアドバイスする仕事です。
もう、お客さんの前でハサミを握ることはありません。
年収は、以前とそう変わらないそうです。
面接では、震えのことも隠さず話したと言います。
返ってきたのは、「判断できる人にこそ、うちは相談してほしいんです」という言葉でした。
その一言で、決めたそうです。
誰かに監視されながら手を動かすことは、もうありません。
半年経ったころ、彼女はこう言っていました。
「自分の手を、久しぶりに信じられる気がします」
指先がこわばる瞬間は、いまもたまにあるそうです。
それでも、何日も震えが続くようなことは、なくなりました。
いま、評価のたびに手が震えてしまう、あなたへ。
その震えは、腕が落ちた証拠じゃありません。
採点する声が、大きすぎるだけなんです。
手が覚えている技術のほうを、信じてあげてくださいね。
では、また明日。
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【今日のブログのおまけ】
「手に職があるまま、環境だけ変える」考え方は、私が本業で運営しているサイトにまとめています。
元面接官として、転職サービスを実名で辛口レビューしています。
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