おはようございます、はるとです。
「認めない」
上司はそう言って、差し出された封筒を机に放りました。
相談に来てくれたのは、30代の男性でした。
胸の中で辞めようと決めてから、その言葉を口にするまでに、まる2年かかっていたそうです。
月の残業は80時間を超えていました。
休みの日でも社用の携帯が鳴ります。
有給を申請すると「チームへの愛がない」と言われる。
それでも動けなかった原因は、度胸のあるなしではありませんでした。
「自分がいなくなったら、まわりが困る」
思い当たったのは、この一点だけだったんです。
背中を押したのは、ある朝の洗面所でした。
目の下は黒くくぼんで、顔から表情が抜け落ちている。
鏡の中に、見覚えのない人がいたと話してくれました。
このままでは会社を離れる前に自分が壊れる。
そう感じて、ようやく封筒を用意したそうです。
会議室で渡した瞬間の返事が、さっきの一言でした。
上司は畳みかけます。
「人が足りないのは分かってるよね?」
「今辞めたら、みんなに迷惑がかかるよ?」
彼が返事に詰まると、上司は出入り口の前へ移動しました。
「納得するまで、ここから出さないから」
説教は2時間近く続き、封筒は突き返されたそうです。
部屋を出るころには、辞めたいと告げた自分のほうが悪者になった気分だったと言っていました。
その晩、彼は友人にすべて打ち明けています。
最後まで黙って聞いた友人の返事が、こうでした。
「それ、相談じゃなくて監禁に近いよ」
この一言で、彼は自分の置かれた場所をようやく外側から眺められたそうです。
対話をしていたのではなかった。
こわさと後ろめたさで、選ぶ余地を取り上げられていたわけです。
■ 辞めていいかどうかは、心ではなく体が教えてくれます
これまで300人ほどの話を聞いてきましたが、くっきり分かれる境目があります。
「この仕事が嫌だ」という状態と、「自分が壊れかけている」という状態は、似ているようで別物です。
前者は、周囲が少し入れ替われば軽くなります。
苦手な上司がいなくなった途端に嘘みたいに楽になった人を、私は何人も見ています。
けれど後者は、置かれた場所そのものが変わらないかぎり戻りません。
判別はむずかしくありません。
休日になっても消えるかどうか、ただそれだけです。
日曜の夜になると心臓が速くなる。布団から出られない。ごはんの味がしない。わけもなく涙がこぼれる。
こうした状態が半月以上ほどいているなら、もう心の持ちようの話ではありません。
体のほうが先に結論を出しています。
冒頭の彼も、洗面所に立つまで自分が限界だと分かっていませんでした。
心はいくらでもごまかせます。体はごまかせません。だから体の判断のほうが信用できるんです。
■ その不満、職場が変われば消えますか
面談で私が欠かさず投げかける問いが、もうひとつあります。
賃金が上がらない。頑張りを見てもらえない。人づきあいが苦しい。抱える量が多すぎる。休みが取れない。
こういったものは、たいてい別の職場では起こりません。その会社だけの事情だからです。
去っていい理由です。ためらわなくて大丈夫です。
反対に「向いていない気がする」「張り合いがない」だけだとしたら、もう少しだけ様子を見てください。
これは職場を移しても、そのまま付いてくることがあります。
離れる前に、係を変えてもらうなり配置を替えてもらうなりして、消えるかどうか確かめる余地が残っています。
体に出ているか。不満がその会社だけのものか。
この2点を上から順に確かめれば、答えはだいたい見えてきます。
■ 「迷惑をかける」は、あなたの荷物ではありません
切り出せない人の理由は、ほとんど1つに行き着きます。
「自分が抜けたら、まわらなくなる」
ここははっきりお伝えします。
あなたが抜けてまわらなくなる職場は、あなたがいる今の時点で、すでにまわっていません。
たった1人が欠けて崩れる組み方は、その1人に無理をさせて形を保っていただけです。
これは会社側の設計の話で、あなたが肩代わりするものではないんです。
では実際、辞めた人の職場はどうなったか。
私の知る範囲では、ほぼ例外なくまわっています。
募集をかけ、人を入れ、担当を組み替える。会社にはそれができます。
やらないのであれば、そのうち別の誰かが同じ場所で倒れるだけです。
引き止めの場面で「みんなが困る」と言われたら、それは説得ではなく、あなたの後ろめたさを使った駆け引きだと受け止めてください。
■ 決めたあとには、踏む順番があります
思い立った勢いのまま動くと、あとでお金が残りません。順番があります。
はじめに、就業規則を開いて申し出の時期を確かめます。
1か月前と書かれている職場が多いものの、2か月・3か月というところもあります。ここを見ないまま動くと、去る日が思ったより遠のきます。
続いて、有給が何日残っているか数えます。
使い切ってから去るのと、捨てて去るのとでは、通帳に残る額がまるで違ってきます。20日あれば、ほぼひと月ぶんの給与です。
そのうえで、行き先を決めてから離れるか、先に離れるかを選びます。
在職しながら動くほうが有利、とはよく言われます。ただしそれは、まだ余力のある人にあてはまる話です。
面接で笑顔をつくれない状態のまま受け続けても、いい返事はもらえません。体に出ている人は、先に離れてかまわないと私は考えています。
先に離れるなら、失業手当がいつから、どのくらい出るのかを先につかんでおいてください。
自分の意思か会社の都合かで、受け取り始める時期も総額も動きます。ここを知らずに辞めて、貯金の減る速さにあわてる人をよく見ます。
しめくくりに、伝える相手と順序です。
直属の上司より先に同期やほかの部署へ漏らすと、うわさで伝わって話がこじれます。最初は上司、これは動かさないでください。
■ 切り出せずにいる、あなたへ
2年ものあいだ言えなかった彼を、私は一度も情けないとは感じませんでした。
言えないのは、思いやりのある人ほど「自分が抜けたあと」を思い描けてしまうからです。
その想像する力は、もともとあなたの持ち味です。今この場面でだけ、あなたを縛っているにすぎません。
辞めどきは、我慢がきかなくなった地点で決めるものではないんです。
体に出ているか。不満がその会社だけのものか。この2つで決めていいんですよ。
そして今日やることは、退職届を書くことではありません。
就業規則を開いて、申し出の時期を一行たしかめる。それで十分です。
腹を決めるのは、そのあとで構いません。
ここからの動き方についても、少しだけ。
辞めたい気持ちはあるのに相談先が思い浮かばないなら、まずご自分がどの型にあてはまるかを知るところからで大丈夫です。
もう心は決まっていて、相談先をていねいに比べたい段階でしたら、こちらにまとめてあります。
私はふだん、元面接官として転職サービスを実名でレビューするブログを書いています。今日お話しした辞めどきの境目も、離れたあとの段取りも、あちらに細かく置いてあります。
では、また明日。