8月の「光る君へ」はパリオリンピックの実況のため、第30回8月4日「つながる言の葉」から第32回8月25日「誰がために書く」の3回放送でした。
このころになると、もともと文学的素養抜群のまひろ(紫式部・吉高由里子さん)ですから、藤原道長(柄本佑さん)から一条天皇(塩野瑛久さん)の人となりを訊いて、帝へ献上する物語を書き始めます。
思えば、中宮定子(高畑充希さん)との思い出、しかもその思い出を増幅するような清少納言(ファーストサマーウイカさん)の「枕草子」で胸いっぱいの帝に対して、のちの源氏物語の第一帖「桐壺」を書いたのです。
これって、凄い!
ドラマでもまひろの声で源氏物語の有名な冒頭「いづれの御時にか、女御・更衣あまたさぶらひ給ひけるなかに……」と読み上げられていました。
その内容は、帝にとても愛されたひとりの女性がヒロインだったからです。→これは、現代の私たちでも知っていることです。
あらかじめ、藤原道長が眼を通し、帝の不快を被るリスクを思いながらも、まひろは引きさがらず、これに安倍晴明の予言(「あなたの会いたい人を訪ねよ」の予言をもとに、道長はまひろに帝への物語執筆を頼んだ)もあって、道長はその物語を帝に献上したのでした。
思った通り、一条天皇はその物語を読み、自分への当てつけか、とも思いましたが、その作者の文学的素養の高さに興味を持ち、中宮彰子の女房として宮中に参内するまでが描かれました。
このころになると、まひろ自身も「書きたいことが次々と現れてくる」と言っているとおり、のちの紫式部は作家として目覚めた時期と言ってもよいでしょう。
そして、今月印象的であったのは、まひろの父 藤原為時の存在です。
もともとまひろが女性でありながら、漢文や日本史の素養が身についていたのは、このお父さんが学問の重要性をよく、理解し、それを自分の娘に教えたからです。
しかも、世の中は、女性であっても自分の想いを和歌や日記に記すことができました。そう、今月はその代表例として、あかねと名乗る女性(泉里香さん)が出てきましたね。彼女はのちの和泉式部です。
まひろが宮中に参内する日、藤原為時はまひろに「おぬしがおなごであってよかった。」と言ったのは、男の自分は政治的・身分的にも何かと不自由で不遇であるけれども、女性は男とは違う世界で、その才能を活かすことができるかもしれない、といった希望を見たからなのかもしれません。
かくして、その大作ぶりや、ましてや文字の読み書きができる、女性であった点など、どれをとっても世界史的な金字塔となる源氏物語の執筆態勢は整えられたのでした。
この大作が、当時の社会においてどのような影響を及ぼしたのか、9月以降の興味となります。(あ、中宮彰子(見上愛さん)は相変わらず注目しています。)