です。
むかしの仲間からケータイ。
同窓会を企画したいのだという。
東京、大阪、名古屋…
みんなバラバラだから浜松あたりで1泊2日でと。
受話器のむこうで(←いまどきこんな表現もうしないか)彼女はいった。
「いまあっとけへんかったら、つぎあうの誰かの葬式になってまうで」
予想以上に「死」が身近になってきている。
自分の死ではなく
他人の死。
ジョン・レノンが死んだり
ジョー・ストラマーが死んだり
マルコム・マクラレンが死んだり
こんなことをいうのは申し訳ないけれど
そんなことは若いころからあった。
ロック・スターはよく死ぬ。
だけどこれが
仲間だったり
共演者だったりすることがイレギュラーではなくなってきたのだ。
東京へ出てきたばかりのころ
よく面倒を見てくれたCMディレクターの大先輩が
仲間たちと毎年¥10000ずつ出しあって
最後に残ったひとりが全部もらえるって企画をたてて実行していた。
10人が10年いきたら¥1000000になる
つぎの年に9人死んだら¥1000000まるもうけ。
そういって大笑いしていたいいだしっぺの大先輩は一番に死んだ。
あのころ僕はまだ若すぎたのでいれてもらえなかったんだ。
そろそろやるか。
遺志を継ぐという大義名分のたんなるまねっこ。
仲間よ、このゆびとまれ !
ぜったい最後までいきてやる。
まるもうけだぜー !
「21歳までに死にたい」
たいした理由もなくそんなことを考えていたティーンエイジの僕がいまの自分をみたらびっくりするだろうな。
結局僕はその同窓会の誘いを断った。
Sorry !
あまったれてるのはよくわかってるさ。
だけど
もうちょっとツッパっていたいんだ。
仲間よ
僕たちは二度とあえなくなる瀬戸際にいるのかもしれないね。
それでも
いきて
あおう。
『ナニワ・サリバン・ショー』を観て思ったんだ。
ひとはみんな
不老不死のちからを持ってうまれてくるんだって。
