31歳の地図
TOKYOに出ることを決めて、初めて紹介された部屋の前をたまたま通りがかる。
東京公演のときにときどき利用していた駒場エミナースというところに、GWの3日間くらいを利用して宿泊して、ツテもなにもない僕は、手探りの飛び込みで部屋探しをした。
渋谷だったかなあ?いかにも不動産屋さん風TOKYO風なおねえさんに、
「沿線の希望は?通勤圏は?・・・」
いっぱいきかれて、さっぱりわからず、
「はあ、下北で公演をやったことがあるので、じゃあそのあたりで」
くらいしか答えられず、
「エンゲキやってらっしゃるんですか?ワタシじゃないんですけど、実はうちの会社にもエンゲキをやっているおんなの子がいるんですよ~」
といって紹介され、
いやいや、そんなことはいいから、ナイスな部屋紹介しておくれよ~と思う僕に、
「ここは芸能人とかいっぱい住んでいて、人気の場所なんですよ~、ピッタリじゃないですか~」
といって紹介された物件。
「カギは開いてますから、地図渡すので、勝手にどうぞ。終わったら電話くださーい」
なんていわれて、ひとり、聞いたこともない駅で降り(実際かなりの人気スポットではあったのだが)、歩いているすぐ横をクルマがびゅんびゅん通り過ぎる中を命からがら15分ほど歩いて辿りついたのは、間取りとか広さとかは忘れちゃったけど、狭くて、暗くて、隣はスナックで、2畳くらいの三角の部屋とかあって、リフォームはまったくなし、壁紙は剥がれっぱなし、ちっちゃいゴキブリの死骸が無数にあって、10万円だという。
深呼吸をして担当に電話したら、
「どうでした?」
「いや、あの、もうちょっと…」
「そうですか、じゃあ明日にでもまた~」
僕のこれまでの人生がまったく通用しないことを知った瞬間。
例の紹介された「エンゲキをやっているおんなの子」は、その後、僕の舞台を何回か観に来てくれて、同じ劇団?のひとが、僕のワークショップをたまたま受講しに来てくれてビックリしたりした。
今はどうしているんだろう?
Happyかい?
結局、その物件は今はもうなくなっていた。
残念だな。
思い出の場所だから、ずっとあってほしかったな。

僕がいまでも使っているTOKYOの地図。
1996年1月発行。
大江戸線もりんかい線も載っていない。
なんにもわからず、とりあえずTV局に赤丸印をつけていて、
フジは曙橋、日テレは市ヶ谷にある。
こころの原点の地図。