25年目の八雲町健診 | はったブログ

25年目の八雲町健診

 今年も北海道の八雲健診に参加することができた。2001年から参加しているので、今年で25年目ということになる(コロナで2年中断したため、実際は23年)。私たち高次脳機能班は9名のメンバーで参加した。1名の院生を除き、全員が大学教授という構成で、ほとんどが院生時代から参加しているベテランである。高齢化が顕著になっている証拠でもあり、若い人材を招かなければならない。本年度は、八雲町のスタッフを除き、名古屋大学を中心に67名の健診スタッフが参加し、3日間を無事終えることができた。

 

 区切りが良いので、初めて参加した頃と最近の状況をいくつかの観点から振り返り、記録しておきたい。この健診には、名大整形外科学教室の長谷川先生のお誘いで2001年の夏から参加することになった。小牧空港に数名の院生を連れて集合した際、この事業の創始者である青木先生の許可を得ていなかったことを知り、冷や汗をかいたことを覚えている。青木先生は、かつて心理学者が参加していたが役に立たなかった、基本的に心理学はいらない、というご意見を持っていた。そのため、八雲健診データを用いて必死に論文作成に注力した。後年、青木先生から「心理班が一番よくやっている」とお褒めの言葉をいただいたこともある。

 

 幸いなことに、科学研究費を継続的に獲得することができ、20年以上も参加を続けることができた。私たちは注意・言語・記憶・空間機能といった認知機能を個別に測定し、加えて日常生活の多様な特性を質問票で収集し、その関連を検討する方法論を用いている。この方法により4〜5名の院生が学位を取得し、研究職に就くことができた。税金を使って研究しているという意識を常に持ちながら取り組んできたつもりであり、現在もそのデータの解析に大半の時間を費やす日々を送っている。振り返れば、ラテラリティ研究から高齢者研究へと運良くシフトでき、研究者として活動的な生活を80歳の今日まで継続できたことになる。ありがたいことに、数年前から私たちの認知機能縦断データは他の研究班にも活用され始め、「Yakumo Study」と冠する論文が増えている。

 

 さて、20数年前と最近を比較してメモを残すのは、「昔は良かった」と不満を述べるためではない。この間に地方自治体が貧しくなっていった実情を記録するためである。

 初めて参加した頃は、規模は今より少し小さかったが、都会の多忙な医師や研究者がわざわざ田舎に来てくれるという町民感情がよく理解できた。その頃の初日の歓迎会は大きな結婚式場の披露宴会場で行われ、食べきれないほどのご馳走が並んだ。終了後には各研究班が2〜3本のワインをもらって帰り、宿泊先のホテルで楽しんだものである。現在も歓迎パーティーはあるが、ケンタッキーフライドチキンが提供されるハーベスター・レストランで開催されている。20年前は、空港に迎えに来てくれたバスに乗り込み、道中の洞爺湖近辺で豪華な弁当や海鮮丼が提供され、会場に到着後に健診機器の準備をするのが常であった。現在は、空港に迎えに来てくれた自治体職員から1人1000円の昼食代を渡され、空港で食事を済ませてから会場に向かい、健診準備に入る。途中の休憩はサービスエリアでのトイレ休憩だけである。初期の健診当日の昼食は、夕張メロン、イカそうめん、とうもろこし、じゃがいも+バター、じゃがいも+塩辛が食べ放題であった。今では各自に割り当てられた分を使い捨て発泡スチロールの食器で食べる。かつては大学院生を豪華な食事で誘い、応募者がかなりの数に上ったものである。

 

 こうした差が生じた原因は言うまでもなく、自治体の財政が逼迫してきたためである。今でも精一杯のもてなしをしてくれていることは十分理解できるが、メンバーとはつい昔を懐古してしまう。原因は地方自治体の人口減少が主因だと思うが、適切な対応策を取れなかった政治の責任でもあり、その体制を継続させた国民にも責任があることは言うまでもない。2005年(平成17年)、八雲町は隣町の黒石町と合併した。いわゆる平成の大合併政策であるが、これにより公共サービスの弱体化が一層進んだように思える。

もっとも、60年前に社会人となった頃には、今日の豊かさは想像できなかった。毎日肉や魚を食べ、エアコンのある部屋で暮らし、車を持ち、安価に医療へアクセスできるのは驚くべきことである。100の資源を持つ社会が1割減となっても、50しか持たない社会が1割減となるのとでは意味が異なる。したがって、「貧しくなった」と声高に主張して外国人のせいにする類の考え方には賛同できない。

 

 貧しい時代から豊かな時代を経験し、そこから徐々に豊かさが失われていく過程を体験できていることになる。栄えた社会はいずれ衰え始め、繁栄が永遠に続くわけではないことは世界の歴史が教えている。豊かになっていく社会と衰え始める社会のあり様を実際に体験できる人生を送っていることは確かであり、幸運でもある。いずれにしても、八雲町は財政状況が悪化する中でも25年間健診事業を継続してくれ、私たちは膨大で貴重な研究資料を蓄積することができた。関係者の尽力を心から賞賛したい。

盛りを過ぎれば衰え始めるのは、社会も人間の身体も同様である。今年は参加者が昨年度より若干増えたにもかかわらず、高次脳機能班への参加者は2割ほど減少し198名であった。今年は80歳以上の高齢者の参加が少なかった印象がある。外出ができなくなったり、施設に入所したりしたのかもしれない。

 

 「先生、来年も来てくださいね」と、これまで言われたことのない言葉を数人から掛けられた。私がもう来られなくなるのでは、と映ったのかもしれない。老化が着実に進んでいることは自覚しているが、来年も同じ言葉をかけてもらえるようにしなければなるまい。