「late-in-first-out」or「first-in-late-out」? | はったブログ

「late-in-first-out」or「first-in-late-out」?

 加齢に伴い認知機能が損傷された後でも情動機能は保持される。例えば、見当識が無くなった人でも喜・怒感情は保持され、介護者にセクハラめいた行為ができ、食欲は旺盛などというケースがそれである。脊椎動物の進化過程の中で、早期に発達した呼吸器や消化器系などの脳幹レベルでのコントロール機能は壊れにくく、系統発生的に後から進化したと考えられる前頭葉機能は加齢プロセスで脆弱であると指摘する際に、モデルというのもおこがましいが、「造成地モデル:新しく造成された土地(脳部位)は古くからの地盤(脳部位)に比べると脆い」と説明してきた。

 この考え方と同じ仮説を、最近の脳画像研究論文に見つけた。そんなに勉強家ではないので、何か新しい研究はないかと日常的に文献検索をして見つけたというわけではない。たまたま、投稿した論文の査読者から(得意げに)これこれの文献を考察部分に加筆せよと言って来た。遺伝学、内分泌学などの学術誌に掲載された論文を教えてくれていたので、仕方なく、探し出して読んだ論文に記載があるのを見つけたという次第。    

 ポルトガルのAna Coelhoらの論文で、J. NeuroSci. Res, 2021に掲載されたものだ。Wileyという大手出版社の電子版でインパクト・ファクターは4.8界隈を年毎に前後する一流誌である。

 内容は、新しい脳画像研究法で脳内の神経ネットワークが加齢に伴ってどう変化するかを、縦断的に検討したものである。脳画像研究は、脳のいろいろな部位のごく短い時間内の血流やブドウ糖消費等の多少を計算して、カラー表示する機能画像研究法(fMRI)が一般化している(と言っても、日本では医学部や病院にあるという意味で、近年雨後の筍のようにあちこちの大学にできた心理学部に設置され出したということではない。億円単位の設備だから日本では無理だが、中国は例外)。これは、細胞体の活動を対象にした手法だが、最近10年の脳画像研究に現れた新しいやり方は、神経線維の連絡具合を計算して、脳内の神経連絡ネットワークを画像表示する方法である。詳細な仕組みをわかりやすく説明する能力はないが、神経細胞の軸索線維の水分の流れる方向を検知するものらしい。当然コンピュータが活躍するのだが、どのようなアルゴリズム(計算手続)で画像化しているのかは僕にはわからないので、正しく計算できているの?と疑う気持ちがないわけではないが、新しい研究法として論文は急激に増加している。

 この脳内の神経線維のネットワークを解明する手法を使って、左右脳間を繋いでる交連線維と左右それぞれの脳内部位を連絡している連合線維との関連を縦断的に検討し、加齢に伴うプロセスでは連合線維が脆弱、という趣旨の論文である。彼女らの論文には「Structural connectivity decreases were mainly due to loss of association fibers, an observation which is consistent with the late-in-first-out hypothesis」とあった。

 前述した土地造成と同じモデルが記載されているのを見つけたということである。彼女らの論文では「late-in-first-out」と記載されており、「パーティか何かに、遅れてきた奴ほど早く帰っちゃう、こと?」かと考えたりしたが、参考文献に記載の原典にあたることにした。たどっていくと1999年のRaz, N.の論文が初出であり、それは脳画像に関する百科事典に掲載されていた。この事典は大手出版社から2015年に出され、値段は1,950ドル2,658ページであった。24-5万円もする本なのだ。その中の10ページ足らずを見たいだけなので、ちょっとした疑問に対応するには法外すぎる値段だ。あきらめてRazの別な論文を探していたら、幸いなことに記載を見つけ、大金を使わなくて済んだ(こういうプロセスは幾つになっても楽しいものです)。

 論文を読んでいくと、そこには「first-in-late-out:後で発達する脳の領域は、初期に成長する領域よりも加齢に伴う変性に対して脆弱」モデルと記載があった。「late-in-first-out」と「first-in-late-out」どちらの表現も同じ意味になるのかも知れないが、インとアウトの順番が違うのだ。「first-in-late-out」であれば、最初に入場した人は出るのが後になるということで、モデルの説明と合致する。

 

 このモデルに行動学的なデータが合致するかどうかは、20年間の縦断的データを有しているので、検討が可能である。データをいじる作業を続ける課題が見つかったという気持ちになったことである。最先端の脳画像研究で確認したのなら、それで十分!ということではない。わずか数ミリ秒間のごくわずかの神経線維の変化を、正しいアルゴリズムで計算されているか分からないのである。最終的な出力である人間行動で確認しなければ!と疑い深いのが、行動科学の研究者には染み込んでいるメンタリティなのだ。

 

 ここで教訓。改めて言うほどではないが、原典に当たることは大事。このモデルを行動学的な検証する場合には、ポルトガルの研究者の論文を使うはずで、そのまま引用していると恥ずかしい目に遭いかねなかった。一流の学術誌でも、査読者がごく初歩的なミスを見逃すこともあるのだ。どこかで思い違いをして彼女らは「late-in-first-out」と思い込んでしまったに違いない。引用の際に間違っては先達に失礼というものである。間違いは、一流の研究者もいろんなレベルでするものなのだ。

 

 25年ほど前には、前頭葉機能を使い続けないとダメになることの説明には「休耕田モデル」と称して、耕し続けない田圃はすぐ雑草に覆われる事実を近所の田んぼの写真をスライドにして授業に使っていた。学生は休耕田という単語を知らなかったので、がっくりきたことも覚えている。これは「use it or lose it」と英語で言うことや「廃用性障害」と医学分野では言うこともあとで学んだ。自分で見つけたように思いがちな説明も、どこかで同じことを別な言い方で記載しているわけで、思い上がってはいけないというのも教訓である。

 

 ともかくも、これからは「造成地モデル」は使わずに、順番を間違えないように気をつけねばならないが、僕はfirst-in-late-outを使うことにしよう