微かに陽射しが漏れてきた | はったブログ

微かに陽射しが漏れてきた

 学生からのコロナ感染を報告は最近4週間ゼロとなった(学生は律儀に報告してくれているようで、最近は副反応での体調報告がもっぱらである。小さい大学だからできることかもしれない)。

ピタリと感染の広がりが止まったという印象である。これは全国的な傾向で、どうしてだろう?と問いたくなるが、専門家でもよくわからないという。約100年前のスペイン風邪も3年で終息したので、自然界の摂理なのかも、と思ったりする。

ワクチンを打っていない学生もいるので、感染状況が下火になったかと言って、今まで通り授業体制をという訳にはいかない。密集を避け、マスク着用、手指消毒を徹底し、対面授業も出来るものだけに、という方針を変えるわけにはいかない。薄曇りの状況は不変である。来年度は通常の状態に戻れることを祈るしかない。

 

 薄日が差してきた感がするのは個人的なことで、昨年投稿した2論文の修正指示に基づいてのやり取りが、昨週に無事終わり、掲載が決定のメールが来たからである。2022年にも研究業績が加筆できるので、嬉しい。

 

 いつまでそんな事をしているのかと言われそうだが、研究者である業態を保つか否かは僕には重要で、若い人に「論文を書け」と偉そうに言えるからと、まだ加齢に伴う認知機能低下はそれほどでもないと確認できるのが理由である。要は自己満足だけで、誰も褒めてはくれないし、賞金が出るわけでもない、ましてこの年齢になり、昇任などに関係はない。

 

 研究論文を書く作業は、掲載が決まれば愉快!となるが、それまでプロセスはストレスフルなもので、大方の人は40歳代で抜け出す。学務が忙しくなったり、子育てや家庭での仕事が増えたりすることを理由にして、作業中止を自己合理化する。個人により事情は違うので、論文を書かないのはダメな奴と決めつけるほど非寛容ではないが、僕はストレスフルな状況を楽しんでいる。

 何がストレスフルかと言えば、投稿した論文がいきなり「掲載可」となることはほぼ皆無で、査読者が何かと文句(問題点の指摘)を言ってくる(満点の評価をすることは、査読者の専門知の評価につながるので、必死に問題点が探される。自分でも同じことをしてきたので、文句はない)。論文を投稿し、文句を言われることは誰でも面白くない。40歳代になり職位が上がると、自尊心を傷つけることを避けようとする心的機制が働く。職位は大抵の教育機関では一定の業績(学務を含んでの)と勤務年数(教育歴)があれば、上がるので、何も自尊心を揺るがすことに拘らなくなるのだ(ろうと、推察している)。

 

 先週に決着した論文も、2回の修正を求められた。学術雑誌によっては査読委員の任期を定めて交代させることがある。最初の査読者の指摘に対応して改稿提出すると、別人に変わっていて、また違う問題点を指摘された。「前に言っていたことと違うじゃないか!」と指摘しても仕方がないので、また修正をするのだ。Native チェックをして投稿していても、「英文を修正せよ」などというコメントが書かれることは珍しくもない。一つの論文はインド人が経営する会社でのチェックだったので、米国人に会社に再度依頼した(研究費はあるので、可能であったが)。もう一方の論文は編集代表が僕に好意的で、査読意見への修正方法を教えてくれたので助かった。査読者が誰かで、当たり外れがあるものなのだ。

 

 査読者はほぼ絶対なので、指摘は間違っているなどと論戦を挑むと、ろくなことはないことは経験則なのである。1980年ごろにイタリアの学術誌に書いた論文の査読者に文句を言ったら、「English, this is poor」とやられ、rejectされたことがある。留学先の英国人の先生と一緒に書いた英語が、「イタリア人がダメと言うの?」と呆れたが、なす術はなかったことを思い出す。この話の記憶から連想を、記しておくと、そのころは、論文はタイプライターで書いたものである。タイピストという職種があった時代があった。もちろん自分にはタイピストはいないので、雨垂れのようにポツポツと打った。投稿は3部提出が普通で、カーボン紙を挟んで、打ち間違いは修正インクを塗っていた。1972年に平野俊二先生の友人に英文を直してもらい米国心理学会誌に投稿した論文の封筒が破れて、東京から戻ってきたと大学近くの郵便局から呼び出された。やり直しを嘆いていると(郵便代金が惜しかった)、生沢雅夫先生が「行先不明でなく、戻ってきた幸運を喜ぶように」と言われたことを記憶している。この論文があったおかげで、教員公募に引っ掛かり、職を得たのであった。思い返せば、良い先生に恵まれた運の良い人間であったのだ。あれから50年。今では論文投稿は電子媒体である。細かい文字でやたら多くの注意書きがあり、視力が疎くなったので、最近は一度で投稿手続きが成功することはない。先月新たに投稿した際には、研究者の倫理観が信用されなくなったのだろう「基本データの開示に同意」の項目ができていた。嘆かわしいことである。

 

 今回の2論文とも、コロナ下で時間をかけてデータ集計した縦断研究なので、何とか辛抱して改稿したことで受理された。何だか薄日が差してきたような気分になれたことである。

 

 このように相変わらず論文を書いたりして、ストレスフル→安堵→新たなストレス希求を繰り返す日々を送っている。昨日、既知の出版社から文庫本の話が来た。薄日は単なる希望的妄想でもなさそうで、今しばらくは、認知機能の鈍化に抵抗できそうかも知れない。

 もっとも、近未来に何があるかは分からない、と自分に言い聞かせてはいますが。