忙中の閑に思ったこと | はったブログ

忙中の閑に思ったこと

 気づけば11月もあと2日で終わる。休祝日が多かったせいか、異常に早く時間が流れたように思う。何をしていたのかをカレンダーで確認すると、11回あるはずの土日と旗日は4日のみ予定が空白なだけで、後は何やかやと出勤していたことがわかる。忙しくて時間が早く過ぎ去ったとういうことだけなのかも知れない。
 今日も土曜日であるが入試で出勤している。最初に試験監督に「宜しく」の挨拶をするのが仕事である。どうせ家にゴロゴロしていてもテレビ番組のサーフィンをしているだけかも知れず、挨拶後の時間は自分で自由に使えるので、面倒だけども、「まあ、いいか!」と思うようにしている。
 先週は原稿料をいただける執筆依頼が2件続いてあり(それ以外の挨拶文の依頼は、毎月1-2編必ずあるが、職務に関連しているので稿料は頂けない)、調べ物をした。名誉教授の特権ということで、名大の図書館の外部利用アドレスを許可してもらっている。ちなみに名誉教授はいくらもらえるのと聞かれたことがあるので披露しておくと、図書館利用権、車での無料入構権、大学からのニュースの配信ぐらいが得られるものの全てである。名誉教授の集まりへの案内は届くが、飲み食いは会費を徴収される(らしい)。
 調べていたのは最近のきき手文献で、ネット上で図書館に入って検索し印刷できる。便利なことである。取り込んだ文献のpdfは画面上で拡大して読めるので、老人には誠にありがたい(もっとも、以前のように何時間も読む根気も視力もないが)。
 たまたま、目につき読んでみたのは、アメリカモンタナ州の教職大学院での博士論文を基にした論文である。きき手は、片手で行う動作を集めた10-20項目の質問票での回答で判断するのが一般的で、どのような動作にするかは検査の開発者で異なる。何種類も検査は存在するが最も古くから、最も多くの国で使用されているのがエディンバラきき手検査(EHI)である。1971年に公刊された論文で、僕はこれの真似をして同じ手続きで日本人用の検査を1977年に作成している。文化による違いが項目選択に影響したためである。例えば、「文字を書く手」は僕の検査項目にはないが、エディンバラきき手検査にはある。日本人での左手書字は、当時は極めて少なく、きき手の判別には適しなかったためである。
 僕が目にした2012年の論文は専門誌Lateralityに掲載されているので、しっかりした科学的研究と見なせるのだが、その内容に驚いてしまった。EHIを使用したら、教示がきちんと理解されなかったので、きき手係数が計算できなったというのである。この研究者は自閉症ときき手との関係を調べており、低学歴者を含む432名の母集団できき手の調査をしている。大卒レベル16.1%、高卒以上大卒未満63.6%、高卒以下と学齢不明20.4%が対象者で、白人78%、アフリカ系18%、残りがスペイン系とアメリカ現住民系である。ちなみにこの母集団がその地域の現状に最も近いという(以外と大卒が少ないように思うが、地域の特性なのかも知れない)。その結果、教示通りに回答したのは47.3%であったという。同時に行った自閉症についての検査は教示通りが88.2%であったということから、EHIは教示が難しいので半分が理解できなかったというわけである。ちなみにこの母集団の結果からは、左きき3.9%、右きき52%、両手きき44%であった。教育水準が教示通りに回答したかの説明要因で一番大きいとしている。たしかに、EHI作成での対象者は大学生1,128名で、作者自身も指摘しているように、「highly atypical as regards intelligence and cultural levels」である。
 EHIの作成者であるオールドフィールドが生きていたら何とするだろう。大学の先生が学生向けに書いた質問紙検査の教示が十分に理解できない成人が大勢いることなど、想定だにしなかったであろう。
 日本の高等教育は戦後しばらくして急速に米国のそれをモデルに展開されているが、簡単な質問への回答方法の文章を半分の成人が理解できないという結果を生み出すのであれば、決して手本にすべきシステムではない(と大きな声で訴えたくなる衝動にかられるのだけど)。

 人間は相手も自分と同じような人間であることを想定してコミュニケーションを取るのだが、それは思い込みにすぎないのかも知れない。このことを常に念頭に置いておかないと学生たちとのコミュニケーションは成り立たないという示唆を、忙中に閑を見つけて読んだ論文から得たのでありました。すぐ師走なのですヨ。