「未練」
「未練」という単語が突然浮かび上がってきたのは、研究室の引っ越しをしていて、段ボール箱を整理中のことである。「未練」なんていう語はすっかり死語になってしまったようで、昨今耳にすることも目にすることもない。「未練なのね、だから言ったじゃないの…」という松山恵子の甲高い歌声が記憶から連想されるのだから、すっかり自分の語彙体系は時代遅れになっていることが自覚できる。
学生たちは付き合っている彼氏と別れても、「未練」という感情は浮かび上がらないかのようで、次の彼氏へと気軽に移って行くように見える。
さて、段ボールを整理中に生じた「未練」は文献カードに対してである。文献カードという単語ももはや死語かも判らないが、段ボール箱一杯に「外国文献社」の文献カードが見つかったのである。まだ持っていることも忘れていた。A4サイズの半分大の、やや厚手のカードで、4つの辺すべてに2行穴が開けてある。穴の内側にはアルファベット、著者名、論文題名、雑誌名、発行年度などの基本情報に加えて分野が分類できるようなが印刷された部分と、自由記載のための経線部分から構成されている。たしか5,000枚単位で購入していたことを覚えている。
このカードの存在を教えてもらったのは生澤雅夫先生で、当時の院生は全員このカードで整理するようになった。自分が読んだ論文の要点をカードにメモして生理しておくこと、それにはこのカードが一番良いと断定的であった。生澤先生は大変几帳面な方で、手帳にも几帳面に記入され、パイロットであったと思うがノック式の万年筆(いちいちキャップをねじって外さなくても書ける)を自慢げに盛んにメモをされるのであった。手帳を出して、「いついつの発言とは違いますね」というような調子でやられるので煙たいときもないわけではなかった。先生はこのカードの利点はホールソートができることであると、鉄の細い棒で数十枚のカードからソートをするやり方をデモンストレーションされた。今でいうエクセルでの並び替えの物理的手法である。カードの4辺の穴にはさみで切り込みを入れておくと、ソートの際に関連カードが抜け落ちるという原始的な分類技術からできていた。
かくして私たちの間に「外国文献社」の文献カード利用が広まった。僕もその虜となり、その後に職を得た大学でも着任する後輩たちに薦めたことを覚えている。これに似た「丸善カード」、「紀伊国屋カード」と売り出されたときも「外国文献社」のカードがよいと断言し、「ハマっていた」のである。そういう理由で院生の頃から始めた文献カード記入は、若い人がファイルメーカーというコンピュータソフトで整理した方が便利ですと教えられるまで名大に移ってもしばらく続いた。
論文を読んで、その要点をまとめること、そこから気づいた実験のアイディアなどをメモしてきたのである。数えてはいないが「外国文献社」がなくなると聞いて慌てて追加購入した記憶があるのでかなりの数の記入カードが残っているはずである。
何度か研究室を移転する際に荷物を整理する機会はあるのにカードが入った段ボールを捨てられなかった。今回の引っ越しでも廃棄しなかったのである。自分が購読していた外国雑誌の大半は今回廃棄することができたのに、何故か、捨てられないのだ。
何故なのだろうと考えてみると浮かび上がる語彙は「未練」なのである。「未練」は懐かしさという感情も付随させている。毎日のように何編かの論文を読むのを日課とし、今日は5編読んだなど、自分の英文を読める速さが向上することも自覚できるので、真剣に勉強していたこと若い日が確認できる懐かしい手がかりなのであろう。高齢者は基本的に若い頃を肯定的に懐古できる特性を持つが、持てない高齢者もいないわけではない。文献カードを持ち続けるのは、自分はこれくらい論文を読み込んできたなどと自慢できる学生はもう手元にはいないのだから、肯定的に自分の過去を振り返れなくなる将来への防衛規制なのかもしれない。
もう一度読み返すことも、電子化しても使用する機会もないことは理性的には了解でき、「未練たらしい」、「どうせいつかは捨てるのに」、「棺桶に入れて焼いてもらうつもりかね」などと内なる声も聞こえないわけではないが、残しておく選択をしている自分が居るのである。
最近は電子化した論文を読むようになった。文献検索は巨大資本が独占的に提供するデータベースで簡単にできる。それも高度に悉皆的な文献検索が可能である。名大の図書館を学外から利用できる恩恵に要しているので、研究を続ける上でそれほど支障はない。
しかし、自分で雑誌から複写したり、送付を請求して送られてきた紙ベースの文献を読み、手書きのメモを残したりしていた頃の方が内容への理解が深く、研究のアイディアが浮かび易く記憶にも強く残るような気がしている。
「なーに、年をとって理解力も記憶力も低下しただけですよ」というコメントも聞こえそうですけどネ。
かくして研究室に山積みとなっていた段ボールは廃棄分を除いて何とか新しい部屋に収納できたのでありました。おそらく、最後の研究室移転であります。
学生たちは付き合っている彼氏と別れても、「未練」という感情は浮かび上がらないかのようで、次の彼氏へと気軽に移って行くように見える。
さて、段ボールを整理中に生じた「未練」は文献カードに対してである。文献カードという単語ももはや死語かも判らないが、段ボール箱一杯に「外国文献社」の文献カードが見つかったのである。まだ持っていることも忘れていた。A4サイズの半分大の、やや厚手のカードで、4つの辺すべてに2行穴が開けてある。穴の内側にはアルファベット、著者名、論文題名、雑誌名、発行年度などの基本情報に加えて分野が分類できるようなが印刷された部分と、自由記載のための経線部分から構成されている。たしか5,000枚単位で購入していたことを覚えている。
このカードの存在を教えてもらったのは生澤雅夫先生で、当時の院生は全員このカードで整理するようになった。自分が読んだ論文の要点をカードにメモして生理しておくこと、それにはこのカードが一番良いと断定的であった。生澤先生は大変几帳面な方で、手帳にも几帳面に記入され、パイロットであったと思うがノック式の万年筆(いちいちキャップをねじって外さなくても書ける)を自慢げに盛んにメモをされるのであった。手帳を出して、「いついつの発言とは違いますね」というような調子でやられるので煙たいときもないわけではなかった。先生はこのカードの利点はホールソートができることであると、鉄の細い棒で数十枚のカードからソートをするやり方をデモンストレーションされた。今でいうエクセルでの並び替えの物理的手法である。カードの4辺の穴にはさみで切り込みを入れておくと、ソートの際に関連カードが抜け落ちるという原始的な分類技術からできていた。
かくして私たちの間に「外国文献社」の文献カード利用が広まった。僕もその虜となり、その後に職を得た大学でも着任する後輩たちに薦めたことを覚えている。これに似た「丸善カード」、「紀伊国屋カード」と売り出されたときも「外国文献社」のカードがよいと断言し、「ハマっていた」のである。そういう理由で院生の頃から始めた文献カード記入は、若い人がファイルメーカーというコンピュータソフトで整理した方が便利ですと教えられるまで名大に移ってもしばらく続いた。
論文を読んで、その要点をまとめること、そこから気づいた実験のアイディアなどをメモしてきたのである。数えてはいないが「外国文献社」がなくなると聞いて慌てて追加購入した記憶があるのでかなりの数の記入カードが残っているはずである。
何度か研究室を移転する際に荷物を整理する機会はあるのにカードが入った段ボールを捨てられなかった。今回の引っ越しでも廃棄しなかったのである。自分が購読していた外国雑誌の大半は今回廃棄することができたのに、何故か、捨てられないのだ。
何故なのだろうと考えてみると浮かび上がる語彙は「未練」なのである。「未練」は懐かしさという感情も付随させている。毎日のように何編かの論文を読むのを日課とし、今日は5編読んだなど、自分の英文を読める速さが向上することも自覚できるので、真剣に勉強していたこと若い日が確認できる懐かしい手がかりなのであろう。高齢者は基本的に若い頃を肯定的に懐古できる特性を持つが、持てない高齢者もいないわけではない。文献カードを持ち続けるのは、自分はこれくらい論文を読み込んできたなどと自慢できる学生はもう手元にはいないのだから、肯定的に自分の過去を振り返れなくなる将来への防衛規制なのかもしれない。
もう一度読み返すことも、電子化しても使用する機会もないことは理性的には了解でき、「未練たらしい」、「どうせいつかは捨てるのに」、「棺桶に入れて焼いてもらうつもりかね」などと内なる声も聞こえないわけではないが、残しておく選択をしている自分が居るのである。
最近は電子化した論文を読むようになった。文献検索は巨大資本が独占的に提供するデータベースで簡単にできる。それも高度に悉皆的な文献検索が可能である。名大の図書館を学外から利用できる恩恵に要しているので、研究を続ける上でそれほど支障はない。
しかし、自分で雑誌から複写したり、送付を請求して送られてきた紙ベースの文献を読み、手書きのメモを残したりしていた頃の方が内容への理解が深く、研究のアイディアが浮かび易く記憶にも強く残るような気がしている。
「なーに、年をとって理解力も記憶力も低下しただけですよ」というコメントも聞こえそうですけどネ。
かくして研究室に山積みとなっていた段ボールは廃棄分を除いて何とか新しい部屋に収納できたのでありました。おそらく、最後の研究室移転であります。