「であったりします?」
先週の金曜日は10時からの僕が主催する小規模な委員会に出て、そのあと昼飯も食べずに新大阪にある研修会場に移動して、教員評価の研修を受けた。著名なコンサルタント企業(N総研)による講演というのでどんな具合かと、乞われるままに出かけてみた。
著名なN総研の4-50歳ぐらいの中堅どころと思しき講師であったが、ひどいものであった。コンサルタント企業が教育産業に何とか金儲けの糸口を見つけたいという背景だけは理解できたというのが率直な感想である。内容は一般企業での社員評価のノウハウを大学や高校の教師を相手にもできるかも知れないという程度の中身、といったら気の毒かも知れないが、無料で参加できるわけではないので酷評するのは許されよう。自腹なら,金返せ!と言いたいレベルである、と言ったらいい過ぎかも知れないけど。
中身に自信がないのか、講師の話すスピードが速いこと、パワーポイントの文字数が多く,文字が極端に小さすぎて読めない、資料に配付されているA4 に2枚分のスライドが入る大きさでも,僕の老眼鏡では読めない(帰宅してネットで買った1.6倍の拡大鏡めがねが必要な文字のポイントである。聴衆に理解して欲しいという意図はなく、資料の意味を成さないものであると言いたくなった)など、ゼミでの発表なら駄目出しをしてやり直させるところである。
一番気になったのは講師の「~であったりします」の繰り返しと言う話し方である。「あったりするのなら、なかったりするのか?どっちやねん!」と突っ込みたくなる話し方である。断定的にものを言わないのは近頃の学生の流行言葉かと思っていたが、コンサルタント会社の中年の男が頻発するのには驚いた(以前に大学が呼んで少人数で行った研修会でのM総研の講師には文句は言ったが,今回は言わなかった)。要するに人前で話すような日本語として、きちんと話せていない。
更に言うと、頻繁に自分で「はい」と言ってから次に話を繋いでいくやり方も気になった。「誰に返事してるの?」「接続詞を知らないのかい?」と言いたくなる話し方であった。
ついでに記載しておくと、近頃はあちこちで「有り難うございます」、「ご苦労様です」が頻繁に使われる。頻繁すぎると老人は思うのであります。「はい」、「了承しました」、「分かりました」、「そのように致します」と言うべきところが、すべて「有り難うございます」なのである。文脈に応じて適切な返事をすべきで、どこかのコンサルタントの研修で教えられているのかも知れないと推察はするが、少なくとも僕には気持ちの良いものではない。
「ご苦労様です」もやたら耳にする。本来は年長者や目上の者が部下などをねぎらうときの表現が「ご苦労であった」なのだから、敬語としても可笑しいはずである。
学生らの「先生どうしたん?」「疲れてんのん?」という類のため口の方がまだしも心地よく感じてしまう。
しかし、この学生らが社会に出て「~であったりします」、「ご苦労様」族にさせないための方策を何かを考えねばならないなあと思い、その容易ならざるプロセスを思うと暗澹となるのでありました。
教員評価の研修を受けて勉強になったというよりも「重たい気持ちになったりした」のでした。
著名なN総研の4-50歳ぐらいの中堅どころと思しき講師であったが、ひどいものであった。コンサルタント企業が教育産業に何とか金儲けの糸口を見つけたいという背景だけは理解できたというのが率直な感想である。内容は一般企業での社員評価のノウハウを大学や高校の教師を相手にもできるかも知れないという程度の中身、といったら気の毒かも知れないが、無料で参加できるわけではないので酷評するのは許されよう。自腹なら,金返せ!と言いたいレベルである、と言ったらいい過ぎかも知れないけど。
中身に自信がないのか、講師の話すスピードが速いこと、パワーポイントの文字数が多く,文字が極端に小さすぎて読めない、資料に配付されているA4 に2枚分のスライドが入る大きさでも,僕の老眼鏡では読めない(帰宅してネットで買った1.6倍の拡大鏡めがねが必要な文字のポイントである。聴衆に理解して欲しいという意図はなく、資料の意味を成さないものであると言いたくなった)など、ゼミでの発表なら駄目出しをしてやり直させるところである。
一番気になったのは講師の「~であったりします」の繰り返しと言う話し方である。「あったりするのなら、なかったりするのか?どっちやねん!」と突っ込みたくなる話し方である。断定的にものを言わないのは近頃の学生の流行言葉かと思っていたが、コンサルタント会社の中年の男が頻発するのには驚いた(以前に大学が呼んで少人数で行った研修会でのM総研の講師には文句は言ったが,今回は言わなかった)。要するに人前で話すような日本語として、きちんと話せていない。
更に言うと、頻繁に自分で「はい」と言ってから次に話を繋いでいくやり方も気になった。「誰に返事してるの?」「接続詞を知らないのかい?」と言いたくなる話し方であった。
ついでに記載しておくと、近頃はあちこちで「有り難うございます」、「ご苦労様です」が頻繁に使われる。頻繁すぎると老人は思うのであります。「はい」、「了承しました」、「分かりました」、「そのように致します」と言うべきところが、すべて「有り難うございます」なのである。文脈に応じて適切な返事をすべきで、どこかのコンサルタントの研修で教えられているのかも知れないと推察はするが、少なくとも僕には気持ちの良いものではない。
「ご苦労様です」もやたら耳にする。本来は年長者や目上の者が部下などをねぎらうときの表現が「ご苦労であった」なのだから、敬語としても可笑しいはずである。
学生らの「先生どうしたん?」「疲れてんのん?」という類のため口の方がまだしも心地よく感じてしまう。
しかし、この学生らが社会に出て「~であったりします」、「ご苦労様」族にさせないための方策を何かを考えねばならないなあと思い、その容易ならざるプロセスを思うと暗澹となるのでありました。
教員評価の研修を受けて勉強になったというよりも「重たい気持ちになったりした」のでした。