仕方がない | はったブログ

仕方がない

9/28日に書いたもの
 9月もあっという間に終わろうとしている。最近の大学教員の9月はとくに忙しい。学会シーズンでいくつも出たい学会があるのだが、日程が重なるなどして思いは叶わない。大会参加費もバカにならないという気持ちも沸々顔を出したこともあって、今年の9月は日本神経心理学会だけ参加した。日程が重なって1日しか出られない心理学会は不参加とした。海外へ出かけて出席できないということは過去にもあったが、自主的な不参加は記憶にない。面倒くさいという気持ちに、「一日だけで大会参加費を払うのはもったいないなどの気持ち(参加費は自分の懐から出さなくてもよいのに)」、「翌日からの週末に予定が入っており身体もしんどい」から、で合理化してしまった。加齢のなせる仕業なのだ、「仕方がない」という自覚もある。
 神経心理学会は役員会に出ねばならないこと、今年で任期が切れ定年となって役職から解放されると暑い宇都宮にでかけた(規定では名誉会員にしてくれそうなので次回から参加費を払う必要がなくなるはずであったが、残念ながらもう1年役員を続けるはめになった)。
 一緒に夕ご飯を食べる知人の姿もなかったので、「宇都宮餃子」なるものを2個所で食べた(それぞれ味はかなり違ったが、生まれて初めて食べた餃子が珉珉の餃子なので、それほど美味とも思わなかった。味覚とは初期体験に規定される性質のものなのだろう)。
 大会では2名の特別講演を聞くことができた(知人がいると飯の時間が長くなり、途中となることが少なくないが今回はそういうことはなかったのだ)。岩田誠元理事長の「音楽と脳-音楽って何」の話と酒井邦嘉東大教授の「脳から見る言語の本質」の話で、さすがに手慣れたもので上手な出来映えであった。頭のよい人の講演は構成がよいことと、プレゼンテーションが上手なことが特徴である。場数を踏めば上達するのかも知れないが、二人とも聴衆をエンタテインさせようとする気持ちが伝わるものであった。僕も授業ではネタを仕込んで笑わせようと試みてはいるが、とても敵わないと自覚したことであった。
 岩田さんは神経内科医であるが、現在楽器のプロ演奏家として演奏旅行のようなこともやっているということであった。芸術に造詣が深く「絵と脳」や「音楽と脳」などの著書もある人である。以前に、昭和14、5年の戦時中の頃の写真で幼児の岩田さんが蝶ネクタイ姿でバイオリンを弾いている写真を見せてもらったことがある。東京の真ん中でも当時そういう生活をしている家庭もあったのだなあと感心したことがある(東京は空襲で焼け野原ばかりではないことを知った)。習い事などする仲間は皆無で、鼻水を垂らしながら里山を駆け巡ったり、稲刈りを終わった田んぼで潜り込んで積み藁の山を壊して叱られていた自分の幼児期とはずいぶん違うと思ったりしたものである。
 先週は小豆島の中学校に実習校挨拶に台風接近の中をでかけた。朝6時前の新幹線に乗って高松港を経ての日帰りである(台風の接近があったので、滞在時間40分ほどで帰路についた)。土庄港と高松港との間の連絡船中、「私は何をしているのだろう。これが自分のしたいことなのか」などと、自問する気持ちを抑えきれなかったのだが、岩田さんのようには行かないのは能力の違いだ「仕方がない」。
 4時半頃には自宅に戻れたので、久しぶりに家庭菜園の土を耕して冬野菜を植栽すべく買い置きの腐葉土を鋤きこんだことであった。「他人が皆、我より偉く見ゆる日は、花を買い来て...」の啄木の短歌のようには落ち込んではいませんけど。
「仕方がない」という言葉には諦念(あきらめ)ばかりではなく、気持ちを切り替えて「次行こう!」という気持を生む語感を少なくとも僕は持つので、嫌な言葉ではない。このような語感が独りよがりでもないことを過日NHKでみた番組で、戦時中の米国日本人の強制収容所での生活と、そのことへの米国議会での謝罪を引き出した日系上院議員のエピソードから知ることが出来た。
 TVでは放射能汚染に係わる食品の基準値を厳しくせよなどのさまざまなニュースが流される。「仕方がない」という気持ちになれない人々なのだろう。人間は何時か病気になり、必ず死ぬことを知らぬ気の振る舞いのように思える。