年末の惨事 | はったブログ

年末の惨事

 熱心にこのグログをチェックしてくれる読者から、しばらく間が空いているが体調を壊しているのではないかとのメールが届いた。久しぶりの入試センター試験監督での疲労からまだ立ち直れていないのだが、書かずには居れない。  いくつか書きたい話題はあるのだが、今も葛藤している年末の惨事から紹介しよう。読者にもいつか役に立つかも知れないからである。
 12月の22日に、使用中のUSBから突然データが消えたのである。2ギガの容量のうち1.4ギガ分が記憶されているUSBである。USBのみならず、僕の頭も真っ白になった。その日の朝に書いた論文をPCに保存することをしていなかったためである。たいていのファイルはどこかのPCに(自宅のmac、大学のmac、大学のwindowsに乱雑に保存してある)コピーがあるはずなのだが、何が保存されていたかの情報がないので、混乱してしまったのだ。パニック状態になってしまった。その日の朝に書き足した尿漏れと前頭葉機能との関連を取り扱った論文は保存されてはおらず、USBにしかないのは間違いないのだ。大部分が書けており、考察の箇所を見直すレベルまで仕上がっていた論文のファイルが消えたというわけである(まだ、論文を書くという習性から逃れられていない)。
 きっかけは、USBに保存してある画像を10枚ほど僕のHPを作ってくれた細谷君の会社に送っている途中で、容量が大きすぎると大学のmacが警告を出したので、小分けにすべくメールから一部の画像を捨てている途中で起きたのである。突然、USBからすべてのファイルが消えてしまったのである。細谷君にうろたえながら電話し、復活の指示を電話で教示してもらったのだが、復活できるのはPC本体の部分であって(PCは時間が戻せることを知った。できるなら僕も30歳代に戻れるといいのだが)、USBの復活はままならないことが判明した。PC本体は常時外付けのHDにバックアップが取れるようにしてもらっているのだが、今回のようなケースでは役に立たない。
 3日後に名大に出向した際に壊れたUSBを渡し、細谷君に復活を試みてもらったが,無理ということであった。しかし、彼の関連会社に持って行ってもらった結果、大部分は復活できた。ファイル名は復活できないということであったのだが、読み出したファイルは正月3日にDVDで受け取ることができた。万歳!の想いであった。これで、書きかけの論文を書き終えられるという想いで年末を迎えた(最終の授業は25日であった.翌日には旧知の出版社の編集者が亡くなり通夜に出かけた)。かくて、一時は幸せな気分であったのだが、年賀状を書いたり、編集している本の初校を読んだり、大掃除のまねごとをしたり、正月になり、5日から授業が始まり,副査として13本の卒論を読んだり、査読をしたりで、USB関連の作業は何も手につかず仕舞いで、書きかけの論文の続きの作業は中断することになった(今もそのままである)。年末に無理をして窓のガラスを拭いたせいで、正月に温泉旅行をしたのだが、窓ふきで使わない筋肉を使用したこともあり、車の中ではコルセットが必要となる老体であることを自覚せねばならない、悲惨さを味わうことにもなりました。
 やっと、2日ほど前から本格的にDVDの復活ファイルを見る作業に入ることが出来たのです。ところがこれが想像以上に大変なのであります。ワードの文章のファイルだけで1253本もあるのだ(excel 386, ppt 63, jpg 53, gif 117, pdf 68が他にある)。いちいち、ファイルを開いて,不要なものを除く作業は、DVDが読み取り専用なのでそのままできず、別のところへ移しながらという作業になるのだ。200本もファイルを開けて見ていると、眼がかすんで、意識はもうろうとする始末。
 というようなことで、ブログを書く暇を見つけるのが大変だったということであります。
 ①USBも壊れることがある、②壊れても復活できないことはない,③復活したものからの元の状態への復活はとても大変な仕事、④こまめにバックアップを取り手間を惜しんではならない、ということを年末の惨事から学んだわけであります。
 1月17日の神戸地震のニュースが盛んに報じられ、未だにその影響を受けている人々が少なくないことが伝えられる時期となり、当時の惨状を回想しながら、私のUSBのことなど取るにたらないことであると自戒し,まあまあ幸せな年末年始であったと思うことにしております。しかし、眼のかすむ作業はまだまだ続き、考察の箇所を再度チェックするworking memoryの状態に脳が戻るのにはかなりの時間がかかりそうであります。