Berlnにて | はったブログ

Berlnにて

「Berlinにて」などと書き始めると、著名作家の本のタイトルにあったような気もするのだが思い出せない。調べたい衝動にかかれるが、久しぶりに一人旅をしたので、その印象を書こうと思う。結論は「日本人の若者よ、何処へ」、といった戯言になりそうだが。
学会でベルリンに来ている。開会式の翌日の朝に思い立って電車の旅をした。10年以上も前から一人で海外に出かけて小旅行をするなどということはなくなっている。たいていは若い人とのグル-プ旅行が多いので、他人任せになっている。
今回の独りでの旅行で思い知らされたは、案内や地図などが読めないことである。文字が細かすぎるのである。特にドイツではデザインが利便性よりも優先している印象で、恨み言を言いたくなるほどである。いちいち老眼鏡を取り出すのもうんざりするので(だいいち、さらに拡大鏡がないと読めない文字サイズなのだ)、必然的に加齢効果のひとつである生きる知恵を使っての旅行となった。文字言語がだめなら音声言語だ、他人に聞けばよいのである。
 かくて、一度は行って見たいと考えていた町へと向かった(場所は差しさわりがあると不味いので、書かない)。その車中で感じたことが今回の話題である。
列車には大きな荷物を持つ大学生らが大勢含まれていた。30年昔と同じような光景である。コンパートメントでの隣の2人はそのカテゴリーの旅行者であった。カップルかと思っていたら一人は男ではなかった(化粧の形跡がないにきび顔で、うっすらひげが伸びているので、間違った次第。ステレオタイプ的誤解である)。11時近くになると手荷物であるスーパーの袋から(大きなバッグは別にある)昼ごはんらしきものが取り出され、彼女らのランチが始まった(他人にわからないように英語で話そうね、と言っていたので、ドイツあたりで勉強している英国人と思われる)。そのランチプロセスがたくましいのである。パンは大人の頭の2人分のサイズ、スライスサラミ一袋、ピザソースのビン(500mm大)、1.5リットルの水ボトル、デザート用のりんごジャムみたいなビン(500mm大)、トマト大ひとつである。他にもブドウなどの房が見えたが、それは取り出されなかった。彼女らはそれらをパンは半分残したがすべて、ぺろりと20分足らずの間に食してしまった。トマトはズボンで拭きナイフでカット、ピザソースはスプーンで舐める、あとは手づかみといった方法である。恐ろしい食欲と荷物の重量である。
 翻って、わが日本人の女子大学生でこのようなことが可能であろうかと思った次第。食欲は別にしてもブランドのかばんしか持てなさそうなか細い腕を想像すると、性差別などへの迫力は、外国では如何ばかりのものかと思うことであった。
 もちろん、男子の学生と思しき旅行者も大勢いた。いずれも大きな荷物を軽々と運び、1.5リットルの水ボトルを2つほど持ち歩いている。携帯メールを常時操作し、だらしなくズボンを下げて電車に座りこむだけのわが国の男子学生には考えにくいことのように思えた(これもステレオタイプ的誤解だとよいのだが)。中国人学生の多さばかりが目に付く。日本人の姿をほとんど見かけなかった。
最近の日本人学生は海外旅行に関心を失ったのだろうか、重い荷物を持てなくなったのだろうか。
出かけるお金がないというのはおそらく異なり、しんどい思いをして言葉の通じない国に出かける面倒さが嫌なのであろう。何故なら、30~40年前の大学生はまだ貧しかったにもかかわらず、旅に出たものである。コミュニケーションの力は言葉や文化の違う人や場所での経験から学べることが多いのに残念なことである、というか気がかりなことでもある。 
 団塊世代が大学生であった頃に葉、彼らは外国への好奇心に満ち、抗菌対策など気にしないエネルギーにあふれていたよう思える。それだから、今日の日本企業進出がもたらされ田にちがいない。
このように思いを巡らしていると、中国人学生らに自分たちの世代のかつての姿を見るようである。10年先には彼らが世界を席巻するのかもしれない。日本人の男子学生よ、旅に出よ!などと、叫びたくなるが、そんな声にせかされてややこしい国で人質になられても責任は取れない。
久しぶりの一人での小旅行は4時間も電車に乗っていたので、さまざまなことを考えることとなった。今回の小旅行の成果は何よりも、音声言語で生きていけることの発見であった。
「知らない町を歩いてみたい、どこか遠くへ行きたい…」と最近、ちあきなおみのカバーで聴いた歌を、帰路は一人となったコンパートメントで、夕闇の迫るドイツの麦畑を眺めつつ呟いたことであった。愛する人とは巡り会えなかったけれどね(この歌知らないと意味のない一文)。