年の始めに(2007/1/7) | はったブログ

年の始めに(2007/1/7)

 慌ただしい年末はあったという間に過ぎて新しい年となった。例年にも増して新年への切り替わりが実感できていない。時間の経過が早く感じられるのが老人の特徴であると発達心理学の本に記載はあるが、高齢化だけではないように思える。昔ほど歳末を実感させるできごとや年が変わったことを寿ぐ時間や機会が減ったためではないかと思う。年末年始にTVを見る機会がなかった今年は、何時が元旦で大晦日なのかの手がかりがなかったように思える。
 たとえば、10年前であれば12月20日頃には大学での講義も終わり、年賀状を準備したり、大掃除をしている人々をみかけたものだ。近所そろって、30日頃には一斉に大掃除をし、洗車している姿を見かけたものである。今年は近所の家庭には軒並み病人がいるようで、洗車も大掃除もやらなかったり手短に済ませたようである。正月で一時帰宅というような患者がいては掃除どころではあるまい。私のところもそういう事態を迎える日も遠くはないであろう。
 28日に次男が帰宅したので、我が家は例年通りのレベルの大掃除ができた。網戸を洗い、窓を拭き玄関のタイルを磨くなどした。来年は国家試験を控えているので多分協力は得られそうにない。我が家も次回の大掃除は手短なものにならざるを得まい。2日後に来た筋肉痛を考慮するともうそろそろ限界である。
 12月は27日まで授業があったので、自分の年賀状は29日に投函するのがやっとであった。誰もが同じ事情なのか、今年の年賀状は元旦に届いたものは例年の半分くらいであった。もう年賀状を出さなくなってきたのかと思っていたら6日頃まで毎日少しずつ届いて結局は例年と大差のない枚数となっている。何のことはない、元旦に年賀状が届くようにという気持ちが持てなくなっているのか、時間に余裕がないのである。
 大晦日は長男が嫁と帰宅したので6時頃から飲み始めることとなった。年末にいろいろな知人からご馳走をたくさん贈ってもらっていたので、ゆっくり新しく来た嫁を交えて団らんになるなあと思っていたのだが次男の早いピッチに惑わされたのかワインを3本飲んだあたりで私は床に着いてしまった。気づいたら元日の朝であり、私以外のメンバーは除夜の鐘を突きに近在のお寺と神社に初詣に行ったようで、神社でもらったと思しき祝い箸がテーブルに置いてあった。今年に始まったことでもないが、年が変わる区切りの時間をまた見逃してしまったのだ。
 元日は私の郷里に嫁を紹介すべく車で帰ったのだが、コンビニはいうまでもなくたいていの店舗が営業しているのに気づいた。かつてのように3ヶ日はどこもが休みで、よそ行きの服装を着た人々が晴れがましく行き交うゆったりと時間が流れるというような雰囲気はどこからも感じられなかった。地域の皆が一斉に休むということがなくなってしまったのだ。一斉に休むことで、時間を静止させ、新たな時間の再始動を感じていたのであろう。今日のように各自が自由に時間を制御できている感じが持てるのは悪いことではないが、かつてコミュニティが持っていた凝集性は時間を共有するということにも決め手があったような気がする。
 「前髪(青年団に入る前の児童の組織)」と呼ばれて地区のふれ事などをしていた子どもの頃(昭和30年頃かな)には野良での仕事を地区全体が一斉に休むという日があった。一軒一軒触れて回るのであるから、禁を破って仕事にでるような家庭はなかったはずで、時間を止め、時間を始動させるけじめを知恵として持っていたのであろう。
 のんべんだらりと時間が流れ、区切りもけじめもなく生活をしていくことが、現代に生きるわれわれが便利さと引き換えにしたことなのかと思うと忸怩たるものを感じずには居れない。 
 今年こそは時間がゆっくりと流れることを実感できる生き方を追求したいと思うのである。豊かな時間であったと思えるのはどんな時なのだろうと考えてみると、よく知らない人とゆっくり語り合う、ゆっくり歩いて空や木々の緑を十分鑑賞する、静止した時間を味わうために仕事に関係しない本をゆっくりと読む、などではないかといろいろ思案したことであった。
 これらの思いとは一致しない、1月4日から始まった非常勤講師の講義に向かう新幹線の中でのことでありました。