子どもを育てよう
先週末に正月に帰省しなかった次男が年度末で家に戻り、仙台から岐阜県に転居する準備の合間をぬって長男も帰ってきたので、久しぶりに家族4人が勢揃いすることとなった。長男が来週に結婚するので、2日間はまさに僕が家内と築いてきた家庭での、家族全員による最後の時間であり晩餐となった。
4人での食事(肉を食べていないという次男のリクエストでステーキを食べた。最近はステーキを敬遠している僕も相伴した)では、ワインが2本、缶ビールが6~8本に続いて、秘蔵のスコッチを飲みつつ食事は4時間近く続いた。 安い発泡酒(スーパーで女子大生の売り子が気の毒そうに見え、くじ引きもついていたので、つい買ってしまった代物である。もちろん籤ははずれであった)を先に飲ませようと謀ったが、子どもらも30歳にもなると、うまいビール、高い酒をしっかり意識して選ぶようになっており、発泡酒は未だ残ったままである。
話題はたわいもないことが多く、何を話していたのかも定かではないが、こういう時間がもてることが幸せというのかも知れないと感じていた。
長男はともかく僕が怖かったという。全く記憶にないのだが、悪さをした長男を抱きかかえて(というのだから、幼稚園の頃かも)橋の上から川に投げられそうになったという。幼児期はサルと同様の知能レベルかも知れないので、こういう恐怖による条件付けも有効だったらしい。
次男は要領が良かったのか、あまり叱ることは少なかったように思う。長男と僕や家内との関係を観察学習し、上手く振る舞ったようである。宿題をだらだらやっている長男を叱っていると、近くにいた次男は文字も読めないくせに絵本を逆さまに持って勉強しているまねをしていた。観察学習だ!と実感したことは別にもある。僕がトイレで新聞を読む(悪いマナーであるのだが、辞められない)のをいつ見ていたのか、幼稚園にも行かない年齢の長男が便器に腰掛けて新聞を持っているのを見て愕然としたのを覚えている。親の行動様式を真似るのである。バンデューラのモデリングの理論はその通りだと納得した。 その頃から、意識してなるべく子どもには僕が書斎で仕事をする姿を見させるように意図したのだが、真似をして熱心に机に向かい勉強するようにはいかなかった。意図通りにはいかなかったが、2人ともともかく大学に入り大学院に進むようになったのは、モデリングの効果が少しはあるのかも知れない。
子供が生まれて、あっという間の30年であったが、長男は社会心理学の研究者の道を歩むようになったことや次男は医学の道に進むようになったのは、人間を対象にする仕事は楽しく、生き甲斐があると自認している僕にとっては嬉しいことである。上手く子育てができたといっても良いのかも知れないので、僕の育児の原則を披瀝しておこう。若い読者に参考になるかも知れないからである。
僕は、自分の親がしていたように子どもを育てようと何時からか考えるようになっていた。親にしてもらったように子どもにしてあげる、という簡単な原則でやって来たつもりである。
最近になると、今年は何本論文を書くぞ!などと意気込んでいた頃もあったのに自分の研究もたいしたことはない、どうせ20年もすれば消え去るだけであると思えるようになった。自分の研究も、自分が関わった教え子もたいしたことはないかも知れないが、次の世代、その次の世代にすばらしい人材が生まれる可能性を残せたのかも知れないと肯定的に考えるようにしている。
子育ては大変だと最近は子どもをわざと作らない、なるべく生まないようにして自分たちの生活を楽しみたいという傾向が強いと聞くが、成人した子どもと酒を酌み交わせる幸福感や子育てが終わりを告げることの安堵感は子どもを育てないと味わえない。
今日の結論は、昨日の参議院の国会での論戦の影響を受けてではありませんが、読者諸君は子どもを産みなさいということであります。
4人での食事(肉を食べていないという次男のリクエストでステーキを食べた。最近はステーキを敬遠している僕も相伴した)では、ワインが2本、缶ビールが6~8本に続いて、秘蔵のスコッチを飲みつつ食事は4時間近く続いた。 安い発泡酒(スーパーで女子大生の売り子が気の毒そうに見え、くじ引きもついていたので、つい買ってしまった代物である。もちろん籤ははずれであった)を先に飲ませようと謀ったが、子どもらも30歳にもなると、うまいビール、高い酒をしっかり意識して選ぶようになっており、発泡酒は未だ残ったままである。
話題はたわいもないことが多く、何を話していたのかも定かではないが、こういう時間がもてることが幸せというのかも知れないと感じていた。
長男はともかく僕が怖かったという。全く記憶にないのだが、悪さをした長男を抱きかかえて(というのだから、幼稚園の頃かも)橋の上から川に投げられそうになったという。幼児期はサルと同様の知能レベルかも知れないので、こういう恐怖による条件付けも有効だったらしい。
次男は要領が良かったのか、あまり叱ることは少なかったように思う。長男と僕や家内との関係を観察学習し、上手く振る舞ったようである。宿題をだらだらやっている長男を叱っていると、近くにいた次男は文字も読めないくせに絵本を逆さまに持って勉強しているまねをしていた。観察学習だ!と実感したことは別にもある。僕がトイレで新聞を読む(悪いマナーであるのだが、辞められない)のをいつ見ていたのか、幼稚園にも行かない年齢の長男が便器に腰掛けて新聞を持っているのを見て愕然としたのを覚えている。親の行動様式を真似るのである。バンデューラのモデリングの理論はその通りだと納得した。 その頃から、意識してなるべく子どもには僕が書斎で仕事をする姿を見させるように意図したのだが、真似をして熱心に机に向かい勉強するようにはいかなかった。意図通りにはいかなかったが、2人ともともかく大学に入り大学院に進むようになったのは、モデリングの効果が少しはあるのかも知れない。
子供が生まれて、あっという間の30年であったが、長男は社会心理学の研究者の道を歩むようになったことや次男は医学の道に進むようになったのは、人間を対象にする仕事は楽しく、生き甲斐があると自認している僕にとっては嬉しいことである。上手く子育てができたといっても良いのかも知れないので、僕の育児の原則を披瀝しておこう。若い読者に参考になるかも知れないからである。
僕は、自分の親がしていたように子どもを育てようと何時からか考えるようになっていた。親にしてもらったように子どもにしてあげる、という簡単な原則でやって来たつもりである。
最近になると、今年は何本論文を書くぞ!などと意気込んでいた頃もあったのに自分の研究もたいしたことはない、どうせ20年もすれば消え去るだけであると思えるようになった。自分の研究も、自分が関わった教え子もたいしたことはないかも知れないが、次の世代、その次の世代にすばらしい人材が生まれる可能性を残せたのかも知れないと肯定的に考えるようにしている。
子育ては大変だと最近は子どもをわざと作らない、なるべく生まないようにして自分たちの生活を楽しみたいという傾向が強いと聞くが、成人した子どもと酒を酌み交わせる幸福感や子育てが終わりを告げることの安堵感は子どもを育てないと味わえない。
今日の結論は、昨日の参議院の国会での論戦の影響を受けてではありませんが、読者諸君は子どもを産みなさいということであります。