入院騒ぎ(3) | はったブログ

入院騒ぎ(3)

16日の朝は9時過ぎに目が覚めた。ずいぶん痛みは緩和していたが、痛みはなくなったわけではないので、10時半頃泌尿器科で診察を受けた。買い物のついでもあるし、入院になるかも知れないということで(期待しているように見受けられた)、家内が付いてきた。診察後の検査は、まず腹部エコー検査であった。何も石らしいものは見いだせなかったようで、午後、造影剤を入れての腎臓の尿の流れの検査(尿に白血球が出ず、血液に出る場合、腎機能に問題がある場合があるのだという)、内科的問題がないかの検査という段取りとなった。抗生物質の点滴で処置が終わったのは3時前であった。
 泌尿器科の医師は、エコーの検査結果を見ながら入院できませんかねと、やや自信なさげに言うので、僕は「難しい。だが、今週は勤めに出ない、自宅で静養するから」とわざと強めに言って入院は免れた。自分でも昨日からの症状の緩和でいけそうだと判断したので、わがままだけと言うわけではない。それでも、金曜日に大学に行くのは無理かも知れないとやや弱気ではあった。金曜日には主査をしている委員会があると思いこんでいたからである(間違えていたのを川口さんお電話で翌日知った)。この時点で、今週は全部休講!と決めた。身体は休養モードに入ったようである。
 午前の診察と検査が終わった時点では、買い物を終えて、車に荷物を積み込んで病院によった家内が、結石でなく、腎盂炎か腎炎の疑いという医師の話を聞いて、待合室で「腎炎なら透析になるの?」と余計なことを口にする。Positive thinking の元型のように唐沢さんは僕のことを言うが、そんな僕でもいささか不安な気持ちになり、将来どうするかを少しだけ想像したことを吐露しておこう。病人の不安とはそういうものなのである。家内は腹が減ったとおにぎりを買ってきて食べ、自分の予定があるらしく、2時前に家内は一人でバスで帰っていった。僕は不安も手伝ってか食欲はなく、3時過ぎまで何も食べず仕舞いであった。
 点滴処置のセンターでは顔に見覚えのある看護婦が2人寄ってきて、「先生大丈夫?」といってくれたり、翌日再会したときには、昨日よりも顔色がよくなってるよ」と言ってくれるのは有り難かった。ただ、抗生物質の点滴をしてくれたのは少し年輩の看護婦さんで「先生なんですか」などと優しかったが、針を刺し損ねられて、痛かった。今でも左腕に青あざがくっきり残っている。
 帰宅後は、唐沢さんに電話、休養を宣言し、水曜9時半からの会議、木曜の会議、休講の手続きを頼んだ。彼女はやっぱりダメだったでしょう風の落ち着きで対応していた。宿舎のキャンセルの件で渡辺さんに電話したが、滋賀県にいるとのことで、伊藤君や長谷川さんに電話するも通じず。しかし、お昼を食べて2階にあがり、キャンセルの手続き書類を発見、自分で処理できた。これで休養だーということで、寝間着に着替え、おとなしく寝ることにした。ビデオを見ながらであったが、気づいたら終わっていた。夜眠れるかと心配したが、この夜は11時間も眠れてしまった。この頃でも痛みは残存していた。押すとけっこう痛みを感じた。

 17日は午前中ひどい雨の朝であった。こんな日に休みは嬉しい気分になるもので、みんなに悪い気がしたものである。期待していたが、痛みは緩和されているものの残存。10時頃病院に行く。別の泌尿器科医であったが、さらに詳しい造影剤での検査をするという日程のことだけ決め、抗生物質の点滴だけで自宅に帰った。この医師はもう入院のことは口にしなかった。入院は空騒ぎで済んだ。
 この日になると余裕ができ、待合室の患者を観察できた。子ども2人連れの母親は大変だということ、子どもはよく泣くこと、聞き分けのない子がいるもんだなどを改めて知った。自分の子どもは幸いにして長期入院するようなことはなかったので、幸いなことだったのだと思ったことであった。また、病院の待合い時間が長いので本をもっていったが、頭に入る読み方はできない場所であることも知った。帰宅後は、この日もおとなしく寝間着に着替え横になった。いつしか7時前まで眠っていた。
 9時前に寝ることにしたが、まだ万全の調子ではなかった。お腹がすかない、ビールが欲しくない(飲まなかったわけではないが)、押さえると痛みがあるといった状態であった。昼間も2時間ほど眠ったのにこの夜も10時間近く眠った。身体が休みモードのせいかも知れないが、異常によく寝るのである。そんなに疲労が蓄積していたのであろうか。
 18日の朝は起きてみて、ほとんど回復したと感じた。7時過ぎであったが、寝ている家内に気づかれないように(気づかれると止められる可能性がある)。寝間着をやめて普段着に着替え散歩に出た。20分ほどで戻ったので気づかれずに済んだが、大丈夫、ほぼ回復したと実感した。仕事をするかと思ったが、気を取り直し、このメモを書いておくことにした。どうでしたなどの質問にいちいち答える手間を省くためである。それと休養モードなので仕事には急には戻れないこともある(昔はこんなことはなかったが)。
 ここまで、もう5000字以上書いたのに、体調に変化がないので病後の試運転も上々というところである。もっとも、明日起きたらぶり返しているかも知れないし、来週の火曜日に決まっている精密検査次第だが。
現在、4月18日午後6時である。