山が動いた
情けない話だが、10年ほど前に土井たか子委員長(当時は社会党だったか)の「山が動いた」というマスコミで盛んに使われたことばの源泉を知らなかった。これは、地滑り的に当時の自民党が選挙で大敗し、社会党が大勝したときの土井さんのセリフである。
静止していると信じて疑わない山が移動するほどの,地滑り的選挙結果であることの単なるメタファで土井さんが始めて使ったことばとずっと信じてきた。10数年間信じてきた。昨夜,これは僕の勘違いであることを知った。土井たか子の知識構造とは違う文脈で理解していたことになる。情けない。
僕は寝る前と起きた後、何頁かは手当たり次第に本を読む癖がある。本を読むというのは正確でなく、活字を眺めるのだ。読んでいる本の題名も著者も定かでないこともある。活字を見ているといつの間にか入眠できる。死ぬときもかくありたいものと思っている。
今回は睡眠に入る直前で,ああそうだったのかと気が付いたので、いつものように入眠できなくて、寝そびれてしまった。ショックであったのだ。
「山が動いた」というのは,与謝野晶子があの平塚らいてうの女性解放誌「青鞜」という雑誌の創刊号に投稿した有名な詩の表題であるらしい。土井さんは女性として,格別の含意をこめてこの言葉を使ったに違いない。恥ずかしい気持ちになったのが寝そびれた原因なのだ。
読んでいた本は,大岡信の「人生の果樹園」という1993年刊のBookoffに100円で売っていたものである。朝日新聞に「折々の歌」を連載している当代随一の文章家の単行本を100円などで売るのだから世も末である。もっとも,買う方はありがたいが。
かくて,本を読んで知識を得ることを怠ってはいけないと改めて思い知った次第である。そうでないと,恥ずかしいことになるからだ。知識がなくて恥ずかしいという感覚がない人には無用の話であるが。この年になると知識がないのは恥ずかしいのである。
静止していると信じて疑わない山が移動するほどの,地滑り的選挙結果であることの単なるメタファで土井さんが始めて使ったことばとずっと信じてきた。10数年間信じてきた。昨夜,これは僕の勘違いであることを知った。土井たか子の知識構造とは違う文脈で理解していたことになる。情けない。
僕は寝る前と起きた後、何頁かは手当たり次第に本を読む癖がある。本を読むというのは正確でなく、活字を眺めるのだ。読んでいる本の題名も著者も定かでないこともある。活字を見ているといつの間にか入眠できる。死ぬときもかくありたいものと思っている。
今回は睡眠に入る直前で,ああそうだったのかと気が付いたので、いつものように入眠できなくて、寝そびれてしまった。ショックであったのだ。
「山が動いた」というのは,与謝野晶子があの平塚らいてうの女性解放誌「青鞜」という雑誌の創刊号に投稿した有名な詩の表題であるらしい。土井さんは女性として,格別の含意をこめてこの言葉を使ったに違いない。恥ずかしい気持ちになったのが寝そびれた原因なのだ。
読んでいた本は,大岡信の「人生の果樹園」という1993年刊のBookoffに100円で売っていたものである。朝日新聞に「折々の歌」を連載している当代随一の文章家の単行本を100円などで売るのだから世も末である。もっとも,買う方はありがたいが。
かくて,本を読んで知識を得ることを怠ってはいけないと改めて思い知った次第である。そうでないと,恥ずかしいことになるからだ。知識がなくて恥ずかしいという感覚がない人には無用の話であるが。この年になると知識がないのは恥ずかしいのである。