叔母の死
6月21日の夜に、自宅で介護していた家内の叔母が亡くなった。三原キクエという名前である。家内と一番上の姉が最後を看取った。82歳ということで、昨今の女性としては早い気もしないではないが、9年ほど患っていた骨髄腫との闘病の結末としてはかなりの期間であり、もう十分に病と闘ったといえる。
周囲のものは悲嘆にくれているというよりも、むしろ安堵感と満足感を味わっているというのが正直なところである。満足感は、大阪に住む3人の姪(家内は一番下になる)が、長い闘病生活を交互に介護して、世話になった過去に恩返しができたと思えていることに起因するようである。
叔母には子どもがいないので、叔母の介護にまつわり、感じたことなどを記すことで、三原キクエという女性が存在したことを、このコラムの読者だけにでも伝えておきたい。世間的には、特別に著名でもない女性の人生にも、いくつも学ぶことがあるからである。
結婚して2年ほどで夫が病死したので、叔母は戦後すぐに、実家に身を寄せたらしい。新婚生活は戦時中の大阪で、病気の夫を抱え食料もなく苦労したようで、夫の死後、食糧事情の良かった鳴門に身を寄せたという。結婚生活は2年ほどであったらしい。当時、実家は塩田を営んでおり、人出も要りようであるし、食料の基幹となる塩を生産できる「浜屋」は裕福であったはずである。
昭和26年に家内の母親、つまり兄の嫁が亡くなり、そのまま、再婚もせずに3人の姪と1人の甥(当時3歳のはず)の面倒を見た人である。つまり、家内をはじめとする姪や甥には母親同然の人であったはずで、最終的に介護をすることに、特段の不思議はない。しかし、何度も入退院を繰り返した阪大病院では、親の面倒も見ない子どもがいる今日、叔母さんの世話をするのは感心だと、いろいろな人から幾度もいわれたようで、姪たちの自尊感情や効力感を刺激したはずである。
いくつかの事情から、高槻の私の家で晩年を過ごすこととなった。最後は病院でなく家で死なせてあげようということになり、それが実現した。このことは本人も感謝してくれたので、周囲の介護している姪たちに満足感を醸成している。
最期の2週間ほどに思いをやると、いくつもの発見があった。
まず、末期の医療は条件が整えば在宅でも不可能ではないということである。叔母には癌性の疼痛があり、死ぬ2~4週間の阪大病院では周りの者も夜眠れない時もあったが、自宅に連れて帰り、疼痛をコントロールする貼り薬や緩和剤で、よく眠るようになった。最近は優れた薬が開発されているのを知った。介護制度ができたおかげで、1日に3、4度はヘルパーさんが介護を手伝ってくれ、家内の心的、身体的負担はずいぶんと軽減された。この制度の有用性を実感できた。
第2は記憶や意識についてである。叔母は疼痛緩和剤のせいで意識水準が低下すると「おかあさん」、「お父さん、助けて」などしっかりした口調で発話することがあった。このような呼び方をするのは自分の親以外には考えられないということなので、幼児期の記憶が検索されたのであろう。私の母親の場合もせん妄状態にあるときに小学生の時の先生との会話を繰り返したことがあるので、古い記憶は死ぬまで貯蔵され、検索されうることを示すように思える。自分が同じような意識水準の時に誰の名前を検索するのか、興味が(心配でも)ある。
第3は薬で低下している意識水準が、死ぬ前日辺りから戻ることがあるのを知ったことである。帰宅した次男が話しかけても、寝てばかりだった叔母が、死ぬ前日、帰る挨拶をすると、何度もうなづくことができた。死ぬ当日、大学に出かける前に体位交換を手伝うと、急に何かを話しはじめ、家内が「有り難うといってるの?」というとおとなしく眠りに戻った。低下した意識水準は定常ではないことを体験できた。
第4は、生き方についてである。叔母は損な役割ばかりしてきたかも知れないとも言ったことがある。しかし、最後の数年は姪たちの世話をたいそう喜んでいた。自分の幸せを追求することは、二の次にして幼い4人の兄の子どもの面倒をみることで人生を終えた人である。幸いにも叔母はその自分の貢献に見合うことを最後は返してもらえたようにも思えるが、甥や姪の面倒を見ている時期にそれらを期待してのことではあるまい。
自分の幸せを追求することは誰でも熱心にできる。しかし、自分の幸せを二の次にして他者をサポートすることは容易ではないのに、それをできる人もいる。叔母はそのような人生を送った人であった。
今年の連休は叔母の介護で、休みらしいものはなかった。そのことを英語を見てもらっているイスラエルの友人に書いておいたところ、添削に次のようなメモがあった。
「It is gratifying to know that you are able to help someone who really needs you」
私も、そろそろ自分の幸せを二の次にして他者のために、と改めて思う。コマーシャルじゃないが、読者諸氏も、よーく考えよう、「お金より大事だよ~」。