困ったなあ | はったブログ

困ったなあ

3週間ぐらい前から気になっていることで、今朝理由が判明して一段落ということがある。歯を磨いた後に口をすすぐのは誰でもすることで、僕も当然行う。バナナ味の歯磨きやイチゴ味の歯磨きを使う年ではないので当たり前のことである。3週間前にふと気になりだしたのだが、普通にコップに汲んだ水を口に含んで「ガラガラ、ペ」をした後に鏡を覗き込むと、口の両端に歯磨きの泡がしっかり残るのであった。わざわざ、水にぬらした手で両端を拭わないといけないのだ。それまでにも同じ動作を無意識にしていたのかも知れないのだが、急に気になりだした。なぜ、こんなにしっかり口唇の端に歯磨きの泡が残るのかをずっと考えてきた。歯磨きの量、「ガラガラ、ペ」の回数や含む水の量に関係するのかも知れないと思って、いろいろなパターンを試みてみたが、結果には余り変化がない。
 コップの水で口をすすいで歯磨きの動作が終わるだけの行為と、それに加えて手で水をすくい口の両端を拭わなければならない行為に要する心的負担はかなり違うのである。とくに、イラチの僕としては気に入らない,困った状態に陥ったことになるのだ。とくに、晩ご飯の後のほろ酔い加減が持続中に、さあ寝ようかと歯磨きを手早く済ませたい僕には困ったことなのである。以前に勤めていていたクリニックの医者からは「歯磨きは、3,3,3です」とよく聞かされたものだ。3度の食事後3分以内に3分かけて歯磨きをするのがよいという教えであるが、僕の身には付いていない。
 理由が今朝判明した。何のことはない、太ってほっぺたに肉(多分脂肪)が垂れ下がってきたので、口唇の両端に着いた歯磨きの泡が流れ落ちにくくなっている、と推論したのだ。何ということはない、老化が原因ということなのだ。
 困ったことの原因が老化というのなら、今現在にも他に困ることがある。論文や本を読む集中力が減退したことである。これは多分に老眼によるのだが、緩い読書用のめがねを掛けないと細かい文字の論文や本は読めない。読書用のめがねを掛け始めて10年以上になるが、いっこうに度が進まない。つまり同じめがねで用が足りるのである。今年の8月の人間ドックでは視力が両眼とも2.0と判定され、僕の視力はどうなっているのかと思っている。
 視力が戻ったといっても怪しいもので、読書用のめがねを掛けないともちろん論文は読めない。
 読むと目が疲れるので文字を書こうとするようになる。じっとしていられないのがいけないのだが、その方が楽なのである。したがって、原稿を書こうとする。頼まれ原稿は滅多にないので、学術論文を書かざるを得なくなる。実際、2編を平行して書いているのだが、書き出すと参考文献を読む必要がつぎつぎと生じてくる。少し読もうとすると目が異様に疲れる。どうすればよいのかと困っているこの頃である。
 一定の年齢になると、困ったことがでてくるのを実感するようになったが、これからますます困ったことが多くのなるのだと思うとなかなか大変である。
 というように、僕は自分の困りごとで精一杯になりつつあるので、若い人はご理解下さいよ、言ってふてくされるしかない。