秋という季節が好きなのである。
夏の喧騒や春から続いてきた自分の焦燥が、熱気もろとも山からの風に追いやられ程よく静まって行くのを感じる。
ある週末、紀伊半島へ出向いて、仲間と草原の河原にキャンプを張った。
・集合した夜は雨だったので、とある屋根の下を間借りしてこじんまりと
しっぽとおまけの夫妻は何処へ行っても瞬時にいつもの宴会場をこさえる。

・翌朝、カヌーをしに川へ。
初めてこの川を下りだした20年前、細い道でいくつも山を越えて行った道程を、地を抜け天を駆ける道で瞬時に移動する。

・昨夜、注意報が出ていた程の大雨にも関わらず、ダムに堰き止められた川の水は少なく、それを好機と追い込みで投網を打つ川漁師をしばし眺める。

本流に水が無いので予定を変更し、ダムの無い支流へ。
その支流は今まで何度もチューブで下っていたのだが、いつも下っている区間の下流にある車道橋から見下ろした谷底の雰囲気がなんとなく好きで、いつかそこへ行ってみたいと思っていた。
そして去年、ふとしたタイミングがあったのでチューブで下ってみると、想像以上の素晴らしい景色に出逢えた。
今回のキャンプで、その場所へ水遊び仲間のベッタ君と行く予定だった事と、今後色んな仲間を連れて下るであろうその道中の安全対策のための下見をしたかったのだ。
最初にそのルートに入った時、僕ひとりの単独行だった上、チューブとしてはかなり長いコース設定だったお陰であまり余裕もなくひたすら漕ぎ流れたせいか、ゴール地点まで車道に繋がる上陸地点をひとつも見付ける事が出来なかった。
岩山を深く垂直に削り込んだが如き谷を流れる川である。
簡単に車道に上がれる道など作ることが出来ないのは承知の上だが、このルートは大きな堰堤を魚道で下りて行くという難関もあるので、何か有った時の為に川から脱出する陸路をしっかり調査しておきたい。
しかしお気楽気ままな自由業の僕以外、一緒に遊ぶ仲間は会社や様々なコミュニティの要人である。
好きな遊びのためとはいえ、各々の仕事や家庭、しがらみを背負いつつ(だからここではあえて渾名で記している)何時間も掛けてやってきてくれる仲間に、ただの下調べという行動に同行して貰うのは少なからずの申し訳ない気持ちが有る。
・快く付き合ってくれたベッタ君は、どうやら急な山道の上り下り、この調査行動すら楽しんでいるように見えた。


調査活動で時間は短くなってしまったが、その日は今まで何度も下り、勝手の分かっているその川の上流区間を下ることにした。
・川くだり準備をしている間に、家から作って持ってきたおでんが痛まないよう温め出したベッタ君。
温まった頃合いを見計らって僕は箸と取り皿、ビールを手ににじり寄る。
実はとてもお腹が減っていた。

・チューブの川下りは絶えず川に浸っているので冷たい川は向かないが、この地域の川は10月でも全く問題なく下れる上、大雨の直後にも関わらず、川の水はさほど濁っていない。

・転覆するのが前提の川下りだ。
カヌーでもチューブでも思い切り漕いで転覆し、流れにくちゃくちゃに洗われる度、彼はストレスと肩こりが流れ去っていくと笑った。


この川下りにはマニュアルのようなものが存在しない。
手に入れたチューブを自分で改造し、様々な用具を試し創意工夫して、少しずつ使える形に仕立てて行く。
売ってない装備も有るし、そもそも川の情報が無いから(僕のサイトも、もう情報が古いから、あまり参考にならない)、オレは金を払ってでもなるだけ手っ取り早くそれをしたいたんだ、という人には不向きな遊びだ。
一方、物作りが好きな人間には堪らない楽しさがある。
試行錯誤し自分で作った道具達が、実践で活躍するのを実感出来るのは、そんな人間の至福である。
・瀬を越えチューブの調整を施す。次回、彼のチューブにはしっかりと改造が施されていることと思う。

・僕らには想像のつかない力と時間が造り出した景色を流れる。

・「波平の白フン」と僕等が勝手に呼んでいる瀬。

波平さんそっくりの大きな岩の下に、白フンドシの如き瀬を有することからその名前を付けた。
水量が増すと、白フンの上の分岐の水位が増し、そっちの方へ流されてしまう危険がある。
そちらの流れは画像右の岩の下を潜って本流に合流する。
もしそこへ流れてしまったら、分厚いウエットやライジャケなど相当な浮力を身に着けた我々が、岩の下を潜ってちゃんと出て来れる可能性は低いように思える。
・この支流に流れ込むそのまた小さな流れも、濁りや澱みを見せることなく海への旅路を始めていた。

川から上陸し、乾いた服に着替え温泉に浸かり、草原のキャンプサイトに行くと、しっぽおまけ夫妻が屋根を作って僕らを待っていてくれた。
・彼らがその日、海の町へ出向き仕入れてきた海老は、見事なパエリアパスタに仕立てられ、草原の夜宴を彩った。

ベッタ君がおでんを温めてくれた。彼は家を出る2日前からおでんを仕込んでいたらしい。
こんな夜、僕が出来るのは馬鹿話と、下手くそな音楽ぐらいだ。
それでも良しと集まってくれた仲間に感謝しつつ、これまたいつもの如し夜更かしの野宴。
夜中、よく通る高い鹿の鳴き声が繰り返し川向かいの岸にこだまして、まるで2頭が鳴き合っているようだった。
夏の喧騒や春から続いてきた自分の焦燥が、熱気もろとも山からの風に追いやられ程よく静まって行くのを感じる。
ある週末、紀伊半島へ出向いて、仲間と草原の河原にキャンプを張った。
・集合した夜は雨だったので、とある屋根の下を間借りしてこじんまりと

しっぽとおまけの夫妻は何処へ行っても瞬時にいつもの宴会場をこさえる。

・翌朝、カヌーをしに川へ。
初めてこの川を下りだした20年前、細い道でいくつも山を越えて行った道程を、地を抜け天を駆ける道で瞬時に移動する。

・昨夜、注意報が出ていた程の大雨にも関わらず、ダムに堰き止められた川の水は少なく、それを好機と追い込みで投網を打つ川漁師をしばし眺める。

本流に水が無いので予定を変更し、ダムの無い支流へ。
その支流は今まで何度もチューブで下っていたのだが、いつも下っている区間の下流にある車道橋から見下ろした谷底の雰囲気がなんとなく好きで、いつかそこへ行ってみたいと思っていた。
そして去年、ふとしたタイミングがあったのでチューブで下ってみると、想像以上の素晴らしい景色に出逢えた。
今回のキャンプで、その場所へ水遊び仲間のベッタ君と行く予定だった事と、今後色んな仲間を連れて下るであろうその道中の安全対策のための下見をしたかったのだ。
最初にそのルートに入った時、僕ひとりの単独行だった上、チューブとしてはかなり長いコース設定だったお陰であまり余裕もなくひたすら漕ぎ流れたせいか、ゴール地点まで車道に繋がる上陸地点をひとつも見付ける事が出来なかった。
岩山を深く垂直に削り込んだが如き谷を流れる川である。
簡単に車道に上がれる道など作ることが出来ないのは承知の上だが、このルートは大きな堰堤を魚道で下りて行くという難関もあるので、何か有った時の為に川から脱出する陸路をしっかり調査しておきたい。
しかしお気楽気ままな自由業の僕以外、一緒に遊ぶ仲間は会社や様々なコミュニティの要人である。
好きな遊びのためとはいえ、各々の仕事や家庭、しがらみを背負いつつ(だからここではあえて渾名で記している)何時間も掛けてやってきてくれる仲間に、ただの下調べという行動に同行して貰うのは少なからずの申し訳ない気持ちが有る。
・快く付き合ってくれたベッタ君は、どうやら急な山道の上り下り、この調査行動すら楽しんでいるように見えた。


調査活動で時間は短くなってしまったが、その日は今まで何度も下り、勝手の分かっているその川の上流区間を下ることにした。
・川くだり準備をしている間に、家から作って持ってきたおでんが痛まないよう温め出したベッタ君。
温まった頃合いを見計らって僕は箸と取り皿、ビールを手ににじり寄る。
実はとてもお腹が減っていた。

・チューブの川下りは絶えず川に浸っているので冷たい川は向かないが、この地域の川は10月でも全く問題なく下れる上、大雨の直後にも関わらず、川の水はさほど濁っていない。

・転覆するのが前提の川下りだ。
カヌーでもチューブでも思い切り漕いで転覆し、流れにくちゃくちゃに洗われる度、彼はストレスと肩こりが流れ去っていくと笑った。


この川下りにはマニュアルのようなものが存在しない。
手に入れたチューブを自分で改造し、様々な用具を試し創意工夫して、少しずつ使える形に仕立てて行く。
売ってない装備も有るし、そもそも川の情報が無いから(僕のサイトも、もう情報が古いから、あまり参考にならない)、オレは金を払ってでもなるだけ手っ取り早くそれをしたいたんだ、という人には不向きな遊びだ。
一方、物作りが好きな人間には堪らない楽しさがある。
試行錯誤し自分で作った道具達が、実践で活躍するのを実感出来るのは、そんな人間の至福である。
・瀬を越えチューブの調整を施す。次回、彼のチューブにはしっかりと改造が施されていることと思う。

・僕らには想像のつかない力と時間が造り出した景色を流れる。

・「波平の白フン」と僕等が勝手に呼んでいる瀬。

波平さんそっくりの大きな岩の下に、白フンドシの如き瀬を有することからその名前を付けた。
水量が増すと、白フンの上の分岐の水位が増し、そっちの方へ流されてしまう危険がある。
そちらの流れは画像右の岩の下を潜って本流に合流する。
もしそこへ流れてしまったら、分厚いウエットやライジャケなど相当な浮力を身に着けた我々が、岩の下を潜ってちゃんと出て来れる可能性は低いように思える。
・この支流に流れ込むそのまた小さな流れも、濁りや澱みを見せることなく海への旅路を始めていた。

川から上陸し、乾いた服に着替え温泉に浸かり、草原のキャンプサイトに行くと、しっぽおまけ夫妻が屋根を作って僕らを待っていてくれた。
・彼らがその日、海の町へ出向き仕入れてきた海老は、見事なパエリアパスタに仕立てられ、草原の夜宴を彩った。

ベッタ君がおでんを温めてくれた。彼は家を出る2日前からおでんを仕込んでいたらしい。
こんな夜、僕が出来るのは馬鹿話と、下手くそな音楽ぐらいだ。
それでも良しと集まってくれた仲間に感謝しつつ、これまたいつもの如し夜更かしの野宴。
夜中、よく通る高い鹿の鳴き声が繰り返し川向かいの岸にこだまして、まるで2頭が鳴き合っているようだった。