Gさんによると、今シーズンは稀なるキノコの外れ年で、足繁く山に入るものの成果は上がっていないらしい。
そんな訳で、今日は少しばかり賭けに出るぞ、と軽トラを遠方へ走らせる。
川の本流に沿った国道をかなり遡ってから支流に入り、さらに延々と標高を重ねて行った。
分岐から標高を実に600m程登った所で、ようやく遠景が節々で望めるようになった。
と、思ったらGさんが車を止めた。
ここから山に入るようだ。
慌ててスパイク足袋に履き替えた。
僕はてっきり山を登って行くイメージでいたが、Gさんは車道から斜面をどんどん降りて行く。

・「おう、あれ食ったらハライタ起こすど。カカカ…、」とGさんが笑って指差した茸。ハイイロシメジだろうか。
食べられないことは無いが、人によっては中毒を起こす、と後に調べた図鑑には記されていた。

山を行くペースは速かったが、次第に要所要所で立ち止まることが増えて行った。
あまり来ることのないこの山においても、Gさんは何処にきのこが出るのかを把握しているようだ。
・立ち止まり、「あれ摘んどき」と指さしたキノコその1。
ツバアブラシメジだろうか。前夜に頂いた味噌汁にも入っていたらしい。

・その2。ホウキタケ。
そう言えば前日の昼食時、「ネズミのてのひら」という名で度々話に登場していた。

地形は険しくなり、Gさんは頻繁に「気ぃ付けぇよ~」と僕に声を掛けた。
僕は何か有るといちいち胸ポケットからスマホを取り出して画像を撮っていたのだが、ポケットを閉じるベルクロが弱っていたのだろう、腰を屈めた時に胸ポケットからスマホが滑り落ちたのが分かった。
これから崖を15m程下の涸れ沢に降りて行こうとしていた時で、スマホはそのまま沢へ落下して行った。
自分の位置からは落ちて行った場所が見えなかったが、カッシャーン、という大きな音がし、スマホが石に直撃したのが分かった。
ここで慌てても危ないだけなので、足元に気を付けながら沢床に下り、程なくしてケースと本体が外れた状態で転がっているのを発見した。
操作をしてみると全く異常がない。
当たり所が良かったのだろう、ダメージは貼っていた硬質ガラスのシートにヒビが入ったことと、ポリカーボネートのケースの角部が若干潰れていたことぐらいだった。
すぐ壊れるだろうからスマホにはせん、と長年Gショック携帯を更新し続けているGさんは、その状態を知って、「お~」と驚いていた。
・京セラL03。 海山川で相当手荒く使っているが、故障したことはない。
しかしながらアプリで負荷が掛かりすぎると電源が落ちるという、頭が悪くて丈夫なヤツ。

岩ばかりの枯れ沢を登り雑木の斜面に出ると、Gさんが再び地面に注視しだしたので僕も下を向いてキノコを探す。
同じくツバアブラシメジとホウキタケが少々。
斜面をひとしきり丁寧に見廻ると、Gさんが車道を目指して歩き出した。
約一時間ほどだったろうか、僕の初めてのきのこ狩りは終了したようだ。
・車に戻ると、Gさんが軽トラの荷台から「この本が一番わかりやすい」と愛用の図鑑を出して見せてくれた。
きのこの本を作っている作者が「自分が作った中で一番良い本」とGさんに言った本、だそうだ。

Gさんは車を走らせたと思ったら、直ぐに停めた。
薄暗い木々の中に居てその存在も忘れていた太陽が、雲の無い空からこの高地へと力強く光を注いでいる。
・車を降り、神宿りし地の遠景をしばし望む。

再び車を走らせたと思ったら、また直ぐ停めて少しだけ山に分け入り、何かの実を拾って殻を外して僕に渡してくれた。
栗に似ているが、もっと表面の色が濃く艶が有りどこかチョコレートのよう。
・「食べてみ」というので皮を剥いて食べてみると、ほの甘い木の実の良い味がし、「おお!」と感激!…しようと思ったら後に猛烈な渋みが。

とちの実だそうである。
とち餅などにするには、川を剥いてから何日も流水にさらすなどしてあく抜きをする。
再び車を走らせしばらく行くと、Gさんの知り合いが道の傍らできのこ採りに入る準備をしていたので声を掛けた。
思い起こしてみると、僕がこの地に訪れるようになったのは四半世紀前だ。
山の中や、山と川の狭間で、人々がどこか昔のままのように慎ましやかに暮らしている様は、物が蔓延した東京から遊びに来た僕に、山と川以外に何もないところに頑張って人が住んでいるように映っていた。
僕らが下る川は、とても山奥であることが多い。
人里を離れ、川に並走する山道を延々遡ったところで、ふと民家が現れることがある。
当初、「こんなに何もない所に住むと、さぞ不便だろう」とばかり想像していたのだ。
毎年のようにここへ来るようになり、幾重にも連なる山々を、その中を流れるどこまでも澄み切った川を、そして、それがごく当然のこととして、その自然からの恵みを享受している人たちを知るにつれ、ここは生きることに必要な様々なものが存在する、「豊かな場所」と感じるようになった。
その豊かさの恩恵に与るには、多岐にわたる知識と知恵、根気や体力が必要であり、だからこそそういう人に自分は憧れるのだろう。
帰路、元々のGさんの家が在ったあたりへ寄り道をした。
6年前の大水害の時、土砂ダムの決壊によって出来た流れにより、この村は深くえぐられてしまった。
・当時の様子

・法面と河道改修、護岸工事が行われている現在の様子


家に戻ると紀州犬がGさんの帰宅を跳ね回って喜びつつ、僕という来訪者を警戒しつつ迎えた。

水害の時まだ子犬だった彼らは、山崩れで孤立した避難場所から住人達と共にヘリで吊られて脱出した。

その時、僕はその数日後にこの地を訪れたのだが、災害後連日のダム放水により今までにはない程の長期間に渡って濁流となってしまった川を眺め、
「川の魚は死んでまうやろな」
と言うGさんの呟きを横で聴きながら、川の生き物達と深く係わり合いながら生きるとはこういう事なのだろうか、と自分も今までに何度か潜ったことのある、魚が乱舞していた青い淵が、濁流に覆われている姿をただ無言で眺めていたのだ。
・6年前の豪雨災害後、長い間ダム下流の濁りは治まらなかった。

今回、採ってきたきのこは全て僕が戴いた。
Gさんにお礼を告げ帰路につく。
車を走らせると、運転席の窓の向こうには、あの災害の時微塵も透過していなかったその川が、今までずっとそのままであったかの様に、白石の川底までしっかりとこちらに見せて流れていた。
今、あの川にはどんな魚が、どのように棲んでいるのだろう。
川の中の姿を想像しながら、車を走らせるのは楽しかった。
帰り際、
「夏もおいで。今度は川行こうや。」
と言ってくれたGさんの言葉を思い出しながら、川を眺め運転する僕の笑みはなかなかおさまろうとせず、全開にした窓から飛び込んでくる乾いた風が、そんな気持ちを知ったかのように、髪の毛をわさわさと心地よく掻き揺すった。
そんな訳で、今日は少しばかり賭けに出るぞ、と軽トラを遠方へ走らせる。
川の本流に沿った国道をかなり遡ってから支流に入り、さらに延々と標高を重ねて行った。
分岐から標高を実に600m程登った所で、ようやく遠景が節々で望めるようになった。
と、思ったらGさんが車を止めた。
ここから山に入るようだ。
慌ててスパイク足袋に履き替えた。
僕はてっきり山を登って行くイメージでいたが、Gさんは車道から斜面をどんどん降りて行く。

・「おう、あれ食ったらハライタ起こすど。カカカ…、」とGさんが笑って指差した茸。ハイイロシメジだろうか。
食べられないことは無いが、人によっては中毒を起こす、と後に調べた図鑑には記されていた。

山を行くペースは速かったが、次第に要所要所で立ち止まることが増えて行った。
あまり来ることのないこの山においても、Gさんは何処にきのこが出るのかを把握しているようだ。
・立ち止まり、「あれ摘んどき」と指さしたキノコその1。
ツバアブラシメジだろうか。前夜に頂いた味噌汁にも入っていたらしい。

・その2。ホウキタケ。
そう言えば前日の昼食時、「ネズミのてのひら」という名で度々話に登場していた。

地形は険しくなり、Gさんは頻繁に「気ぃ付けぇよ~」と僕に声を掛けた。
僕は何か有るといちいち胸ポケットからスマホを取り出して画像を撮っていたのだが、ポケットを閉じるベルクロが弱っていたのだろう、腰を屈めた時に胸ポケットからスマホが滑り落ちたのが分かった。
これから崖を15m程下の涸れ沢に降りて行こうとしていた時で、スマホはそのまま沢へ落下して行った。
自分の位置からは落ちて行った場所が見えなかったが、カッシャーン、という大きな音がし、スマホが石に直撃したのが分かった。
ここで慌てても危ないだけなので、足元に気を付けながら沢床に下り、程なくしてケースと本体が外れた状態で転がっているのを発見した。
操作をしてみると全く異常がない。
当たり所が良かったのだろう、ダメージは貼っていた硬質ガラスのシートにヒビが入ったことと、ポリカーボネートのケースの角部が若干潰れていたことぐらいだった。
すぐ壊れるだろうからスマホにはせん、と長年Gショック携帯を更新し続けているGさんは、その状態を知って、「お~」と驚いていた。
・京セラL03。 海山川で相当手荒く使っているが、故障したことはない。
しかしながらアプリで負荷が掛かりすぎると電源が落ちるという、頭が悪くて丈夫なヤツ。

岩ばかりの枯れ沢を登り雑木の斜面に出ると、Gさんが再び地面に注視しだしたので僕も下を向いてキノコを探す。
同じくツバアブラシメジとホウキタケが少々。
斜面をひとしきり丁寧に見廻ると、Gさんが車道を目指して歩き出した。
約一時間ほどだったろうか、僕の初めてのきのこ狩りは終了したようだ。
・車に戻ると、Gさんが軽トラの荷台から「この本が一番わかりやすい」と愛用の図鑑を出して見せてくれた。
きのこの本を作っている作者が「自分が作った中で一番良い本」とGさんに言った本、だそうだ。

Gさんは車を走らせたと思ったら、直ぐに停めた。
薄暗い木々の中に居てその存在も忘れていた太陽が、雲の無い空からこの高地へと力強く光を注いでいる。
・車を降り、神宿りし地の遠景をしばし望む。

再び車を走らせたと思ったら、また直ぐ停めて少しだけ山に分け入り、何かの実を拾って殻を外して僕に渡してくれた。
栗に似ているが、もっと表面の色が濃く艶が有りどこかチョコレートのよう。
・「食べてみ」というので皮を剥いて食べてみると、ほの甘い木の実の良い味がし、「おお!」と感激!…しようと思ったら後に猛烈な渋みが。

とちの実だそうである。
とち餅などにするには、川を剥いてから何日も流水にさらすなどしてあく抜きをする。
再び車を走らせしばらく行くと、Gさんの知り合いが道の傍らできのこ採りに入る準備をしていたので声を掛けた。
思い起こしてみると、僕がこの地に訪れるようになったのは四半世紀前だ。
山の中や、山と川の狭間で、人々がどこか昔のままのように慎ましやかに暮らしている様は、物が蔓延した東京から遊びに来た僕に、山と川以外に何もないところに頑張って人が住んでいるように映っていた。
僕らが下る川は、とても山奥であることが多い。
人里を離れ、川に並走する山道を延々遡ったところで、ふと民家が現れることがある。
当初、「こんなに何もない所に住むと、さぞ不便だろう」とばかり想像していたのだ。
毎年のようにここへ来るようになり、幾重にも連なる山々を、その中を流れるどこまでも澄み切った川を、そして、それがごく当然のこととして、その自然からの恵みを享受している人たちを知るにつれ、ここは生きることに必要な様々なものが存在する、「豊かな場所」と感じるようになった。
その豊かさの恩恵に与るには、多岐にわたる知識と知恵、根気や体力が必要であり、だからこそそういう人に自分は憧れるのだろう。
帰路、元々のGさんの家が在ったあたりへ寄り道をした。
6年前の大水害の時、土砂ダムの決壊によって出来た流れにより、この村は深くえぐられてしまった。
・当時の様子

・法面と河道改修、護岸工事が行われている現在の様子


家に戻ると紀州犬がGさんの帰宅を跳ね回って喜びつつ、僕という来訪者を警戒しつつ迎えた。

水害の時まだ子犬だった彼らは、山崩れで孤立した避難場所から住人達と共にヘリで吊られて脱出した。

その時、僕はその数日後にこの地を訪れたのだが、災害後連日のダム放水により今までにはない程の長期間に渡って濁流となってしまった川を眺め、
「川の魚は死んでまうやろな」
と言うGさんの呟きを横で聴きながら、川の生き物達と深く係わり合いながら生きるとはこういう事なのだろうか、と自分も今までに何度か潜ったことのある、魚が乱舞していた青い淵が、濁流に覆われている姿をただ無言で眺めていたのだ。
・6年前の豪雨災害後、長い間ダム下流の濁りは治まらなかった。

今回、採ってきたきのこは全て僕が戴いた。
Gさんにお礼を告げ帰路につく。
車を走らせると、運転席の窓の向こうには、あの災害の時微塵も透過していなかったその川が、今までずっとそのままであったかの様に、白石の川底までしっかりとこちらに見せて流れていた。
今、あの川にはどんな魚が、どのように棲んでいるのだろう。
川の中の姿を想像しながら、車を走らせるのは楽しかった。
帰り際、
「夏もおいで。今度は川行こうや。」
と言ってくれたGさんの言葉を思い出しながら、川を眺め運転する僕の笑みはなかなかおさまろうとせず、全開にした窓から飛び込んでくる乾いた風が、そんな気持ちを知ったかのように、髪の毛をわさわさと心地よく掻き揺すった。